3 / 3
7/6 13:00 天気:雨
しおりを挟む地面と雨は、強く叩きつけている。昨日までの晴天が嘘だった様な、裏返しの天気。アスファルトが歪みそうなほど、大粒で強い雨は、水不足の地面を潤すのだろう。
明日は、織姫と彦星は会えるのだろうか。そう思ってしまう程、俺らが住む世界は、土砂降りだ。
「おじさん、、、雨だね。」
見慣れた顔に、薄く塗られた化粧。いつも着ている白いワンピースではなく、淡く可愛らしい水色のワンピース。入院患者には見えない、見舞いに来たのかと思われそうな、ごく普通の女がそこには立っていた。
一瞬、誰だかわからずに、焦った。が、どうやら待ち合わせをしていたコイツで間違いはないらしい。
いつもの女の様で、別人の様な女は、俺の居る整形外科病棟の前まで、ご丁寧に迎えに来てくれたってこった。
しかも、昨日のお粧し宣言とやらは、本当だった。ステテコで、ラフな格好をしているのが恥ずかしくなる。
「んじゃ、行くか。」
女だと意識しない様、はっきりと視界には入れずに歩き出すと、服の裾を掴まれ、行手を阻まれる。
なんだ?と、声を出し、振り返る前に、女は言葉を発する。
「おじさん、、あの、、わ
「あら、空ちゃん。神原さんとお出かけ??仲良くなってよかった。」
その女の声も、よく聞くナースの声に遮られる。
柔らかく笑う戸田美桜の顔は、いつも険しい顔をしているとは思えない程に、穏やかだ。まぁ、険しい顔をさせている原因は、俺なのだが、、。
ん?ナースは今、俺とコイツが仲良くなって良かったって言ったか?
男の服の袖を握り、引き止める女。その光景は、別れを惜しむ恋人同士の様にも見えてしまうのでは無いだろうか。
そんな事を考えると、顔に熱が集まっていく様な気がした。隠す様に、顔を逸らし、口からは出任せが溢れる。
「違う違う、、なんだ、その、、子守だ、子守!」
咄嗟に思い付いた言葉は、女を深く傷つけたなんて、俺は知りやしない。
「はぁ!?私がお粧しして迎えに来たってのに、子守!?美桜ちゃん!!このおじさん、有り得ないんだけど!!」
「アンタが短冊を書きたいとか言うから、仕方なーく、付き合ってやってるんだろ??」
「っ、、、そっか。」
言った言葉を間に受けたのか、隣にいた女は、今の天気の様な厚い雲の覆い被さった、泣き出しそうな顔をしている。いつもは挑発的な言葉に乗っかってくるのに、今日のこいつはよくわからない。
流石に悪かったと思ったが、既に遅かった。
「はぁ、やっと仲良くなったと思ったんだけど、目の錯覚だったかなぁ、、。」
俺らのやり取りを、呆れ顔見ているナースが視界に入る。どうせ、いつもの風景だ。
「あの、神原さん、ちょっと大人気無いんじゃないですか??空ちゃんがこんなに可愛い格好して迎えに来てるって言うのに。私も、空ちゃんの立場だったら、拗ねちゃうかも。」
「、、、っ、、あー、俺が悪かったよ。」
「ほら、そんな素っ気ない態度で、心無い言葉。そんなんじゃ、空ちゃんに本気で嫌われちゃいますからね~。」
女の頭をぽんぽんと撫で、じゃ、私は仕事に戻るんで。と、冷たく俺に言うと、戸田美桜は俺達に背を向けて立ち去って行った。
ナースには、女心がわかってないと怒られるし、コイツは元気なくなってしまうし、、俺が悪い事なんて、1番俺がわかってる。
「なぁ、、子守なんて言って悪かった。」
立ち止まって、微動だにしない女に謝る。
「私も、、、おじさんを無理矢理付き合わせて、、ごめんなさい。」
お互いが珍しく素直だ。これも、この雨のせいだろうか。この後悔も、雨と共に流れ落ちてくれるといいのに。
「っ、、、」
何と言っても対抗してくるのが、通常であったのに、それすらも無い。元気がないコイツを見るのは、凄く珍しい光景だった。
だから、なんと声をかけていいのか、わからない。ただ今は、何処からか聞こえる心電図の音、ナース達の声、廊下に響く足音で作られた無言の空間が、そこには広がっていた。
このままではダメだと、本能が言っている。ゴクリと息を飲み、俺は決意した。
「空、悪かった。」
声は震えて無かっただろうか、緊張してるのがバレて無いだろうか。ただ、それだけが気掛かりだと思った。
俺の中の意地を張り合っていた糸は、こんなにも簡単に解けてしまった。出来ないと思い込んでいたのは、俺だけだったのかもしれない。
『7/6 天気:雨 初めて、アンタの名前を呼んだ。』
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に
江戸川ばた散歩
ライト文芸
ギタリストの兄貴を持ってしまった「普通の」もしくは「いい子ちゃん」OLの美咲は実家に居る頃には常に長男の肩を持つ両親にもやもやしながら一人暮らしをしている。
そんな彼女の近所に住む「サラダ」嬢は一緒にごはんをしたり、カフェ作りの夢などを話し合ったりする友達である。
ただ美咲には悪癖があった。
自由奔放な暮らしをしている兄の、男女問わない「元恋人」達が、気がつくと自分を頼ってきてしまうのだ。
サラダはそれが気に食わない。
ある時その状況にとうとう耐えきれなくなった美咲の中で何かが決壊する。それをサラダは抱き留める。
二人の夢に突き進んで行こうとするが、今度はサラダが事故に遭う。そこで決めたことは。
改行・話分割・タイトル変更しました。
あと少しで届くのに……好き
アキノナツ
ライト文芸
【1話完結の読み切り短編集】
極々短い(千字に満たない)シチュエーション集のような短編集です。
恋愛未満(?)のドキドキ、甘酸っぱい、モジモジを色々詰め合わせてみました。
ガールでもボーイでもはたまた人外(?)、もふもふなど色々と取れる曖昧な恋愛シチュエーション。。。
雰囲気をお楽しみ下さい。
1話完結。更新は不定期。登録しておくと安心ですよ(๑╹ω╹๑ )
注意》各話独立なので、固定カップルのお話ではありませんm(_ _)m
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる