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第6章
第75話 干渉
しおりを挟む純黒の色をしたリュウデリアに対し、底知れない怒りを露わにするクカイロスに訳が解らないと、緊張感もなく小首を傾げた。会ったこともない相手が死んだ原因であり、仇討ちだと言われて困惑しない方がおかしいだろう。本当に殺しているならば煽るが、まったく心当たりが無かった。
本心から知らぬと言ったところで、クカイロスはもう止まらないだろう。そんな目をしている。激しい怒りを内包した殺意だ。言葉だけでは治まらないだろう。それに、リュウデリアも面倒なので弁解するつもりもない。
しかし突然狂ったように憤慨するクカイロスを見ているだけという訳にはいかない。手に持つ長い杖をこちらに向けて放ってきたのは、表面が夥しい数の数字が蠢く球体だった。あれは触れてはならないと察知して、途中瞬間移動みたいな動きをして飛んできた球体を避けた。
だが完全に避けきる事は出来ず、使い物にならなくなっていた、捻れた左腕がその球体に触れてしまった時、肩から先が消滅してしまった。硬度の高い鱗も関係無しに、肉や骨ごと持って行かれた。傷口から血が大量に流れ出そうとするのを右手で覆って純黒の氷で凍らせて傷口を塞いだ。
──────あの神が狂っているのに気を取られて、腕の形をしていない左腕を魔力で覆うことを失念した。今更無くなったところで問題ないが、あの球体は拙いな。何の抵抗も無く腕が消し飛んだ。……整理するとしよう。奴は時を司る神であり四天神。今解る奴の手札は俺の魔力の影響を何故か受けない時間停止。それによる点での移動。今先程俺の腕を持っていった球体。今のところはこれだけだ。先ずは時間停止をどうにかしなければならん。球体を時間停止しながら頭に押し付けられでもすれば詰みだ。しかし、これには疑問がある。あれだけ俺を目の仇にしているならば押し付ける方法を取ってもいいだろうに態々飛ばした。避けられる可能性があるにも拘わらずだ。
「……不可解だな。いや、待てよ。奴は『無限の時を重ねて消し飛べ』と言っていたな……」
──────となると、あの球体は触れたものに無限の時の加速を強いるもの。それならば細胞が死んで何れは無くなる腕が触れた途端に消し飛ぶのも解る。不死でもない肉体が永遠の時を保てる訳がないのだから。ならば……あの球体は時間停止中に使われる可能性は低いのではないか?『無限の時の加速』という概念を持った球体が『時が停止した世界』に存在するのは矛盾している。現に奴は時間停止した場合の攻撃は杖による打撃だった。停止中は他の時の概念を使えないのでは?無論これがブラフである可能性も捨てきれんが、怒り狂った今の奴がブラフまで考えているとは考えがたい。……良し、取り敢えず球体には触れんように警戒をしつつ、俺の魔力の影響を受けない時間停止の攻略方法を考えるか。
ほんの一瞬で長考を終えたリュウデリアは、杖をこちらに向けて、3つの時を無限に加速させるというデタラメな効果のある飛ばされた球体を避けた。時々飛んでくる途中で点での移動をしてくる球体に、避けるタイミングを見失わないように気をつけている。そして彼は、この球体が時々空間跳躍をしてくる絡繰りに推測を入れていた。
無限の時の加速という概念を持っている球体は、若しかしたら飛んでいる最中に、飛ぶという課程で流れる時を加速させ、空間跳躍を引き起こしているのではというものだった。ただし加速させるのは無限という果ての無い単位なので、着弾させなくてはならないリュウデリアの背後まで空間跳躍をしては意味がない。だが無限なのでそこまで細かな調整が出来ない。だから不規則に空間跳躍をしているのだ。
飛ばした3つの球体を避けられたことに舌打ちをして苛立たしげに眉間に皺を寄せるクカイロスは、更に4つ追加した7つの球体を飛ばしてきた。権能を無効化する純黒があれば受けても無効化出来るのではと思われるが、リュウデリアはそう思っていない。時間停止を無効化出来なかった時点で、彼は若しかしたら無効化出来ないかも知れないという考えを持ち、甘んじて受けるという選択肢を捨てていた。
しかし一方で、無効化出来なかった時間停止にも絡繰りがあると考えていた。言葉の神の、物質の創造すらもやってのける言葉の権能をも無効化した純黒が、こうも簡単に丸め込まれる筈がない。しかも使っている本人だから解るが、純黒が権能に負けた訳ではない。要するに、純黒の影響も何も関係無いやり方で時間停止をされている。
「チッ……ッ!!小賢しい龍如きが図に乗りおってェッ!!」
「時間停止を攻略せねば魔法も届かんだろうしな……それにしてもこの世界は何故土が無いのだ。これでは土系の魔法が……待て、世界……?──────そういうことかッ!!」
閃いた。何となく口にした言葉から着想を得て、時間停止がリュウデリアの純黒に影響を受けずに発動していたことの絡繰りを理解した。何で体の全てを魔力で覆っていたのに時間停止を無効化出来なかったのか。気付いてしまえば、絡繰りなんて大したものではなかった。
飛ばされ続ける球体を避けながら、リュウデリアは嗤った。もうこの神を殺すことは可能だ。汎用性が高い言葉の権能には翻弄されてしまったし、痛手を受けてしまったが、時という限られたものを司る権能が相手ならば、厄介な部分であった時間停止を攻略すれば勝ち筋は自然と見えてくる。
攻略方法を頭の中で確立させたリュウデリアとは別に、クカイロスの頭の中は殺意と怒気と苛立ちで占領されていた。早く殺したい。滅したい。消したい。だから当たりさえすれば必ず地上の生物ならば消し飛ばせる権能を差し向けているのだが、悉くを躱されている。
飛来する途中で距離を跳ばしてまで向けているのに、どの位置からどの位置まで跳んで来るのか察知しているように動くのだ。最初の一発目は当たって腕を消し去ってやったというのに、それからは数を増やしても一向に当たる気配がない。
権能が当たらない事への苛つき、一刻も早く孫の仇であるリュウデリアを殺したいという殺意。それらがごちゃ混ぜとなって時間が経てば経つほど顔が黒い感情に染まって歪んでいく。もうこれ以上ダラダラと狙い撃つのは無理だ。この手で直接殺す。
「そうだ……儂が直接殺せば良かったのだッ!!覚悟するが良いぞ純黒の龍ッ!!今から貴様を殺すッ!!逃げられると思うなよ……そして逃げ切れると思うなッ!!貴様は今から停まった時の中で死に、永遠に時を停めるのだッ!!」
「……ふ……フハハッ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「何がおかしいッ!!」
「ハハハハハハッ!!!!……はぁ。お前が権能で時を停止させる時、魔力で覆った俺が同じ停まった空間にいなければおかしいと思ったが、その考えがおかしかったのだ。お前の権能でお前と世界が停まった空間で、俺が動くのは少し違う。それだけのことを、お前はしていた」
「貴様……何を言っているッ!?」
「──────世界そのものの時間停止。それがお前のやっていた時間停止だろう」
クカイロスがやっていたのは、自身の周りの時間と、その範囲内に入っているものの時間も停める……なんてものではなく、この擬似世界、無限に続く神界に流れている『時間』そのものの停止であった。つまり、時を刻んでいるのは権能の使用者であるクカイロスのみであるのだ。
そうなってくれば、リュウデリアが防ぐことが出来なくなってくる。何故ならば、魔力で覆っていようが、権能を使う相手はリュウデリアと定めていたのではなく、世界そのものに作用させたのだ。故に、世界の中に居るリュウデリアという個人も副次的に時が停まっていたに過ぎないのだから。
簡単に言えば、個人に向けて停めるか、大きな括りに向けて個人ごと停めるかの違いだ。存在している以上、リュウデリアも世界の中の1つの内に入り、そうなれば世界ごと時を停めれば自然と停まる。それに気がついた。それならば、可能だろうと。だが、残念なことにクカイロスのやっていた、まさに神の御業に気がつき、絡繰りを曝いてしまった。
こうなったらもう……リュウデリアを停める事なんて出来るはずがない。壁を用意すれば乗り越えるのではなく、実力で構造を曝いて弱点を突き、ぶち壊して越えていくのが彼だからだ。
「俺が停められていた絡繰りを知った以上、俺はもう停まらん。やるならやると良い。ただしその時は──────お前の頭を引き千切る」
「何ィ……ッ!?」
右腕を突き出して掌を見せる。まるでこの手でやると言っている仕草に、クカイロスは額にびきりと青筋を浮かべた。完全に下に見ている目だ。見下している。神である自身……というよりも、仇である龍に儂が……ッ!!と。それは堪らなく、堪らなく不愉快で怒り絶頂のものだった。
お望みの通りにしてやる。一周回って無表情となったクカイロスが杖を掲げて権能を使用した。世界の時が停まって完全停止する。風も無く、水も流れず、草木は黙り、雲は沈黙する。擬似世界より外側の神界も停まる。夥しい数の戦いの神も、戦闘中のクレアもバルガスも、全てがたった1柱の権能によって、文字通り完全停止した。
何度も行ってリュウデリアを停めてきた時間停止。今回も完全に停まっているだろうと思い少しだけ観察すれば、彼は動くことなく時間停止前と同じ格好だった。やはり口先だけだ。こんな者に私の可愛い孫が死んでしまったと考えてしまえば、杖を握る手が震えてくる。
杖を持っている震える右手を左手で押さえて止める。その代わりに口の端を吊り上げて嗤った。これで殺せる。近付いて零距離になったら時を戻しつつ、形成した時を加速させる球体を押し付ける。それで体を消し飛ばして終わりだ。殺意が滲む嬉々とした表情をしながらリュウデリアに近付いて杖の先端を突き付ける。そこで、クカイロスの視点はおかしいものとなった。
「言ったはずだぞ──────頭を引き千切ると」
「貴ッ……様ァ……ッ!!」
「世界に干渉して俺ごと時を停めるならば、俺の魔力でお前の権能の跡を辿りながら世界に干渉して無効化してしまえばいい。解るか?お前の敗因は俺に考える時間を与えたことだ。正直、言葉の神の方が強かったぞ」
「儂が……仇である……貴様なん……ぞにィ………敗ける……とは………──────」
「最後まで訳の解らん事をほざきおって。精々、死して悔い改めろ」
右手で純黒の炎を噴き上げさせて、神だからか少し意識の残っている頭を灰も残さず消し去った。そして膝から倒れようとしている頭の無い胴体にも、手の中の炎を放って呑み込み、完全にクカイロスを殺した。
創られた擬似世界が崩壊を始める。ガラスが割れるように罅が入っていき、砕けて神界が見えてくる。言葉の神であるリヴェーダを殺した時のように元の世界へと戻ってくることが出来た。周囲に控えている戦いの神達は、出て来たのがまたしてもリュウデリアであることにザワつきを見せた。
一度ならず二度までも四天神を打ち倒してしまった。縛りの神が創った世界からリュウデリアが出て来たのがその証拠である。最早、神々は彼に向かって我先にと向かって行くことが出来ない。行けば確実に殺される。それを確実にさせるだけのものを、彼は持っていて、実践して、見せつけた。
リュウデリアは四天神の半分を葬った。残りは2柱。無視して行けるならばそうするが、縛りの神とその横に、強い気配を持つ神が居るので、すぐに連戦になるだろう。その事に舌打ちをするのだった。
──────────────────
クカイロス
リュウデリアを殺すことに先走りすぎて、他の力を使うことなく、殺意の高さ故の焦りから考える時間を与えてしまい、結果として世界を停める時間停止を攻略されて敗北してしまった。
リュウデリア
クカイロスが世界ごと時間停止をしている事に気が付いたので、後を追う形で世界に干渉して時間停止の範囲から抜け出した。負傷という程のものはしておらず、強いて言えばくっついていただけの腕が完全に無くなったこと。
縛りの神
リュウデリアが勝つと解ったので、急いで四天神の元へ避難した。絶対出て来た瞬間に殺しに来ると思ったから。
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