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第8章
第119話 落下開始
しおりを挟む皆は『ノーレイン』でゆっくりと休み、少し遅めに目を覚ました。早起きのオリヴィアもリュウデリア達と一緒に眠っていて、起きたらそれぞれ準備を整えて部屋を出る。
今までの不景気は何だったのかと言いたい客が宿屋には居て、サービスでついてくる朝食を食べていた。もう出稼ぎに行く必要のなくなったユミの両親は、調理と提供に大忙しだった。ユミは入口付近に設けられているカウンターで受付をしている。3人とも生き生きとしていた。
食堂に行けば、オリヴィア達のことにすぐに気づいて急ぎ足で駆け寄り、コップに水を注いですぐに料理を持ってくると教えてくれる。待っていれば配膳係をしている母親が、朝食を十人前は持ってきた。使い魔がものすごく食べると分かっているからだ。本当ならば1人前で終わりなのだが、彼女達は特別なのだ。
結局朝食はペロリと食べきり、見送られながら宿を出ていった。通りに出ると、向かいが少し騒がしい。いわずとも知れた『スター・ヘイラー』である。ノルマでも課せられているのか、呼び込みをしている従業員は笑顔の中に必死さが見え隠れしている。そして、宿の中からは客の怒号が飛び交っていた。
「気のせいかと思ってもう1泊してみれば、変わらず飯が不味いんだっつーのッ!!食材見直せよッ!!」
「明日と明後日の分の金は返さなくていいから、もう出て行くぞッ!!」
「提供されるもの全てが気持ち悪いっつってんだろッ!!」
「友達に勧められて来てみれば、全然良い店じゃないんだな。悪いけどもう利用しないから」
「宿探さねーといけねーじゃんか。めんどくさいことさせやがって……」
「な、何故こんなに不評が……?一体どうなっているんだ……?」
「このままじゃ売り上げが……っ!」
「マズいです!残るお客様12組の内9組が出ていくと……っ!」
「そんな……」
2日目にして売り上げがガクリと下がっているのだろう。これ以上客を逃す訳にはいかないと、新たな一手として酒類も破格の安さに設定した。しかしそれに釣られて頼んだ客は、入っている薬物によって不快感を露わにし、これ以上は店の中で飢え死にしてしまうと出て行っているのだ。
客を離さないための策として薬物の使用を更に強くしたが、それが悉く裏目に出ていく。ただ混ぜている薬物を無くして普通に営業すれば、まだ間に合うというのに、今までやっていたことに味を占めてしまい、薬物を使わないという方向に思考が移らないのだ。
薬物を使用していると知っているのは、『スター・ヘイラー』の従業員の中でも偉い者達数名だけ。それ以外の従業員はただただ客が不平不満を口にして出て行くことに困惑しているだけだ。まったく以て理解が及ばない状況。判断を仰いでも、いつも通りで良いということだけ。
とばっちりも良いところなのに、呼び込みが滞ってくると、しっかりとやっているのかと檄が飛んでくる。いつも通りやっているのにいつも通りいかない。それの悪循環を繰り返して怒鳴り声が上がり、印象も悪くなっていった。
は、良い気味だな。そう思いながら眺めていると、『スター・ヘイラー』から少し見覚えのある人物が出て来た。いや、少しではなかった。大分インパクトの大きい人物だった。その証拠に、リュウデリア達があからさまに顔を顰めた。
「もぉ、嫌だわぁ。折角のワインが美味しくないし、お料理も舌に合わないんだものぉ。ねぇ?みってぃーちゃぁん」
「グルルルルルルルルル……っ!!」
「『スター・ヘイラー』は合わなくなったか?」
「ん?あぁらやだっ、あの時の冒険者さんのオリヴィアさんじゃなぁいっ。そぉなのよっ。居心地良かったのに、何だかお料理もお酒も変になっちゃってねぇ?思わず出て来ちゃったのよぉ」
「それは不幸だったな」
「「「──────ぐふッ……っ!!」」」
人知れず鼻を押さえて涙目になっているリュウデリア、バルガス、クレアを無視して、冒険者の依頼で犬探しをした時の依頼主、ふくよかな体とキッツい香水の匂いを振り撒くマダムと会話をするオリヴィア。
腕の中にはあの時使い古されたモップみたいな毛並みになっていた犬が、サラッサラの毛並みになっていてガッチリとホールドされている。犬の嗅覚は人間の何千倍から何億倍と言われているので、マダムから香る香水の匂いを嗅いでしまい、逃げだそうとして疲れて匂いを嗅いで死にかける……というサイクルを繰り返していた。
流石にその様子には気の毒そうな視線を送る3匹の龍達。犬ほど嗅覚が極まっている訳ではないが、離れていてこの強烈さなのだから、0距離ともなれば死地だろうと察した。人間にここまで追い詰められたのは初めてだった。
「はぁ……お泊まりするところどうしましょう……まだ決めていないのに……」
「ならば私が泊まっている宿屋はどうだ?」
「あら、オリヴィアさんのオススメ?何処にあるのかしらぁ?」
「目と鼻の先だ」
「え?……あらっ、やだわぁ私ったらっ」
上品に笑いながら恥ずかしそうにしているマダムに、オリヴィアは料金も安くて朝食がついてくると教え、ついでに従業員のサービスは『スター・ヘイラー』程ではないということも教えておいた。だが、マダムは従業員の質だけが良くても店として成り立たないから、程良くがいいのよと言って和やかだ。
金持ちで、権力にモノを言わせて全てを従えてそうな見た目なのに、随分と話しやすい性格をしているのだなと感心した。後に従っている3人の付き人の男性達に、荷物を運ぶようにお願いすると、早速オリヴィアの勧めた『ノーレイン』へと向かっていった。
「オリヴィアの紹介で来たと言えば、少し安くなると思うぞ。試してみるといい」
「まぁ、それはご親切にどうもぉ。お言葉に甘えさせてもらうわねぇ。あ、そうそう。この前はお名前だけ聞いて終わりにしてごめんなさいねぇ。今回はお世話になったから、是非とも私の名刺をお受け取りになってちょうだい」
『お化粧は世の女性の味方。星のように男を堕としましょう。マダムス化粧品店総責任者ナイリィヌ・ファン・マダムス』
──────マダムス……まさか狙って……?×3
「ほう、化粧品を売っているのか」
「そぉなのよぉ。私のお友達にねぇ?綺麗になりたいって子が居たから、ちょっと研究して物をプレゼントしたら大層喜んでもらえてねぇ。売ってみたらぁ?と言われるがままに売ってみたら……なぁんか大きくなりすぎちゃってぇ。こうして大陸を渡って気ままに旅行をしている最中なのぉ」
「なるほど、友人思いなのだな。旅行中に泊まる宿屋で不幸を引き当てるのは災難だったな。だが、良い思い出になることだろう。私も冒険者こそしているが、本来は同じく気ままに旅をしている身だ」
「まあまあまあっ。似たもの同士ねぇ。同じ女性で気が合うもの、これからも仲良くして下さると嬉しいわぁ」
「お前と話していても、他の者に感じるつまらなさが感じられん。何かあったら指名して依頼するがいい。無理難題でなければ受けよう」
「うふふっ。良い人ねぇ。じゃあ、またねぇ」
「あぁ、またな」
純粋に仲良くしようとしているマダム改めナイリィヌは、オリヴィアに手を振って『ノーレイン』の方へ歩いて行った。滅多に人間と仲良くならないオリヴィアが友好的な女性、ナイリィヌは化粧品を取り扱う店の総責任者だった。
特にそういった店は聞かないので、大陸を渡ってきたということなのだからこちらへはまだ店を構えていないのだろう。いや、もしかしたらそういった検討をする為も含めた旅行なのかも知れない。
余談ではあるが、ナイリィヌはオリヴィアに勧められた『ノーレイン』をいたく気に入ってしまい、今度はこっちに泊まろうと即決したそう。外見的に大きく見えるナイリィヌに驚きながらも、元気に挨拶をして受付をしてくれたユミが可愛いとのことだった。
ナイリィヌと話し終わった後、オリヴィア達は街の外に出ていた。冒険者として依頼を受けても良かったが、今日は快晴の空が広がっていて気持ちが良いので散歩をしようということになった。その為に、通りを歩いて外で食べる用に食材を幾つか購入した。肉の塊を買った時は、目に見えてリュウデリア達が喜んでいたのは微笑ましかった。
遠くまで歩いたとしても、リュウデリアの瞬間移動があるのでいつでも帰れるし、迷子になることはそもそもありえないので、気の向くままに散歩をする。リュウデリア達も自身に幻惑の魔法を掛けておき、体のサイズを人間大にして歩いていた。
「散歩もいいがよぉ、この前やったゴーレム勝負しようぜ」
「なんだ、また『龍の実』を賭けるのか?」
「また……クレアが……セコい手を……使う」
「しねーよッ!したらお前ら集中砲火すンだろッ!」
「いや当たり前だろうに」
「今度は……人間大の……大きさで……やってみよう」
「随分と大きめでやるんだな……お前達の力は周囲を破壊しかねんからな、ちゃんと加減するんだぞ?」
「「「了解」」」
異空間から『龍の実』を1つ取り出して、勝者の景品としてオリヴィアに持っていてもらう。リュウデリア、バルガス、クレアがそれぞれ土で自身の姿を模ったゴーレムを形成していき、動きに支障がないか確認する。細部まで細かく造られているので、色が違うだけの彼等そのもののようだ。
そして前回よりも変わっているのは大きさだけではない。神々との戦いを経て手にした強さは、純粋な魔法の練度を底上げさせた。前の作成時は5倍の密度に土を固めていたが、今やその密度は50倍にもなっている。上級の破壊魔法を受けたとしても傷一つ付かない強度と言えよう。
強度がありえないほどの魔法熟練度によって上昇し、そこへヘイススに造ってもらった各々の武器を持たせた。リュウデリアならば刀を。バルガスならば金鎚を。クレアならば扇子を。その時点で何だか嫌な予感を感じたオリヴィア。
何となくだが、今作成されたこのゴーレム達が普通ではないことを感じ取る。何故ならば威圧感を感じるからだ。つまるところ、ゴーレムに動かすための魔力の他に、魔法を行使するための魔力を籠めた。周りに被害を出さないようにと言いつけたばかりなのに、早速辺り一帯を更地に変えようとしている3匹に叱ってやろうと思った。
歩きながら戦わせようとしているリュウデリア達に止めるように口を開く寸前、彼等よりも早くオリヴィアが上を見上げた。何かを察知したからだ。神である彼女だからこそ、あのリュウデリア達よりも早く感知したもの。それは、神々が住まう神界へ行くことができるゲートが上空に開いたのだ。
遅れながら気がついたリュウデリア達は、異空間に仕舞っていた専用武器を喚び出してその手に握る。純黒の刀を握って鯉口を切り、金鎚に赫雷を纏わせ、扇子で蒼風を周囲を支配する。コンマ1秒よりも早く臨戦態勢に入ったリュウデリア達だったが、その彼等に待ったを掛けたのはオリヴィアだった。
神々との戦いで、彼等の強さを身を以て知ったリュウデリア達は来るならば声1つと無く殺してやろうと思っていた。それ故に、クレアとバルガスは滅神の魔法陣を己の体に刻み込んでいる。しかし、その必要は無いという。その理由は、すぐに知れた。
「──────きゃあぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
「おォいラファンダっ!お前どんだけ上にゲート創ってんだよっ!お前が任せろって言ったんだろうがっ!」
「お、おかしいわね。遠見の女神に此処だって聞いたから地上に展開したつもりだったのだけれど、調整を間違えたみたいね。反省するわ。ごめんなさい」
「反省するのはいいから別のゲート創ってよ!このままじゃ私達地面に激突するわよ!?」
「それは分かってるわよリーニス。けどね、だからこそ言わせて──────私、ゲート創るの下手なの」
「此処でっ!この状況でっ!それ言うっ!?じゃあレツェルはっ!?レツェルはゲートを上手い具合に創れないのっ!?」
「無理無理。私酔ってっからよ、多分狙い定まんねぇわ。そういうリーニスはどうなんだよ。お前だって創れるだろ」
「私ゲート創ったこと無いからやり方イマイチ理解してないのよ」
「全員ポンコツじゃねーかっ!しかもこのままだとプロメス様にトドメ刺すの私達だし!あーもう嫌だ嫌だ。酒飲も」
「…………………………。」
空に開いた神のゲートから出て来たのは、オリヴィアの友神である酒の神レツェル。料理の神リーニス。智恵の神ラファンダ。最高神プロメスだった。しかし騒いでいるのはレツェル達だけであり、プロメスはずっと黙ったまま落下していくだけである。様子が明らかにおかしいのだ。
最高神である彼ほどの力があれば他の者を含めて空中浮遊も容易だろう。しかし、全く動かないのだ。身動きすら取らず、レツェル達3柱に囲まれながら落ちてくる。一目見て何かあったのだろうと察して、オリヴィアは落ちてくる彼女達を眺めながら目を細めた。
このままでは激突してしまう。どうやら落下を防ぐ手立ても無さそうなので、オリヴィアは傍に居る同じく見上げるリュウデリア達に受け止めるよう頼むのだった。
──────────────────
『スター・ヘイラー』
悪循環を幾度となく繰り返しており、潰れるまでのレールを順調にフルMAXで進んでいる。
『ノーレイン』
オリヴィアのお陰で大盛況となっている。突然金持ちそうなナイリィヌが来てビックリしたが、ギリギリ部屋が余っていたので紹介したし、オリヴィアが勧めてくれたと聞いたので安くした。同時にオリヴィアにまたお礼を言わないとと思っている。
ナイリィヌ・ファン・マダムス
通称マダム。お金持ちオーラが尋常ではないが、本当に金持ち。別大陸で有名な化粧品を売る店の総責任者。つまり創設者。オリヴィアの事を親切な冒険者さんと認識していて、店のこととか抜きにして普通に仲良くしていきたいと思っている。
レツェル&リーニス&ラファンダ&プロメス
突如として空から落ちてきた。受け止めてくれる者は居ないと思っており、尚且つ別のゲートで地上に繋げる……という芸当が見事に全員できない。つまり、もう死ぬしかないと思っている。けど、プロメスだけはどうにかして守らないといけないとも考えている。つまり大焦り中。
口調が強くなっているのは酒の神レツェル。アルコールが入ると荒々しいものに変わる。
龍ズ
神のゲートを見てまた敵対視している神が来るのかと思い、秒で武器抜いた。敵だったら即行ぶち殺してやろうと思ったが、オリヴィアからストップが入ったので取り敢えず止まっている。リュウデリアは何となくアイツ等か……みたいな感じになっている。
オリヴィア
ナイリィヌと話していると、ストレス無く話せるので普通に仲良く話せている。親切な人という印象を抱かれていることを、視線から何となく感じ取っている。
上から落ちて来ているのが友神であると気がついて受け止めてもらえるように頼んだが、神界で何かあったのだろうなと、何となく察している。
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