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第3章
第16話 初めての美味
しおりを挟む「……よし。次の者、顔が見えるようにフードは取れ」
「私だな。……これで良いか」
「……ッ!?美し……あ、いや、ん゙ん゙ッ。こ、この街には何をしに……?」
「私は魔物使いなんだが、如何せん旅をしている身。ならば身分証明書代わりに冒険者にでも登録しておこうと思い、寄った。それに金稼ぎにもなるしな」
「な、なるほど……ではその肩に乗っているのが……」
「あぁ、私の相棒の──────リュウちゃんだ」
「──────グルルルルルルルル……………」
「……初めて見るタイプだが……とてつもなく威嚇されてるな……」
街の入り口に立っている門番に、被っているフードを取れと言われて取り、見えたのはオリヴィアだった。門番はそのオリヴィアの美しさに惚けてしまったが、仕事があるので頭を振ってどうにか持ち堪えた。そしてオリヴィアはしれっと嘘をついている。魔物使いというが、実際は戦闘なんて出来る筈も無く、肩に乗せているのは魔物と言えば魔物なのだが、国を滅ぼした黒龍である。
そう、何を隠そう……オリヴィアの肩に乗っている、顔の半分ほどの大きさをした黒いのはリュウデリアである。他の人からしてみれば、翼を生やした純黒の珍しい蜥蜴にしか見えていないが、唯魔法で小さくなっているだけである。
オリヴィアの作戦はこうだった。どう考えてもリュウデリアがそのまま行けば、大惨事になるので魔法によって体を小さくし、そしてオリヴィアの使い魔という事にしているのである。それに先にもオリヴィアが言ったが、冒険者登録をすれば身分証明書となるので、見せれば何者なのか証明する事が出来るし、他の街にも簡単に入ることが出来る。
設定であったとしても、誰かの下についているようで不満があったリュウデリアなのだが、オリヴィアに利点を挙げられ、それが納得できるものだったので仕方なく許可したのだ。先程威嚇したのは、門番の小さなものを見る目が気に入らなかったからだ。此処へ来る前に声は出すなと言われているので、我慢した。
因みに、リュウデリアのことをリュウちゃんと呼んだことに対しても不満を覚えている。
「あー、ごほん。この街が初めてならば案内をしようか?」
「いらん」
「なら、美味しい食事でも──────」
「お前の仕事は女を口説く事なのか?そもそも私は容姿に目が行って下半身で会話するような男は好きでは無い。寧ろ嫌いだ。解ったら門番の仕事を続けるんだな。これ以上無駄な話をするならばお前の上司に苦言を呈すぞ」
「……申し訳ない……」
にべも無く断られた門番は項垂れて仕事に戻った。リュウデリアはオリヴィアと門番の会話の意味が良く解っておらず首を傾げていた。案内が要らないというのは解るが、何故会って数秒の相手を食事に誘うのかが解らなかったのだ。
無論、門番は美女のオリヴィアに性的興奮を抱いたので、下心在りきで食事に誘ったのだが、リュウデリアは今まで性的興奮を抱いた事が無い。まあ、他の雌の龍に会ったことが無いので仕方ないのかも知れないが、兎に角、余り理解していない様子だった。そのリュウデリアの様子を見てクスリと笑ったオリヴィアは、街の中へと歩みを進めて、入っていった。
この街はリュウデリアが住んでいた住処から、スリーシャ達の居る大樹がある方向とは反対の方向に20キロ程行った所にある、小さくも大きくも無い普通の街である。それでも街は街なので多くの人が住み、賑わいを見せている。
オリヴィアとリュウデリアは街の中を散策する。リュウデリアは初めて見る光景だった。国を滅ぼした時にも城下町に降り立ったのだが、スリーシャを取り戻すのに夢中で、人間の街のなんて大して見ていなかった。それに体が大きいので、見方が違っていただろう。
「……何やら良い匂いがするな」
「これは……ポテトだな。あの屋台から香ってくるようだ」
服屋などをウィンドウショッピングしていたオリヴィアとリュウデリアは、何やら良い香りがしてきたのに反応し、そちらの方へ向かった。リュウデリアは嗅ぎ慣れない匂いだったろうに、不快では無く、香ばしく食欲をそそる匂いだった事もあって尻尾を振っている。
意外と感情に正直な尻尾に、可愛いなぁと思いながら気づかれないように表情を取り繕い、進んでいった。やって来たのは小さなジャガ芋を串に刺し、螺旋を描きながら切って伸ばすことによって、トルネードの形をしている、ポテトトルネードを売っている屋台である。
「店主、それを二つ」
「おっ、姉ちゃん別嬪さんだな!君みたいな子が来てくれてオジサン嬉しいから一本おまけしとくよ!代金は二本分の600Gでいいからな!」
「助かる。金は600Gだな……うむ」
「ピッタリどうも!ありがとうねー!」
「よし、どこか座れる所に行って食べようか」
オリヴィアが屋台のオジサンから二本受け取り、リュウデリアが残りの一本を尻尾で受け取った。立ちながらではなく、座ってゆっくりと食べようというオリヴィアの提案に、首を縦に振って肯定の意を示したリュウデリアを乗せて、座れる所を歩きながら探した。それから少し歩ったところにベンチがあったのでオリヴィアが腰を掛けると、リュウデリアはオリヴィアの肩から飛び降りて隣に座り、ポテトトルネードを尻尾から手に移した。
因みに、オリヴィアが普通に代金を払っていたが、当然オリヴィアは女神なので、この街に出発する時から金を持っていた訳では無い。ならばどうやって金を払ったのかというと……ぶんどったのである。盗賊から。予めオリヴィアに金が必要になると言われたリュウデリアは、先ず小さくなって空を飛び、オリヴィアを盗賊らしき者達が居る所の近くに行かせ、盗賊がやって来てオリヴィアに近付いた所でリュウデリアが降下して全員を叩きのめす。後は持ち物の金を全て奪って終わりである。
「……良い匂いだな」
「確かに。さ、まだ温かいうちに食べるとしようか」
「うむ……では」
パクリ。と、2人同時に食べた。オリヴィアは美味しいと言いながら食べていたが、リュウデリアは一口齧って固まった。ジャガ芋というのはスリーシャから教えられているのだが、如何せん普通のジャガ芋は小さいのでリュウデリアが食べるには小さすぎて腹が満たされないので、今まで食べることは無かった。
故にしつこくない程度に味付けがされたポテトトルネードが感動するほど美味しかったのだ。今まで食べていたのは魔物の生肉。特に美味しいとも不味いとも思わず、腹を満たすためだけに狩り、喰らう。唯それだけの作業に等しい行為だった。だが今や違う。まさかこんな物があったとは……と、尻尾を振りながら黙々と食べていった。
食べ物というのは食べていれば必ず無くなる消耗品である。つまり、黙々と食べ進めていたリュウデリアがあっという間に食べ終えてしまうのは、仕方のないことなのだ。食べ終え、美味かったと余韻に浸りつつ、少し残念そうにしながらゴミの串を黒炎で包んで消した。すると、横から新しいポテトトルネードを差し出された。驚いて横を見てみると、微笑みを浮かべたオリヴィアが差し出している。
「元々おまけで一本多くあるんだ。食べていいぞ」
「……お前は食べなくて良いのか?これはお前がベッピン?だから貰ったものだろう」
「私は一本食べられれば十分だ。それにお前は元があの巨体だ。この程度食べた所で腹は膨れないだろう?これを食べて違うものをまた探そう」
「……ならば、貰うとしよう」
見上げる巨体を魔法で小さくしているからといっても、食べる量は残念ながら変わらないのだ。変わっているのは大きさだけである。なので大食漢なのは変わっていない。一方オリヴィアは普通の女性と同じくらいしか食べられないので、一本食べられれば十分だと最初から考えていたし、リュウデリアが食べ終わったらあげようとも考えていた。
くれるというオリヴィアの善意を受け入れて受け取ろうとしたのだが、リュウデリアの手がオリヴィアの持つポテトトルネードの串に触れる前に上に逸らされた。なんだ……と、思いながら非難する目を向けると、オリヴィアはクスクスと笑っていた。
「イジワルをした訳では無い。私が食べさせてやろうと思っただけだ」
「……?俺は自分で食える」
「まあまあ、そう言うな。ほれ、あーん」
「……?あーー」
まさか騙されたのか?と思ったが、オリヴィアは何故か自身の手で食わせたいのだという。リュウデリアは自身の手で食べられると言っているのだが、譲らないようだった。まあ食べられるならばどちらでも良いかと考え、与えられるがままに差し出されるポテトトルネードを食べた。
黙々と食べているリュウデリアなのだが、彼は知らない。与えている側のオリヴィアが幸せそうに微笑んでいることを。少々無理矢理食べさせた事に関しては否めないが、それでも手ずから与えた物を口にしてくれている。それだけでも大きな進歩と言えるだろう……と。何せ最初は果物を差し出してにべも無く断られたのだから。
次第に無くなって串だけになると、リュウデリアはオリヴィアが持っている何も刺さっていない串を二本とも受け取り、黒炎で消した。灰すら残らず消すなど、一体どれ程の熱を持っているのかと言いたくなるが、ゴミが残らないので良しとしよう。
オリヴィアとリュウデリアは、また違うところを散策した。色々な店を見て、リュウデリアが人間の街がどういうものなのかを知る機会を与えているのだ。リュウデリアは考える。此処へ来る前は、本当に行く意味が無く、食い物と魔道書等の本に興味を持っていたが、来てみて初めて分かる。人間が生活を工夫して住みやすくしていることを。
食べ物も、色々な味付けをしてみたり、見た目も良くして飽きを来させないようにしている。音楽を奏でて心を落ち着かせたり、中には大道芸をして笑顔を届けたりしているのだ。そしてその中には、子供の手を引いた両親の姿もある。リュウデリアは無意識の内にその光景を見ていた。
リュウデリアは親の顔を知らない。気付くと大空を降下しており、受け止めてくれる者もおらず、無情にも大地に叩き付けられた。周りには敵しか居らず、スリーシャ達に会ったのは奇蹟だろう。故に愛情を知らず、親の温かさや子供としての無邪気な心を持ち合わせていなかった。
「……どうかしたか?」
「……親……というものは解らんな。いや、親が解らんというよりも、子の親を頼る気持ちが解らん。俺は気付けば独りだった。誰も居らず、周りに居るのは俺を狙う魔物のみ。スリーシャ達は最初利害の一致からなる関係だった。だから俺は親から与えられる無償の好意を知らんし、無償の好意を求める気持ちも解らんのだ。……無償の好意を知らなくても生きてきた。……だから解らんものを与え、与えられている人間の親子を見ていると、常に未知の生物を見ている気分になる」
「……………………。」
何となく口から出た言葉だった。悲観するつもりも、悲観している訳でも無い。唯事実を事実のままに受け止め、理解した上で、今広がる光景の中に居る人間の親子が、その光景を作っていること自体に疑問を抱いているのだ。親が居らず狩りの仕方も知らない。だがリュウデリアは余りある力を持ち、教えられる必要が無かった。だから出来た。出来てしまった。
生まれてくれば必ず居る筈の両親が居ないのは、あまり見ない事だろう。人間の中にもそういった、子供を捨てる親が居る。そして人間に限らず、自然界にはそういった『捨てる』という行為は無数にある。だが捨てられて自力で生きていけるものは少ない。必ず誰かの力を頼らなければ生きていけないからだ。それが出来てしまったということは、それ程己のみで生きていく力に優れているということ。
まるで捨てられることを前提とした力のバランス。リュウデリアは若しかしたら、独りであるべしという星の下に生まれてきたのかも知れない。だがそれに否と唱え、待ったを掛ける存在が今ここに居る。
「確かに、お前は親の龍に捨てられてしまった。しかし生きる術を学ばずとも理解したお前はすごいぞ……本当にな。生き物は誰かに支えられなければ生きていけない。それを独りで熟すんだ。弱いわけが無い。だが、それ故に親の子を思う気持ちに不可解さを覚えるならば考えなくて良い。親の龍なんぞ気にするな。所詮はお前のすごさを理解せず捨てた薄情な存在だ。だがお前の周りに誰も居ないとは考えるな。あの小さな精霊やスリーシャ、そして……この私が居る」
「…………………。」
「私がずっとお前の傍に居る。だから他の者達や親なんて考える必要は無い。条件を出して傍に居るが、条件なんぞ建前だ。そうしなければ近付くことすら出来ないから取った手段なだけで、私はずっと……お前の傍に居るからな」
「……そうか。」
オリヴィアは肩に乗るリュウデリアが考え込みながら相槌を打ったのを、前を向きながら理解した。まだまだリュウデリアは親というものを理解し切れていない。理解し切れていないのに、傍に居ると言われても何故という疑問が生まれてきて、肯定も何も無いのだろう。故にそうかという相槌。
だがオリヴィアはそれでも十分だった。今はまだ解っていなくとも、これから解って貰えれば良いだけなのだから。傍に居る。ずっと。他がどうであろうと関係無い。オリヴィアがリュウデリアの傍に居たいのだ。その気持ちは心の底からのものだ。それを本気で言っているからこそ、理解し切れていないリュウデリアにも届こうとしているのだろう。
オリヴィアは歩きながら横目でリュウデリアを見て、優しく微笑んだ。そして思考していたリュウデリアはオリヴィアの視線に気が付いて小首を傾げる。そしてオリヴィアはゆっくりとリュウデリアに手を伸ばし、翼の付け根や背中、頭を優しく撫でた。撫でられたリュウデリアは拒否する事も無く、大人しく撫でられ、目を細めた。触れることも許して貰えている。少しずつ、少しずつ警戒心を解いてくれている。それだけで、オリヴィアは本当に嬉しそうに微笑むのだ。
2人は向かう。今度は目的であった冒険者登録をするための冒険者ギルドへと。
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