純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第5章

第50話  必罰

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 少年は走っていた。10歳程の年端もいかない子供には不相応の痩せた体。同年代でももう少し筋肉が付いているだろうと思える体で、子供には大きな紙袋を抱えながら懸命に走っていた。

 走っている振動で、軽く折って閉まっていた紙袋の入口が開き、中から鶏肉の匂いと、焼けたタレの香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、頭の中に甘い言葉を吐く悪魔を呼んだ。食べてしまえ。食ってしまえ。貪ってしまえ。そんなことを吐きかけてくる。

 甘い言葉で誘惑する脳内の悪魔。それに対抗すべく規律を重んじる天使が現れる。食べてはダメです。これは分かち合う為のものです。今食べては意味がなくなって、止まらなくなります。そう気を覚まさせてくれる。少年はかぶりを振って正気になり、後少しの道のりを走り続けた。

 息も絶え絶えに、走りすぎで脇腹に痛みを抱えながら辿り着いたのは、他の真っ白な建物よりも少しくすんだ白い壁を持つ、平屋の大きめな建物だった。建築物が連なって建てられていたのに、この建物だけはポツンと建てられて寂れている。だが木の杭で作られた敷地の境界線内には、小規模とはいえ畑が耕されていた。

 そこでは小さな子供達が土に塗れながら、しかし皆煌びやかな笑顔で野菜を作る仕事をしていた。少年は腕の中にある戦利品を一刻も早く見せてやりたくて、渡したくて、食べてもらいたくて駆け寄りそうになるが、やらなくてはいけないことがあるのでまだダメだ。

 少年は建物の表側にある畑と、そこに居る子供達にバレないように裏へ回り、使っていない古ぼけた大きめの壺を退かしてしゃがみ込む。壺の下には穴が掘られており、服が入っていた。今着ている服よりも汚れている、安定した生活をしている人から見れば襤褸みたいなものだ。それを取り出して、今着ている服を脱いで畳み、代わりに穴の中へ。穴に入れた服が見つからないように壺で蓋をすれば出来上がりだ。



「おーい!お前らおつかれー!オレがウマいモン買ってきてやったぞー!」



「──────レンにーちゃん!」

「なに買ってきたのー!?」

「みせてみせてー!」

「いいにおーい!!」

「おかえりなさーい!」

「みて!へんな虫みつけた!」

「おいおい、一気にしゃべるなよ!あはは!」



 あたかも店が多く建ち並ぶ大通りの方向から来たように見せ掛けるためにもう一度戻り、息を整えるために深呼吸し、笑顔を浮かべて出て行った。木の杭と板で作った簡易的な境界の柵に手を掛けて、柵の扉を開ける。雨風に晒されて腐り、ミシミシと嫌な音を立てながら開いて敷地の中に入り、閉める。すると、仕事をしていた小さな少年少女達が、迎えに走り寄ってきた。

 少年……レンは、じゃれついてくる子供達に笑いながら、おかえりなさいの言葉にただいまと言って返した。子供達が着ているのは半ズボンとヨレヨレのシャツ1枚だけだ。お金が無くて買えないのだ。自身を含めて30人は居る子供。1人1人に服を買い与えていたらキリが無いのだ。だが子供達はこれで良いと言う。皆一緒だから、何ともないと。

 本心から、屈託の無い眩しい笑顔を見せて言ってくれる、自身よりも小さい子供達を見ていると泣きたくなる。だが泣かない。心配してしまうから。その代わりに、いつか大金を手に入れて、美味しい物を好きなだけ食べさせて、欲しい服をこれでもかと買ってあげるのだ。その第一歩として、これを分かち合うのだ。

 匂いで美味いものだと直感したのだろう、心なしかつぶらな目をキラキラとさせて配布されるのを待つ子供達に渡そうと紙袋の中に手を入れる。まだ作られてからそう時間は経っていないので、袋の中はほんのりと温かい。見ただけで沢山入っている串の中から1本取り出して、先頭にいる子供に渡す。

 そのつもりだった。横から子供とは言えない大きい、しなやかな白魚のような指を持つ手が出され、串を取り上げられ、抱えていた紙袋は抱えていた腕の中から消え、無くなっていた。レンは伸ばされた腕の方をバッと振り返る。そこには、純黒のローブに全身を覆い、フードを被って顔の見えない者が居た。

 レンはこの人物を知っている。当然だ。今まさに横から取られた鶏肉の串焼きを、しっかり金を払って購入しているところを横取りしたのが自分で、購入していたのがこの人物だったからだ。ローブの人物であるオリヴィアの後ろに、不自然に浮いている紙袋がある。のだと理解して、怒りで目が剣呑なものへと変わった。



「テメェ……っ!!返せ!それはオレのだ!!」

「……それは最早解っていての言葉と捉えるぞ。いくら子供とはいえ、私達のものを盗むとは良い度胸をしている。ましてや目の前で白昼堂々とな」

「……っ!そ、それはもうオレ達のもんだ!大人のクセに子供からモノを取るなんてサイテーだな!!」

「ならばお前は金を払ったのか?1Gでも店主に渡したか?渡していないだろう。お前が店主にくれてやったのは小馬鹿にした態度と言動だけだ」

「~~~~~~っ!!返せ!!」



 言葉では勝てないと思ったのか、オリヴィアに向けて突進するレン。狙っているのは回避だ。回避したところを素通りして、浮いている紙袋を奪取し、また走って逃げる。今度は諦めたと完全に判断出来るまで、王都の中を逃げ続ける。子供達には待ってもらう事になるが、全部取られて0になるよりかはマシだ。

 絶対に取り返す。そう思ったのに、レンは何か解らないものを体の前面に叩き付けられて、鼻血を噴き出しながら後方へ弾かれて飛んでいった。周りに居た小さな子供達から悲鳴があがり、一目散にレンの方へと駆け寄る。3人掛かりで上半身を起き上がらせてもらい、痛む鼻を押さえる。手にはそれなりに多い血が付着する。まるで走っている途中で壁に激突したような痛みだった。

 子供に攻撃しやがったと、頭に血を登らせるレンに対し、オリヴィアは立っている場所から一歩も動いておらず、横から取った鶏の串焼きを腕に抱えているリュウデリアに渡して食べさせ、浮いている紙袋からも2本新たに取って両肩に乗るバルガスとクレアに渡した。

 子供達が見ている中で、使い魔に食べ物をあげているオリヴィアは酷いと言えるだろうか。彼女が店を見つけ、注文し、金を払い、受け取ろうとした物を食べていて、情けの無い大人となるだろうか。馬鹿馬鹿しい。なるわけが無い。指定された金を払い、対価の物を受け取ったのだから、食べようが取り置いておこうが何しようが、全てオリヴィア達のものだ。レンや子供達が文句を言える立場にない。

 こっちは腹が減っているというのに、目の前で使い魔なんかに食わせやがって……と恨みがましい目を向けるのだが、オリヴィアの両肩と腕の中に居る使い魔の龍達が、レンの事をずっと見ていた。初めてそれに気づいた瞬間、全身が震えた。何故か解らないけど、怖い。そう感じた。

 どうしよう、あの使い魔達が怖い。体が震えて仕方ない。周りの子供達に心配されながら、呼吸荒くなっていくと、レン達にとって聞き慣れた声が聞こえてきた。買い物に行っていた、育ての人が帰ってきたのだ。女性であるその人は、黒いローブのオリヴィアに訝しげな表情をしていたが、鼻血を出して倒れているレンを見て血相を変え駆け寄ってきた。そしてオリヴィアの前に立って両腕を広げ、守ろうという姿勢に入る。



「何をやっているのです!まだ子供だというのに手をあげて……やめて下さい!憲兵を呼びますよ!!」

「憲兵を呼んで困るのは私ではなく、そこで倒れている小僧だろうがな」

「な、何を……」

「そもそも、お前は何だ?突然やって来て私を暴漢者扱いか」

「……私はこのの先生をしています」

「あぁ、それなら抱えている小僧がカワイイだろうな。だが一つ言っておこう。そこの小僧は、私が買ったこの串焼きを、店主から渡されるところに割り込んで盗んでいったのだぞ。その挙げ句、あたかも自分で買ったように思わせて配ろうとしていた。そして私が奪い返せばと叫び、突進してくる始末。迎撃してもおかしくはないだろう」

「そ、そんなこと……レンはしません!心優しくて、子供達思い良い子です!でっち上げを言わないで下さい!」

「はッ。認めたくないのだろうが、真実はお前の虚勢を打ち砕くぞ?」



 子供達を庇って立っている孤児院の先生は、茶色い髪を後ろに縛り、顔にそばかすを持った成人している女性だった。普通の人が見ても綺麗とは言えない服装をしている先生は、くるぶしまである長い灰色のスカートを揺らしながら、オリヴィアから掛けられる言葉の意味を頭の中で噛み砕いていた。

 レンがこの人から物を盗み、子供達に分け与えようとしたところで追いつかれ、盗んだ物を取り返されて逆上し、向かっていったところを迎撃されて今のように鼻血を噴きながら倒れている。話としては辻褄つじつまが合うし、オリヴィアが他の子達に手を出していないところを見ると、孤児だからといってちょっかいを掛けに来たのではないと分かる。

 だがその線を信じるということは、レンが盗みを働くような子だと信じるという事になる。一番年上ということもあってか、下の子供達の面倒をよく見てくれている。先生なのに助けられているのは少し思うところがあるけれど、とても良い子なのは確か。そんな子が人の物を盗む……考えられない。話の辻褄が合っていようと、見ず知らずの者の言葉なんて信じられないのだ。



「──────孤児院の裏の壺の下」

「……っ!?」

「え……?」

「そこにあるものを持って、大通りに出店を出している鶏の串焼き屋の店主に確認を取れば、私の言葉の真偽が嫌でも判るだろう。小僧が盗みを働いたと信じたくないならば、確かめればいいだけの話だ。ちょうど、カモフラージュに連れていた小娘も来たことだしな?」



「──────お兄ちゃん!やったね!今日はいっぱいとれた……あっ」



「さて、行くとしようか?孤児院の先生。小僧。小娘」

「……っ……わかり……ました……」

「……くそッ」

「ど、どうしよう……っ!」



 でっち上げを言って、信じなければ暴力で解決する……そんな奴ならば憲兵を呼んで終わりなのだが、オリヴィアは暴力で訴えなかった。真実を見せてやると、大人しくついてこいと言って歩き出した。連れられるまま後ろを歩いていると孤児院の後ろに来て、独りでに壺が持ち上がると、穴があった。そこには服が隠されており、浮かんで先生の手の中に収まった。

 レンと小さな少女は額に脂汗を掻いて目を泳がせている。同一人物だと思われない為に用意していた替えの服だ。顔を見られないための帽子だ。それが見つかった。まるで傍で見ていたかのような、迷いのない歩みだった。そして確信めいた言動だった。

 紙袋を浮かせたり、壺を動かしたりと、この黒いのは魔導士だと直感した。だから何かしらの魔法を使って、隠しているのを見ていたのだろう。つまり、このままついていって店主に見られたら、確実にバレて憲兵を呼ばれて自身は連れていかれる。

 どうすれば良い。どうすればこの場を凌げる?そう考えているのが伝わってしまったのか、オリヴィアが抱えるリュウデリア達が、食べ終わってゴミとなった串を手に持って、何故か見せつけてきた。何だと睨み付けながら見ていると、目を細めながら魔法を使った。

 バルガスは赫雷で持っている串を一瞬で焼いて炭を通り越して灰にした。クレアは小さな竜巻で包み込んで目に見えないほど切り刻んで風に飛ばした。リュウデリアは純黒の炎で包み込んで消し飛ばした。まるで、逃げればこうしてやると言いたげな目線とパフォーマンスに、レンは顔が蒼白くなった。

 もう言うことを聞いてついていくしかない。全力で逃げたのに、しっかりついてきて息一つ乱れた様子の無いオリヴィアを振り切る事は出来ないし、仮に逃げ切れようとしても、あの使い魔達が攻撃してくるかもしれない。ならば、もう手はない。そうしてオリヴィア先導の元、大通りに出て出店の元まで行き、先生が持つ服とレンを見せると、店主は怒りで顔を歪ませた。



「この服に帽子、そして背丈……このガキだっ!!この黒いお客さんのモンを横から掻っ攫っていきやがった!!そこの嬢ちゃんもガキの近くに居たろ!アンタが親か!?」

「す、すみません……っ!!私は孤児院の先生をしております……この度はレンが多大なるご迷惑を……っ!!」

「どう預かっていれば白昼で盗みをすんだよ!黒いお客さんが見つけ出したからいいが、手慣れてたからな!?他にも何件もやってんだろ!憲兵を呼んでやる!子供だろうと盗みは立派な犯罪だからな!」

「そ、それだけは……っ!?お願いします!どうか穏便に……っ!」

「そんなもん俺には関係無いだろ。盗みは盗みだ。俺は渡そうとした食い物を横から盗られたことを憲兵に報告する義務がある。他に店をやってる人達のためにも、同じようなことが起こらないようにするための義務がな」

「ちょ、ちょっともらおうとしただけだろ!ケチクセーんだよ!子供がやったことなんだから許せよ!」

「ふざけたこと抜かすなクソガキ!!牢の中に入って反省しやがれ!!」



 店主の言葉は尤もだった。子供だからと盗んだことを許してしまえば、子供は盗んでバレても大丈夫なのだとつけあがる。そして他の店の人のところへ行って、同じようなことを繰り返すのだろう。今回はオリヴィアが直々に捕らえたので良かったが、普通ならば見失うともう見つけられない。だから憲兵を呼んで事情を説明するのは正しい。

 固まって話していると、店主が偶然見回りをしている憲兵を見つけ、大きな声をあげて呼んだ。憲兵はすぐに気がついて、何かあったのだと判断して駆け足で来てくれた。その時に先生がオリヴィアに縋るような目線を向けてきたが、無視した。庇護するつもりは毛頭無い。

 来てくれた憲兵に店主が説明し、本当かどうかオリヴィアに聞いてくる。なので盗られた事と、追い掛けて奪い返し、先生を連れて此処まで戻ってきたと補足を入れた。レンの保護者みたいなものである先生にも真偽を問われたが、深くまでは知らない先生はうまく言葉が出てこない。どうしようと混乱していると、レンが叫んだ。



「オレは落ちてたからひろっただけだし!ぬすんでねーよ!」

「黙れ!盗っ人のガキには誰も聞いてねーんだよ!!」

「んだと!?」

「はぁ……ボク?盗むというのは立派な犯罪なんだよ?君は子供だから牢屋に何年も入れる……なんてことにはならないけど、それだと示しがつかないから少しだけ牢に入ってもらって反省してもらうよ。ほら、行こうか」

「さわんじゃねーよ!とられる方が悪いんだよ!!オレはわるくねー!!」

「コラ、暴れない!そのまんまだと反省してないって事になってずっと出れなくなるよ!!」

「はーなーせー!」

「あぁ……レン……なんてことなの……っ」



 子供が相手なので、軽量の鎧と槍を持った憲兵は優しく言い聞かせていた。しかしまだそこまで善悪の判断が出来ない年頃なのか、レンは暴れて言うことを聞かない。先生はまさかこんな状況になるとは思わず、口元を両手で押さえて嘆いていた。優しい良い子で、子供達思いだからこそ、何か食べさせたいと思っての行動だろうと理解した。

 本当は連れて行って欲しくない。だがここでレンを連れて行かないでとしつこく抵抗すると、盗っ人を庇う怪しい人物ということになって先生も連行されてしまう。そうなれば、孤児院に居る子供達の面倒を見てくれる人が居らず、居ない間に取り返しのつかない事になるかもしれない。だから、もう先生は連行されるレンを見届けるしかないのだ。

 離せと叫びながら抵抗しているレンと、腕を掴んで連行する憲兵の後ろ姿を見ながら、オリヴィアは何とも思わなかった。これが王都の外だったならばリュウデリア達が殺そうとしても止めなかっただろう。だがここは王都内。憲兵に引き渡さず殺してしまえば、逆に罪に問われて出て行くしかなくなってしまい、行動に支障も生まれる。なのでこの手を取った。

 見つけ出して殺してしまおうと異口同音なリュウデリア達を、レンの後を追いながらやんわりと説得したからこそ、出会い頭に殺しにかからなかった。子供なので罰することは出来ないが、反省させるために牢に入れる事ができる。それだけに留めてやったのだ。寧ろ感謝した方が良い。





 オリヴィアはレンのことで静かに泣いている孤児院の女先生に背を向けて歩き出した。その後、取り返した鶏の串焼きを4人で分け合って食べたのだった。






 ──────────────────


 オリヴィア&龍ズ

 後ろから追いかけて、気配を消し、見ても見ていないと錯覚する魔法を掛けていた。だから服を隠しているところも見ていた。

 突進してきたレンが吹き飛ばされたのは、クレアが風の壁を叩き付けたから。鼻血だけで済んだことに舌打ちをしていた。




 レン

 盗んだくせに、取り返されたら盗まれたと思った盗み常習犯。これまでに何回も盗んでは逃げ切っているので罪の意識は殆ど無い。

 今回の事で3日間牢に入れられる事となるが、今度はもっとうまくやろうという考えしか無い。




 先生

 あまり綺麗とは言えない服装をしていて、孤児院の先生をしている。お金があまりないので、預かっている子供達の服を新しくしてあげられない。敷地に出来てる畑は先生が作った。元々農家の娘。

 歳は28。そばかすと笑顔ががチャームポイント。心優しいので、子供達から好かれている。





──────────────────

『カクヨム』の方にも同じものを投稿しています。
こちらはかなり先の最新話まであるので、よろしければご覧ください。


https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225

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