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成長の章

【17】義眼の男

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ああ。気持ち悪い。
直近の仕事は俺が過去にやってきた仕事の中で最も胸糞悪いものだった。
いつも通り依頼人が誰かもターゲットが誰かも干渉せずただ依頼通りに仕事をした。

だが今回のターゲットは高校生のガキ4人だったらしい。
新聞やテレビでも報道されるような大きなニュースになっていた。

全く俺が世も末なんてしょうもない言葉吐きたくなる日が来るとは思ってなかったな。

俺が今まで仕事を淡々とやってこれたのは、世の中どんな汚いことをやらせるやつがいてもその背景にはそれなりの正義があると漠然と信じていたからだ。

抱えている人間たちに飯を食わせるためだったり、秩序の維持に必要な処置だったり。
国同士の争いだって一方的な悪なんてなくて正義と正義のせめぎあい。そんな風に考えるようにしている。

これは自己欺瞞。いや自己洗脳に近いかもな。

俺の生まれた戦地では子供も容赦なく多くが殺されて死んでいた。
表面的には平和感出している日本に来ればそこまできな臭い殺しはしなくて済むかななんて思ってたがこんな日が来ちまった。

俺は戦地で両親を失い、クロサワという日系人の傭兵に拾われた。
そして仕事のイロハを叩き込まれブラッドという名前をもらった。
髪が赤毛だという安直な理由でな。

クロサワは特定の仲介人の仕事を淡々とこなす傭兵業をしていた。むしろ何でも屋に近い印象だったけどな。
俺が依頼人にもターゲットにも興味を示さないのはそれがこの仕事を長く続ける秘訣だとクロサワに教えられたからだ。

11年前にクロサワは61才で死んだ。
死ぬ数か月前に「俺はこの仕事を長くやりすぎたかもな」なんてぼやいてたっけ。

クロサワの死後、俺が日本に来たのは引き継いだ仲介人から仕事がぬるい割には単価の高い仕事が多く同業者も比較的行儀がいいと聞いていたからだ。
国自体がスパイ天国なんて呼ばれてるくらいガバガバなのもあるしな。

俺もあと3年で50になる。単価の高い仕事をある程度数こなして適当にまとまった金ができたら東南アジアのどこかにでも移住して引退するつもりだ。

日本というのは妙な国で表面的には平和感が出ているが世界の戦い方が変化しただけでずっと戦争状態が続いているということに国民は気が付いていない。

核兵器登場以降の戦争というのはメディアを使ったプロパガンダや印象操作等の情報戦が主体だ。
それを駆使して利権を生み出したり恐怖や不安を煽って法律を操作しながら新たなビジネスを生み出す。
金や利権やテクノロジーの奪い合いというのが実態だ。

極端な話、日本と中国の二重国籍を持ったような工作員同士が殺し合いをしたとして。
日本では加害者が中国人で被害者が日本人と報道する。中国ではその逆をする。

それをやっちまえば一つの事件だけで国民同士の対立感情を煽ることができる。
金さえあればメディアを支配して国民感情を操作して法律や利権をコントロールする手段なんてざらにあるわけだ。

日露戦争でロシア国内の火種を煽って内戦を起こさせた工作が日本の勝利に貢献した史実があるんだが。
日中韓の対立感情を煽ることが大きな利益に繋がる勢力の存在を意識できていない日本人がほとんどなのは傍目に情けなく見えるがな。

特に1980年代の中曽根政権辺りのごたごた以降の日本弱体化政策はある意味全世界を敵に回しているような状態だからな。

数十年もすればまともな国として機能しなくなってるんじゃないだろうか。
大方、散々弱体化工作を受けながら世界の財布として良いように使われる多重苦のような状態になってると予想できる。

まあおかげさまで俺たちみたいな連中は苦も無く日本での生活も楽しみながら仕事ができるんだけどな。
あといくつかでかい依頼をこなせば引退への準備も整いそうだ。

ひとつ日本に心残りがあるとしたら気にしてる女のことだ。
こんな仕事を生業にしながら日本人の女と一緒に生きていけないかなんて淡い夢を密かに抱いてしまっている自分がいる。
まあもう会う機会もないだろうとあきらめてはいるんだがな。

クロサワには色々なことを教わったが女という生き物には特に気を付けろという教えが今でも印象に残っている。

クロサワ曰く、男は自分たちが合理的な生き物だと勘違いしているが実はそれは男女の合理性の違いのせいだと言っていた。
男が合理的だと思っているのは最も単純な脳死効率主義的合理性だ。

女は自衛のために脳死で効率主義に合理性を振り切れない傾向がある。
自衛と効率のバランスを取った合理性を自分自身で見出さなければいけないんだ。

自衛のための合理性というのは皆が扱えるようなセオリーを作ってしまえばそれに漬け込まれるリスクがある。
リスク自体も個体差があるのだからバランスは自分自身で考えなければいけない。

生きて行くのに男より遥かに高度な立ち回りを求められる生き物だというのがクロサワの女性観だったようだ。
ある意味女にとって馬鹿や無能を演じるというのは最も簡単で合理的な自衛手段なのかもしれない。

馬鹿な女はたくさんいると思うが、それは男も一緒だ。俺も含めてだがほとんどの人間が馬鹿で愚かだってのは変わりない気がする。
でも概ねクロサワの女性観には共感するところがある。

なんでも女のほうが合理性と感情論を状況によって使い分ける相対的合理性という概念を扱える傾向があるとクロサワは言っていた。
なんとなくだが俺もそんな傾向はある気がする。俺はクロサワほど多弁ではないからなんとなく思うだけなんだがな。

話が逸れたが俺が惚れたアスミという女は不思議な女だった。
知性なんてまるで感じさせないような雰囲気をまといながら掌の上で転がされているようなそんな感覚。
そして俺はそれが心地よかったんだ。

仕事柄クロサワが言っていた女に気を付けろという言葉が頭の片隅にずっとあって一歩踏み込めなかったところはある。
もし一歩踏み込む選択をしていたら今とは違った現実があったのだろうかなんてちょくちょく夢想してしまうんだ。



1998年6月

以前に俺たちがターゲットにした高校生4人が生存していたという情報が飛び込んできた。
いったい何が起こったのか仲介人すら混乱していた。

全貌は分からないが関わった連中全てが責任の擦り合いのような状況で大混乱しているらしい。
状況的に国家権力を動かせるような連中が関わっているのは俺でも分かる。

あんなにあからさまに殺意を込めて放火したのに何の事件性もなく事故として処理されていた件だからな。
そんな手段でやったのは依頼通りだからだ。こちらに落ち度は全くないはず。

しかしどうやら末端である俺たちに責任を押し付ける流れができてしまっているらしい。
くそったれが!あと数年で引退を考えていたのに一つ間違えば処理される可能性がある状況が生まれてしまった。

全く何なんだ一体…。

それで結局俺たちが再度ガキどもを始末する話が来てしまった。ふざけやがって。
それを失敗すれば俺と仲間たちは処分されるらしい。
さすがの仲介人もバツが悪そうに今回の話は持ち込んできたな。

だが、一つの可能性に関して情報が得られた場合、情報収集のみに徹していいとの補足があった。
ガキ共はもしかしたら俺と同じ能力持ちかもしれないという話だ。

もし能力持ちであることが判明した場合は深入りせず情報を持ち帰ることを最優先にするように命令された。
今回は依頼ではなく命令とのことだ。

たしかにガキ共が助かった状況が不自然すぎる。
なんかしらの能力を使った可能性は確かにありそうな気がする。

俺は戦場で右目を失ったときに代償にある能力を手に入れた。
理由はなぜかわからない。
だが意識を失っていた間の夢の中で何者かにお前に力を授けるとか声が聞こえた記憶はあるんだよな。

とにかく、次の仕事は必ず成功させなければいけない。
俺と仲間たちのためにも。

願わくばガキ共が能力持ちで情報を持ち帰る方向性で終わりたいものだ。

とりあえず当面は情報の収集待ちとのことで待機らしい。
くそったれが。
ああ。気持ち悪い。
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