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第6章
第72話 四天神が1柱
しおりを挟むクレアとバルガスが神を喰らい、新たな強さを得る少し前、リュウデリアは2匹がヘイトを稼いでくれるお陰でそこまで多くの戦いの神を相手にする必要がなかった。多いと言えば多いが、2匹ほどではない。そんな量だ。
飛んで世界樹の頂上を目指すリュウデリアに、周囲の神々は黙って通す事はなく、手に持つ武器を投擲して撃ち落とそうとする。神が使う武器には特殊な力が籠められており、炎を宿していたり雷を宿していたり、土を操ることが出来る武器もある。地上にある魔法を組み込んだ武器のようなものだ。
投げられた槍が触れれば、籠められた力が発現する。炎に包み込まれ、雷が発生し、水が囲い込み、土が穿とうとし、木が絡め取らんとする。それらを一切ものともせず、体内にある魔力の解放のみで悉くを吹き飛ばした。
リュウデリアを中心に純黒なる魔力は球状に広がり、鱗に着弾した武器を侵蝕して粉々に砕き、発生していた力の現象を塗り潰し、囲っていた神々を呑み込んでしまった。純黒により侵蝕されて染まりきり、下へ自由落下している最中に砕けていく。完全な死を遂げて、同じ神は生まれてこない。
一気に敵の数を減らしたリュウデリアは、引き続き世界樹の頂上に向かって飛んで行く。しかしそこで、邪魔が入った。ずしりと体が重くなる。何かに引っ張られるような、引き込まれる重さが体全体に掛かって落ちていく。
「──────『墜ちろ』」
「──────ッ!!ぐっ……ッ!!」
何処からか声が聞こえてきた。たった一言だけ聞こえて、後は凄まじい速度で下へ落ちていくだけ。折角飛んで向かっていたというのに、台無しも良いところであった。負けじと翼を動かすが、翼が空気を捉えて居るのに飛ぶ力が作用されない。まるで落ちることを強制されているようだった。
飛ぶことが出来ず、落ちる事を強制されて世界樹の根元に落とされて叩き付けられた。一日に何度地面に叩き付けられれば良いんだと苛つきを覚えるが口には出さなかった。落ちるきっかけとなった声は何処からともなく聞こえてきたので気配で探ろうとし、目の前に小さな気配があるのに気がついた。
視線を下にやると、唯でさえ大きいリュウデリアが更に大きく見えるくらいの小人が居た。恐らく人間大になったとしたらその半分くらいの背丈だろう小ささだった。見窄らしい襤褸を身に纏い、手首には枷が嵌められ、切れた鎖が少し繋がっていた。見方によっては奴隷に見えなくない姿だが、顔に張り付ける表情はニッコリとしたものだった。
「や、侵入者クン。元気かな?」
「──────死ね」
「いや殺意高っ。じゃあ失礼して──────君には別空間へ囚われてもらうよ!あ、ついでに自己紹介するとね、俺は縛りの神。名前は……いっか、教えなくても。君死んじゃうし。此処だと被害がとんでもない事になりそうだから、フィールド用意するのが俺の仕事。どっちかが死ぬまでコレは壊れないように縛ってるから気をつけてねー」
パチン……と、見窄らしい格好をした縛りの神が指を鳴らすと、瞬きしてもいないのに何時の間にか別空間にいた。空間と言っても土が有り、木々が生えている。ただし周りにはそれ以外のものは何一つ無く、空は憎たらしいくらいの快晴だった。しかしコレだけでは別空間とは思えないだろう。故に決定的な違いがある。
空に浮かぶ儚げな白いリング。その中側は黒かった。いや、単なる黒ではない。そこだけ宇宙と繋がって星々が見えた。それだけではなく、リングの外側には太陽が有り、その数は7つだった。明らかにおかしいと解る場所だから、縛りの神が言う通り別の空間なのだと確信した。
此処は擬似的な世界とも言える別空間。縛りの神が権能で生み出した場所。現実ではない仮想の現実。本物の世界ではないけれど本物と差して変わらない世界であるということだ。此処で起きることは本物の世界に影響を与えない。だがあくまでこの世界であって、入り込んだものはその限りではない。つまり、存分にやり合う為の専用フィールドということだ。
「──────『噴き聳える炎』」
「……ッ!!」
自身の足下の地面がボコりと膨れ上がった。中から何かが出て来ようとしている。それも土を赤く溶かしながら。思うよりも先に体を動かし、跳躍しながら後ろへ下がる。間一髪のところで避けることに成功したが、スレスレのところであった。
地面から現れたのは、凄まじい熱を放出する炎の柱だった。天高く聳え立つ炎の柱は、30メートル近い巨体のリュウデリアは包み込める程のもの。驚異的な跳躍力で翼を使わず巨体を軽々と宙に浮かして着地し、炎の柱からは200メートルは離れた。それでも炎の熱が鱗越しに伝わってくる。
そんな凄まじい熱の炎柱が現れる時、あの時の声が聞こえた。リュウデリアは喉から唸り声を上げながら上を見上げる。そこには赤い髪に顔立ちの整った細身の男が宙に浮いていた。上半身はピッタリとした黒のインナーを着て、ズボンも黒く、腰からは赤いマントのようにひらりとしたものを身につけていた。瞳はとても無機質なもので、こちらを見ているようで何処も見ていない……そんな瞳をしていた。
「……私は四天神が1柱。言葉を司る神、リヴェーダ」
「あの蠅のように鬱陶しい神が言っていたやつか」
「最高神よりお前の首を持ってこいという命令を受けた。抵抗しないならば──────」
「これ以上俺の邪魔をするならば殺す。退け。そしてこの空間から出せ」
「……はぁ……──────『神剣の雨』」
「……範囲が広い。この体では的になりやすいか……ッ!!」
また一言喋るだけで、空から逃げ場の無い剣の雨が降り注ぐ。リヴェーダのところには落ちていかず、意志があるのかと問いたくなる曲線を描いて避ける。リュウデリアは何となく、降り注ぐ剣1本1本から凄まじい気配を感じるので、鱗の硬度に頼らず避ける行動に出た。
巨体が格好の的になることを察して体を小さくする。人間大よりも小さく、掌に乗れるくらいの小ささへと変える。その姿で降ってくる剣の雨の小さな隙間を塗ってリヴェーダの元へと向かう。降り注ぐ剣がゆっくりと動いているように見える世界で、剣の刃の腹を蹴って移動し、柄を掴んでくるりと回りながら飛んで次の剣を踏み台に移動……という風に進んで行く。
体をここまで小さくするのは初めてだったが、感覚の大きなズレはなく、余裕の動きが出来る。何時までも降り注ぐ剣が地面に突き刺さった後も続き、剣が山となり始めている。それにこれ幸いと魔力を使って遠隔で操作し、上からの剣に下からぶつけて相殺した。そして約100本の剣をリヴェーダに向けて放つ。
「──────『戻れ』……『毒の大津波』」
「チッ……権能と言ったか?面倒なものだなッ!!」
目の前まで飛んで来て、リヴェーダの目に突き刺さろうとした時、戻れという言葉が発せられて、リュウデリアの足下で積み重なった剣も全て消えた。代わりに現れたのは紫色の、如何にも毒ですと言っているようなものの大津波だった。
突然発生した津波は高さ100メートルはあり、今の状態ならば易々と呑み込まれるだろう。まあそう簡単にやられるつもりはないが。
体のサイズを念の為人間大に戻し、手の中で魔力を集めて槍の形に形成していく。握って感触を確かめ、大きく振りかぶる。押し寄せるのは猛毒の大津波。その向こうにリヴェーダが居る。
地面が陥没する踏み込みから、腕の長さを存分に使った遠心力に、リュウデリアの剛腕を足した純黒なる魔力で形成した槍は、毒の槍を吹き飛ばし、奥に居るリヴェーダに一直線で飛んでいった。コースは完璧で速度も十分。刺されば遠隔で魔力爆発を引き起こさせて木っ端微塵に吹き飛ばす。そのつもりだった。
「──────『止まれ』……ダメか。なら『壁』」
「チッ……」
純黒なる魔力の槍は、リヴェーダの言葉で止まりはしなかった。特性の純黒に呑み込まれて掻き消されたのだ。だがその代わりに透明の壁を設置した。真っ正面から受けるためではなく、軌道を逸らせるために。槍の先端に少し当てることで軌道を無理矢理少し逸らし、また違う設置した透明の壁で逸らす。その繰り返しだ。
結果、頭を狙った槍はリヴェーダの横を通り過ぎようとした。だが槍は魔力爆発をすることが出来る。真横に行ったと同時に遠隔で爆発させる。純黒なる魔力が球状になって爆発しようとすると、槍の横から何かを衝突させたらしく、衝撃によって距離を取らされた。
魔力爆発は離れさせられながらも起こった。それでも当たりそうになった魔力にはまた壁を多く設置して侵蝕されて消されながら、数の暴力で防いだようだった。リュウデリアはこの神の汎用性の高さに目を細めた。
──────この神の権能は『言葉』を起点とした現象の発現。それもかなり汎用性が高い。一度創造したものを消すことも出来、創造されたものは触れた限り物質として成り立っていた。それもある程度の足しを与えることも出来る。恐らく権能には魔法に使う魔力のように消費するものが存在しない。つまり乱発も可能ということだ。それに、どこまでのことが出来るか解らん……警戒するに越したことはないな。万が一『死ね』と言われて俺が防げなかった場合、詰みだ。
言葉一つで物質の創造はかなり面倒だ。トラップになり得るものを設置され続けても邪魔でしかなく、なのにリヴェーダはそのトラップに引っ掛かる事は無いと言える。邪魔ならば消してしまえば良いだけの話だからだ。そしてかなりマズいことに、リュウデリアは言葉の権能がどこまで作用するのか、限界を知らない。
もし仮に生物にも有効であり、かなりの強制力が働くというのであれば、信じたくはないが『死ね』やら『砕け散れ』と言われるだけでリュウデリアは死ぬ。呆気なく、一瞬でだ。それを今してこないということは出来ない……という事になるが、唯単にやっていないだけとなれば目も当てられない。
だからか、突然殺しに行く事が出来ない。もし仮に生物にも有効ともなれば、追い詰められた瞬間に発動させるという線もある。ここは少しだけ様子を見て、今のように繰り広げている攻防を続ける。そして隙を見せたところで一撃。言葉を発させることなく殺す。それで終わりだ。
「──────『墜ちろ』……『毒に塗れた神剣の雨』」
「──────ッ!?がぁ……ッ!!」
投擲した槍の魔力爆発を凌いだリヴェーダが、また言葉を発した。するとリュウデリアは立っていた状態から頭を地面に叩き付け、腹這いになる。それも叩き付けられても終わらず、体は重くて地面に縫い付けられている。力を籠めて立ち上がろうとしても、体全体が異常に重くて持ち上がらない。
墜ちろ。リヴェーダは確かにそう言った。つまり何かを落としているという事になる。一瞬だけ自身の体を、あるか解らないがこの世界の中心に向けて落としているのかと思った。だがそれは違うとすぐに結論付ける。それならば、体そのものが落とされる感触を味わうはずだ。しかし今は違う。
背中に何かが乗っている感触がする。つまりリュウデリアが落ちているのではなく、何かが落ちていて彼のことを押し潰そうとしているのだ。重さはかなりのものだ。起き上がろうにも起き上がれず、時間が経てば経つほど下の地面が深く深く陥没してクレーターを作っていく。そこでふと思い至る。大気だ。リヴェーダは恐らくリュウデリアの上にある広範囲の大気を落としているのだ。
空気にも重さがある。大気の湿度や温度にもよってくるが、1000立方センチメートルあたり、約1キロという重さになる。リヴェーダは、大雑把にそこら一帯の大気を全てリュウデリアの上に落としていた。そうなれば計り知れない重さになる。逆に動けなくとも潰れていない彼の方がスゴいのだ。
「──────『殲滅龍の黒纏雷迸』ッ!!」
「……『壁』」
身動きが取れないリュウデリアに、更に猛毒が塗られた当たれば危険と察知した神剣が雨のように降り注ぐ。これに当たるのはマズいと考えて、全方位に黒雷を迸らせた。その範囲は宙に浮いているリヴェーダにも届く勢い。そして純黒の雷が当たれば、少なくとも行動不能には出来るだろう。
無機質な瞳で、訪れる黒雷を見ていたリヴェーダは、冷静に不可視の壁を100枚程重ねて展開した。黒雷はその殆どを順番に砕いていき、リヴェーダに迫る。あと数枚で到達するといった時、リュウデリアのところが爆発した。これはリヴェーダによるものではなく、魔力を爆発させただけ。
大気を落とされて動けなくても、魔力を意図的に自身の下で爆発させて無理矢理飛び上がることは出来る。それにより、リヴェーダの元へとやって来たというわけだ。黒雷で砕かれた残り少ない壁を、純黒の魔力を纏った拳で叩き割り、手を伸ばす。触れれば最後、言葉も吐けなくなる魔法を直接打ち込んでやるために。
「──────『見聞き奪い不話を為す』」
「──────『捻れろ』」
両者が交差した。片や視力も聴力も発声も奪おうとして手を伸ばし、片や迎撃のために口を開いた。自身に向かって落ちていた大気が元に戻り、身軽な感覚になる。翼を使ってばさりと羽ばたき、ゆっくりと地面に降り立った。
ぽたり。ぽたりと血が地面に落ちていき、黒い染みを作った。リヴェーダは相も変わらず無機質な瞳だ。映しているのは降り立ったリュウデリア。そして件の彼はというと……自身の左腕を見て、持ち上げた。
みちりと音を立て、肩からぶら下がっている、捻れてボロボロの雑巾のようになってしまった、到底使い物になるとは思えない左腕を……。
──────────────────
言葉の神・リヴェーダ。四天神が1柱
権能は言葉。発した言葉の通りに物質を創造したり、方向性を持たせる事が出来る。そして残念なことに生物にも有効であり、『死ね』と言えば相手は死ぬ。汎用性が高く、法則を捻じ曲げる事が出来るので最強格の1柱となっている。何も映していないような、暗い瞳が特徴的。最高神の事はどうでも良く、命令に従わないと殺されるのでやってるだけ。
強さは当然、上の上。
縛りの神
権能は拘束。縛ることにのみ特化した、汚い奴隷のような格好をした神。しかし別に不当な扱いを受けたわけではなく、生まれたときから襤褸を身に纏って手錠と鎖を付けている。
攻撃性のない拘束空間という名の擬似的な世界を創り出して閉じ込める事が出来るが、代わりに相手を閉じ込めたら誰かも入って殺し合わなければならない。謂わば周りに被害を出さず戦うために創り出されただけのフィールド。なので決着がつけば自ずと出て来れる。
本体の力は下の下。縛ることにしか特化していないので腕力もゴミカス。直接的な戦闘能力は無い。
リュウデリア
拘束空間に閉じ込められてリヴェーダとの戦いを強制されている。そして当たって欲しくない推測通り、リヴェーダの言葉が肉体に届いて左腕が捻れて完全に砕けている。使うことは出来ない。回復は出来ないのでマズいことになったと内心思っている。
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