純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第6章

第83話  想い

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 どくん、どくんと心臓が鼓動を刻む。生きている証。死んでいない証明。生き物として当然の事を、今ほど感謝したことはない。



「リュウデリア、見てみろ。木の枝の上に栗鼠リスの親子が居るぞ。小動物が戻ってきているんだ」

「…………………………。」



 莫大な全魔力を使い果たし、神界より強制的に地上へ戻されたリュウデリアは死に体だった。幸いオリヴィアの治癒を施す事ができ、駆けつけたクレアとバルガスの懸命な延命措置によって息を吹き返した。

 しかし目は覚まさない。心臓は正常に動いている。肺が酸素を取り込んでいる。魔法で調べたクレア達が、口を揃えて問題ないと言っていた。ならば間違いないだろう。なのに目を覚まさない。

 体のサイズは元の巨大なものとなり、横を向いて丸くなって眠っている。オリヴィアはリュウデリアが目を開ければすぐ見えるところに座り、目元の近くに背中を預けている。手を伸ばして瞼を撫でる。早く起きて欲しいと思いながら、何かしらを語り掛けるのだ。



「──────オリヴィア様」

「どうした?スリーシャ」

「お昼ですので、果物をお持ちしました。どうぞお食べ下さい」

「……もうそんな時間か。ありがとう、いただく」

「はい……」



 触れ合いながら話し掛けるオリヴィアに声を掛けたのは、リュウデリアの義母であるスリーシャだった。何とこの場所、スリーシャが宿っていた大樹からそう離れていない場所だったのだ。何の偶然か、神のゲートのこの真上に展開され、彼が真っ直ぐ墜ちてきたのだ。

 墜ちた衝撃に気が付いたスリーシャが、何事かと血相変えてやって来たところで、クレアとバルガスに心肺蘇生されているリュウデリアと、無事を祈っているオリヴィアと鉢合わせたというわけだ。まるで母親のスリーシャのところに癒されに来たようだと口にすれば、照れたように笑みを浮かべていた。

 だがやはりスリーシャも心配している。リュウデリアの強さは知っているからこそ、こんなになるまで戦って、傷が治っているのに一向に目を覚まさない事から、もう目を覚ます事は無いのかと最悪なケースを考えてしまうのだ。

 持ってきてくれた食べられる果実を少しずつ口に入れていく。リュウデリアがこうなっている以上、食欲は底まで湧いてこないのだ。結局果実の半分くらいを食べて終わってしまい、スリーシャに折角持ってきてもらったのにすまないと謝罪した。

 滅相もないと慌てて返すスリーシャであるが、気分は同じだ。精霊なので食べ物が絶対に必要という訳ではないので食べていないが、ずっと取り組んでいる人間が攻めて来て焼かれた森の部分の再生も、今は進まない。自身も心配だろうに、小さい精霊が頑張ってくれている状態だ。



「……もう5日か……」

「はい……5日が経ちました」



 神界から戻ってきて5日が経つ。クレアとバルガスの傷はリュウデリアの心肺蘇生が終えたら治癒した。助けに来てくれてありがとうと言うと、友達なのだから気にするなと言われた。あれだけボロボロになってまで来てくれたのに、返せるものが無いので、何時か必ずと約束した。

 心肺蘇生に成功して、オリヴィアに傷を治してもらった2匹は、すぐにその場から去って行った。完全に治されて、状態も安定しているから万が一は無いだろうとのことだった。唯念の為に、気配で察知しているから、有事の際は駆けつけると言い残して。



『オリヴィア、いいか?リュウデリアの肉体は元通りだ、それはオレ達が保障してやる。だけどな、魂の方はどうなってるか解らねェ』

『魂……?』

『肉体が死に……魂を魔力で……無理矢理繋いでいたと思う……ならば……治癒が終わり……私達が駆け付ける前の……一時的に……死んでいた時に……一気に……魂が白紙化しても……おかしくない』

『肉体が無事なのに魂が抜けるなんて事があるのか……?』

『普通は無ェな。だからそれだけの無茶をしてたってこった。だから本当に目を覚ますかは解らねェ。コイツなら、相手の魂がどうなっているのか見抜けるンだろうが、オレ達には出来ねェ』

『後私達に……出来るのは……リュウデリアが目を覚ますまで……待つこと』

『そう……か』

『……悪ィな。あんま役に立てねェわ』

『私達にも……出来ないことが……ある』

『……ふふ。何を言っているんだ。お前達は私を助け出してくれたじゃないか。リュウデリアのことも。駆け付けてくれなければ肉体だけ治って心臓が止まったままで、いずれ本当に死んでいたかも知れない。だからありがとう』



 最初の日に2匹と会話した内容を、目を瞑って思い出す。出来るのは、リュウデリアが自ずと目を覚ますことを待つこと。他に出来ることは無い。魂の問題ともなれば、治癒は意味無いのだろう。治せるのはあくまで生きとし生けるものの傷だけ。

 それでも、自身が何かやってあげているのだという実感が欲しくて、純黒の鱗に触れながら純白の治癒の光りを出してみる。魂に干渉する方法なんて知らないし、出来ないかも知れないが、何もしないでずっと待っているだけなのは堪らなく怖い。

 背中で寄り掛かりながら目を瞑り、治癒の光りを与えていると、彼の静かな息遣いが聞こえる。生きていると確認出来る少ない情報。早く起きてくれ。そして一緒に旅をして、色々なものを見て触れて、食べて、共に居られる時間を享受しよう。愛する純黒の殲滅龍よ。



「愛してるよ、リュウデリア。私の黒龍……」

「………………………。」

「……オリヴィア様」



 少しずつ治癒の光が弱くなっていき、代わりに静かな吐息が聞こえてきた。涙を流しながらリュウデリアに寄り掛かったまま眠ってしまった。スリーシャは葉を集めて作った布団を掛けてあげた。片時も離れようとしないオリヴィアに、クスリと微笑む表情は母親のようであり、しかしふとした時には悲しそうなものへと変わる。

 閉じられた瞼に触れる。数ヶ月前には人間に痛めつけられて数日間眠っていた自身を護りながら、目を覚ますまで待っていてくれたリュウデリア。今回は逆ですねと心の中で思いながら、もっと近づいて体を押し付ける。額を付けて祈る。早く目を覚まして、数ヶ月振りとなる声を聞かせてと。オリヴィア様とどんな日常を送ったのか、教えてと。



「私は……私達はずっと待っていますよ、リュウデリア。私やオリヴィア様を助けておいて自分だけ勝手に死んだら、怒っちゃいますからね。だから……早く目を覚まして下さい。そしていっぱい、あなたのお話を聞かせてね」



 眠り続けて5日目。この日もリュウデリアが目を覚ますことはなかった。

















「ふっ……はっ……ふぅ……」

「オリヴィア様は武器を使えるのですか?」

「あぁ、これは前にリュウデリアが試しにやっていた槍術の動きを真似しているだけだ。私はこれといって武器を持って戦ったことは無いぞ」

「それにしては……サマになっていると言いますか……」

「そうか?ならやっている甲斐があるかも知れないな」



 手頃な長さの棒を振り回しているオリヴィアを見ているスリーシャは、治癒の女神なのに戦える力を持っているのかと思ったが、どうやらお遊び感覚でリュウデリアがやっていた槍術の動きを真似しているようだった。手の中で回転させて、体の周りでもぐるりと廻して棒の先を前に向けて突いた動きをしている。

 初めてやるのに、前にやっていたリュウデリアの動きそのものであることを誰も知らない。スリーシャはそもそもその時のリュウデリアの動きを見ていないので知るはずがなく、オリヴィアはそこまで完璧に出来ているとは自惚れていないからだ。

 もしリュウデリアが起きていて、今のオリヴィアの動きを見ていたら、自身の動きそのままではないかと感嘆とすることだろう。それに気が付かないまま、何もやらないのはどうも落ち着かないので、リュウデリアに治癒の光りを当てたり、こうして体を動かしている。

 棒を振り回しながらチラリとリュウデリアの方を見て確認しているが、目が開く様子はない。変わらず規則正しい静かな吐息が聞こえて、少し俯き気味になる。それを察してスリーシャが色々と話をして間を持たせる。結局6日目も目を覚ますことはなかった。



「はぁ……リュウデリア……」



 次の日。眠ってたままの7日目。オリヴィアはずっとリュウデリアの傍に居たのだが、偶には少し離れて独りになろうと思い、迷子にならない程度の場所へ来ていた。スリーシャと小さな精霊が面倒を見ているからか、生えている木々は元気だ。幹も太くて立派なもの。光合成で空気も澄んでいる。

 しかしそんなことも気付かないくらい気分は沈んでおり、沈痛な表情を浮かべている。後どれくらい眠ったままなのだろうか。神には悠久の時間があるので寿命を考えなくてもいいし、どれだけでも、それこそ何千何万年だろうと待っている心積もりではあるが、だからといって悲しくない訳ではない。

 声を聞きたい。話をしたい。笑い合いたい。ずっとその事だけが頭の中に流れ続ける。手で触れられるところに居るのに、遠い。どうしても手の届かないところに意識がある。故に何も出来ない。オリヴィアは勝手に流れる涙を指で拭う。



「──────オリヴィア様」



「──────ッ!!」



 呼び方はスリーシャと同じなれど、種族は別。突然背後から声を掛けてきたのは……神だった。



 全身に甲冑を身に纏った、騎士のような姿をした男は、恍惚とした表情をしながら何度もオリヴィアの名を呼び、その目には情欲を滾らせている。何故こんなところにと思う前に、早く逃げないとという思いが出て、脇目も振らずに駆け出した。しかし急ぎすぎて木の根に足を取られて転倒する。

 男神は転んでしまった時に捲れて見えているオリヴィアの綺麗な脚に視線をやり、下劣な笑みを浮かべて舌舐めずりをした。狙いなんてものは言わなくても解るだろう。四天神を正面から殺し、最高神すらも殺したリュウデリアが居るというのに、こうして来る神が居るとは思わなかった。



「あぁ……オリヴィア様。あなたはなんと美しいのでしょう……あなたの全ては私にこそ相応しい……ッ!!」

「ふざけるなッ!!私の全てはリュウデリアのものだッ!!そもそも、私に手を出そうとして最高神が殺されているというのに、貴様はどういうつもりだッ!!」

「あっははッ!!笑わせないで下さいよオリヴィア様ぁ……──────その龍はもう死んでいるじゃありませんか」

「…っ……死んでいないッ!!決め付けるなッ!!」

「目覚めていないのでしょう?ならばもう死んだも同然ですよ。それより、そんな汚らわしいものなんか放って置いて、私の妻になって下さい。大丈夫、私の妻になればあんなものすぐに忘れさせてあげますよ……ふっふふふふふふ……ッ!!」

「……貴様のような者が居るから、私は男神に興味を一切持たなかったのだ下衆が。指1本でも触れようものならば自決してやる」

「また復活するというのにですかな?そんなに無下にせずとも、すぐに気持ちよさで私を求めるようになりますよ。さぁ……邪魔者は居ません。思う存分愛し合いましょうッ!!」



 男神はオリヴィアを追い掛けて地上へやって来ていた。あれだけ派手に暴れて何万という神を殺した龍が居る地上に行こうという神が居ない中、オリヴィアを妃にしようとしていた最高神が殺されたことをチャンスだと思い、こうして性懲りもなくやって来たのだ。

 転んでいるオリヴィアに躙り寄って来る男神から後退るオリヴィア。触れてきたら絶対に自決して、復活した瞬間にまた自決を繰り返して誰の手に触れられないようにしてやると覚悟を決めた。こんな気持ち悪い奴に犯されるくらいならば、その位いくらでもやれる。

 涎を垂らして舌舐めずりをしながら手を伸ばす男神に、殺意を込めながら睨み付けながら、舌を噛もうとすると、ずぐり……と嫌な音が聞こえた。口の端から血を流す男神は、何が起きているのか解っていないようだ。だがオリヴィアからは見える。

 男神が身につけている甲冑の胸から、尻尾が背中から貫通して出て来ていた。尖った先端から男神の血が滴り落ちている。そしてその貫通している尻尾は……純黒の鱗に覆われていた。

 尻尾が刺さったまま上に持ち上げられて、背後に居る尻尾の持ち主と顔合わせになる。男神は先程までの恍惚とした表情を潜めて恐怖に染まり、オリヴィアは口を両手で覆いながら止め処なく涙を流した。



「ぎ……ぃ……貴…様……はァ……っ!?」

「──────俺の番に何の用だ塵芥風情が。最高神を殺されてもまァだ解らん阿呆は居ると思ったが、典型的だなァ?で、言い残す言葉は?」

「わ──────」

「そうか──────死ね」

「────────────。」



 男神は言い残す言葉を言えることも無く、純黒の炎に灼かれて死んだ。復活することは無い。根底からの死であり完全消滅だ。尻尾に付いた血を振り払って飛ばし、ふん……と鼻を鳴らして不愉快そうにしていた。

 しかしその表情はすぐに変わり、倒れたままのオリヴィアに向けられる目は愛しい者を見る甘いものだった。生きている。立っている。言葉を話して、縦に切れた黄金の瞳で見つめている。人間大のサイズになったリュウデリアが、そこに居た。



「待たせてすまなかったな、オリヴィア」

「リュっ……ウ……っ…デリア……リュウデリア……っ!!」

「何だ?」

「本物……なんだな……?私の知る……私のリュウデリアなんだな……?」

「そうだ。リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ。お前を……オリヴィアを愛する龍だ」

「ぁあっ……ふぐっ……うっ……りゅうでりあぁ……っ」

「すまなかった。そしてありがとう。オリヴィアのお陰で俺は死なずに済んだ」



 決壊したダムのように大粒の涙を流して嗚咽するオリヴィアを立たせる。すると絶対に話したくないと言わんばかりの強さで抱き締めてくるので、自身も囲い込むように抱き締め返した。

 自身のことを想って泣いてくれている。心配を掛けさせたというのは自覚していて、不謹慎だろうが泣いてくれているオリヴィアが愛しい。奪い返す事が出来たことよりも、こうして抱き締めて触れ合える事が嬉しい。

 まだまだ止まりそうにない涙を流しているオリヴィアと、コツリと額を合わせる。そして共にクスリと笑い合った。



「ただいま、オリヴィア」

「おかえり、リュウデリア」



「心の底から愛している」

「私も……心の底から愛している」



 意識を取り戻し、助けに来てくれたリュウデリアを抱き締め続けたオリヴィアは、少しだけ体を離し……彼の口先に触れるだけのキスをした。顔はほんのりと赤く染まり、上を向いたまま、涙で潤んだ目を閉じる。

 意図を理解しているので、次は自身からオリヴィアの唇に口先を付けた。人間と同じ姿のオリヴィアとのキスは、口の構造の違いから少し不自然な……触れるだけのものになってしまう。しかしそれを気にした様子も無く、彼女は何度もキスを求めてきて、自身はそれに応えた。






 種族が全く違う女神と龍。だが両者との間には確かな愛があった。オリヴィアはこの時間を享受する。愛しい者が戻ってきてくれた、この幸せな時間を。





 ──────────────────


 スリーシャ

 リュウデリアを短い間とはいえ育てた義母。大きな落下音が聞こえて、また人間が攻めて来たのかと思って向かってみれば、心肺蘇生さているクレア達と、動かないリュウデリアを見つけた。

 スリーシャが居る森に墜ちてきたのは偶然であり、彼女は意図せず再会をした。ただし、ハラハラさせてくる嫌なタイプの再会。




 小さな精霊

 リュウデリアが心配だが、スリーシャの方が心配しているだろうと察して、代わりに焼かれた森の再生を担っている。2人分の働きをしているので大変だが、リュウデリアの傍に居てもらうために一生懸命やってる。とても良い子。




 オリヴィア

 リュウデリアとしっかり再会することが出来た。助けてくれたクレアとバルガスにも感謝の念が尽きない。

 このあと、リュウデリアとめちゃくちゃキスをした。幸せ過ぎて頭の中がどうにかなりそうだった。

 初恋は実らないという諺があるのに、純黒の殲滅龍を一本釣りして両想いになった強か女神。彼女に手を出そうとするならば、まず怖い黒龍を真っ正面から殺す必要がある(無理)




 リュウデリア

 目を覚ましたらスリーシャが居て、離れたところにオリヴィアと神の気配がしたので文字通り飛んで行き、ぶち殺した。

 絶対に死んだと思ったが、皆のお陰で生き返ったことに感謝している。

 本を読んでキスというものは知っているが、人間同士のように深いのは口の構造の問題で出来ない。


 ただし、長い舌をこれでもかと突っ込んで口内を掻き回せるものとする(まだしない)



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