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第7章
第96話 瀕死の賭け
しおりを挟む「どうだ?読んだことのない本はあるか?」
「……あまりないな。む、右上の緑の表紙をした本を取ってくれ。それは読んでいない」
「わかった」
ティハネの申し出を断ってから翌々日。つまり2日後。リュウデリアはオリヴィアの肩に乗りながら本を読んでいた。この国の図書館は大きく人気があり、昼間でも人が居た。なのでバレない声の大きさで会話をしながら、読んだことのない本を探している。
因みに、昨日はオリヴィアがリュウデリアに一日中抱かれていたので動けず、何も出来なかった。本人は幸せそうな表情で完全に意識を飛ばしていたのので大丈夫だろう。今も少し体が怠いが、幸せの怠さだと受け入れて幸福感を享受していた。
宿で出される軽めの朝食、スクランブルエッグと焼いたハム、ふんわりとした焼きたてパンを食べて、城上町を適当に歩いて散策してから、図書館が会館されると同時に入って行った。読んだことがある本は飛ばして色々と見ているのだが、リュウデリアのお眼鏡にかなうものは見つからない。
仮にあっても10秒もあれば読み終えてしまうので何とも微妙な気持ちにさせられるが、オリヴィアはいくらでも付き合う所存だった。現に自身が見ている風で彼に読ませているという行為を、かれこれ3時間はやっているのだが、退屈のたの字も出さない。
「あぁ……リュウデリアに一日中抱かれた余韻が、まだ体に残っている……思い出すだけで抱かれている気持ちになれる……っ」
「それは……大丈夫なのか?」
「大丈夫。最高の気分だ」
「……そうか」
それで良いのかと思ったが、声色が幸せそうなので納得しておくことにした。そうしてオリヴィアの手助けもあって本を探すが、全部読んでいたということで棚を1つ飛ばししたり、分野別になっているところそのものを飛ばしたりしていき、結局午前中に図書館の本を制覇してしまった。
まあ、国や街を渡るだけで全てが全て新しい本になるということはないので仕方ないのだろうが、新たな知識を得ることができると思っていただけに残念な気持ちにさせられた。
目的を達成した2人は図書館を出て昼飯を食べるために、国に入る時に使った入口とは逆の、謂わば国の奥の方へ進んで行った。町並みは差して変わらないが、色々な店が建ち並んでいる。客の呼び込みも昼時なので行われており、笑い声の楽しそうな声や話し声で賑やかだ。
「おっ!真っ黒の人は見ない顔だね!まあ実際顔見えないけど!どうだい、刺身丼は!ガッツリ食えるし、今なら大食い企画もやってるよ!」
「刺身丼?」
「あちゃーっ!食いついちゃったかー!刺身丼はね、刺身を丼の中にこれでもかって敷き詰めたものなのよ!味は保証するよ!」
「大食い企画というのは?」
「白米は元の3倍!刺身はてんこ盛り!今まで食えた奴は居ないぜ!制限時間内に食えたらお代はタダだよ!」
「ほう……。面白そうだな。やってみるか」
「よしきた!1名様と1匹様入るよ────っ!!」
元気な男性が案内してくれる店に入ると、見える厨房では40代くらいの女性3人が忙しそうに、でも皆が笑顔で料理作っていた。ウェイターの係をやっている若い男性も忙しそうだが、笑顔で対応していて楽しそうだ。そんな店員だからか、店の中も人が多く居て繁盛している。良い店を引き当てたようだ。
厨房から香ってくる料理を嗅いで、リュウデリアが肩の上で尻尾を振っているのを見て、クスリと笑いながら楽しみだなとフードの中で微笑んだ。空いている2人席に座り、メニュー表を見て何にするか決めていく。リュウデリアは間違いなく大食い企画だろうから見せなくて大丈夫だ。
サッと左から右へメニュー表を見ると、跳ね魚の刺身丼というのがあり、何となく目に止まったのでそれにすることにした。傍を通ったウェイターの店員に注文していくと、大食い企画はオリヴィアがやると思われたようで使い魔がやると言うと、大層驚かれた。まあ肩に乗るサイズが大食い企画をやると言ったら驚くだろう。
テーブルの上で水を浮かせて口に運び、水分補給をしているリュウデリアを眺め、両方の人差し指を突き出して手押し相撲をしたりして遊んでいると料理が運ばれてきた。最初はオリヴィアの跳ね魚の刺身丼で、身が薄桃色をしていて、お好みでこの店手作りのタレを掛けて食べるのだそうだ。
特製タレを入れた容器を受け取って中央に向かって行くように円を描いて2周りくらい掛けると、スプーンを刺し込んで持ち上げた。炊きたての白米の上に新鮮な跳ね魚の刺身がぷるりと乗っかり、掛けた醤油が彩りを与えていた。刺身は美味い。それを知っているから、ごくりと喉が鳴る。
「……っ!美味い……っ!身がしっかりしていて程良い弾力だ。タレも少し甘めで白米とのバランスもいい。んーっ。美味いっ!ほら、リュウちゃんもあーん」
「あー。……っ!?」
「ふふっ。美味しい?」
「……っ!」
大きめに切られた跳ね魚の刺身を探してから、白米と一緒に持ち上げてリュウデリアに食べさせた。一口でパクリと食べて、口の中から溢さないように少し上を向いて咀嚼して飲み込むと、黄金の瞳をキラキラと輝かせていたので美味しいと分かっていながら、美味しいかと尋ねると力強く首を縦に振った。
フードの中で、それは良かったと微笑みながら自身も二口目を食べると、やはり美味しいと頬に手を当てて味を噛み締めた。するとそこへ、ウェイターの若い男性がリュウデリアの頼んだ大食い企画の丼を持ってきた。
「いや、大……きいな?すごく」
「…………………。」
「白米10合に刺身は全種類をトッピングして、全部で約12キロ!圧巻でしょう?使い魔くんはたべられるかなー?食べられなかったら5万Gだよー?しかも制限時間は30分!」
楽しそうに話し掛けてくる店員が勝ちを確信するのは当たり前だ。とんでもない大きさのどんぶりに白米が10合も盛られていて、その上に10キロの刺身が山となって盛りつけられているのだから。大きな体で大食漢と男でも逃げ出す量だろう。普通ならば。
リュウデリアは見た目肩乗りサイズの使い魔だが、本来は30メートル近い巨体である。サイズを落として食べられる量にも変化を与えているが、それでも人間の100人前は余裕で食べる。つまり、この量は全く問題ないということだ。
「私の使い魔を舐めるなよ。この程度ぺろりと食べるぞ」
「いやー、流石にあの小さな使い魔がうっそーん……?」
「食い始めて30秒くらいなのに6分の1は無くなってるぅ!?」
「魔法で浮かせて食べてを延々と繰り返して食ってる……」
「いや食べるの止まんねーな!?」
「胃の構造どうなってんだ!?」
白米と刺身を浮かび上がらせて口の中に流し込んでいく。速度は変わらずむしゃむしゃと延々に続けていた。刺身と白米の橋が架かり、周りの客もいつの間にか我が目を疑いながら見ていた。バクバクと食べ進めていき、制限時間は30分と言われたが、そのままの速度でいけば時間内は余裕だろう。
とんでもない量の刺身丼を食べながら満足そうにしているのを眺めながら、オリヴィアも自身の分の刺身丼を食べ進めていく。最早彼女ではなく、てんこ盛りにされた刺身丼を食べていくリュウデリアに、誰もが釘付けである。そうして5分が経過した頃、大きなどんぶりの中は米粒1つ残っていなかった。
「ふぅ……げっぷ」
「いや5分で食っちまったんだけど!?」
「あの黒い使い魔大食らいじゃすまねーよ!?」
「腹膨れてねーしどうなってんだよ!!」
「私もちょうど食べ終わった。会計を頼む」
「あ、はい。けど、使い魔くんが全部食べたからあなたのも無料でいいですよ……」
「おぉ。ついでで昼飯代が浮いたな。さ、行こうかリュウちゃん」
沢山食べられて満足しているリュウデリアに、テーブルを指先でコツコツと叩いて促すと、手から腕を伝って肩の定位置に着いた。料金は無料だということで悠々と外へ出て行く。その後ろ姿を、他の客達が後光が差す勇者を見ているが如く、眩しそうに眺めていた。とんだ茶番である。
余談ではあるが、今まで数々の挑戦者を返り討ちにしてきた大食い企画が、小さな使い魔1匹に制覇されてしまったので、もっと量を!と画策されて内容を追加していった結果、ただでさえ多かった丼が2倍の量に膨れ上がった。結果、リュウデリアが最初で最後の制覇者となった。
「美味しかったな」
「実に満足した。他のところで大食い企画をやっていたら、またやりたい」
「ふふっ。じゃあ今度からそれも探していこうか」
「あぁ」
尻尾を振ってご機嫌なリュウデリアを眺めて自身の機嫌も良くなっていくオリヴィア。今日は平和な1日だなぁと、晴れて水色の広がる空を見る。釣られて彼も同じく空を見上げ、視線を降ろして互いに顔を合わせると、同時にクスリと笑いあった。
この日は冒険者ギルドにも行かず、城上町の散策もせずに、単なる散歩をして楽しみ、頃合いの時間になると予約している宿に帰って、くっついてイチャついてその日を終えた。
翌日、オリヴィアとリュウデリアは再びダンジョンに潜るためにやって来た。他の者達は潜るにあたって準備や心構えがあるのだろうが、彼女達にそんなものは必要ない。行こうと思った時に行けば階層を突破していけるからだ。
外壁の外に出て、人目につかないところへ行くと、リュウデリアの魔法で一気に50階層まで跳んだ。『瞬間転移』は一度見たところにのみ転移できるので、ダンジョンで最後に見た、到達した中で一番最深の階層に到着する。
階層が多くなればなるだけ、奥まで行くのに時間が掛かる。ましてや発生する魔物との戦闘をも熟していかなくてはならないので尚のこと時間が掛かることだろう。それを1秒以内で到達してしまうのだから魔法は万能なのだ。因みに、瞬間移動は誰でもできるわけではない。
「さて、今日も進んで行こう。何階層まで行けるか楽しみだな」
「一応魔力で把握を……なんだ?」
「どうした?」
「……サグオラウスが構える扉の前で、人間一人が20匹以上の魔物と戦闘している」
「ほう……押しているのか?」
「いや──────死にかけている」
「49階層まで来てか……?いや待て、1人?もしかしてその他の人間は死んでいるのか?」
「死体も無いな。単独だ」
50階層に到着すると、背後の方で多くの気配が密集しているのを感じ取った。何故だろうかと思って魔力の波動は放ってみれば、人間が1人だけで20匹以上の魔物と戦っているのが解ったのだ。いや、戦っているというよりもどうにか逃げ回ってその場凌ぎをしていると行った方が良いだろうか。
無謀だなとしか思わなかった。探索者も4人パーティーまで組めて、連携すればもっと多くの人数で来ることができるのにと。しかしリュウデリアは魔物と人間をスキャンした時に、その人間のあることに気が付いた。
目を細めて何かしらに反応していると読んだオリヴィアは、50階層の奥へ向かうのではなく、踵を返して上に上がっていった。到着すれば、また再発したサグオラウスが居て、背後から現れたオリヴィア達に驚きながら唸り声を上げて威嚇をしてくる。
「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
「お前に用は無いから──────死んで良いぞ」
「──────ッ!?」
サグオラウスは魔力の塊を2つの口から吐き出した。膨大な魔力だ。しかしオリヴィアが身に纏っている純黒のローブは物理と魔法を無効化する。放たれて迫ってくる膨大な魔力の塊は、突き出した掌に触れて消失した。抵抗も無く魔力が消された事に固まったサグオラウスに、突き出した掌に形成した純黒の槍を投擲した。
思い切り振りかぶった槍が投擲されて、サグオラウスの胴体の真ん中に向かっていく。驚きで固まっている間に槍は到達してしまい、槍の先が触れた途端に魔力爆発を起こして胴体を円形に抉って消し飛ばした。残ったのは立った状態の脚と、頭2つだけであり、頭は支えるものが無くなってぐしゃりと地面に落ちた。
砂のように変わってダンジョンに吸収されていくサグオラウスの横を歩いて通り過ぎ、扉をリュウデリアの魔力操作で開いてもらった。重々しい音を響かせながら扉が開くと、ゴブリン、オーク、ウルフ、トレント等といった魔物がたった1人に向かって襲い掛かっていた。
扉が開いてオリヴィアが現れると、一様にそちらを見て動きが一瞬止まった。その瞬間を突いて脚を持ち上げてから降ろし、コツリと鳴らすと20匹以上の魔物達が純黒の色に凍てついた。例外なく1匹残らず凍り付き、その上に純黒の槍が形成されて雨霰のように降り注ぐ。当然生き残れる者は居らず、一瞬にして殲滅を完了させた。
「さて、どんな人間が居るのか……お前は……」
「ふ、ふふ……わた……しは……賭けに……勝っ………た……──────」
「この程度の魔物に死にかける戦闘力は塵芥だが、1人で此処まで到達することだけは評価してやろう」
「まったく……諦めていなかったのかこの小娘は」
魔物に囲まれて死にかけていたのは、なんとティハネだった。両手に持った短剣は刃毀れがしていて、着ている服も所々が攻撃によって破けて下着すらも露見している。小さいながらも生傷が体中に刻まれていて血が流れている。頭からも出血していて、片目をレッドアウトさせていた。
肩で息をして、今にも膝から崩れ落ちそうだ。それでもどうにか動いて魔物の攻撃を回避してやり過ごしていたのだろう。魔物が全てオリヴィアに殲滅されたのを見届けると、安心したようにその場で崩れ落ちて倒れた。
たった1人。誰ともパーティーを組まず此処まで来たティハネは、オリヴィアの手によって命からがらのところを救われたのだった。
──────────────────
跳ね魚
小さな翼を持っていて、水面から飛び上がって1分くらい水面の上を飛んでいられる魚。身が引き締まっていて美味しい。見た目はトビウオみたいなもの。
大食い企画
ある食堂で出されている、食えるなら食ってみぃ化け物丼。無論今まで完食できた者は居なかった。10キロ以上あるのに制限時間が30分というクソ仕様。
リュウデリアが全部食べてから量が2倍になったので、完食できた者はリュウデリアが最初で最後。
オリヴィア
リュウデリアが大食い企画に挑戦しているとき、一緒に食べていたが時々特製タレを掛けて味変をしてあげていた。味に飽きないように。
自分の跳ね魚の刺身丼をあげるときも、態々大きい刺身を探して食べさせてあげる、めっちゃ良い子。
サグオラウスを瞬殺して魔物の塊を一掃した。
リュウデリア
大食い企画良いじゃん……ってなった龍。全部食べてもまったく腹は膨れていない。まだまだ食べられた。まあ元の大きさを考えればね。
ダンジョン50階層に瞬間移動したら背後から人間1人分の気配と20匹以上の魔物の気配がして訝しげにし、人間から感じ取れる魔力がティハネのものだと気付いて少し驚いた。
ティハネ
2日前から単独で潜って、どうにか49階層の扉の前まで来た。方法は単純に疾走して。なので途中で連れてしまった魔物を相手する羽目になった。
既に2徹していて眠気も疲労もMAXだった。
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