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第6章
第69話 分断
しおりを挟む「おっと、行かせないよ?君達を宮殿へ近づけさせるなって最高神様のお達しでね。丁度良い感じに揉んでやれとも言われてるんだ」
「図に乗るなよ、塵芥がァッ!!」
「あははっ。焦ってるねー。まあ僕に攻撃が当たらないからなんだろうけどさぁ?」
緑の線が飛び交ってあらゆる方向からリュウデリアに襲い掛かる。振り払っても躱され、先読みをして拳を振るっても寸前で止まり、尻尾を叩き付けようとしても見てから避けられる。なのに瞬速の神であるハオルメレスは、その速さを活かした思い蹴りを叩き込んでくる。
純黒の鱗には罅も入っていないが、内部に衝撃が届いてくる。それも空中でやっているので、地面に接している足から叩き込まれる衝撃を逃がすことが出来ないのだ。サイズの違いから小さい痛みが全身に与えられているだけなのだが、ダメージを受けていることに変わりはない。
姿が見えず、緑の軌跡に映る残像を、出来るだけ圧縮した時の中で追いかけるしかない。体を丸めて防御状態に入り、両腕をクロスさせて顔を護り、隙間から見える範囲でハオルメレスの速度を目で追いかけていく。魔力で肉体強化をしつつ、魔力の障壁を展開しておく。万が一破られた時のことを考えての体勢だ。
「んー?もう攻撃は諦めちゃうの?しかもその障壁……あははっ。どれだけ耐えられるのかなー?」
「……………………。」
「リュウデリアッ!!チッ……邪魔くせェなァクソカスがよォッ!!」
「……銀の鎧の奴等が……盾になり……白銀の鎧の奴等を……護っている。攻撃に……専念させる……つもりか……」
ハオルメレスが姿を掻き消して、緑の残像を生み出しながら、障壁で身を護っているリュウデリアに連撃の蹴りを浴びせる。最初こそしっかりと障壁の役割を果たしていたが、止まない雨のような連撃に少しずつ小さな罅を入れていった。
だが、リュウデリアは常にハオルメレスの動きを見て観察していた。龍の動体視力でも捉えきれない超速度の動き。それらに全神経を集中させて、意識から外れた無意識の領域で把握していた。何時しか彼は、光速に迫る動きを見せるハオルメレスの動きを追い掛けていた。
防御態勢に入っている彼を見て、加勢に向かおうとしても白銀の鎧を着た神々が行く手を阻み、攻め込んでくる。自身を討伐しようとしてきた人間を皆殺しにした時は、死の恐怖が顔に浮かんでいたが、白銀の鎧を身に纏う神々にそんな様子は見られず、当たり前のように特攻してくる。
「あれは友達?鬱陶しそうだねぇ。でも残念。君達が神を本当の意味で殺して違う神が生まれようと、その瞬間から最高神様が戦いの神へと変えて、この戦場へ送り込んでいるから根絶やしには出来ないよ?」
「……やはりそうか」
防御態勢に入りながら、ハオルメレスの言葉に反応した。殺しても殺しても数が減っているどころか、それ以上に増えているように感じるのは、殺した事で消えた神の役に、新たに生まれて宛がわれた神を何らかの力を使って戦いの神へと昇華させ、すぐに戦場に送り込んでいるのだろう。
神こそが全知全能と謳われるだけあって、生まれた瞬間の神を在り方から弄るなんて芸当をするとは、確かに最高神の力を持っていると言わざるを得ない。ある程度察していたものだが、逆を言えばそれ以外に考えられないのだ。
戦神に来るべきではなかろう軽装をした神が、良く解っていない表情をしながら戦いに参加してくるのだ。何らかの力を使って失った使い捨ての役割の神を埋め合わせて、新たな戦いの神を送り込む。この繰り返しでやれば相手は増え続け、新しく導入された神の相手に魔力の消費量も上がるというものだ。
態となのか、それともお喋りなだけで話してしまったのか、相手側の情報を掴み、自身の考えの確信を得られた事で、展開していた魔力障壁を解いた。神速で動き回っていたハオルメレスが空中で止まり、己から防御を捨てたリュウデリアに首を傾げた。
「なぁに?もう諦めちゃったの?折角蹴り壊してあげようと思ったのに」
「はッ。抜かせ塵芥が。お前を殺す算段を付けたから解いたのだ。今となっては邪魔だ」
「……ふーん。あっそ。じゃあ、もう殺しちゃうね?神界に侵入したことを後悔するといいよ」
ハオルメレスが姿を消した。次の瞬間に訪れるのは、止まらない連撃だ。それも体の内部に伝わる大きな衝撃を生み出している。蹴り1つでリュウデリアの体がノックバックしたり、苦悶の声を上げるのを、神速の中でほくそ笑んでいた。殺す算段がついた?何を言っているのやら。全く手も足も出せていないクセに。
これだから地上の生物は弱くて愚かなんだ。暇だから地上に降りて、適当に人間を蹴り殺しても弱すぎて話にならないし、今相手している龍だった戯れついでに殺したこともある。正直、ここまで蹴りを入れられて生きているのが新鮮で面白い所もあるが、殺したことのある種族に殺せると言われると、流石に頭にくる。
宣言通り蹴り殺してやるよ。そう心の中でほくそ笑みながら舌舐めずりをして宙を駆け回る。こんな速度を出せるのは神界にも限られてくる。そんな自身の動きが見切れるはずがない。ふざけたことを抜かす龍の懐に入り込み、顎を真下から膝蹴りで勝ち上げた。ガチンと歯が鳴る音がして、完全に決まったことを確信する。手応えもあった。
目の前にある隙だらけの喉に足を付けて、踏み付けながら距離を取って背面へ回り込む。その背後へ回り込む途中で、黄金の瞳が自身のことを追いかけているように見えたが、きっと気のせいなのだろう。あんなに翻弄されておきながら、5分も経っていないのに目で追えるなんて事は有り得ない。
ハオルメレスが余所見の感覚で向けていた視線を戻し、前を向いた時、目に映ったのはこのまま直進するば確実にぶち当たるだろう位置に置かれた尻尾だった。あれ?そう漠然と疑問を感じながら、何度蹴りを入れようと罅すら入らなかった純黒の鱗に覆われた尻尾に、顔から突っ込んだのだった。
ばちんと痛快な音が鳴って、被っていた尖ったハット帽が脱げて飛んでいく。少年のような風貌で整った顔立ちが、神速で尻尾に突っ込んだ事で歪み、鼻が折れ、鼻血を噴き出している。勢いに負けて乱回転しながら吹き飛ばされている最中、大きな手に体を掴まれた。
大きく硬く、ぎちりと激痛を伴う力で握ってくる手に掴まれているハオルメレスは意識を朦朧とさせていたが、すぐに回復してハッとした表情になって困惑し、身動きが取れない事で冷や汗を1つ、こめかみに流した。
「ぐっ……なんで……僕が通る……所に……尻尾が……」
「教えてやる。お前が阿呆だからだ」
「は……っ?」
「顔に蹴りを入れると、必ず背後を取る。舐めているのか?何度もやられれば気付くわ塵芥が」
「で、でも……そうだとしても……同じ場所を同じ軌道では……通って……っ!」
「俺が何の為に魔力障壁を張って動かなかったか解らんのか?お前の動きに反応出来るまで待っていたんだよ、愚か者め。お前の速度は、もう慣れた」
「そんなわけ……そんなわけがないだろう!?僕の最初の動きには全く反応出来て……いなかったのに!この短時間で慣れた……っ!?ふざけるのも大概に……っ!!」
「信じる必要はない。そもそも、死ぬお前にそこまで懇切丁寧に説明してやる義理はない。死ね、塵芥の愚か者。お前は全く大したことのない神だった」
「……っ。あ、はは……あははっ。僕を殺したところで、最高神様のところへは辿り着けないよっ!!僕はねぇ……強さで言うなら下の上ってレベルなんだよ。最高神様の元に行くには、必ず四天神を相手にしなくてはいけない。ほんと、後悔するよ。僕なんか指先1つで瞬きの間に殺せる神達だか──────」
捕まっているハオルメレスは、手の中で起きた純黒なる魔力の爆発で粉々に吹き飛んだ。これ以上喋らせる必要もないと判断したからだ。これで少なくとも面倒な速さを持つ奴は消えた。だが他にもまだ居るかも知れない。最高神を護っているという四天神の存在は、無視できるものではない。
こびり付いたハオルメレスの肉片を、手を振って振り下ろしながら振り返り、クレアとバルガスの方を見る。最初の時と比べて敵の数が増えていて、見ようによっては蚊柱のようにも見えてしまう。それだけの夥しい数の戦いの神達が、たったの2匹に群がっているのだ。
しかしリュウデリアは彼等の元へは行かない。視線を切って世界樹へ向かうのだ。この場は彼等に任せる事にしている。元よりその予定だったのだから、戻る必要は無い。彼等ならば大丈夫。神にやられるほど柔ではないのだから。
「ヨシ。アイツはちゃんと行ったな」
「……リュウデリアが……あの程度の神に……遅れを取る……訳がない」
「ンじゃ、オレ達はオレ達でヘイト稼ぎでもすっかねェ。あーあ、コイツらの相手はめんど──────」
欠神をして気合いを入れ直し、いざ魔法陣を展開しようとした時、上空から巨大隕石と間違う獄炎の塊が、クレアとバルガスに向けて落とされていた。圧倒的熱量に、2匹へ向かっていた神々の武装が熱せられて赤くなり、溶けていった。肉を焼く痛みに悶えて苦しんでいる。
すぐそこまで迫っている獄炎に、クレアとバルガスは何も言わずその場から退避した。真っ直ぐ落ちた獄炎は地面へと着弾し、圧倒的熱量を撒き散らしながら大爆発を起こした。ドーム型に熱が膨張して神々を巻き込んだ。触れた途端から燃えて消し飛んでしまい、絶命した。だがすぐに復活を遂げて何も無かったようにその場に現れるのは、最早理不尽極まりないと言っても良いだろう。
魔力の障壁も無く、直撃すれば流石にどうなっていたか解らない獄炎と次いでの爆発を避けた2匹だが、同時に左右へ退避行動をしてしまったことにより、分散させられてしまった。2匹固まっていれば、互いに手助けも出しやすかったのだが、そうもいかない。
鱗越しに感じた熱を持つ獄炎を飛ばしてきたのは、自分達の上に居る。見上げれば予想通り犯人らしき者が、両腕を胸の前で組んで仁王立ちしながら見下ろしていた。体は肌色なんてものはなく、全身が炎によって人型を作っているだけで、明らかに炎に関する力を持った神である。
アレが攻撃してきたのかと、クレアとバルガスが同時に翼を大きく広げ、人型の炎の神に飛んでいこうとしたその時、クレアには雷が、バルガスには風が襲い掛かった。魔力障壁で体を護る。雷と風が叩き付けられると、障壁に罅が入った。それぞれの攻撃は前から来た。上を見上げていたから隙だと思っての攻撃だったのだろう。
結果として攻撃が届くことはなかったが、クレアとバルガスは割と強めに展開した魔力障壁に、易々と罅が入ったことに目を細めた。そこらに居る神ではどんなに攻撃しても傷一つ付かない障壁を、たったの一撃、それも本気ではないだろう攻撃で罅を入れられた。どうやら、リュウデリアが戦っていたような、少し上の強さを持つ奴等の登場だと察した。
「散々と神は偉大だの何だのと言っておきながら、やるのは堂々とした不意打ちかよ。御大層な神サマなこったなァ?」
「残念だが、その神様は最高神様よりお前達を殺して首を持ってこいとの事なんだよ。大人しく死ぬか、抵抗して死ぬか、どっちがいい。神の慈悲として、雷を司る神である雷神たるこの俺が、好きな方を実践してやるぞ」
「ぶはッ──────舐めてンじゃねェぞクソがよ。向かって来ンならやってやるよ。神だからと舐め腐ってるテメェのなっげー鼻っ柱べきべきにへし折って、糞溜めにぶち込んだ後に捻り殺してやるよ。嫌ならだいちゅきな最高神とやらのところへ行って泣きついてな!」
「……地上のトカゲ如きが……ッ!!」
「最高神様より、あなた達の排除を命じられました。神の言葉です。拝聴できる栄誉を噛み締め、その命を差し出しなさい。さすれば痛みも無く、安らかに逝かせる事を約束してさしあげましょう。風を司る神……風神たる私がです」
「……下らん。オリヴィアを……取り返しに来たのに……恐れて……たったの3匹に……これだけの神を寄越す……不安の現れか……?崇高だの……絶対などと……世間に広まっているのを……本で読んだが……存外……大したことのない……小物だな」
「何ですって……?私達が小物?」
「……多勢に無勢へ持ち掛け……取り囲み……命を差し出せと……言っている事の……どこが崇高か……どこが絶対か……そうしなければ……私達を仕留められないと……考えているのと……同義。態々……下らん事を言いに……近付くなど……片腹痛い」
「そう……では後悔なさい。あなた達はこの神界から出ることも、オリヴィア様を奪還することも叶わない。己の無力さに打ち拉がれ、神の力をその身に刻み込みなさい」
雷神と風神は額に青筋を浮かべて怒りを露わにした。神は全ての頂点に立つ、絶対支配者。地上の生物如きが不敬な態度をとるなんぞあってはならない屈辱。ましてや自分達を前にして斃すというのだ。それがどれだけ愚かな事か、全く理解していない。無知とはこの事。そう思えば、幾らかの溜飲を下げることが出来る。
知らないから偉そうで生意気で、不敬千万な言葉を熟々と吐き連ねる事が出来るのだ。ならばその身に教え込んでやらねばなるまい。それが神としての慈悲であるのだから。雷神は天にも地にも轟く雷を発生させ、風神は何処までも届き、吹き荒れる大風を生み出した。
全身が炎で形成されている、炎の神の眼下で、強さがより上位の神と、神界に侵入せし龍のぶつかり合いが勃発しようとしていた。
──────────────────
風神
佇まいが綺麗で、風に乗って移動したり浮遊をしている、細い目が特徴の優男風な男神。一見、吟遊詩人のような格好をしており、ツバの広い帽子を被っている。水色が主張している服を着ている。
雷神
目付きが鋭く、上半身は裸で裸族だが、下はだぼっとしたワイドパンツを履いている金髪の男神。裸の上半身では雷が常にばちりと帯電していて、服を着ると焼いてしまうから着ていない。目付きが鋭くて鍛え抜かれた体を見せているので、ヤンキー風に見える。
炎神
体が炎で形成されており、轟々と燃えている炎が人型になっているだけに見える見た目。
放った獄炎は、直撃したら流石にマズいと判断させるくらいの熱量を持っていて、クレアとバルガスを分断するためのものだった。
リュウデリア
ハオルメレスを観察することで下した。最初は確かに目で追えなかったが、慣れて目で追いかけられるようになり、動きにも付いていけるようになった。それには5分も経っていない。
クレア
雷神に目をつけられている。ハオルメレスの相手は自身がして、リュウデリアを行かせようと思ったが、大丈夫そうなのでやめた。結果数分で殺し、やっぱりなと納得した。
バルガス
風神に目をつけられている。一瞬ハオルメレスの方へ行こうと思ったが、すぐにそんな必要はないと判断して、その判断通りの結果となった。炎神が何時攻撃してくるか、タイミングを見計らっている。
四天神
最高神が従える神の中で、トップ4の者達。
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