純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第6章

第64話  早い出発

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「えー!もう行っちゃうのー!?」

「まだ3日しか滞在していませんが、お早い出なのですなぁ……」

「まぁ、元々王都で旅の準備は終わっていたからな。此処へはちょっとした小休憩を挟みたくて寄ったんだ。お前達が治めている領地という部分でも気になっていたが……知れたし、もう十分休んだ。私達は旅に戻る」



 リュウデリアに手料理を振る舞った日から次の日のこと、オリヴィアは旅の準備を整えて、マルロが治めている街、レッテンブルの入口でマルロとティネと顔合わせして会話をしていた。街に寄って3日目の今日で、もう旅に出てしまうのかと……ティネはえーっ!と抗議していた。

 辺境伯という高い爵位を持つ貴族だからか、冒険者という職に就いている者との直接な交流は初めてで、使い魔……というていであったクレア達の事が気に入ったのか、ティネという少女は懐いてくれていた。王都で唯一オリヴィアが素顔を見せた者達で、同じ女ということもあるのかも知れないが、とにかくティネは懐き、マルロは命の恩人であるということがあってとても友好的だった。

 王によって辺境伯という爵位を賜り、街を運営していき、今や立派な領地である。私欲に走りがちな貴族という位でありながらも、心優しく清い精神を持っていた。人間の中でも珍しいタイプだと、リュウデリアですら密かに思っていた程だ。だから彼等は今この時まで交流をしていた。

 一月くらいの交流ではあったが、マルロもティネもオリヴィア達のことが好ましく思っていた。やはり貴族だからか情報の回りが早く、王都に来る前には街に襲ってきた魔物の大群を退けたという話を聞いた。純黒のローブに身を包み、使い魔を連れた魔導士の魔物使い。聞いた瞬間に理解した。オリヴィア殿だと。

 王都を襲った魔物の大群もまた退けてくれた。一度経験があったからだろうか、それとも唯単に強すぎるからなのか、兵士も冒険者も導入された中で、1人だけ無傷で最も魔物を斃したと言っていた。それもAランク冒険者がやられた突然変異のオーガをも討ち取ったという。なのにランクの飛び級は求めず、地道に依頼を消化しているとのことだ。実に素晴らしい人物だと、マルロは認識している。

 別れは歳をとっても寂しいものだ。出会いがあれば別れがあるというのは身にしみているが認めた人が離れるとなるとやはり思うところがある。少し涙ぐんでいるティネの頭を優しく撫でてやり、貴族という位を抜きにして、一人の人間として頭を下げた。



「オリヴィア殿。儂等がこうしていられるのもあなたが救ってくれたからこそのもの。本当にありがとうございました。どうか、お元気で。近くに来ることがあれば、是非また、いらして下さい。おもてなしさせていただきます」

「……っぐず……っ!ばいばい、オリヴィアさん、リュウちゃんっ」

「さよならだ。縁があればまた会おう」

「えぇ。また会いましょう。国境を越える為の検問所は北へ向かえばあります。お気をつけて」

「……うぅ……ばいばい……ばいばーいっ!」



 踵を返して旅立っていくオリヴィア達の背中を、マルロとティネは見ていた。死の危険と隣り合わせの冒険者をしている、したたかな女性であるオリヴィアと、その使い魔であるリュウ。これからも彼女達は色んな人と出会って別れをし、旅を続けていくのだろう。

 また会える時を楽しみにして待っていよう。そう思いながら、最後に後ろ姿へ頭を下げたマルロは街の中へと戻っていった。ティネはまだ少しだけ見送っていたが、ふとオリヴィアの肩に乗っているリュウデリアが振り向いた。

 どうしたのだろうと不思議そうにしていると、尻尾を立ててゆらゆらと揺らした。まるで手を振っているような仕草に、ティネはパァッと表情を明るくさせると、答えるように大きく手を振った。そして決意する。何時か必ず、リュウちゃん、バルちゃん、クレちゃんみたいなかっこよくて、強くて、可愛い使い魔を家族として迎え入れるのだと。





















 ──────治癒の女神・オリヴィアの視点。



「次の街か国には何があるのだろうな?」

「さぁな。予め知ってしまうと面白くはあるまい。その時の楽しみとして取っておけばいい」

「ふふっ。もし特に何も無かったら、どうする?」

「その時はその時だ」



 マルロという人間が治める街、レッテンブルが見えなくなるまで使い魔のフリをしているリュウデリアと何でもない会話をしながら、国境を越えるため、北に向かえばあるという検問所を目指して歩いている。

 混じり気の無い純黒である黒龍のリュウデリアと、こうして一緒に旅に出てから数ヶ月が経過している。その間、彼は私を認めてくれた。女神、神、他種族。そういった面を抜きにして、オリヴィアという『私』を見て、見極めて、その上で理解し、認めてくれた。

 手ずから今私の身を覆っている純黒のローブも、私が持ち掛けた共に過ごしたいという願いを叶えるために、身の安全を確保するという事で創ってもらった代物だが、不備が無いか随時点検をして、私が脳内で作り上げたイメージを魔法にして起こす魔法を最先端のものへと変えてくれている。

 戦う術が無く、治癒という面でしか役に立てず、基本傷を負わないリュウデリアの……謂わばお荷物以外の何物でもない私に戦う術を与えてくれた。まだまだ練習が足りないが、これからは更に練習をして、私だけでも心配いらないようになりたい。

 まあ、リュウデリアは私が治癒以外に取り柄がないとは言わないと思うが。使い魔という仮の姿で居られる為の主の役を演じる私。買い物に情報収集。冒険者という顔。昨日披露した料理。それらを合わせれば、私も少しは役に立っている筈だ。勿論私自身は満足していないが。



「リュウデリア」

「何だ」

「私と一緒に居て楽しいか?」

「……?今更何を言うのかと思えば……当然楽しいぞ。俺の知らないものに溢れ、知識を得る。スリーシャを攫って痛め付けた脆弱な人間共も、少しは役に立つということも知れた。お前が居なければこれから先、知ることもなければ知ろうとも思わなかったものだ」

「……そう……か」



 はぁ……事もなさげにそういうことを淡々と話すのは美徳だが、私にはかなり効く。心臓が喧しくて仕方ない。肩に乗っていて、心臓の鼓動を脈拍から知られていないか気が気でない。もっとも、リュウデリアは何でそんなに早鐘を打っている?という言いそうなものではあるが、それを言われたら私は顔を赤くするだろう。

 既に顔が少し赤くなっているのを、コホンと咳払いして誤魔化しておく。というか、一緒に居て楽しいと言われて嬉しく思わない訳がないだろうに。リュウデリアの友人ならぬ友龍となったクレアとバルガスを混ぜた日常も楽しいが、少し申し訳ないと思うも、私はリュウデリアとの1柱と1匹の旅がいい。

 一緒に居るだけで理由も無くドキドキして、掛けられる言葉一つ一つに嬉しさを見出し、同じ食事を共にする。風呂を共に入って洗いっこして、同じベッドで眠る。もうそれだけで私は幸福のまっただ中に居ると自覚する。

 警戒心が高く、他の種族とは基本馴れ合わないという最強の種族……龍。しかも人間に大切な育ての義母のようなスリーシャを攫われ、痛め付けられた事で、他者に対して厳しく思うものがあるリュウデリアがだ。私と一緒に居て楽しいと言ってくれる。

 対等に戦い、凌ぎを削って友となったクレアとバルガスには悪いが、リュウデリアの中での私という因子は、あの2匹よりも上だろう。これが私のいきすぎた妄想だと悲しいものなのだが、少なくとも大切には思われている筈だ。でなければ王都での魔物の大群の襲撃の際、リュウデリアは私の元から離れて行動していた筈だからだ。



「──────止まれ」

「国境を越えるならば身分を証明できるものの提示と、通行料である2万Gを納めてもらう」

「渡るのに2万Gも掛かるのか。どこの国境もこの額なのか?……2万Gと冒険者を示すタグだ」

「……確認した。納めてもらう額は隣接する国によって違う。両国の王が話し合い、幾らにするか決めるからな」

「そうか。……因みにだが、此処から一番近い街はあるか?」

「此処からだと北西に向かえば街がある。此処を通っていく者達の大体は物資の補給やらで寄っていく。冒険者ギルドもあるからお前も寄ってみるといい。歩いて5日もあれば辿り着くだろう」

「分かった。では通らせてもらう」

「道中魔物が出るから気をつけるんだぞ」



 レッテンブルから発って大体5時間は経過した頃、私達の前方に川が流れていた。泳ぐには少し難しいものがあると思える深さと水の流れがある川が国境として成り立っているということだろう。マルロが言っていた検問所があり、橋が架かっている。門番として2人の人間が見張っていた。

 通ろうとする私に通行料として2万Gと身分を証明するものの提示を求められたので、冒険者のタグを見せた後に金を払った。そして此処から歩いて5日掛ければ街が見えてくるという情報を手に入れた。通って良いという事なので2人の見張りの兵士の間を通って橋を渡る。

 そこまで幅の大きな川でもないから渡りきるのはすぐだった。国境を越えてからは同じ左右に木々が生え、人間や荷馬車が通るための道が1本出来ている。私とリュウデリアはそこを通り、次の街を目指していく。と言っても、歩いて5日は掛かるからゆっくりと向かうのだが。



「……もう良いんじゃないか?他の気配はあるか?」

「ふむ……周囲に人間は居ないな。では、サイズを変えるか」



 国境の検問所が見えなくなってから、リュウデリアに使い魔のフリはもう良いのではないかと問う。彼は周囲の気配を感じ取り、自身の姿を目撃する人間が居ない事を確認し、私の肩から飛び降りながら体のサイズを大きくした。私の身長が170と少しで高めだが、彼はそれよりも大きい182だ。一番しっくりくる高さだと、そう言っていたし間違いない。

 神界に居た時に顔を合わせていた、私の女神友達の1柱が言っていた。男女間に於けるキスのしやすい身長差は10やそこらだと。つまり、私とリュウデリアがキスをするのだとしたら、実に理想的な身長差であると言えるだろう。無論、これは彼に言えない。言ったら最後死んでしまうだろう……私が。

 使い魔サイズから人間大サイズになったリュウデリアは背伸びをした後、肩を回して翼を大きく開き、二度三度と適当に羽ばたいた。それだけで風がぶわりと巻き上がり、私の身につけるローブの裾が揺れる。サイズの感触を確かめた後は、私に左手を差し伸べてくれる。それを右手で受け取り、指を絡ませる握り方にした。恋人繋ぎと言われるそれは、人間の国でもやっている者が多々居た。

 それを見る前から私達は、指を絡めて隙間無く手を繋いでいたが、私達もあんな風にしているのだと理解すると、胸がいっぱいになる。もう自分から繋ぐのだろう?と言いたげに手を差し出してくれるようになったのは素直に嬉しい。私からしても勿論良いが、手を差し伸べられて繋ぐのも……ほら、とてもイイ。

 男と手を繋ぐ……何て事は神界でも無かったので、リュウデリアとが初めてだ。というより、私の傍には男神達は近付いて来れなかった。私の友神ゆうじんである女神達が近付こうと画策するものならば押し退けてくれたからだ。とても良い友神を持ったと思った。

 私は容姿が美しい。純白の長い髪に白くきめ細かい肌。脚も長く胸だってそれなりにある。大きすぎず小さすぎない肢体は、神にも人間にも目の毒だろう。顔立ちも友神達から女神で最も美しいと言われた。普通ならば妬みもあるだろうが、友神達は貴女だから嫉妬もしないわよと言っていた。今一どういう意味かは分からないが、仲良くしていた。

 だが、そんな私の美しさや体を求めてか、毎日毎日求婚の話が多かった。男の美神。鍛冶神。剣神。武神……等々。数えていけばキリが無い。どいつもこいつも私の顔やら体が目当てなのは知っている。友神達越しに見えた目には、肉欲しか映っていなかった。なんと気持ち悪いことか。まず男の美神なんぞキラキラし過ぎて気持ち悪いし、ナルシストを極めているから論外だ。

 私はやはり、リュウデリアでないと。チラリと手を繋ぎながら隣を歩いている彼を盗み見る。純黒の硬い鱗。しなやかだが筋肉が詰まって引き締まった躯体。高い知性を宿した黄金の瞳。たまに覗く、手入れの行き届いた真っ白で鋭利な歯。長い尻尾。折り畳まれた大きな翼。はぁ……これぞ本当の美だろう。完璧だ。



「どうした?」

「……っ……な、何がだ?」

「ずっと視線を感じるからな。気になった」

「す、すまない。不躾だったか?」

「いや、盗み見るように感じる視線だったからな。見たいならば堂々と見れば良いだろう?ほら」

「ぉ……ぉぅ……っふ……っ」



 やはりリュウデリアには見ていた事がバレていた。気配や視線を当然のように感じ取る力を持つ彼だからこそというべきなのだろうが、見ていた事がバレて恥ずかしい。なのに、彼は立ち止まって空いている右手を私の左頬に優しく添え、真っ正面からグッと顔を近寄らせて目を合わせてくる。

 高い知性を感じさせ、目を合わせているだけで自身の全てを見透かしているかのような錯覚を起こさせる黄金の縦に割れた瞳が目の前に来て、静かな息遣いですら聞こえてくる。目の前にリュウデリアの顔がある。フードはもう後ろにやられて外れ、顔が晒される。

 私の顔はきっと、真っ赤に染まってしまっていることだろう。視界が少し歪んでいるから涙目にもなっているかもしれない。それでも彼は私の眼をジッと見つめてくる。心臓が握られているように痛く鼓動を刻み、体温が急上昇している。今は熱くて仕方ない。

 後少し顔を前に動かせば、彼の顔にキスをしてしまえそうな距離。ふとここで匂いが気になった。今の私は臭わないか?大丈夫か?旅をしていても温かいお湯を彼が魔法で用意してくれて体を洗う事が出来るから臭くはない……と思いたいが。自信がない。何せ彼は龍。嗅覚もとても鋭いからだ。



「ぁ……の、リュウデリア……も、もしかしたら私は臭うかも知れないから、少しだけ離れてくれ……ると嬉しい」

「……?すんすん……別に臭くはない。良い匂いだから気にする必要はあるまい」

「……っ……~~~~~~~~~~ッ!!」



 正面にあった顔は首筋に移動し、鼻先が当たってこそばゆく、これ以上無く恥ずかしい。でも、無駄なところに虚偽をつかないリュウデリアが言うのだから、私は臭くないのだろう。そこにホッとするべきか、簡単に匂いを嗅がれた事に反省すべきか分からなくなってくる。

 こんな事、あの性欲と支配欲、そして自己顕示欲に塗れた愚劣の最高神にすら許したことの無い行為なのだが、リュウデリアなら別にいいかと考えてしまう私は、もう末期なのだろう。ならば、もうどうやっても戻れないくらい彼に溺れてしまおう。私はお前のものなのだと。そう縛るために。



「……?そこまで赤くなることか?」

「ぅ……ま、まあな。少し熱いだけだ。気にしなくて良い」

「ふむ……まあ良いか。それより、そろそろ飯でも食うか。腹が減った」

「あぁ、分かった。何が食べたい?作るぞ」

「強いていうならば……肉、だな」

「ふふっ。いつも通りじゃないか」



 答えは元から決まっているであろうに、もったいつけて態と言うリュウデリアに自然にクスリと笑みが溢れる。調理器具やテーブルを異空間から出してもらいながら、私は何を作って食べさせてあげようかと、うんうん悩むフリをして尻尾を揺らしながら期待した目を向ける彼を見てほわほわとした気分になる。

 あぁ……幸せだな。こんなに幸せで良いのだろうか。格好良くて可愛くて、強くて逞しい私の……大好きな愛しいリュウデリア。どうか私をお前に溺れさせて。お前無しだと生きていけないような、神として失格の存在にさせてくれ。そうすれば、私は益々お前に引き込まれ、のめり込んでいける。






 彼のためならば、努力は惜しまない。食に貪欲な女神の友神に教えてもらったものを、手元にある材料でどうやって再現するかを考えながら、料理をしていく私。





















 幸福な幸せは長くは続かない。それを示すように、私とリュウデリアに災難が降り掛かることを、この時の私はまだ……知らなかった。







 ──────すまない……。っ……本当にすまないリュウデリア。私とお前は、ここまでなのかも知れない。





──────────────────


マルロ&ティネ

貴族なのに清い心を持った人間。やはり命の恩人で交流のあったオリヴィア達が居なくなるのは寂しいものがあるが、旅人なので仕方ないと受け入れ、見送った。

ティネは使い魔を使役する魔物使いになりたいと、オリヴィアさんみたいにカッコイイ女の人になりたいと言い、マルロは微笑ましそうに話を聞いていた。




オリヴィア

今回主軸を務めたヒロイン。リュウデリアが好きで仕方ない。手を繋ぐだけで顔は朱くなるし、心臓はバクバクしている。女神の友神はちゃんと居るし、交流もあった。求婚は友神がブロックしていた。




リュウデリア

オリヴィアがチラチラ見ていることは全て知っている。気配にも視線にも敏感だから。でも咎めない。だって相手がオリヴィアだから。

オリヴィアの作る料理は美味いので気に入っている。また肉料理を作ってくれたので黙々と食べた。ただし、尻尾は暴れた。




最高神

オリヴィアにめちゃんこ嫌われている。曰く、性欲と支配欲と自己顕示欲に塗れた愚劣の神。




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