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第3章
第26話 騒ぎの顛末
しおりを挟む街の脅威は去った。今回の立役者はオリヴィアだ。そして陰の立役者がリュウデリアとなる。街を魔物の大群を仲間を使って呼び寄せ、魔物や人の意識を弄って他人を襲わせたのは、全てリリアーナがした仕業だと、今はまだ情報が足りていないので犯人が誰かは解っていない状況だが、知れば皆がそう思うことだろう。だが真実は違う。
リリアーナが復讐の道に走る切っ掛けを与えたのは、一匹の龍であった。雷を自在に操っていた龍が、人間の夢の中に魔法で入り込み、強い憎しみを胸に秘めている者を探していた。そして見つけたのだ。悲惨な過去を持つ人間を。それがリリアーナだった。リリアーナは旅行の最中魔物に襲われ、夫の犠牲もありながら命からがら逃げ果せた。
凍えるような寒空の下、腕に抱いている自身の赤ん坊の命の灯火が消えかけていたその時、街に辿り着いた。しかし、門番に街へ入るための入場料を求められた。リリアーナは入場料を払えなかった。魔物に襲われた際に全て置いてきてしまったのだ。入場料を払わないならば入れられない。そう断固として拒否されても、必死に我が子だけでもと、偶然その場へやって来た領主にも頼み込んだ。しかし結果は否。我が子の命も失われた。
夫も我が子も全て失ったリリアーナは、両親の尽力の甲斐あって心の余裕が生まれた。悲しみを克服したわけでは決して無いが、笑顔を浮かべられるようになったのだ。しかし、そこで黄色の龍であるウィリスと夢の中で出会い、契約を交わしてしまった。それからは街の領主への復讐計画の準備を進める毎日だった。
2年の月日を掛けて数人の仲間を集い、作戦を結構した。製造を禁止した魔物を誘き寄せる香水を使って魔物に街を襲わせ、龍が人と使い魔を暴走させ、混乱に乗じて領主を殺す。そして主な目的であった領主をその手で殺すことが出来たリリアーナは、オリヴィアの手によって葬られた。街に押し寄せる魔物の大群も、オリヴィアが一人で片付けてしまった。
暴走した人や使い魔は、街の衛兵達の手によって捕らえられ、今は牢屋に入れて暴走の様子が治まるのを待っている状況である。そして、一見オリヴィアが街の危機を救ったように思えて、裏で暴走させてリリアーナを焚き付けた黄色の龍は、リュウデリアの手によって止められた。暴走を食い止めるため、なんて善意ではなく、初めての同族で手合わせをしていただけなのだが、結果的には街の危機を救った事にはなる。詰まるところ真実は、龍の悪意によるものだったのだ。
「行方不明の街の領主の事は残念だ。だが一方で街が救われたのは事実。そしてその街の危機を救ったお前という存在が居たのもまた、事実だ。領主が今行方不明である事によって、次期領主となる領主の息子が、お前に謝礼金を贈呈したいと言って、その金は俺が預かっている。本当は顔を見て直接渡したかったらしいんだが、人や使い魔の暴走の件で代理として、今は急務に追われていて来れないんだと」
「……ギルドに来て早々私を連れ出したのは、事情聴取とそれが主な理由か。道理で先からその丸々とした袋が置いてある訳だ」
「そういうこった」
オリヴィアとリュウデリアは今、ギルドの2階にある一室に来ている。そこはギルドマスター専用の部屋で、主にギルド運営に関するマスターの責務仕事をやっている。時々今のように話を聞くための部屋としても使っていて、ギルドのランクが上位に上がったりする時にも、こうした話の場を設けたりもする。
ギルドに顔を出して直ぐに見慣れぬ男に手招きされた。顔が少し怖いのが特徴の男性で、そこまで外から見ると筋肉質には見えない体付きだが、実際はとても引き締まった身体をしている。そんな男性が、いきなり手招きしたのだ。何用だろうかと思って近付けば、まだ会った事の無いギルドマスターだったのだ。
取り敢えず騒ぎに関しての話を聞きたいということで案内されたのが、この部屋だったということだ。オリヴィアは適当に寛いでくれと言われたので、低めのテーブルを挟んで対面して置かれているソファーに腰を下ろし、リュウデリアはオリヴィアの肩から降りて隣に腰掛けた。何も言わず隣に腰掛け、大人しくしているリュウデリアを見て、ギルドマスターは目を細めていた。
「貰える物ならば貰っておく。だが解せんな。私が確かに魔物を全て殺したが、その後は何処にも寄らず宿へ帰った。誰にも私がやったとは報告していない。なのに何故私がやったと解った?」
「その事か。それなら、俺が見てたんだよ。いや、俺だけじゃなくて他の冒険者も見ていたんだがな?いや、あれは見事だった。最近Eランクに上がったと報告は受けていたが、あんなとんでもない魔法が使えたとは……お前と使い魔の魔法は素晴らしかった」
「……そうか」
騒動が起きて魔物の大群が押し寄せ、てんやわんやだったが、オリヴィアは魔物の大群を殲滅し、黄色の龍のウィリスの怪我を治癒した後、何時もの宿へと帰っていった。つまり誰にも自身が魔物の大群を相手にしたとは言っていないのだ。言う必要も無いし、別に誰かに自慢するような性格でもないオリヴィアからすれば普通だろう。故に知られていることが何故なのか解らなかった。
だがギルドマスターの話を聞いて納得だった。見られていたのならば、今このように謝礼金を受け取ってくれと言われても不思議では無い。だが懸念するべき所があった。それは、オリヴィアが魔物の大群を殲滅する直前、リュウデリアはオリヴィアの肩から飛んでいってしまったということ。下に居てリュウデリアとウィリスの戦いは熾烈なものだと解っていた。攻撃の余波が地上にまで来ていたからだ。
衝撃波や熱。後少しで当たる所だった雷など、それらを街の住人達は目撃していたのだ。ならば遙か上空へ飛んでいって中々戻って来なかったリュウデリアを訝しんでも可笑しくは無い。寧ろ自然だろう。だがギルドマスターはリュウデリアがあたかも、オリヴィアと一緒に戦っていたような物言いだった。オリヴィアは表情を崩さず反応したが、心の中ではリュウデリアの手回しだと気付いた。
リュウデリアは上空へ行く前に、辺り一帯の広範囲に幻覚作用を引き起こす魔法陣を展開していた。内容は、居もしない者がそこに居るように見えるというもの。つまりはオリヴィアと一緒にリュウデリアも傍に居たという幻覚を見せたのだ。自身が居なくなり、それを目撃されていた場合の事を、飛び立つ前に考えて対抗策を講じていた。故にリュウデリアが『殲滅龍』ではないのか?と、疑われることは無い。
人知れずそんなことをしていたのか……と、内心感嘆としながら、オリヴィアはありがとうという気持ちを伝えるために、隣で眠っている演技をしているリュウデリアの腹に手を回し、持ち上げて自身の膝の上に置いた。一瞬だけ目を開けてオリヴィアを見たリュウデリアだが、特に何もせず、オリヴィアに身を任せた。柔らかい感触の膝の上に乗せられ、頭から翼の生え際にかけて優しく撫でられている。尻尾が左右にゆらゆらと揺らしているのは、リラックスしている証拠。オリヴィアはリュウデリアを撫でながら優しく微笑んだ。
ギルドマスターはそんなオリヴィアとリュウデリアを興味深そうに見ていた。使い魔の大会は後ろから見ていた。仕事があったので準決勝辺りからの観戦になったが、それでもリュウデリアが対戦相手を自主退場させ、決勝で観客をも圧倒させる魔法を見せた。アレにはギルドマスターである自身すらも背筋が凍った。籠められた膨大な魔力に気が付いたからだ。
範囲は狭いものの、相手を一瞬で凍てつかせ、大気をも同時に凍らせた膨大な魔力。それを撃って他の魔法が使えなくなる……というのならば納得するが、使い魔にそんな様子は無かった。それどころかとてもつまらなそうな印象を抱いた。あれだけの魔法は冒険者ランクSでも難しい。そんな魔法だった。だからギルドマスターはこの二人の実力を計りかねているのだ。
使い魔が使い魔なら、主であるオリヴィアも尋常ではない魔力と魔法だった。天を突くが如く上がる炎の柱。全てを凍てつかせた氷の魔法。そして残った魔物を一撃で消し飛ばした雷。それを連続で撃ち続けた。そんな存在が冒険者ランクがEときた。まだまだ新人なのである。ギルドマスターは、テーブルの上に置いた500万Gが入った丸々とした袋に魔法陣を展開し、異空間にしまったオリヴィアに驚きながら提案をした。
「……それが空間系の魔法か。報告で聞いたが、まさか本当だったのか。いや、それよりも……どうだ?ランクをAかBにまで引き上げてみないか?」
「順に上げていくのが決まりではないのか?」
「本来はな。だが明らかにそのランクの域を越えていると判断すれば、ギルドマスターの権限によりランクを特別に上げる事が出来る。今回はお前の功績と、実際に目にしてそれ相応の力があると判断し、推薦させてもらう。どうだ?」
「別に今のランクでも満足している。旅が目的なだけで、冒険者の依頼は旅の資金を稼ぐための手段でしかない。それに今となっては大会の優勝賞金や謝礼金もある。当分は問題ない。だから昇格の話は断らせてもらう。上げる楽しみというのも有るからな」
「……そうか。分かった。これはお前の話だからな。じゃあ、今まで通りでEランクだ。これからもよろしく頼むぞ」
「うむ」
「うし、じゃあ次の話だ。聞きたいのは──────」
それからオリヴィアは、ギルドマスターから騒動について尋ねられた。一応騒動が起きた場所に居たギルドメンバーの皆から話を聞いている。ギルドマスターもその場には居たのだが、生憎と遅れてやって来たことと、観客の数に押されてしまった事が原因で後ろの方に居て、暴走した人を止める手伝いもしていた。オリヴィアの戦いを見れたのは、地を鳴らす足音が近くなったので、街の入り口を確認するために向かって偶然目にしたのだ。
だから誰が何のためにやったのかというのが、まだ解明されていなかった。同じような質問を他にもしていたのだが、確かな情報は得られていない。だから今回もそう大したものは得られないのだろうと思った矢先、騒動の原因はギルドの受付嬢をしていたリリアーナだということが分かった。
人と魔物の暴走は知らないが、魔物の大群が押し寄せて来たのは、リリアーナの復讐によるものだったと聞かされる。犯人がまさかギルド職員の受付嬢だったとは……と、驚愕する。受付嬢は2年程働いているが、とても働き者で優しい笑顔が人気の女性だった。何人かのギルドメンバーの男から交際を持ち掛けられたという話も聞いたことがあった。人畜無害そうな笑みをよく浮かべる受付嬢がまさか……と。
少し疑う気持ちも有ったが、受付嬢が喋ったという自身の過去を聞いて、ギルドマスターは頭を抱えた。完全に領主の不手際だった。ギルドマスターもたかだか5000Gぐらい見過ごしても良いだろうと声を大にして言いたいが、今はそんなことをしている場合ではない。聞いた受付嬢の過去の苦さを噛み締め、続きを話すように促す。そして、犯人だったリリアーナが実は領主を殺し、その後にリリアーナをオリヴィアが殺した事を聞き、再び驚きを露わにした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!リリアーナを殺したのか?ていうか、リリアーナがもう領主を殺していたのか?」
「拙かったか?犯人であったし、領主をナイフで刺して殺した後、魔法で領主の遺体を消し飛ばしたところも見たからな。その場を目撃した私に己の過去を語り、逃げる前にやっておいた方が良いと思ったんだが」
「捕縛は出来なかったのか?」
「街が壊れても良かったなら可能だ。リリアーナは魔力こそ持っていなかったが、魔道具は持っていた。中々に強力なものだ。捕縛ってことは抵抗されるからな?」
「……そうか。まあ、倒したというのならば良い」
本当ならば捕縛して欲しかったのだが、住人が居るというのに街の中で暴れられても困る。それならば仕方ないが、まさか行方不明になっている領主がリリアーナの手によって殺されているとは思わなかった。それならば、次期領主で現在代理をしている領主の息子が、これからも領主として働くことになる。領主の死亡の旨はこのあと、直ぐに伝えなくてはと思いながら、オリヴィアを見る。
受付嬢は人当たりが良かった。今でこそ領主を殺し、街に魔物の大群を誘き寄せた犯罪者だが、ギルドで依頼を受ける以上リリアーナとは必ず話すだろう。同じ女性ということもあって少しは仲良くなった筈だ。
しかしオリヴィアは、何事も無かったかの如く殺したと言った。哀しんでいる様子も無い。若しかして受付嬢の事を何とも思っていないというのか。それならば中々に冷たい女性だと思った。だがオリヴィアの使い魔を撫でる手と表情はとても優しいものだ。使い魔に確りと愛情を持って接している事が分かる。
オリヴィアは街を救った立役者だ。だというのに、そんな人物を冷たい等と邪推するのは失礼に当たる。それが例え心の声だったとしても。ギルドマスターは心の中で謝罪をしながらオリヴィアに対する考えを改めた。オリヴィアは内心哀しみを抱えているのだ。それを悟らせないようにいつも通りの態度で振る舞っている。何と強い女性だろうかと。
ギルドマスターは腕を組んでうんうんと頷いている。だから見えなかった。リュウデリアがオリヴィアに撫でられながら薄く目を開き、ギルドマスターを見た後に鼻で笑ったことを。まるで変な勘違いを起こしていることを見破られているように、見られていたことを。
「話はこれで終わりか?今日は何か依頼を受けようと思って来たんだ。何時までも此処で拘束されていたくはない」
「ん?おう、もう大丈夫だ。助かったぞ。色々とな」
「構わん。こちらも謝礼金は貰ったからな。それ相応の事はするとも」
膝の上に乗っていたリュウデリアはオリヴィアの体を伝い、何時もの定位置である肩へと乗った。リュウデリアが乗ったのを確認したら顎の下を撫でてから立ち上がった。元々、依頼を何か受けようと思ってギルドに顔を出したのだ。それに、ギルドマスター専用の部屋に居ても、使い魔としての演技で喋れないリュウデリアには退屈だ。
それに大部分がリュウデリアと二人きりで居たい、という気持ちで占領されているオリヴィアからしても、此処にずっと拘束されるのは勘弁願いたい所だった。オリヴィア達が部屋から出ていき、階段を降りていく音が聞こえる。ギルドマスターは溜め息を吐いた。
随分と大型のルーキーが入ってきたと思う。今は冒険者ギルドのギルドマスターとして執務仕事を主にやっているが、これでも昔はSランク冒険者として依頼に取り組んでいたのだ。そんな自分からしてみても、オリヴィアとその使い魔の底が知れない。まだまだ力は出し切っていないように見えるし、それは勘違いでは無いのだろう。
ギルドマスターはまた溜め息を吐く。これで事件の大部分は明確にすることが出来た。後は……街の上で戦っていた龍と思われる事の心配だ。遙か上空で戦っていたので肉眼では見えなかったが、望遠鏡のように遠くの物が見える魔道具を使って見た人が、龍のようだったと話している。
だがギルドマスターは解っている。遙か上空でぶつかり合っていたのは、確実に龍だ。でなければそんな肉眼では見えない場所で戦っているにも拘わらず、地上にまで余波を届ける戦いにはならないだろう。もう少し高度が低ければ危ないところだった。龍に対する対抗策は無い。対抗しても意味が無いからだ。
最近は『殲滅龍』が突如として現れて国を滅ぼしている。武力も有って、技術力も有り、『英雄』が居た国が悉く消されたのだ。ギルドマスターは戦々恐々としながら責務に励んでいる。どうか龍が戻ってこないように……と。そして知るわけが無い。先程まで、この部屋に『殲滅龍』本人が居たということを。
「最近あまり食べられていないが、大丈夫か?元があのサイズだろう?」
「ふふん。その事なんだが、この前尋常じゃないほど腹が減ってな。その時に元のサイズに作用しながら小さくなる魔法を創った。これでもう食料について考えなくていいぞ。この体ならば人間100人前で事足りる」
「……お腹が減ってたのか。ごめんな?」
「いや、何故謝る?」
「帰ったら謝礼金を使って色んなものをたくさん食べようなっ」
「んん?あー、そうだな。うむ、そうするか?」
一方Eランクの依頼で魔物の狩猟を受けたオリヴィアとリュウデリアは、マイペースに狩りをしていた。まだ捕らえた暴走している人間と使い魔は元には戻っていないものの、騒動は収まった。少し歪められた真実も知れた。
街は当分、平和を脅かされる事は無い。だが、オリヴィアとリュウデリアはどうかと言われると……首を傾げるだろう。二人の物語と戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
「ん゛ん゛!?オリヴィア待て!その魔法を今撃ったら俺が巻き添えを──────ごはァ!?」
「あ、すまない!本当にすまない!大丈夫か……っ!?」
魔物を狩猟しながら、リュウデリアは誓った。先ずはオリヴィアに魔法の火力調整と戦い方を教えなければ……と。
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