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第2章
第27話 狩人の一端
しおりを挟む洞穴へ龍已と一緒に行った妃伽は、中を覗き込んで見た光景に口を押さえる。人が最も死ぬ職業である狩人。だが狩人も一般人も関係無い。モンスターに襲われれば死ぬ。そして、その死に方や晒される死体は大抵……目も当てられない状態であることが常なのだ。
見慣れること自体、人として推奨されない。しかし慣れないとやっていけない。妃伽はモンスターにやられた人間の末路をまたしても目にしたのだった。
「何だよ……これ……うっぷっ……っ!」
「パルバリーの体の末端に触手が1本あっただろう。あれは攻撃に使うのではなく、相手に差し入れて卵を植え付ける。孵化に必要な温度とエネルギーは植え付けた母体から搾取する」
「それが……何でこんな事に……ッ!」
母体にされている攫われた女性の体は酷い有様だった。1ヶ月前に攫われたという1人の女性は、内側から腹を食い破られ、その周辺も今もなお、50センチ程の大きな白い幼虫が4匹で食らっていた。皮膚に噛み付き、肉ごと引き千切って咀嚼して飲み込む。女性の目に光は無く、既に死亡している。
2週間前の3名の女性は、白目を剥いて泡を吹いていた。腹は妊娠しているように膨れ上がっており、服の下から判るくらい腹の表面が蠢いていた。腹の中に複数匹の大きな芋虫が居ることは明らかだろう。白目を剥いたまま気絶して動かない3名の隣には、1週間前に捕らえられた5名の女性。その他にも7名居た。今週に捕まってしまった女性達だ。
1週間前の女性達と今週の女性達は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。洞穴の土壁に背を預けて座っているが、立ち上がろうとしない。泣いているだけなのだ。1週間前に捕らえられた5名の女性達の腹は、2週間前の3名の女性達と比べて腹は出ていない。がしかし、もう既に植え付けられてしまっている。
パーレクス2体がこの洞穴に居て監視をしており、腹の中にはパルバリーに植え付けられた卵がある。孵化してしまえば、パルバリーの幼虫が腹の中で蠢くのだ。恐怖以外の何ものでもないだろう。恐怖で脚が竦んで立てなくなっているのも仕方がない。妃伽は喰い漁られている死体を見ないようにしながら、宥めるように意識がある女性達に声を掛けた。
「だ、大丈夫だ!パルバリーもパーレクスも、この黒い死神がぶっ殺してくれたから安心してくれ!こっから連れ出して村に──────」
「巌斎」
「……何だよ。安心させてんだから、ちと待って──────」
「無駄な気休めは言うな」
「は?それ、どういう意味だよ。気休めって……」
「この女達は、もう助からん」
「いや、いやいやいやっ!助かるかも知んねーだろ!?腹食い破られる前に手術でもして取り出せば……ッ!」
「植え付けられた卵は胃の表面と一体化して外せん。孵化と同時に肉を少しずつ食い始める。痛みが無いのは、麻酔代わりの分泌液を出しているからだ。生きていた方が肉は柔らかく温度も確保できて色々と便利だからな」
「だ、だとしても!今週やられたこの人達は……ッ!」
「胃と一体化していると言っただろう。完全に取り外すのは不可能だ。やるとしたら胃の全摘になる。それ程大掛かりな手術を耐えられるだけの体力は、残されていない」
「じゃあどーすりゃいいんだよッ!教えてくれよッ!」
「…………………。」
否定ばかりされて、妃伽は苛ついたように龍已へ噛み付いた。目の前に居る女性達を助けたいと考えているのに、暗に諦めろと言われているのだ。それは誰だって苛ついたりするだろう。しかし、女性達の身に起きていること把握しているのは龍已の方だ。彼が言っていることは正しい。
生きていけるだけの最低限な食べ物、木の実などといったものしか与えられず、痛みが無いので分からないが、孵化するために卵からエネルギーを奪われていたり、少しずつ体の内側を喰われている。大掛かりな手術に耐えられる体力なんて残されていないのだ。その証拠に、女性達は皆が窶れている。今週攫われた女性達でもそれなのだ、それ以前の女性達には無理だろう。
助けられる方法を教えてくれと叫ぶ妃伽に黙っていた龍已だったが、彼が歩き出して洞穴の中に入っていったので、やはり助ける方法が有るんじゃないかとホッとした。そんなものは束の間のものだと知らず。
洞穴に、カチャン……という音が響いた。何度も聞いたことがあるその音に、ハッとした妃伽が音の発生源に目を向ける。そこには、涙を流して助けを求める女性の前に立って、右手に持つ黒い姉妹銃のスライドを左手で引き、弾を装填している龍已の姿があった。弾が込められた銃の銃口を女性の額に向ける。向けられた女性は、信じられないと言いたげな表情で固まっていた。
「な……にしようとしてんだ……?」
「介錯」
「は、はァ!?まだ生きてんのに殺すのか!?同じ人間のアンタが!?」
「このまま放って置いてもパルバリーの幼虫が成長し、腹を食い破る。死体になろうとも肉であることに変わりはない。幼虫にとっての立派な栄養源だ。それに、腹を食い破る痛みはショック死する程のもの。ならば、今一瞬で殺した方がまだマシだろう?」
「人を殺すって言ってんだぞ!?分かって言ってんのか!?」
「……?当たり前だろう。他の狩人もこうする。パルバリーはその強さから上位な訳ではない。こういう事を加味して上位に認定されている」
「そんな事って……」
「ぉ、お願い……殺さ……ないでっ。た、助けてっ!」
「安心しろ──────今すぐに助けてやる」
「ち、ちがっ……ぃや──────」
「──────ッ!!やめ……ッ!!」
耳を劈く爆発の如き銃声が響いた。見た目以上の火力を持つ黒い銃から放たれた弾丸は、女性の頭を粉々に吹き飛ばした。首から上が吹き飛んで真っ赤な壁の染みが出来上がる。そこら中に脳髄をぶち撒け、隣に居た女性は頭からそれを被った。肉片が付着し、恐る恐るそれに触れて、絶叫を上げた。
人を殺した。まだ生きていた人を、何の躊躇いも無く撃ち殺した。止めようとして間に合わなかった妃伽の手が虚空で静止する。本当に、今見た光景が信じられなかった。あれだけ頼りになり、信用も信頼もしている師匠の黒い死神が、自身の目の前で人を撃ち殺すなんて。
今週に攫われた女性が殺された。ならば同じ自分達は殺されるし、それよりも前に捕まっている自分は尚のこと殺される。それを瞬時に悟り、恐怖で動けない体を引き摺って洞穴の出口へ向かう。這いずってでも逃げようとする姿は滑稽に映るだろう。だが、今の女性達を馬鹿にできる筈も無い。死にたくなくて、逃げているのだから。
だが、それでも龍已は女性達を撃ち殺した。頭に弾丸を撃ち込み爆散させたのだ。見ている光景を夢か何かと思っている間に、12の死体が出来上がった。いずれも首から上が吹き飛んでいる死体である。残るは、白目を剥いて気絶している3名の女性。彼女達にも銃口を向け、同じように頭を吹き飛ばして殺した。
結局、女性達を全員撃ち殺した龍已は、懐から小さな瓶を取り出した。中には何か液体が入っている。それを洞穴の出口へ行ってから死体の方へ投げる。地面に落ちて瓶が割れ、中身が撒かれる。呆然としている妃伽の鼻についた臭いは、ガソリンだった。燃やす気なのだと察した時には、用意していたマッチに火を点けて放っていた。
勢い良く火が点いて燃え広がる。ガソリンを使っているので洞穴の中は一瞬にして火の海と化した。中には龍已に殺されてしまった女性達の死体があり、火の熱さで体内に居るパルバリーの幼虫は焼け死んでいった。聞こえてきた幼虫の悲鳴も次第になくなり、人が焼ける臭いだけが感じられた。妃伽は、全てを見届けてから我慢ならぬと吐いた。
「ゔぶっ……お゙ぇ゙……っ」
「吐き終えたら依頼主の元へ行き報告を済ませるぞ。村の女を攫ったのはパーレクス及びパルバリー。その狩猟は完了。そして生存者は0だ」
「はーっ……はーっ……っ゙……お゙え゙っ……」
「狩人とは、モンスターを狩る者達の総称だが、モンスターだけを殺すとは誰も言っていない。狩人になるならば、いつかはこのように手を汚す時が来る。今回はそれを教える良い機会だと思い連れて来た。今すぐ慣れろとは言わん。だが忘れるな。今日見た、この光景を」
跪いて吐いている妃伽の背中に厳しい言葉を掛ける。動物で少しの耐性を作り、モンスターを狩猟する。そこまでは妃伽にもできた。しかし、人が目の前で死ぬところを見たのは1回のみ。耐性ができていなかった。ましてや、龍已が手ずから撃ち殺してしまったのだ。
吐いてしまっても仕方ない光景を見てしまった。息を吸う度に嗅いでしまうのは、人間の肉が焼けていく不快な臭い。気分が悪くなり、一向に良くならない。それでも、早く依頼の達成を報告しないといけないと、妃伽は心に渇を入れて立ち上がった。歩き出す妃伽を見て、龍已も移動を開始する。報告のため、村へ向かう2人。
彼等の姿を眺めるのは、黒い死神の専属回収屋である倉持だった。パーレクスの狩猟と聞いた時、大方パルバリーも居るだろうと思っていた。できたばかりの弟子を連れていくともなれば尚更だ。きっと凄惨な光景を態と見せるためだろうと予想ができる。故に、彼は妃伽に対して頑張ってくれと言ったのだ。
モンスターを殺せないという者が狩人を辞めることがある。命を奪うという行為そのものが受けつけない者達。それを克服しても、人が目の前で死ぬ光景に慣れず、また、今回のように自分が手を下さなければならないことに拒絶反応を見せて辞める者も居る。つまり、妃伽は今、狩人になるのを諦めるか続けるかの瀬戸際に立っていた。
村に戻ってきた龍已と妃伽は村長に報告をした。自分達が殺したという部分は伏せて、パーレクスとパルバリーの狩猟完了と、生存者は居なかったという旨だ。村長は生存者0を聞いて悲しそうにしていた。でも死んでしまったものは仕方ないと、断腸の思いで割り切り、龍已達に礼を言って報酬を支払った。
その後の事を妃伽は覚えていない。行きと同じく龍已のバイクに乗って帰ってきたのだろうが、全く記憶に無かった。いつの間にかエルメストに帰ってきて虎徹の店に居た。風呂に入って、先に帰ってきていた虎徹に夕食を作ってもらい、力無く布団の中に入っていた。しかし寝つけない。当然だ。人が死ぬところを見たその日のことなのだから。
『や、やめてっ……いやぁあああああああッ!!!!』
『殺さないでっ!誰か助けてぇえええええええッ!!』
『私は人ですっ!モンスターじゃないですっ!だから見逃してください……っ!』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!』
「……っ……クソッ……」
目を閉じて眠ろうとすると、龍已に殺されたくない一心で逃げる女性や何も悪くないのに謝罪の言葉を口にする女性。彼女達は被害者だった。普通に暮らしていただけなのに、モンスターに襲われてしまっただけの可哀想な被害者なのだ。助けも呼べぬ状況で、恐怖の対象でしかないモンスターが傍に居ながら意識を保っていた。
どうにか、心だけでも平静を保てるように、女性達は皆が固く手を繋いでいた。大丈夫。何時か必ず助けが来る。だからそれまで皆で生きていよう。きっとそんな言葉を掛け合って、龍已と妃伽が来るまで耐えていたのだろう。それがどうだ。来たと思えば、1人1人撃ち殺していく黒い死神の姿。一様に絶望した筈だ。
涙で顔を汚し、恥も外聞も無い動きで逃げようとする。生きたかったからだ。それぞれには大切な者や、帰りを待ってくれている者、身を案じてくれている者達が居た。結局殺され、洞穴の中で燃やされてしまった。残ったのは焼けて黒い塊になった、人だったものだ。
「私もいつか……師匠のようなことを……っ!」
掛け布団を強く掴んで顔まで引き上げ、中に入って小さく丸まる。妃伽が手を下した訳でもないのに、強い後悔と罪悪感。そして不快感が胸に巣くっていた。目を閉じれば思い起こしてしまう、あの凄惨な光景。眠気も来ない、今日の夜。
きっと、私は寝れないんだろうなと、諦めの言葉がぽろりと口から出てきた。布団を頭から被っていないと、死んでいってしまった女性達が暗闇の中からこちらを覗いているような気がしてならない。布団から顔が出せない。早く、日が昇って欲しいと思った。
黒い死神より与えられた次の試練は、精神的苦痛を感じても諦めることなく狩人を目指せるかどうかというものだった。果たして、彼女は立ち上がって進むことができるのだろうか。
──────────────────
黒圓龍已
人を殺すことに躊躇いは無い。体力が持たず、このまま置いてもパルバリーの幼虫が生まれるだけならば、一撃で楽にしてやった方が良いだろうと考えている。しかしこの考えは彼特有ではなく、他のベテラン狩人ならば皆同じ事をする。
モンスターだけを狩っていればそれで良いと思われている節があったので、狩人になるということはどういうことか、教えてやるために連れて来た。これで心が折れるならばそれまでだと考えている。
巌斎妃伽
動物を自分の手で殺して捌けるようになり、モンスターを自分の手で狩れるようになったからといって、人が死ぬ場面を目撃して平静で居られる程耐性は持っていない。
助けてくれ。見逃してくれ。やめてくれ。そう言って逃げる者達を確実に殺していく場面は、酷く心に響いた。狩人という者達が歩む道の険しさの一端を、また知ってしまった。
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