王太子妃に転生したサレ妻は、華麗にその座を明け渡す

冬月椿

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1 王太子妃の閨教育

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 ラングドル王国の王宮にある王太子妃の私室。
 私はこの部屋の主人である王太子妃、レティシア17歳。

 成人王族となる18歳の誕生日を目前に、長年に及ぶ王太子妃教育の総仕上げとして閨教育を受けている。
 夫である王太子、クロード20歳とは約2年前に結婚したものの、私が成人するまで「初夜の儀」を見送ることにしたため、人妻といえども未だに清い身だ。

 閨の教育係を務めるのは、魅惑の未亡人として社交界でも一目置かれているブリジット夫人。
 姿勢を崩しゆったりとソファーに腰をかけ、広げた扇越しにまるで値踏みをするかのように私を眺めている。その堂々たる佇まいに、知らない人が見たら彼女こそがこの部屋の主人だと思うだろう。

 一方の私はといえば、行儀よく背筋を伸ばし、控え目に一人用の椅子に腰をかけ、手渡された指南書を手に呆然としていた。動揺を悟られまいと必死に平静を装いながら、男女が様々な体位で交わる姿が描かれた挿絵に視線を落とす。


「というわけで、閨では様々な体位で交わります。恥じらいは大切ですが時には大胆に――」
「ブリジット夫人。この獣のような交わりは……」
「後背位と呼ばれる体位です」
「夫へこんなはしたない姿を晒すのですか!?」

 素肌を見せるだけでも恥ずかしいのに、こんなの絶対に無理!

「殿方の征服欲を満たす人気の体位です。どんなに誠実そうに見える紳士も、女性に愛を囁くときは別人になるものです」

 そう言って、王太子宮の中央に位置するとある一画へと視線を向ける。その先には、私の夫であるクロード殿下の執務室がある。明言こそしないものの、彼女の言葉や表情がクロードとの肉体関係を匂わせる。

 夫人は彼の閨教育も担当したのだろうか。もし実技を教えていたのだとしたら――。
 ベッドで絡み合う2人の姿が脳裏に浮かび、それをかき消すように首を振る。

「ましてや王族の場合、婚姻して3年でを授からなければ、側妃を迎えることができるのです。殿下の寵愛を得るためには、『恥ずかしい』などと言っている余裕はございませんよ?」
「3年のうちに、男児を?」

 王室典範には、性別の指定そんなことなど書かれていない。
 3年のうちに子を授からなければ側妃を娶れるのは事実だけど。
 そして16歳の誕生日に王太子クロードと結婚した私に残された猶予は、1年2か月しかない。

「王族にとって男児をもうけることは、一番の義務ですから」
「だからといって、こんな恥ずかしいこと。それに『義務』だなんて――」
「寝所では多少の演技も必要です。王太子殿下ともなれば、魅力的な女性たちが手練手管を駆使して近寄ってきますからね」
殿下クロードはそんな方ではありません。……一途な御方だもの」
「王族の場合、誠実なお人柄であることと側妃を持つことは別のお話です」
「それはそうですが」

 男児を身籠らないなら、夫の不貞も平然と許せと?
 王太子妃の務めとして、義務感だけで肌を合わせろと?
 寵愛を貰えるよう夫に媚びへつらい、寝所では必要に応じて演技もしろと?


 夫人は女性の尊厳を、いったい何だと思っているの!?
 それに。クロードは一途な人なの。
 それはもう、純粋なまでに。
 将来の国王となるには、優しすぎるほどに。

 夫の視線の先に、いつも同じ女性がいることに気づいたのは、いつのことだったろう。
 聡明で、自分の意見をはっきりと主張することのできる将来有能な子爵令嬢。
 控え目で、その場の空気に合わせて自分の意見を呑み込んでしまう自分とは、全くタイプの異なる女性。

「彼女こそ王太子妃に相応しい」

 そんな声を耳にしたのは一度や二度ではない。
 それでも私は夫が、クロードが――好き。

 急に押し黙ってしまった私に向かって、意地悪そうに右の口端を上げたブリジット夫人に既視感を覚えるのはなぜだろう? そう思った瞬間、たとえようのない不快感と悲しみがこみ上げてきた。

「ゔっ……」
王太子妃レティシア様、お顔が真っ青ですわ」
「痛っ」
「どうされました? っ、大丈夫ですか!?」

 突然、酷い眩暈と強い頭痛に襲われて、椅子から崩れ落ちるように倒れた。
 ガタンッ――。

「だ、誰か! お医者様を!!」
 甲高いブリジット夫人の叫び声を最後に、意識が途絶えた。
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