王太子妃に転生したサレ妻は、華麗にその座を明け渡す

冬月椿

文字の大きさ
上 下
4 / 24

4 前世の記憶――違和感の正体

しおりを挟む
「――乃? ――舞乃?」
「……健吾さん? ――みなさんは?」
「さっき帰った」
「そう」
「なぁ。……今夜、いいか?」

 すごく久しぶりに、子が授かりやすい期間でもないのに夫から求められて、少しだけ嬉しく感じてしまった。
 昔から夫は、仲間と賑やかに過ごしたような日はたいてい、私を抱きたがる。そんなこと、すっかり忘れていたけれど。

 いつからか夫は、セックスの前に私の服を脱がすことをしなくなった。子作りのためのセックスはタイミングが分かっているから、予めパジャマを脱いでベッドに入るのが常となっている。
 
 義務的なキスを交わし、私を濡らしてからの挿入、そしてフィニッシュ。
 ルーティーンになりつつある私たちのセックスだが、その日は珍しく夫がベッドに腰かけたまま、私の耳元でささやいた。

「――して」

「んっ……んっ……んぐっ……」
「はっ、……ん……くっ……」

 ジュポンッ。

 夫は私の口から陰茎を引き抜くと、手を伸ばして私の陰部に触れた。

「なんだ。フェラして感じたのか?」
「ん……お願い。ちょうだい」

 眠たいし、疲れている。
 もう早く出して終わってほしくて、わざと強請るようにそう言った。
 おそらく夫は、順従な女性をわざと荒っぽく抱くことで支配欲が満たされるタイプの男性なのだろう。

 夫が私の両手をベッドに縛り付け、片足で太ももを開いてその間に身体を滑り込ませてくる。

まいが欲しかったのは……これか?」

 隙間がないほど身体を密着させたままドチュンと一気に奥まで突かれて、思わず小さな悲鳴を上げる。

「何が欲しかったんだよ?」
「……健吾さんの、んっ」
「それじゃ分からないな。具体的に言ってくれないと」
「……意地悪しないで」
「止めてもいいのか?」
「……健吾さんの、ペニス、が、欲しいのっ」
「夫のペニスが欲しいだなんて、淫乱な奥さんだな。ほらっ――」

 ドチュンドチュンと激しく奥を突いたと思ったら、今度は腰をグラインドさせながら深く押し付けてくる。

「あっ、やぁ、それ……」

 全身を震わせてイく。

「もうイッたのか? 仕方ないな」

 夫は呆れたようにそう言うと、私の腰を掴んで四つん這いにさせた。
 けれど――いつものように後背位で夫に貫かれながら、射精の瞬間に耳元で「まい」とささやかれたとき、私の身体の全細胞が夫を拒絶した。

 咄嗟に身体を離すと、床に散らばっているパジャマと下着をかき集めて浴室へと飛び込んだ。
 さっき夫は、私のことを『まい』と呼んだ。
 スマホのLINEにあった「My」が元カノの「麻衣まい」さんであることに、直感で気づいてしまった。

 付き合い始めたばかりの頃、夫は私のことを「舞乃ちゃん」と呼んでいたのに、いつからか「舞乃」になり、ここ1年、ベッドの上では「まい」と呼ばれるようになった。
 行為も、フィニッシュ近くなると後ろから抱かれることが多くなった。

 まさか。そんな。――私は、「麻衣」さんの代わりに抱かれていたの?

 夫の匂いや体液が自分の身体にまとわりついているのが気持ち悪くて、急いでシャワーを浴びた。
 冬の浴室は冷え切っていて、長い間、首の裏に熱いお湯を浴びてようやく身体が温まると、適当に服を着てコートを羽織り、明け方の街へと足を踏み出した。

 ポケットに入れたスマホのヴーンヴーンという低音が、やけに耳につく。こんな時間にかけてくる知り合いなんて、残念ながら夫しか思い浮かばない。
 画面を見ることもなく、ポケットに手を入れて手探りでスマホの電源を落とした。

 東京湾へと続く川沿いの遊歩道まで来ると、ベンチの上に膝を抱えて座った。


 ――本当は、白湯さゆなんて好きじゃない。
 黄体ホルモンだって飲みたくないし、毎月通院して男性医師の前で足を開くのもうんざりだ。
 義両親は良い人たちだけど、本音を言うと、物理的にも心理的にも干渉されない程度の距離を保ちたい。
 夫から愛は貰えなくても友人関係くらいにはなりたいし、喧嘩してもいいから本音でぶつかりあいたい。

 こんな生活、もうウンザリだ。
 でも――。
 一番うんざりするのは、現実を見ようとせず、実態は全然違うのに世間に向けて幸せそうな夫婦を演じ、そこに自分の価値を感じてしまう、今のわたしだ。

 育ちの良い恵まれたお嬢さん。優秀な生徒。良い奥さんに、良いご近所さん。模範的な職員に、出来た嫁。
 ずっとそんなふうに言われて育ってきた。そこからはみ出さないように息を潜めながら暮らしてきた。けれどもう、開放されたいと願っている自分がいる。


 ――離婚しよう。

 幸い子供もいないし、持ち家だってまだ購入していない。
 健吾さんとの関係を清算して、新しい人生を歩み始めればいい。
 両親の期待は裏切ることになってしまうけれど、娘の戸籍にバツが一つ付いたくらいで揺らぐ実家でもない。
 健吾さんだって、いくらでもやり直せる。それこそ、元カノとよりを戻すことだって。
 
 そう思ったらなんだか安心して、ちょっとだけのつもりで瞳を閉じたら、いつの間にか眠りについた――永遠に。

 気が付くと、空の上から映画でも見るかのように自分自身を眺めていた。
 ベンチに横たわる私に気づいた誰かが駆け寄ってきた。応答しない私に心臓マッサージをしながら、川沿いをジョギングしている人へ救急車を呼んでくれと叫んでいる。

「おい、しっかりしろ! 戻ってこい! おいっ、頑張れ!」

 けれど。
 救急車が到着して、蘇生が無理だと悟った頃、その人は自らコートを脱いで私に掛けてくれた。見覚えのある大きな男物のコートだった。

「――っ!!」
 男の人の慟哭どうこくが夜明けの街にこだました。

 その声があまりにも悲しみを帯びていたから、思わず地上に引き戻されそうになった。
 けれど次の瞬間、眩しいほどの金色の光に包まれて、私の意識はそこで途絶えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」 十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。 まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。 夢は自分で叶えなきゃ。 ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

あなたと別れて、この子を生みました

キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。 クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。 自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。 この子は私一人で生んだ私一人の子だと。 ジュリアとクリスの過去に何があったのか。 子は鎹となり得るのか。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 ⚠️ご注意⚠️ 作者は元サヤハピエン主義です。 え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。 誤字脱字、最初に謝っておきます。 申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

白い結婚はそちらが言い出したことですわ

来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

処理中です...