純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第9章

第141話  獣と蒼風

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「──────■■■■■■■■■■………」



 神界のある場所にて、獣は地の底から響いているのかと言いたくなるほど低い唸り声を上げていた。自身から切り分けた分身体とも言える端末の末端が消えたからだ。

 末端と言うが、だからと弱いとは言えない。その端末でも戦いの神を数多と喰い殺していたのだから。故に端末が弱かったから敗北したということではない。考えられるのは1つ。端末を殺せる者が居るということ。

 切り離された端末は、殺されたり吸収したりすると、端末が見たり聞いたりした経験を自身に還元することができる。なので、端末を殺した相手のことも全て本体に伝わるのだ。そして獣は、端末を見事打ち破ってみせた存在を経験によって知った。

 純黒の鱗を持った、今までに見たことが無い姿形をした個体。神々が使うような力ではなく、これもまた見たことが無い力だった。力の差は圧倒的だった。一撃一撃が絶死のものであり、確実にこちらに大きなダメージを与えてくる。攻撃の範囲も広く、瞬間移動を使っている。

 それに加えて、純黒に殺される最期の瞬間、似たような形をした赫と蒼を目にした。もしかしたら同じくらいの力を持っているのかも知れない。そうなれば、本体であろうと自身でも危ない戦いになる可能性が大きい。獣はどうすれば良いのかと唸り声を上げながら考える。



「──────■■■■■■■■……」

「……っ!■■■■■■■……っ!!」



 自身の背後から、違う唸り声が聞こえる。ハッとした獣は振り返って、自身の番である雌の獣に擦り寄って頬を顔に擦り付ける。雌の腹部は大きく膨れ上がっている。妊娠しているのだ。その体に雄の獣の子供を身籠もっている。それももうすぐ産まれようとしているくらいのものだ。

 苦しげな唸り声だ。腹が大きくなって産まれようとしているので、満足に立ち上がることも出来ず、その場で横になっている。雄は励ますように鼻先で突くと、己の身を心配してくれていると察してか、雌の獣が安心させるように優しい声を上げた。

 雄が神を襲っているのは、この妊娠中の雌の周囲から、少しでも危険を減らそうとして動いている結果だ。襲ってくる者が居ないように、徹底的に殺し回っている。例え遠い場所があろうと、自身には瞬間移動の力がある。端末を生み出す力もある。そして端末に自身の力をコピーすることもできる。

 この力で、これまで数々の神々を葬ってきた。しかし明らかに強い個体が出て来た。神とは違うようだが、脅威に成り得る存在なのは変わりなし。ならば、我が番のため、我が子のために純黒、赫、蒼を排除しなくてはならない。それが例え、刺し違える事になろうともだ。



「………■■■■。■■■■■■■■■■……」

「■■■■■■■■■■■■………っ!!」

「■■■■■■■■■■■■──────ッ!!!!」



 雄の獣がいってきますとでも言っているように、最期にもう一度雌の獣の頬に顔を押し付ける。そして背を向けてその場から消えてしまった。残された雌の獣は苦しそうに荒い息をしながら、気をつけてと言っているように聞こえる声を上げるのだった。
























 雄の獣は瞬間移動を何度も使って移動しつつ、他方向に散けさせた端末を呼び戻していた。自身の力をコピーさせている端末も瞬間移動を繰り返し、本体と合流をしていく。

 本体に向かって突進すると、頭から上半身までがめり込み、そのまま吸収されていった。他に向かわせて蹂躙をさせていた端末は全部で4匹。それが獣の作成できる端末の最大数である。この数ならば余裕を持って作り出すことができるし、力もコピーさせることができる。だがこれ以上の数になると、雑なものになっていってしまうのだ。

 加えて、ずっと切り離しておける訳ではなく、定期的に自身の元へ戻さなくてはならず、戻さないとその場で自壊してしまい、経験などが還元されなくなってしまう。ちょうど元に戻さなくてはならない時間だったので呼び戻して吸収したのだ。

 端末を自身の元に戻した獣は完全な状態になった。湧き上がる本来の自分の力を感じ取り、最後の距離の瞬間移動をした。点から点への移動により、忽然と姿を現す。その場所は端末が戦った純黒と、赫、蒼の個体の前だった。殺す前提の攻撃的な威嚇をして、小さな3匹を見下ろすと、奴等はケタケタと嗤い出した。端末が見たものと同じだ。



「早かったな。それだけ俺達を警戒しているということか」

「ンま、警戒っつーよりかは殺す気だけどな」

「面白い……先の……端末とは……比べ物に……ならない……強い気配だ」

「さてどうする?獣。お前は最初にまず誰を殺したい?」

「■■■■──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

「なるほど。まずはクレアからと」

「オイオーイ。弱い者イジメは困っちまうぜ☆」



 リュウデリア、バルガス、クレアはそれぞれ間を開けて待ち構えていた。さて、誰から殺す気なのかと獣の出方を窺っていると、最初にターゲットとなったのはクレアだった。爆音の雄叫びを上げて攻撃の姿勢に入ると、リュウデリアとバルガスがその場から素早く退いて、後方で控えていたオリヴィアとシモォナの元へと行った。

 後では巻き添えを食らわないように魔力障壁が展開されている。つまり、その場はクレアと獣による1対1の構図となったことになる。両者の殺伐とした覇気が辺り一帯を包み込む。魔力を漲らせている訳でもないのに、覇気がぶつかり合うだけで地面の小石が震えて砕け、小さくなっていく。

 そして、獣が前脚を持ち上げた。この攻撃の予備動作は目に見えている。単純な上からの叩き付けだ。しかし10倍以上の体格差により、その一撃は強烈なものと化している。しかしこんな見え透いたものに当たる気はさらさら無い。

 別に受け止めても良いが、今回は回避することにした。落ちてくる前脚を避けるため、後方へとバックステップする。しかし一歩目までは良かったが、二歩目に入ろうとしたところで体全体を何かに掴まれるような感触を覚え、身動きが取れなくなった。

 その場に縫い付けられたクレアは、呑気にもへぇ……と感嘆とする声を上げ、獣の第一撃目を食らった。何て事のないスタンプ攻撃の筈が、300メートルを超える体の大きさに筋力。切り離した端末を回収した事による力の還元で、リュウデリアが戦った端末の一撃とは比べ物にならない衝撃だった。

 地割れなんてものは広大で当たり前。威力は核爆弾なんてちんけなものではなく、巨大隕石が墜ちてきたようなものだ。千メートルを超える土の柱が聳え立ち、端から見ればその一撃の重さに驚嘆して絶望する事だろう。しかし獣が相手にしているのは、そのような攻撃をいとも容易く受け止めるような存在だ。

 ぶしゅり……と、何かが切れて血を噴き出す音が聞こえた。痛みで後ろに下がった獣は、叩き付けた右前脚を見た。そこには数箇所に渡って裂傷を抱えた脚だ。特に手首から先に付いている。理由は明白だ。原因だろう脚を叩き付けてやったクレアの方を見直すと、彼の周囲には球状に蒼風が吹いていて風の結界を作っていた。



「ワリーワリー。風神っつーのを喰ってからどうも出力と魔力そのものが上がっちまってよ。身を護るためだけのつもりが攻撃もプラスされちまったぜ。……俺の風がより強く。より強靭に。そしてより荒々しくなったのはイイが、試せる相手が居なくてよォ。ちょっと悪ィンだけど──────付き合ってくれや」

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

「そうこなくっちゃなァッ!!きひひッ」



 言葉が通じているのかは解らないが、獣は咆哮を上げながら口を大きく開けて巨大な炎の球体を形成。その熱量たるや、獣の周囲にある木々が燃えていき、気温が急上昇して陽炎で景色を歪ませる程。対してクレアは風の結界を解除した。

 何をするつもりなのかは知らないが、消し炭にしてやろう。いや、炭すら残さず滅ぼして消してやろうと、獣は炎を撃ち放った。食らえば無傷では済まないだろう炎の塊を前にしても、クレアに焦りのあの字も無い。やることは簡単で単純だからだ。

 右手の人差し指を除いて全て握り込む。立てられた唯一の指で虚空を切り裂くように、右下から左上に向かって振り上げた。すると、蒼風の刃が形成されて炎に向かっていった。規模は小さなものだ。他者に2つを見せて、ぶつかり合ったら迷わず炎と言われてしまうくらいの蒼風の刃だった。

 だがそれだけで十分なのだ。これだけの規模でも炎を打ち破れると確信しているが故に、クレアは余裕の態度も崩しやしない。殺す気の獣と余裕なクレア。あまりに違いすぎる様子の両者が放った巨大な炎の塊と蒼風の刃が衝突し……炎は無惨にも真っ二つにされてしまった。

 易々と炎が負けたことに少しの驚きを感じた獣だったが、その威力ならばこの身で受けるのは避けた方が良いと冷静に判断して瞬間移動をした。次に現れたのはクレアの真後ろだった。完全な真後ろ故に死角。今度は直接叩こうとはせずに地面ごと横から叩き付けてやろうとした時、自身の近くで何かが爆ぜて大爆発を起こした。



「──────『爆ぜる轟嵐龍の風珠エクシリフ・ハクノォバ』。何となく後ろを取るような気がしたから設置しておいたぜ。どうだ?お味の程はよォ?」

「■■■■■■■■■■■■……ッ!!!!」



 内部に莫大な風を内包した風の珠は、あらかじめ背後で適当に鏤めて置いたものだ。何となく直感で背後を取ってくると思ったクレアは、その予想通りに事が運んだので解放し、風の爆弾を爆ぜさせた。音と衝撃は凄まじく、体にダメージが与えられるだけでなく、耳にも影響を及ぼしている。

 耳鳴りに似た音が耳に響いて他の音が拾えない。そんな状態の獣に、敢えて足音を消すように動いて飛び上がり、くらりと頭を揺らした獣の横面に魔力で強化した蹴りを入れた。ばきりと打撃音を奏でながら獣の体が大きく横にズレる。膨大な魔力を体内に内包するクレアは、魔力で強化すればこの程度の蹴りは出せる。

 リュウデリア、バルガスと居れば1番の非力ではあるが、それは3匹の中ではという意味だ。別に他と比べても弱いとは言っていない。そんな彼の筋力に、魔力による肉体強化を合わせれば、体格差10倍以上を覆すのも訳ない話である。



「アイツ等に比べりゃァ大して筋肉無いンだぜ、オレ。この程度でそんなに吹っ飛ぶのは踏ん張りが効いてな……おぉ?」

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

「……ッ……へへッ。やンじゃねーのッ!!」



 蹴りを入れると大きく蹌踉けたのを見て、慢心でもして踏ん張っていないからだと言おうとすると、先程のように体を鷲掴みにされる感覚があり、蹌踉けている獣に向かって勢い良く引き寄せられた。そしてそのまま、学習したのか岩で脚を覆った状態で殴られた。

 身を護るガントレットの役割を持った岩を砕きながら弾き飛ばされ、数百メートル飛ばされて小さな山の中央に打ち付けられた。横からぶつかって半分は吹き飛ばす威力を見せるが、クレアは抉れた土の斜面に背中を預けながらイイ一撃だと褒めた。彼の鱗も強靭で硬く、罅も入っていない。

 戦いらしくなってきたと、すぐに立ち上がったクレアは、しゃがんで跳躍して小さな山を粉々に崩れ壊した。そしてそのまま獣の方へ向かっていく。蒼風で加速して殴り付けようと腕を振りかぶると、前方に居た獣が口を開けて炎の塊を形成した。また撃ち合いでもするつもりかと、受けて立とうと思えば、炎を形成して撃ち出せる状態になって消えた。

 なるほど、同時に使えるのかと納得しながら、クレアは真横の0距離から放たれた炎に呑み込まれた。巨大な炎の塊は彼を呑み込んだまま飛ばされていき、地面に着弾すると内包した熱を解放しながら炎柱を立たせた。大きく、凄まじい熱を感じさせる。土も熔解されて真っ赤になり、溶岩のようにどろりとしていた。

 聳え立つ大きな炎柱。だが様子がおかしくなっていく。何故なら、風に吹かれた蝋燭の火のようにゆらりと揺らめいたからだ。力強く立ち上がっていた炎は揺らめき、内側から暴発してしまう。現れるのは蒼風の竜巻。風が炎を絡め取って消し飛ばしていくのだ。

 中央に居るクレアは、依然として傷らしきものは見当たらない。強力な炎が相手でも、蒼風によって無効化してしまったのだ。蒼風による竜巻は炎を巻き込んで消し去り、所々でキラリと何かを光らせる。そして、蒼い竜巻から何かが獣に向かって飛来し、頬の毛を少しほど斬り飛ばした。



「おっと、竜巻注意報発令だぜ。晴れ時々蒼い巻き風ってなァ。しかも鋭利な風の刃入りだぜ。ちったァその肉削っていきなァッ!!」

「──────ッ!!■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 発生している竜巻の内部では、風の刃が螺旋を描いて飛び交い、鋭さを高められている。限界まで鋭くされた風の刃は獣に向かって飛ばされていくのだ。身の危険を感じ取って横に回避した獣は、大地を一条に深く斬り裂いて彼方まで飛んでいった風の刃に警戒心を抱き、姿勢を低く取った。

 瞬間移動で避けたり自前の跳躍力で回避したりとする獣と、竜巻から風の刃を飛ばしていくクレア。受け手はならないものと認識していて全て避けているが、隙を作らない方がいい……と、クレアは心の中で警告を出し、息をふぅっと静かに吐き出した。蒼龍の蒼い吐息が漂って円を描く。





 魔力を滾らせながら、次の一手を準備するクレアと、風の刃を避けながら攻撃のタイミングを見計らう獣。両者の戦いはまだ続いていく。





 ──────────────────


 獣

 端末は殺されれば本体に戻って力を還元させられるが、戻さずに時間経過による自壊をさせると、その場で消滅して還元も何もせずに終わってしまう。なので放っておくのは1番厳禁。

 一番最初にクレアを狙ったのは、リュウデリアは既に戦って強さを知っていて、知らないバルガスとクレアの内で弱そうな方を……と思っていたから。だが実際は普通に強い。




 クレア

 何となく獣が、自分が弱そうに見えるからという理由で最初に狙ったのを察している。なのでとても癪ではあるが、待ちに待った獣との戦いなので、まあいいかと思っている。




 龍ズ&オリヴィア&シモォナ

 3匹の内、誰かが戦い始めたら退避して見学しようと決めていたので、皆で観戦している。1度クレアの風の刃が飛んできたが、魔力障壁で防いだので問題ない。ただし、シモォナは驚いて尻餅をついた。


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