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第2章
第22話 黒い死神の素顔
しおりを挟む「──────約束は約束だ。素顔を見せよう」
「おぉ……黒い死神の素顔が見れるッ!!テンション上がるゥッ!!」
1時間強のラプノスとの戦闘に生き残り、それどころか襲い掛かってきたラプノス達を全て蹴散らした妃伽。条件をクリア出来たら、気になっている黒い死神の顔を見せてやるというのに食いつき、絶対に生き残る……そして彼の顔を拝んでやるという意思のみでここまで頑張った。
額に掻いた汗をジャージの袖で乱雑に拭い、息を整えるのを最低限に早く見せてくれと急かす。約束したのだからやはり無し、だとか逃げたりはしないので落ち着けと言いながら、黒い死神は黒いローブについていて、素顔を隠しているフードに手を掛けた。
今や本当に数えるくらいしか彼の素顔を知る者は居ないという、超激レア。彼の正式な弟子という特権を有効的に使って拝んでやろうという妃伽の判断は、まあ間違っていない。それくらいしないと見る機会なんてものは早々訪れたりしないだろうから。
見えてくる素顔。黒い短めの髪。すらりとした輪郭。琥珀色の瞳。一切表情が見られない、完璧な無表情。健康的な肌の色。精悍で整った顔立ち。若々しい、20代前半から中盤くらいに見える大人の顔だった。だが妃伽は、晒されていく素顔を見ていて、これ以上ないくらい瞠目して2歩後退った。彼女は彼を知っている。見たことがあるのだ。いや、見たことあるどころか何度も会話をしている。
震える手で行儀悪くも指を指して驚きを露わにする。想像していた顔ではなかった。というより、完全に想定外の顔が見れてしまった。ドッキリと言われた方がまだ信じられる。カッコよすぎる顔やら醜すぎる顔、厳つい顔、可愛い顔。色々想定していたものを振り解き、ある意味で一番インパクトがあった。
「黒い死神と呼ばれているが、本名は──────黒圓龍已だ。改めてよろしく頼む」
「ふぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
天切虎徹の親友であり、見せに高い頻度で訪れる男……黒圓龍已。黒い死神の正体は彼であった。別に妃伽に正体を隠していたという訳でもない。これだけ身近に居て他よりも多く接しているのだから、当然気づくものだと思って、結局ここまできてしまっただけである。
まさかの人物に、妃伽は大きく口を開けて驚いている。確かに龍已は強いと、雰囲気で分かっていた。狩人をやっているとも聞いた。戦っている姿を見たことはないが、それでもきっと強い狩人として日々モンスターと戦っているのだろうと思っていたが、モンスターにも人にも畏怖される生ける伝説だった。
どこまでも驚きを露わにする妃伽と、完璧な無表情を取り続ける龍已。絵図的に対照的な2人。鈍いのか、妃伽がここまで気づけなかったことは置いておくとして、割と街の中を歩いている人物が数えるくらいの人しか素顔を知らない黒い死神だったのだ。
「あ、アンタ……アンタが黒い死神だったのかよォッ!?」
「むしろこれだけ何度も会っていて何故気づかん」
「いやだってよ……」
「声色を変えていた訳でもない。気配も変えていない。態と気づかないフリをしていると思ったことも一度や二度ではないぞ」
「ふ、普通に気づかなかったんだよ!!あれ、ちょっと待てよ……アンタ店に来た時、黒い死神の事について……」
『黒い死神の修業はどうだ?』
『結構きちーけど、まあやり甲斐はあるぜ。いきなり穴に落とすとかマジで何考えてんだと思うけどよ』
『修業に意味があると思うか?』
『あるんじゃね?流石に何も考えずやらせてるって訳じゃねーだろ』
『どんな奴なんだ?』
『顔見えねーけど、めっちゃ無愛想。ボコボコにしてくることに何の躊躇いも無ェ鬼。体力怪物。クソ力。腹筋バキバキ。良い匂いすんの腹立つ……アイツ人間やめてるぜホント』
『けど、やっぱり黒い死神は良い奴だわ。尊敬してるし、私の憧れなんだ。死にそうになったところ助けてもらったからな。他の奴等が何と言おうと、私は黒い死神を良い奴だって思ってるし、思い続けるぜ。なんたって私は弟子だからな!』
「は、は……は……はぅっふ……ゔぅ゙ゔゔゔ……」
「どうした」
「こ、この変態ッ!無愛想ッ!スケベッ!黒い死神ッ!」
「黒い死神を罵倒に使うな。それと意味が分からん」
首を傾げる姿は、やはり店で見る龍已そのもの。最初の頃よりも話すようになって、親しくなった大人の男。だが今や彼は妃伽にとっての師匠である。何と言葉にすれば良いのか分からないが、何となく恥ずかしい。その謎の恥ずかしさはすぐに知ることになったのだが。
修業が終わり、店のバイトをしている時に高い頻度で来る龍已とは、当然話す切っ掛けが多い。良く話すようになれば、愚痴のようなものを溢すだろう。虎徹以外に話を聞いてくれる大人の男性なので、聞き上手ということもありついつい話してしまった。
今日はこんなことをやった。こんなことになった。彼はスゴい。尊敬する。やり方が酷い等々、色々と話してしまった。本人には言いづらい黒い死神のことを、黒い死神に話していたのだ。今思えば、自分のことだと分かっていて聞いてきて、何の反応も無く他人事のように聞く神経は図太すぎる。気づかなかったのはそういう部分のこともあったのだろう。
自分が今まで何を言っていたのかを思い出すと、恥ずかしくて仕方がない。顔を手で覆って彼の視線から遮る。真っ赤になってしまっている顔を隠すのだ。残念なことに、顔は隠せても熱を帯びている耳は隠せていない。非難するように罵倒するも、彼にとってはどこ吹く風だった。
「お前が裏で余裕などとほざくならば、それ相応の修業にしなければならない。そのための聞き込みだ。お前の思いを愚弄するつもりはない」
「話の内容察してンじゃねーよ!?あ゙ークソ。恥ずかし……」
このままだと、言ってしまったことを全て口に出されそうなので話を終わらせる事にした。そんなに近くに居たんなら、言ってくれても良いだろうとぶつくさ文句を言うが、逆にこんなに近くに居たのに気づかなかった自分が恥ずかしかった。羞恥とはまた違った恥ずかしさだ。
ラプノスを自分1人で斃せるようになって、強くなったと思ったがまだまだのようだった。実際、黒い死神改め、龍已もまだまだだと妃伽のことを評価している。特に先程の戦闘に関しては言っておかなければならないことがあるのだ。
約束の顔見せは終わらせた。フードを被り直した龍已は、反省点を教えると言って次の話題に切り替えた。キタと、背筋を伸ばす妃伽は、戦い自体はそれなりに良く出来ていると思っている。ただ、自分で思うのと師匠である龍已が思うものはまた別だろう。何を言われても受け止める姿勢を整えると、評価が始まった。
「戦闘の動きに関しては非常に良かった。荒々しく見えてその実、周りを常に把握していたな。背後からの奇襲にも対応したのは、狩人にとって必須な技術だ。早めから体に覚えさせて損は決して無い」
「おぉっ!」
「武器の使い方も良かった。1度くらいは残弾数を間違えるものかと思ったが、その様子は見られなかった。常に把握していたか?」
「おう!ちゃんと数えてたぜ」
「ふむ、それなら良い。続けていくように。次に、戦闘ではなく戦闘中についてなのだが……個性を潰すような真似はしたくないが、好戦的過ぎる」
「あー……やっぱり?」
「自覚していたのならば話は早い。モンスターはラプノスのように群れで狩りをすることもあれば、1体で狩りをする奴も居る。今回は無かったが、時には誘き寄せて隠れている仲間と襲う……ということもしてくる。お前は逃げようとしていたラプノスに追撃したな。あのような行為はしなくていい。態々危険に身を晒す必要など無いからな。目的のモンスターを狩った後は他のモンスターのことなど基本的に放って置け」
「オッス」
「それと、戦闘中に考えていなかったと思うが、逃走経路の確保も必須だ。逃げない狩人は居ない」
「アンタ逃げねーじゃん」
「勝てる戦いで逃げる必要なんぞ無いだろう」
「うわ言ってみてェ……」
おっと、忘れる前にメモしとかないとと言ってポケットからメモ帳を取り出して、言われたことを書き留める妃伽に、取り敢えず言えるのはこれくらいだと告げる。一気に言ってもすぐに全部直すことは出来ないだろう。なので少しずつ直させるのだ。
龍已はふと、あることを思い出す。この修業場所へ来る前に虎徹に言われたことだ。妃伽は弟子であり、狩人になるために日夜頑張っているが、歴とした人間である。一生懸命真面目にやろう思うときもあれば、モチベーションが上がらずやる気が起きない日もある。
そういったときに備えて、弟子のやる気を上げるように配慮するのも師匠の務めだと言われた。言われてみれば確かに。やる気がない状態で修業をやっても身にならないだろう。今もこうしてメモを取るようになった妃伽も、日によってはそうなるときもあるはずだ。なので彼は、虎徹に言われたアドバイスを実践することにした。
メモを取り終えて、ポケットにメモ帳を仕舞った妃伽が、他に何かあるのかと問いかけるような目線を向けてくる。そんな彼女の近くまで寄った。首を傾げているだけの妃伽の頭に、黒い手袋をつけた龍已の手が乗せられる。
「お、おい。なんだよ……」
「お前は良くやっている。普通ならばこれ程短期間にそれだけの実力をつけるのは難しいだろう。俺が言ったことをメモする姿勢も良い」
「そう……かよ。まあ、褒められて嬉しくねぇことはねぇな。……でも、この撫でるのはよ……」
「これからのお前にも、俺は期待している。頑張るんだぞ」
「……うん」
素直に撫でられたままの妃伽は大人しい。ほんのりと赤らめた頬と耳。照れているということくらいは分かる。これが虎徹から言われた褒めるときにやることだった。妃伽はまだ子供で、両親には放任されていたようなものらしいので、こういった接触はしてこなかっただろうとのこと。
頭を撫でながら褒められて、嬉しくない人はそう居ない。だからやってみてよと言われたのだ。それに、あの黒い死神に頭を撫でてもらえるなんて激レアだろうからとも。妃伽の反応を見る限り、確かに嫌がる素振りはない。恥ずかしそうというか、照れているだけだ。
地毛の長い金髪は、さらりとしている。手袋をせずに素手で触れていればきっとやみつきになる手触りだっただろう。今更そこまでして触れようとは思わないが、嫌がられず、これだけで修業のモチベーションを保ってくれるならば安いものだと感じた。
「さて、戻るとしよう。今日の修業はここまでだ。後は虎徹の店の開店時間までゆっくりとしているといい。自主練に励むというのならば、無理しない程度を条件に許可するが」
「……おう。……なぁ、狩人の黒い死神じゃなくて、普通に店に来た時は龍已って呼んでもいいか?」
「構わない。好きにするといい」
「サンキュー」
別に呼び方に関して固執している訳でもないので、好きに呼んでいいと許可した。妃伽は小さく笑みを浮かべた。心なしか嬉しそうである。断られたら、苗字の黒圓と呼ぶつもりだったが、簡単に許してもらえたので、今度から龍已と呼ぶことにした。なんだかもっと親しくなった気がして、妃伽は内心嬉しかった。
その後、バイクの元まで戻った龍已と妃伽は来た道を戻ってエルメストへ帰っていった。途中でモンスターと接敵することも無く、平和に戻れた。未だに男の背中へ抱きつくことに慣れない妃伽だが、店でも修業でも関わってきた人物の背中だと思うと、安心感が今までよりも大きくなった。
安心感が強いからか、龍已の背中に抱きつきながら、いつの間にか眠っていた妃伽。起こされた時にはもう街に着いていた。寝ていたのはバレているだろうなと思ったが、それで叱ることも無く解散となった。そして夜。しっかりと休んで仮眠も取った妃伽は虎徹の店のバイトに精を出した。お得意様の頼んだ料理を聞き、運ぶ。もう慣れたものだ。
そうして真面目にバイトをしていれば、また1人客が来店した。反射的にいらっしゃいと声を掛けながら振り返って出入口の方を見れば、特徴的な無表情と180を超える身長の若い大人の男……龍已が入ってきた。妃伽は他の客に浮かべるものとは違う、親しい者に対して見せる笑みを浮かべる。
「よっ。いつもの席空いてるぜ、龍已」
「あぁ。今日もご苦労さま、巌斎」
「水持ってくるから座っててくれよな」
「頼む」
「へへ。おうよ!」
親しげな会話は今に始まったことではないが、何となく、本当に何となくだが今までよりも親しい雰囲気が作られたように思える。水の入ったグラスを持っていって、龍已の前に置く。注文は決まっているのか聞くと、メニュー表も見ずに決めていた。いつも飲んでいる酒と、肴に枝豆。それを虎徹に伝えれば、今日の彼の気分である牛の肉を使った牛すじ煮込みも一緒に出された。
俺の今日の気分を当てられるとは、流石だな。僕と君の仲じゃないか。毎回行われるルーティンのようなやりとりに、妃伽は笑った。龍已が黒い死神と分かってから、この雰囲気というかこの空間がもっと好きになった。虎徹の狙い通り、彼女のモチベーションは高いまま保たれている。しかしその理由は、龍已と虎徹が居てこそのものであった。
「ね、巌斎さん。龍已と何かあったの?」
「何でそう思うんだよ……」
「たまーに髪の毛を指でクルクル巻いて彼のことチラ見してるからさ。何かあったのかなーって」
「べ、別にー?何でもないし!」
「そう?てっきり褒められながら頭でも撫でてもらえたのかなって思ったんだけど、違ったかー」
「は、はーっ!?だからってチラ見なんて……何でその事知ってんだ。龍已は黒……あ───ッ!天切さん知ってたな!!」
「ぷっ、ふふふっ。嬉しかった?照れちゃったー?」
「う、ウザいしうっさい!今日の天切さんムカつく!!」
「ふふ、かーわい♡ね、龍已もそう思うよね?」
「……ん?巌斎か?まあ、確かに彼女は──────」
「悪ノリすんなーっ!も、もういいから黙って酒飲んでろよ!!」
「真っ赤になっちゃって。クスクス」
「うっせェッ!」
揶揄われて恥ずかしさを感じ、妃伽は撫でられた時の感触を思い出して顔や耳を真っ赤にした。妃伽は可愛いよね?と流れ弾を飛ばす虎徹に、龍已が悪ノリして答えようとすると必死に言葉を被せて止めた。これ以上何か言われるとバイト続行が不可能になってしまう。直ちに部屋に戻り、ベッドでバタバタしなくてはならなくなる。
黒い死神と戦闘訓練を行い。ラプノスと1時間戦い続け、師匠の素顔を見た今日の妃伽は、恥ずかしい思いもしたが充実した1日になったと感じた。
師匠である黒い死神に実力をある程度認められた妃伽は、これからより厳しい修業を受けることになる。それに耐えてこその弟子。まだ彼女には覚えることがいくつもあるが、きっと乗り越えていけるのだろう。他でもない、彼と一緒なのだから。
──────────────────
巌斎妃伽
頭に手を乗せられた時にビクッと肩が跳ねたが、撫でられていると不思議と安心してしまった。両親には放置されていたので、頭を優しく撫でられたことが無かった。なので、撫でが終わると寂しい気持ちが湧いた。恥ずかしいのでおくびにも出していない……つもり。
黒い死神が店によく来る龍已だと分からなかった。知らず知らずの内に、師匠の鬼畜さや尊敬している部分などを龍已に話していたので、本人に言ってたのかー!と羞恥心が込み上がった。
黒圓龍已
裏の顔は黒い死神。これだけ多く接する機会があったのだから、気づくものだと思っていただけに、素顔を晒して心底驚かれたことに驚いた。無表情はピクリとも崩れない。
親友である虎徹に言われたとおり、妃伽の頭を撫でた。照れているのは分かったが、普通は嫌がるのではないのかと疑問に思った。褒め言葉は本心。実際、妃伽の戦闘センスには光るものがあると確信している。
天切虎徹
龍已に褒めながら頭を撫でてあげると喜ぶよと教えた確信犯。龍已が黒い死神なのは当たり前に知っている。妃伽が照れている様子を見てホッコリしているので、同じ様なことをこれからもやるつもり。
店を閉めた後、感触はどうだった?嬉しかった?と弄った。妃伽には怒られたが、反省はしていない。
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6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
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