あの雨のように

浅村 英字

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十限目

気楽

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 俺は意外にもデートを満喫していた。咲楽との時間は俺が予想していた以上に気楽で充実しているように思えた。

「次はどこ行く?」

 俺たちは気が付いたら手をつないでいた。今まで、何人もの人に手をつないでもらってきた。でも、彼女だけは違った。不思議と彼女の脈が俺に伝わってくる、感情が口以外からもわかってきた気がする。

「そうだね、どこでもいいよ」

「なら私、行きたいところあるの。ソフトクリーム屋さんなんだけど、どう?」

 今の季節は暑いとい言えば暑い季節だった。しかし、人によってはソフトクリームを食べるのには早い季節なのかもしれない。

「大丈夫だよ。行こ」

 俺たちはカフェから少し歩き、咲楽が望むお店に着く。

「ここだよ!私が行きたかったお店」

「意外と並んでないね」

 店内の最後の席に俺たちが座ることができたとき、そのタイミングを見計らっていたかのようにソフトクリームを持ってこられた。
 それぞれのソフトクリームを口に運ぶと、互いに驚いていた。今までに食べたことのない触感というべきか、舌触りだった。普通のソフトクリームのように熱が加わると溶ける氷の結晶ではなく、熱を加えて溶ける前に口からそれぞれの結晶体が存在すると主張してくる。

「すごいね」

「うん、おいしい」

 ソフトクリームはあっという間になくなり、俺たちは次向かうところを携帯で探していた。

「冷たいものを食べたから温かいものを飲みたいよね」

「そうだね。今どきの女子高生って何飲むの?」

 俺は普通の高校生活を送っているとは言え、女子高生の流行などは詳しくなれなかった。

「大丈夫だよ、私も流行とか詳しくないから」

「そうなんだ。意外かも」

「何でよ。みんながみんな流行がすべてってわけじゃないんだよ」

「いや、それはいろんな人と話して分かるけど。咲楽はそういうのにも敏感なんだと思ってた」

「私ってどういうイメージ持たれてんの」

 咲楽との会話が今までの中で二番目くらいに気が抜ける気がする。彼女の笑顔が俺の中で、重要性を帯びてきた。

「ワンチャン、流行にしがみついてる読モ?とかかな」

「なんでそんな風に見てるの!」

 俺の冗談がちゃんと伝わってよかった。咲楽はまた明るくなった。その笑顔に俺はどこか安心感を持った。もしかしたら、俺は女の子の笑顔に弱いのかもしれない。

「一応私、そういう流行りとかより普通にやってるカフェでコーヒー飲む方が好きだよ」

「コーヒー飲めるんだ」

「うん、もちろんブラックだよ」

 別に俺はブラック以外に変な偏見を持っている訳ではないのだが。でもこの時間でさえなんとなく楽しく思えた。

「いいねぇ、俺もコーヒー好きだからその辺のカフェとか行く?」

「だったら、私行きたいカフェあるんだけどそこでいい?」

「いいよ。そこにしよ」

 俺たちはそう言ってアイスクリーム屋さんを後にして、向かったのは意外にも県内で有名なカフェだった。確かに、市内にしか店舗はないからこういう機会でしかないと行けないのは仕方ない気がする。

「いらっしゃいませ」

「二人いいですか?」

「もちろんです。ご注文されてからお好きな席にお座りください」

 俺たちはレジの前でメニュー表を見る。でも、コーヒーを頼むうえでブレンドされたものはその店を表すと言っても過言ではない。それを知っている俺たちは二人そろって同じブレンドコーヒーを注文し、一番奥の席に座った。

「お待たせしました。特性ブレンドお二つです」

「「ありがとうございます」」

「ごゆっくり」

 よそよそしい態度をしてくれているのは、きっと彼女も俺が隠している仮面の一つを知っているからだろう。このカフェは内藤さんとの打ち合わせの際によく使っていた。

「おいしい」

「本当だ、おいしい」

 カフェの雰囲気も、咲楽との会話も、流れるだけの時間も不思議と楽に過ごせている気がする。店員さんへの態度も咲楽は文句のつけようのない人だった。今日一日、咲楽との時間は俺の中で大きくなっていった。もし、咲楽の中でも俺と同じようになっていたら、今日はきっと成功なのだろう。
 電車の中で横に座った咲楽はどこか安心しているようだった。彼女は眠気に負けじと首を立て直す。しかし快速で三つの駅を過ぎる頃には、俺の肩に全てを預けていた。

「あ、ごめん寝ちゃってた」

 降りる駅の直前で咲楽は自分で目を覚ました。駅に着いたら起こそうと思っていた分、俺の気は楽になった。

「ううん、大丈夫だよ。よく眠ってたみたいだけど、首大丈夫そう?」

「うん、一応」

 少し赤くなっている咲楽の顔が、結構かわいく見えた。

「もう少し寝ててもいいよ」

「もう着くじゃん!」

 俺の冗談に軽く肩を叩いて、咲楽は自身の眠気を吹き飛ばした。気が付いた。電車に乗ってから今までずっと手をつないでいる。

「手、つなぎっぱなしだね」

「そうだね。迷惑だった?」

「ほかの女の子にもしないならね」

 俺自身そう簡単に異性と手をつなぐようなことないと思うけど。
 もしかしたら、今の俺たちのような関係が巷で噂の何も言わなくても分かる関係というのだろうか。今日はこれ以上の成功は思い当たらない。

「今日はありがと。本当に楽しかったよ」

「こちらこそ、楽しかったよ。ありがと、咲楽」

 俺たちは電車から降りて改札の前で最後の会話をしていた。

「今日のこと、ストーリーに挙げていい?」

 俺は逆に驚いた。俺の知らないところで挙げているものだと思っていた。もしこれで断れば、朝倉にお願いしていたことがなしになるかもしれない。さすがにここまで来てそんな簡単なミスはしない。

「もちろんいいよ」

 利点は、朝倉への頼み。欠点はこれが響空や悠凛が見たときに変な誤解を生む可能性があることだった。利点欠点の割合でもこれは肯定しておいて損はないと、俺は判断しきれていた。

「ねぇ、私たちってどういう関係なの?」

 咲楽のセリフは、俺の何かを蘇らせた。それは、簡単でも単純でもなかった。恐ろしく冷酷で残酷なもの。記憶の中から探し出す前に、カフェの光景が目の前に現れた。そうか、響空の時か。俺と響空の分岐点。あの時の答えがもう少しマシなものだったら、きっと今はない。
 どう答えたらいいのか分からない。現状に名前を付けて完結してしまっては、前回のように面倒なことになりかねない。でも、あいまいに続けても朝倉からしつこく刺され続けるだけだ。

「咲楽はどうしたい?」

「え?」

 咲楽の反応は、何かを警戒するようにも見えた。

「あ、ごめん。違うんだ」

 失敗するわけにはいかない。

「咲楽といる時間は、今まで感じたことなくて。俺はこれから何をどうしたらいいのか分からなくて」

 俺の言い分としては、空っぽを言うしかない。それだけの経験を俺は持っていないと咲楽に言い続けるしかない。朝倉はきっと咲楽にも話している。俺が何で響空に告白をしたのか、その言い訳を。

「そっか。そうだよね、ごめんごめん、私も少し焦りすぎたかも」

 安心した。それなりの正解なのだろう。

「いや、俺のほうこそごめん。でも、楽しかったことに嘘はないから。帰ったら連絡して?次遊ぶ連絡でもしよ?」

 咲楽は悲しみの中で笑っているように見えた。でもそれは、俺がこんなにあやふやな状態でいるからだろう。咲楽は俺より先に来たバスに乗り、先に家へと帰って行った。
 帰りのバスで携帯をいじる。待っているのは、朝倉からの今日の審査報告とでもいうべきか。その結果は早くても明日以降だろう。俺から連絡すると答えを早めに求めているのだと、不利な方向に流れるかもしれない。
 俺が家に帰り着く直前、右のポケットに入れていた携帯に一通のメッセージが届いた。

『今帰ったよ、今日はありがとう。また明日学校で会おうね』

 これで短いようで長かった今日一日が終わった。良かったのは携帯の先にいる咲楽の顔が、ちゃんと笑っていることだ。
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