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始まりの章

【11】少年との出会い

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見慣れた研究室で目が覚めた。
ここは研究に没頭するために衣食住に不自由することはないように構築してある。

しかしここが見慣れているという感覚はあるが、これまで生きてきた実感がない。
分かりやすく言うと記憶喪失のような状態だろうか。

そして唯一見慣れた状態と違うのはこの研究室には出口がないことだ。

「ふむ。」

考え事をするときは決まってお気に入りの椅子に腰かけて集中するのが私の癖だ。
目をつぶるとなにやら見知らぬ少年の事を俯瞰で観察できる状態になった。

なるほど。おそらく私はこの少年の守護者として顕現したのだと思われる。

神々の世界には800万以上の神が存在している。
そして神は自分の魂のクローンを公開することが出来る。
他の神が世界を構築する際に活用できるようにする為だ。

公開範囲や活用の条件は細かく設定することが可能だ。
知名度を上げることが趣旨の神の中にはフリー素材のように活用されることを好む者までいる。

このクローンとは簡単に言うと、その神の魂の性質なりに振舞うが実体験を伴わない状態と言える。
そしてクローンが何を成したかはレポートや実体験用のデータとしてフィードバックされることもある。

フィードバックを受けたら興味次第でレポートを咀嚼し、強い興味を抱いたら実体験することも可能だ。

この少年の住む世界を構築した神は、何らかのトリガーで一部の神に守護者としての役割を与えるように設計したのだろう。

私はそんなに公開範囲が広くないので、この世界を構築した神は1万いるかいないか程度には神格が上位の存在だと予測される。

もしくは過去に仕事を共にした関係値の深い神という可能性もあるか。

少年の事も気になるが、まずは自分が何をできるのかを把握したい。
どんな世界なのかを知る手段は、今のところ少年の周囲の状況を観察することだけのようだ。

コンピューターを活用しているね。
情報ネットワークも一応あるようだが確立されて間もない印象だ。
なるほど西暦1998年の地球か。

神々の世界において地球型の歴史は様々に存在するが、1900年以前は比較的種類が少ない。
しかし1900年以降の激動の時代迎えると歴史の分岐が多岐に渡るようになる。

98年時点でこのレベルのコンピューターが存在していることからノイマンが生まれた歴史があるのは間違いないだろう。

とりあえず私のいる空間からこの世界の情報ネットワークへの接続を確立した。

第二次大戦において日本が敗戦した後の世界のようなので、一般地球型歴史モデルとの乖離も少ないと思われる。
少なからず割とよくあるパターンという事だ。

ここで、この空間自体への権限がどうなってるか気になって確認したところ最高権限があることに気付く。
これであればこの空間は最も都合良く、なんでも出来てしまう状態にするのが楽である。

イメージしたものをなんでも手に取りだせる状態に設定した。
あとは少年に対して何ができるのか試行していくのが良さそうだ。

この守護者という概念に誤解がないように言っておくと常に監視状態に置くという事ではない。

科学的解釈に基づく方法論においては、基本的に守護される素養を持つ者と守護する素養を持つ者の相性で成立する。

お互いに見せるべきでない状況は見せないし、見るべきでない状況は見ないという関係が構築される。
現状も間違いなくその認識通りの挙動をしている。

霊的解釈の世界観においては守護者側が神聖で無欲な存在のように考えることで成立させるパターンもあるだろう。

実態としては同じような挙動が取られているのではないかと私たちは解釈している。

さて、少年の人となりを観察してみたところ非常に優秀な能力を持っていることが分かった。
若くして量子力学の研究者としての才能を発揮し、画期的な仮説を論文として書き上げたようだ。

そしてさらに彼は論文の内容とは別に以下の2つの事を予測している。

魂の本質は感覚を100%制御可能なハードウェアとして存在し、あらゆる生物を体験可能な事。
それをネットワークで同期することで魂たちが同じ世界を体験することが可能となっている事。

この2つは私たち科学的解釈の神にとって世界構築を実現する為の大前提である。
私たちの解釈では、人というのは肉体が存在するのではなく、感覚を制御することによって肉体が存在すると認識させているに過ぎない。

平たく言ってしまえば物理的には機械として存在するという事になる。
分かりやすく例えると、そもそも魂とは生物を体験するためのゲーム機のような物で、人とはソフトウェアの一種に当たる。

こんな話を有機生命として生きる人の多くは、情緒もなく馬鹿げた話だと捉えるのかもしれない。

命に限りある有機生命として真剣に生きるのが趣旨なのだから当然でもあるし、神としてはそれを疑わないようにリミッターを設ける方法を使う事もできる。

ただ私たちのような解釈を抱く余地を与えて作られた世界なのであれば、それを楽しんだり希望を抱くのも悪くはないはずだ。

神々がいかに「人」という概念を愛し情熱を注いで進化させてきたかを知る身としては、情緒がないなどと切り捨てずに紡がれた物語に思いを馳せて欲しいと願わずにいられない。

神と魂と人という3様の概念が進化の過程で織りなした数々のドラマは人であっても魅力的に感じる事が出来るはずだ。

情熱大陸1回の放送ではとても語りつくせない。
この少年であればこんな話を楽しみながら聞いてくれるだろうか。

さらにこの少年はもう一つ私と同じ解釈を持った要素がある。

「生物が進化の果てに不滅性を実現し神に至った。それ故に生物への回帰を求め死のある世界を渇望した。」

科学的解釈の立場を取る神々は、これに近い予測を神の起源とする者が多い。

おそらく少年は私たちに近い解釈を持ち、世界構築の実現に至る素養を得たことがトリガーとなって私を守護者として顕現させたと思われる。

私としても非常に興味を惹かれる思いで是非接触してみたいと考えるようになった。

ただ私たちは手段を持って扱っているが故の解釈をしているが、この力を生み出した根源が何かと問われれば「分からない」としか言えないのが現実となる。

なぜなら全てを知る権限を与えられていないからだ。諸説あれど未知の領域がある以上、結局その結論に行きついてしまう。

唐突に目の前にメッセージを表示するUIが出現した。
守護者としてのルールが記載されている。

科学属性の神を名乗る事。
与えられる能力の方向性について告げる事。
それを伝えた上で契約の同意を得る事。

契約者と最大級の信頼関係を構築した時、自らの名前を思い出す事。
名前を契約者に伝えることで真の契約が成されこの世界における最大限の力を発揮できるようになる事。

同意/保留/拒否
※同意の選択により上記事項の詳細情報を取得できる。
※拒否を選択した場合、守護者としての顕現状態が解除される。

ふむ。なんだかゲーム的だな。
それに確かに私は自分の名前を思い出せない。

興味を抱いた瞬間出てくるあたり、拒否させるつもりもないように思える。
同意だな。

詳細情報が頭にインプットされ具体的にどのような能力が与えられるかもイメージすることが出来た。

なんとなくこの世界の神は、守護者として顕現した者の性質なりに挙動を変えるような、芸の細かい構築手段を取っている印象がある。

おそらく、守護者役の解釈によって挙動を変える事により違和感なくこの世界に入り込めるような作り方をしていると予測する。

少し準備をした後、タイミングを見て少年との接触を試みることにした。



-翌日-

やれやれ。最初はかなり戸惑いを見せていたが徐々に対話が成立して、直接対面することにも成功し契約も果たせた。

プレゼントとして作ったブレスレットも非常に喜んでくれて楽しい体験だった。

私としては能力の方向性に関してある程度幅を持たせられるので、どんな能力が欲しいかイメージ出来たら伝えてくれと言っておいた。

今後の展開は、彼の画期的な論文がこの時代の科学者たちの後ろ盾を得られるかを見守るといったところだろうか。

この時代に彼が偉業を成し遂げる為に助言をしながら導く役割というのも中々面白そうではある。



-数日後-

彼の周囲にリスクを感知したら、こちらにアラートが届く機能をブレスレットに持たせておいたのが功を奏した。

期待していた方向性と全く違うとんでもない急展開で肝を冷やしたよ。

思い返せばゲーム的と印象を持った時点でこのような事態も予測するべきだったと言える。

4人の子供たちを躊躇なく殺害しようとする存在を確認したときに単純に排除しようとも考えた。
しかし、排除に力の全てを使ってしまって、その後の子供たちの行動を統制できなければ、家族の元に帰り巻き込むことになる。

そうなってしまえば現状扱える私と彼の力でその全てを守り切るのは不可能だ。

それほどに明確な殺意とそれを実行できる背景を持った存在だと認識した。
死亡を偽装することを決断し、退避する空間の準備に取り掛かった。

細かい仕様を定義している猶予はない為、4人用の生活空間のテンプレを活用するのが最速と判断した。

想像以上に敵性存在の行動も迅速で、退避空間が完成した時には既に爆発が起きていた。
4人は煙を吸ってしまい意識を失っていたが、間一髪退避に成功し、偽装用の遺体を配置した。

その後は怪我の処置に奔走したが、4人とも命に別条はないことが確認できた。

空間の維持にほぼほぼ力を費やしてしまう為、できることが限られる状態となってしまう。
ブレスレットのコピーを3人分残して自分の領域に戻った。

後は基本的にブレスレットを通じたテキストでのやり取りのみとして、少しずつ扱える力が回復するのを待つことにした。

ここで新たな発見がある。
4人のいる空間に対しては強力な権限を行使することが可能で、多少神に近い振る舞いが出来そうだ。

ただ権限自体はあるが、それを扱うエネルギー源となる力が限られるのが当面の課題である。

ブレスレットの機能を更新することにより、他の神に呼びかけて契約を促すプログラムを持ち主の力で発動できるように設定した。
本人の特性に合わせた相性のいい神と契約できる可能性はそれなりにあるはずだ。

しかし実体世界に対しては人の作ったネットワークから情報収集することしか出来ない現状はなかなか情けない。

とにかく、まずは彼らの生活基盤を確立することを最優先として事を進めて行く。
想像とは全く違ったが、試される状況に楽しさも感じてしまうのが不思議だ。

この先、彼らと私にどんな物語が待っているのだろうか。
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