純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第8章

第117話  客足減少

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「──────朝だぞ。腹ぺこ寝坊助龍達よ。目覚めの時間だ」



「んあぁ……?あー……もうちょい寝かして……」

「まだ……眠い……」

「ぐごーッ……」

「カーテン開けるぞ」

「「「──────目があああああああああああああああああああああああッ!!」」」



 龍の絶叫が3つ早朝に響く。カーテンを閉めた暗い部屋から一転して朝日が窓から入り込み、暗闇に慣れた目を刺激した。ズキリと痛む目を押さえて転げ回る3匹の龍に、オリヴィアは腰に手を当てながら呆れたことからくる溜め息を1つ溢した。

 人間と時間の感覚が違う彼等は、一度寝たら一月丸々眠るなんてことは珍しくない。つまり、起こさなかったらずっと寝ている可能性がある。神であるオリヴィアもそれは当て嵌まるのだが、彼女はしっかりしているのでちゃんと起きる。ついでに寝坊助を起こす。

 人間大の大きさな彼等は、丸くなっていた状態を解いて、寝転んだままぐっと伸びをした。上半身を起こして眠そうに半目をしつつ、ゆっくりと立ち上がり、のそりのそりと歩き出した。3匹が目指すのは洗面所である。使い捨ての歯ブラシを手に取って歯を磨こうとしているが、体の大きな3匹が洗面所です集まると窮屈そうだ。



「もちっとそっち行けよ」

「仕方ないだろう。3匹で使っているんだ」

「これ以上行くと……鏡が……見えない」

「オレめっちゃ狭ェンだけど?」

「というより、お前達は歯を磨くようにしているんだな」

「だってやんねーとオリヴィアに怒られるし」

「飯抜きは……ツライ」

「違いない。……が、狭い!もう体のサイズを落として磨けば良いではないか!」

「「……それだッ!」」



 盲点だった!と言わんばかりの驚きを見せ、3匹は体の大きさを落としていった。洗面台の上に小さなリュウデリア、バルガス、クレアがならび、今の体には大きめな歯ブラシを両手で握って一生懸命歯を磨いている。安物の歯磨き粉で泡が立ち、口の周りがモコモコになっている。

 小さな使い魔サイズの龍が、言いつけを守って両手で歯ブラシを握り、磨き残しが無いように気をつけながら歯磨きをしている姿を、オリヴィアは洗面所の入口に寄り掛かりながら微笑み、見守っていた。その目は可愛いものを見る目で間違いない。

 数分間みっちりと時間を掛けて歯磨きを終えた3匹は、口を水でゆすいで泡を吐き出し、鏡に向かってイーッとやっている。色々な角度から見て磨き残しが無いことを確認すると、その場から飛んでクレアとバルガスはオリヴィアの肩へ。リュウデリアは腕の中へ納まった。

 この宿屋に置いてある食べ物や飲み物は口にするとダメなので、提供されるという朝食も飲み物も一切口にせず出て行くつもりだ。部屋を出て鍵を閉めると、廊下に出て出入り口を目指す。その途中で他の宿泊客とすれ違ったが、リュウデリア達から薬物が飲食物に混ぜられていると聞かされた後だと、少し目がおかしいように思える。



「何だか眼球が前以外を向いていないような……それも少し虚ろになっているように見える」

「薬物の効果だろ。まあ、注意して見ねェと分からねェから気が付くことは無いだろ。他の客捌いてそれどころじゃねェだろうしな」

「下らん……手法で……客を……集める。つまらん……宿だ」

「故にそれ相応の報いを受けることとなる」

「何かしたのか?」

「それは……待て、従業員が来た。後で教えてやる」

「分かった」



 階段を降りて廊下を進んでいくと、『スター・ヘイラー』の出入り口に到着した。そこには朝早くだというのに店の正装に身を包み、客の相手やサービス施設の案内などを熟す従業員の姿があった。朝から笑顔で働いている姿は感心ものかも知れないが、今となっては感心なんて出来るはずもなく。

 オリヴィアが鍵を渡して出て行こうとすると、昨日彼女達を客引きして連れて来た女性が話し掛けてきた。食堂に来なかったようだが何かあったのかと、素朴な疑問をぶつけてきたのだ。それに対して、部屋に置いてあったお菓子を食べたら腹が膨れたから行くのをやめたと、それっぽいことを言っておく。

 何かしらは食べてくれたのだと分かり、嬉しそうにしながらお礼を言ってくる女性へ適当に手を振って応え、オリヴィアは堂々と宿屋から出て来た。通りを歩いて冒険者ギルドを目指しながら歩いている途中、誰にも聞こえない声量でリュウデリア達に話し掛けた。何をしたのか聞くためだ。



「それで、何をしたんだ?お前達が何もせずに終わらせるとは思わないのだが」

「バルガスが昨日薬物が入った菓子を食っただろう。その時に分析した成分を魔法陣に組み込んで、『スター・ヘイラー』そのものに魔法を掛けた」

「どんな効果だ?」

「なーに、死ぬようなもンじゃねーぜ。むしろオレ達にしてはヌルい方だ」

「薬物を……摂取すると……果てしない……嫌悪感を……抱くように……した」

「例え薬物を変えても魔法陣が勝手に解析して同じ効果を及ぼす。つまり、客を離さないように薬物を使えば使うほど客が離れていくという循環。今まで使っていた物を突然取り止めるということにはならんだろう。何せ味を占めてしまったからな」

「なるほど……てっきり時限式で爆発するものかと思ったが」

「少しずつ破滅に前進させていくのも端から見て面白いだろ?」

「それはそれで凶悪だな」



 当然の結末。今まで楽をして金を得ていたのだから、これだけのことをされても文句は言えない。薬物を使用して客を集めようとすればするほど、飲食物を口にした客は多大な嫌悪感を抱き、離れていく。そしてそれに気が付き、薬物を変えたり量を増やしても離れていく。

 一度そういった離れる要因を作ってしまえば、口コミから人から人へと評価は伝染していく。例えば、前まではあそこは居心地良くて食べ物も美味しかったが、何かを変えたのか食べ物も飲み物もどれも美味しくなくなって気持ち悪くなったと。そんな噂が立てば、話しに尾ひれがついて悪い意味で誇張されていくのだ。

 これから客は減っていく事だろう。それをこれから眺めていればいい。そんなすぐに効果は出ないのだろう?誰もがそう思う。しかしリュウデリア達が仕掛けた魔法には、薬物全てに対する嫌悪感を来す効果。つまり、全ての飲食物に薬物を仕込んでいる以上、客足が減るのは早い。

 本当ならば消し飛ばしても良かったのだが、それだと一瞬なので後悔もクソも無いだろう。ということで、後悔する時間を与えようという話になった。因みに、それら全てアイコンタクトだった。昨日の夜にオリヴィアを起こすとアレだからという理由で目だけで会話していた。



「はぁ……良い宿で正々堂々客を取っているのならば良かったが、まさか薬を使っているとは……」

「人間が好きそうな見た目の者を集めた烏合の衆だがな。見た目に惑わされるところは完全に人間だな」

「オイオイ。スカイディアの雑魚共もそうだろ」

「私達を……悍ましい……異形と言う」

「ふむ……つまりあの塵芥共も阿呆な人間とそう大して変わらんということか。ははッ。傑作だ。“御前祭”の時に声を大にして教えてやろう。俺達は優しいからな」



 怒りのヘイトを稼ぐだけだろ……とツッコミを入れる者はこの場に居なかった。仮に本当に言ったとしても、彼等に意見を言える者は殆ど居ないだろう。何故ならば、彼等が異様に強いことを知っているから。強い者こそが偉い。それが単純明快な実力主義の龍社会である。

 もしリュウデリア達に意見を言ったとして、それを否定されても文句は言えず、どうしても意見を通したいのならば決闘である。勝って殺して強さを示さねばならない。だから、精鋭部隊を簡単に捻り殺す彼等に決闘を挑もうという奴等は殆ど居ない。居たとしたら、それは死に急いだ者だけだ。

 紆余曲折。オリヴィア達は冒険者ギルドにやって来た。中に居る冒険者の数が少なくなっている。どうやらミスラナ王国に向けて出発したようだ。カウンターに並ぶ冒険者は居ないので、楽に受付嬢の元まで行ける。まあ、依頼ボードで依頼を見繕ってからなのだが。



「──────ということがあった」

「はぁ~……何か混ぜていたんですかね?私は忙しくて行く暇無かったんですが、オリヴィアさんの話しを聞いたら行きたくなくなりますね……」

「行かん方が良いだろうな。食中毒にでもなりたいというのならば止めはせんが」

「嫌ですよ食中毒なんて!?うぅ……みんなにも教えてあげようかなぁ」

「私の話を信じるならばそうした方が良いだろうな」



 ちゃっかり情報を広めようとしているオリヴィアは、あたかも善意で教えているんだぞという体で話している。それに食べ物を食べてみて、変な味がして美味しいと思わなかったからすぐに出て来たと言ったのだ。実際は一口も食べていない。食べたのはバルガスである。

 腹を下すのは嫌だなーとぼやいて、密かに他の受付嬢仲間や友人に教えておこうと考えている受付嬢。広めることには成功しているので、これから噂が噂を呼び、『スター・ヘイラー』を利用しようとする冒険者は居なくなるだろう。

 因みに、中毒症状で嫌悪感を抱いても摂取しようとする者も出てくるのでは?という疑問もあるが、そこら辺に関してもリュウデリア達に抜かりは無い。中毒症状の程度も調べてあるので、それを上回る嫌悪感を抱くように調整してある。なので、気持ち悪くても泊まりたい……という者は出てこないと言える。

 受付嬢に依頼ボードから取った依頼書を提示し、討伐系の依頼に向かおうと踵を返すと、背後から受付嬢仲間にコソコソとオリヴィアから聞いた情報を横流しする話し声が聞こえてきた。それを聞いて彼女達はほくそ笑む。人気宿屋の失墜する音を聞いて自業自得だと嗤うのだ。

 その後、オリヴィア達は依頼を普通に終わらせた。今回受けたのはDランクの依頼であったので、討伐対象の魔物は弱いものばかりだった。少し外で散歩をしてから帰ってきたのでちょうど良い時間になり、街へ帰ってきた。そして、『ノーレイン』の元へとやって来る。



「ペッ!ペッ!食い物が不味いんだよ!生ゴミでも出してんのか!?」

「酒腐ってんじゃねーだろうな!?」

「こんな気持ち悪い気分は初めてだ!おぇ……っ!」

「もう来るかこんな宿っ!さっさと辞めちまえっ!」

「今までの金返せっ!!」

「お客様方っ!お、落ち着いて下さいっ!今原因を調べておりますので……っ!」




「さて、『ノーレイン』は営業再開しているかどうか」

「してンじゃね?こンだけ時間がありゃ」

「再開して……いなかったら……別の宿か?」

「そうなるな。……む、再開しているようだぞ」

「まったく、態々私達を店先で待つとはな」



『スター・ヘイラー』から聞こえてくる怒鳴り声や野次を聞きながらやって来ると、『ノーレイン』の前でユミの父親と母親の2人の姿を見つけた。2人もオリヴィアの事を見つけると駆け足で寄ってきて、まず最初に頭を下げた。

 父親はオリヴィアにしてしまったことの無礼さを、何時間にも及んで母親にキツく咎められ、何度も頭を殴られた。元々温厚だったということもあり、頭に上がった血を冷まし、冷静に物事を考えてみれば、自身のやった愚かさに悔いた。それはもう後悔した。

 相手が人殺しでも殴り掛かるくらいの怒りを抱くくらい大切な一人娘を、命辛々助けてくれた命の恩人に何て最低な行いをしたのかと。恩を仇で返すとはまさにこの事と察した父親は、急いで宿屋の修復に取り掛かり、オリヴィアがやって来るのを外で待っていたのだ。



「オリヴィア様っ!その節は、本当に申し訳ありませんでしたっ!娘を助けて下さったお方に私は……一体何という事を……っ!」

「本当にウチの主人が失礼なことを……ささっ、オリヴィア様の為に部屋は取ってありますので、どうぞどうぞ」

「もう良い。愚かさを自覚したならば二度とするな。次は赦さん。問答無用で消し炭にしてやる。それと、部屋よりも飯を用意しろ。私の使い魔達が腹を空かせているんだ。宿で出すのは朝食だけらしいが、そのくらいの礼があっても良いだろう」

「それはもちろんですとも!娘の命の恩人なのですから、元々ご用意させていただきました」



 妻には頭が上がらないのか、母親は片手を口に当ててホホホと笑いながら、頭を下げて謝罪している主人の頭をぶっ叩いた。これでもかと言い聞かせたという意味なのだろう。それから、晩飯は此処で食べていこうと考えていたオリヴィア達だったが、どうやらユミの両親達も料理を提供するつもりだったらしい。

 荷物を持ちますと言われたが、異空間にあるので無いと言って断り、部屋よりも先に食堂へ案内してもらった。1つのテーブルにはナイフとフォーク、飾り付けの花が置いてあり、如何にも歓迎してますと言わんばかりの装飾だった。

 椅子を引いてもらって、態と偉そうに座る。それを見て、腕の中のリュウデリアが小さく吹き出した。そんなガラでもないだろうに、態とらしい偉そうな座り方につい笑ってしまったのだ。笑わせるのが目的だと知らずに。因みに、それに察してリュウデリアはジト目を向けた。

 肩からテーブルへ降りたバルガスとクレアに続き、オリヴィアに降ろしてもらったリュウデリア。少しお待ちをと言って厨房に行った父親と母親の内、母親が豪勢な料理を更に乗せて運んできた。肉料理に魚料理。サラダにスープ。手間が掛かってそうな煮込み料理も出してきた。

 匂いからして美味そうだと思ったのか、リュウデリア達の尻尾が暴れている。尻尾が動いているぞと言うと、初めて自覚したようでピタリと止まった。そうしている間に山のような豪勢な料理が運び終わり、是非召し上がって下さいという母親の言葉に甘え、思い思いに料理を食べ始めた。しかし、オリヴィアは食べる手が止まる。



「……これはお前達が作ったのか?」

「……?はい。腕によりをかけて作らせていただきました」

「ふーん?それにしてあまり美味いと思わないな」

「えっ!?まさかレシピを間違えて……っ!!」

「いや、美味いには美味いが、あの料理ほどではないなというだけだ」

「あの料理……?」

「お前達の娘が作った料理だ。朝食で軽めの物だったが、この料理よりも美味かった」

「ユミの料理がそれ程……っ!」

「手には小さい傷が目立ち、荒れていた。相当練習していたのだろう。お前達の、娘の命の恩人に対して美味い料理を出そうという気概の料理よりも、私はあの小娘……ユミの作る料理の方が美味いと思った。それだけだ」

「…………っ」



 オリヴィアは治癒という、神界でも珍しい力を持っていて尚且つ、容姿の美しさからこれでもかと豪勢な料理を出されてきた。ただ美味いと言わせるためだけの料理だ。要は、今出された料理のようなものは食べ慣れている。それこそ何千年も食べてきたのだから。

 だがユミの料理は違った。不慣れで完璧とは言い切れない料理の腕ではあるが、それでも努力して喜んでもらえるように自分なりに試行錯誤して料理をしていた。両親から教えてもらったレシピもあるが、敢えてそれを使わなかった。だから作り手の気持ちが伝わってくるのだ。

 手の込んでいて、見た目にも気を遣われている肉料理を一口食べてナプキンで口を拭ったオリヴィア。リュウデリア達は気配から察して、急いで出された料理を全部平らげて口の周りについた食べカスを舐め取り、オリヴィアの肩や腕の中へと登る。

 椅子から立ち上がったオリヴィアに、相当失礼なことをしたのではと顔を青くする母親だが、その気持ちに反して彼女達は『ノーレイン』の玄関に向かっていった。何処へ行くのかと慌ててついてきた母親が聞くと、振り返りもせず、オリヴィアは答えた。



「私はあの小娘の料理が食いたい気分なんだ。だから診療所へ行く。お前達は私の使い魔が食べた料理の皿でも洗っていろ」

「な、何をするおつもりでっ!?」

「すぐに分かる」



 大した返答もなく、宿屋を出て行ったオリヴィアに母親は困惑した表情をした。厨房に居た父親も母親の声を聞いて出て来て、母親からことの内容を教えてもらって同じく困惑した。だが、すぐに分かるというので、大人しく店で待っていることにした。言われた通り、食べ終わった皿を洗いながら。





 オリヴィアはユミの料理の方が、ユミの両親の料理よりも美味いと感じた。だからそれを食べる為に診療所へ向かう。何をするのか、それは至極簡単なことだった。





 ──────────────────


『スター・ヘイラー』

 何故か客から食べ物が不味いだの酒が腐っているんじゃないかだのとクレームが入って仕方ない。いつも通りにしている筈なのに、辛らつな言葉の嵐で平の従業員は困惑しやがら沈静化に尽力している。

 一方で、薬物を使っていると知っている上の者達はまさかと思っているが、そんなはずはないと、どこから出たのか分からない自信に則り、薬の量を増やした。結果、クレームが大きくなるの繰り返しに追われている。




 龍ズ

 飯を食ってたらオリヴィアがこれは違うと言うので急いで全部食べた。まあ確かに、ユミが作った料理の方が美味しいと感じていたところもあるので否定はしなかった。




 オリヴィア

 美味いと言わせるだけの料理は食べ飽きているし、何となくユミの作った料理が食べたいと思ったので診療所へ向かっている。因みにだが、治癒の力は使わない。もし誰かに見られたら今まで隠していた意味が無くなってしまうから。


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