あの雨のように

浅村 英字

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十二限目

告白

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 検査入院は、特に問題がなく退院までスムーズに行われた。その後しばらくして期末テストの期間が始まった。一学期の終わりを告げる学年集会。どうでもいい話を先生から言われて、俺たちは帰路に立った。咲楽は部活に追われ、少しだけ話して部活に向かった。
 時間が出来たからと、俺は学校を改めて巡回していた。

「華巳先輩」

「あ、辰矢くん。今日はどうかしたの?」

「別に、時間が出来たので適当に歩いてただけです」

「そうなんだ、時間あるなら少し話しよ」

 最初の頃の様に俺たちは屋上の扉の前に腰を下ろした。

「何かあったんですか?」

「実はね。四季の最終オーディション行くの!」

 俺の作品のオーディション、一般の人からも募集をしていた。でもこれは、意味のないことだと思っていた。一般の人が戦争として演技をしてきた人たちに勝てるはずがない。俺はそう思っていた。

「それで、明日から東京に行くの」

「そうなんですね。頑張ってください」

 どうしてか、先輩と話したくないと思えた。この状況を咲楽に見られたら、どう思うだろう。心配されるだろうか。どんな相手でもやきもちを焼く彼女なら、華巳先輩となったらどう思うんだろうか。
 しばらくして、先輩は準備のためだと下校した。

「華巳先輩がオーディションね」

 先輩はオーラが強すぎる。自分ならできるという自信が。俺の作品、少なくとも四季のキャラクターに先輩は不適格だ、いらない。今回のオーディション、申し訳ないけど先輩は受からせない。

「申し訳ないし、先輩用の作品でも作るか」

 先輩が主役、面白くなさそうだな。何もかもが完璧すぎる。
 俺はワボでネット記事でも見ながら俺は咲楽を待つことにした。確か部活が終わるまであと三時間、小説の内容を考えようにも、今は気分じゃない。やはり罪悪感は持ってしまうんだろう。

「あれ、辰矢?」

 俺の退屈を薙ぎ払ってくれるのは、やっぱり咲楽だった。でもその姿は運動着じゃなくて、よく見ている制服だった。

「咲楽、部活は?あと三時間くらいあるはずじゃ」

「うん、そのはずだったけど、バスケ部が明日練習試合あるからって体育館取られた」

 そっか。ならちょうどいいか。

「なら、ちょっと遊び行かん?」

「いいよ」

 俺たちは、学校を後にしていつものようにショッピングモールに向かった。

「そういや、明日薫と申良って知ってる?」

「そりゃもちろん、入学早々付き合い始めて今もずっと付き合ってるんだもん。さすがに噂になるよ」

 そうだ。俺は明日薫が親友だから知って気にしたことなかったけど、あの二人はすごいスピード感で青春をスタートさせたんだった。

「あいつら、実はここで付き合ったの知ってる?」

「そうなの!こんな学校に近い道端で?」

「そうだよ。優真と明日薫の三人で遊んだ時に教えてもらった」

 俺は咲楽のことを知る必要がある。そのためには話題から話を広げていかなきゃいけない。

「えぇ、私だったら嫌かな。大げさじゃなくていいから、ちゃんとムードがあるところがいい」

「そうだよな。俺もそう思う」

 ちゃんとムードがあるっていったいどういう状態を言うんだ。俺はワボを開いて三人のグループにメッセージを送る。

『告白にいいムード教えて。下校中に出来るやつ』

 きっと弥生と未来ならなにかしら答えてくれるだろう。あの二人との関係は何の問題もなくいい感じに続けられていた。こういう時に役にたつとは思ってもみなかった。

『公園』『帰りの電車が出発する前!!』

 二人からの返信は予想以上に早く帰ってきた。どちらもありだと思ったけど、こういう時は弥生の方を採用した方が無難な気がする。

『ありがとう』

「今日はどこ行く?」

 咲楽と話をしたいと思って俺なりに調べていた、今週の新作のドリンクでも飲みに行こう。

「新作、もう飲んだ?」

「ううん、まだ!」

 咲楽も気に入ってくれてよかった。俺たちは普通の高校生のように人が多く集まるカフェに来た。来たことある雰囲気があるここが、なんの興味も沸かなくなっていた。

「そういえば、辰矢とここに来るの初めてだね」

 別の店舗にはよく行っていた。その時はここに来る勇気がなかった。そうだ、思い出した。前ここに来たのは響空とだった。響空と最後の時間を過ごした場所が、ここだった。

「だな」

「前はここに来ようともしなかったのに、なんか気が変わったの?」

 俺はもう、あの時の事は何とも思ってない。だから、笑うことが出来た。

「別に。覚えてない」

「そっか」

 新作のカフェオレを二種類頼んで、俺たちは颯爽と帰ることにした。途中の公園のベンチに腰掛けて話をすることにした。

「美味しいね」

「うん、今月は当たりみたい」

「そうだね、先月のは結構な外れだったけどね」

 俺たちは二人で笑いあって楽しい時間が続いてた。でも、俺は終止符を打たなきゃいけないと、覚悟を決めた。

「俺さ、咲楽のこと。好きなんだよね」

 返事は分かってるつもりだった。

「私も辰矢のこと好きだよ」

 これからが、俺にとっての勝負の瞬間だった。

「付き合ってほしいと思うけど、俺いつ死ぬか分からない病気を持ってて」

「それ、関係ある?」

「は?!」

 さすがに驚いた。先がないというのは俺にとってとても重大な問題だったのに、それをなんとも思われないのはさすがに意外だった。

「いや、関係あるだろ」

「少なくとも私は何とも思わない。というか、それってみんな一緒じゃん?」

 いや、決して同じじゃない。同じじゃないはず。

「私だっていつ死ぬか分からない。もしかしたら事故とかで死ぬかもしれないんだから変わらないよ」

「いや、違うよ」

「とにかく、私が言いたいのはあなたとの時間が、大事なの。これからのことは、その時に考えようよ。私はいつでも、横にいるから」

 これだけ明るい子を他に知らない。こういう子に、俺の最後まで横にいて欲しい。
 俺の病気を受け入れて、八樹のことを喜んで、一緒にいる時間が幸せで、これ以上の子を探すのは、少なくとも俺に残っている時間では不可能だろう。

「分かった」

 俺はベンチから立ち上がり、咲楽の前に左ひざをついて右手を差し出す。そして、今までの思いも含めてここで吐き出す。その手はこの前の様に冷たく、震えていた。
 咲楽が望む言葉は、たった一つしか分からない。その一つだと俺の感情を伝えるのには短すぎる。俺は咲楽の顔を見て、俺を助けてくれた時のことを思い出す。あの時から、今までで俺は咲楽がいたから変わっていけた。成長できた。

「咲楽、俺はいつも明るくて満面の笑みで笑ってくれるあなたが好きです。俺と付き合ってください」

 咲楽はいつものように満面の笑みで俺の手を握り返してくれた。

「もちろんです」

 彼女は笑い過ぎたのか、一粒の涙を流した。

「ありがとう」

 俺は彼女の涙を拭って、力いっぱい抱きしめる。彼女が俺の前から離れない様に。昔の様に今ある幸せを逃がさない様に。今この瞬間をかみしめる、この感情が良い意味で彼女に伝わったらいいなと、ただ願う。

「辰矢、嬉しいけど、ちょっと、苦しい」

「あ、ごめん」

 いつも見てきた彼女の顔は、今日だけ、どこか違っているように見えた。今まで見てきた咲楽の顔とは違って、手に負えないほどまばゆく光っていた。

「私も大好き!」

 そう言って俺を抱きしめる咲楽、その声はただただ大きいなという感情でしかなかったが、それも愛おしいと思えた。

「これからよろしく、咲楽」

「うん!ずっとそばにいてあげる!」

 俺は先がないんだ。その時間だけでも彼女を幸せにしたい。
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