背後の弾丸

浅村 英字

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一騎打ち

羞恥

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「紡、帰ろうぜ」 

 いつものように和樹は俺に声をかけてくる。これは彼に用事がなかった時だ。俺に予定があったことなんて存在しなかった。 

「悪い、先に帰ってくんね?」 

「なんだ珍しい。なんか予定あんの?」 

 俺は恥ずかしながら頷いて、彼と距離をとる。 

「なんでそんなに離れるんだよ。隠したいことでもあんのかよ」 

 俺たちはどちらも専門学校に入学して、彼女ができたことがなく、冗談半分で『この学校に来て彼女ができる奴なんてクソ野郎だ』言っていた。それなのに・・・。 

「おいっ、外にめっちゃ可愛い人いんぞ」 

 そう言って出口付近の窓から男子数人が待ち人を覗く。 

「おい、お前は見に行かなくていいの?」 

「あ、俺は一旦トイレ行ってくる」 

 そう言って俺はトイレで用を足し、携帯で何をしているのかメッセージを送ってみる。そのメッセージの後に返ってきたものには『遊ぶんでしょ?どこに集合する』とだけあった。 

「『どこに』ってことは、来てはないってことだよな」 

 手を洗い、自分を見つめてそう呟いた。集まる場所を聞くということは、外にいる可愛い人っていうのは杏奈さんじゃないと少し安心した。
 トイレから出ると和樹がまだかまだかと急かしてきた。申し訳ないと思いながら、階段を降りて帰るついでに可愛い子でも見ようとしてた。

「紡くん!遅いよ!」

 今日は用事があると言いかけた時、噂されている女子が杏奈さんであることに気がついた。

「え?!何で?」

「驚いた?」

「いや、驚いたしそれより・・・」

「お前、この人と知り合いなん?」

 この場で和樹に知られて、上の教室ではクラスメイトに知られた。杏奈さんはそれほど可愛い、たが行動がよく分からないから、お手上げだ。

「え?あ、うん」

「はじめまして。紡くんの彼女の『時里 杏奈』です」

「ちょっ!はっ?!」

 俺の年上のイメージが完全に壊された。年上は年下相手なら余裕を見せて、落ち着いた感じになるのかと思っていた。でも、この人はまるで年下のように俺や俺の周りの人と接している。

「お前の・・・彼女?」

「いやいやいや、待て!違う!杏奈さん変なこと言わないでくださいよ」

「あはは、ごめんごめん」

 誤解が解けたように見えた。

「ってか何でいるんすか?」

「だって、デートするって言ったじゃん。さっきラインでも確認したし」

「そうじゃなくて。どこで集まるのか聞いてきましたよね?」

 俺は和樹の前で珍しく焦りを出す。だから俺は俺が持ってる疑問を素直にぶつけた。

「いや、だって。学校に入っていいのか分かんなかったし」

 俺には杏奈さんの考えていることがよく分からなかった。それとも、今どきの女子はこういうのが普通なのだろうか。今までの専門学生生活で、こういうのがなかったからどうしたらいいのか、思い出せない。 

「ってか、時里さんと」 

「杏奈でいいよ」 

  相も変わらず、積極的な杏奈さんは自分のペースに和樹を巻き込む。

「あっ、なら、杏奈さんと紡はどんな関係何ですか?」

 俺は、自分たちの関係性を上手く説明できる自信がなかった。この関係性に適切な言葉を俺は知らないから。

「だから、彼女って言ってるじゃん!ね?」

「いや、初耳ですよ。ってか、昨日知り合ってもう付き合ってるはないでしょ」

「は?!昨日知り合ってもう付き合ってんの?」
 
 そうだよ。と言いそうだから、違うと宣言する。積極的な人が好きだとは伝えたが、これとはまた話が違う。

「これでお前も裏切り者か・・・・・・」

 和樹の言葉で少し前に俺が、いや俺たちで話してた『彼女作るの抜けがけしたやつは裏切り者』と言う話を思い出した。

「そもそも彼女じゃないし」

 酷い!と可愛げに言いたそうな目を見て、俺はこの人が生きてきた人生がどれほど甘かったのか、おおよそ理解できそうだった。

「こんなやつですよ?いいんですか?」

和樹の言葉に俺たちは二人そろって首を傾ける。

「だって、こんなこと言うし。この前なんて帰り道にナンパしてましたからね?」

 和樹の言っていることに心当たりがあった。自分自身でナンパと思っているわけではなく、未だ同声を掛けたら俺のことを見てくれるのか、考え直すことがあるからだ。

「へっ!?紡くんナンパしたことあるの?」

「いや、ナンパってか普通に声かけただけですよ?すぐに『急いでるので』って言われましたし」

「和樹くん、その人私より可愛かった?」

 まるでメンヘラな彼女のように思えるセリフだ。まだ付き合ってもないし、会ってから一緒にいる時間もそんなに長いわけじゃない。容姿端麗な彼女は俺のどこをそんなに気に入って言い寄ってきてくれるのか、理解のしようがない。

「いやぁ、俺は杏奈さんのほうが可愛く見ますよ?」

 『惚れてんな』。さすがにこの言葉は和樹にだとしても言えなかった。和樹の言葉に杏奈さんは言いなれているようにかわし、俺との距離を詰める。
 学校を出て信号につくと、俺はいつもとは反対方向に足を向けた。杏奈さんとの用には和樹に背を向ける必要があるのだ。

「悪いな。まあ今日はここで」

 俺は和樹に別れを告げて、杏奈さんの手を取り、いつもは渡らない信号を渡る。ドラマや漫画で見るように彼女の温もりを一番感じられる繋ぎ方で。

「・・・いいの?」

「別にしなくてもいいなら外しますよ?」

 彼女は俺にどんなイメージを持っているのだろう。俺にだって優しさくらいは持ち合わせている。杏奈さんが喜ぶためなら、多少の我慢くらいはする。この程度の行動を俺は我慢とは言わないが、俺に対してそこまで気持ちを持てていないなら彼女が我慢する必要はない。

「いや、このままで・・・」

 下ろしていた髪の毛が今日は三つ編みに織り込んであった。

「なんで顔見るの?」

 少し赤かったが、彼女はまんざらでもない顔をしていた。俺と目を合わせないためか、反対方向だけを見て、ずっと顔を仰いでいる。

「いや、どんな顔してるのか気になって」

 こんな行動するのは初めてだったから、今の状況が正解なのかわからなかった。できることなら彼女の顔を見て、その答え合わせをしたい。

「緊張してるの!ちょっと、急だったから・・・」

 その言葉としぐさが可愛いと思って、ちょっと笑ってみる。

「熱いでしょ。お手洗いにも行きたいですし、あのカフェよりません?」

 まだ赤い顔を俺に向けて、笑顔で返事をする杏奈さん。その姿を見た周りの人の一部が足を止めた。

「行きますよ」

 さっきよりも強めに手を引いて、目の前のカフェに入る。
 内装は都会や大人というより、アメリカのカフェのような感じだった。杏奈さんから漏れた感想に相槌を打ち、手を挙げた店員さんの前に行く。

「いらっしゃいませ。何になさいますか?」

「苦くないものって何がありますか?」

「そうですね・・・珈琲感はかなりなくなりますが、『バニララテ』とかは割と甘めですよ」

 そう言ってメニュー表の中央あたりに手を伸ばす。その店員さんの言葉を頼りに、杏奈さんにバニララテをお勧めしてみるか。

「だそうですよ。好きそうですよ、甘いの」

「私、カフェイン好きなんだよね。だからブラックで」

 女子のほとんどは苦いものが苦手だと聞いていた。だから、甘めの物を聞いたのに、ここですれ違うとは思ってもみなかった。

「それじゃ、僕が『バニララテ』で」

 店員さんに申し訳ないと、自分用に注文した後、二人そろって店内奥のテーブル席に目を付けた。俺の顔を見た杏奈さんはその席に座ろうと、年より幼く見えた。

「カフェオレを一つ」

 淡々と注文するその声に、俺は思わず振り返った。まだ席にもつけていない。なのに、ここでまた出会うとは思ってもみなかった。

「紡くーん!早く早く!」

 まるで子供みたいな雰囲気を出す杏奈さんの声に、俺と同じ速度で反応した彼女。つまり、俺のことを知っているということか。そう思うと、俺は今の状況がかなり危険だと考えた。この前の取引を失敗に追い込んだのは俺と言っても過言ではない。あの二百万がこうなるとは思ってもみなかった。

「すいません、電話しなきゃいけないのを忘れてました。ちょっとしてきますね。俺の分来たら置いといてもらってもいいですか?」

 そう伝えて、杏奈さんの返事を聞く間もなく携帯片手に外に出る。電話番号を右手で打ち込み、車の音がするほうへ少し歩く。

『もしもし?』

「もしもし、俺です。羽藤です」

 しばらくと言えるほど時間は経っていなかった。向こう側にも何人かの男性の声が聞こえる。

「今大丈夫ですか?」

『あぁ、どうかしたのかい?』

「この前の写真を見せてくれた時、『クロヘビ』?でしたっけ?」

『あぁ、合ってる『黒蛇』だ。それがどうかしたのか?』

「確証は持てませんが、黒蛇の一員なのかもしれない人を見つけました」

 詳しく聞こうか、そう言って来た彼に話すことは時間の無駄だ。そう俺の中の何かが言った気がした。

「だから、確証はないです。でも、少なくともこの前の事件と無関係とまでは言えないと思いますよ。俺が今あなたに電話しているのはそういう意味です」

 『俺のことを一つの駒として使いたいなら、俺のことを無条件に信用しろ』時間の無駄だと言った俺は、そう言いたいようにも思えた。

『分かった、今からそっちに行こう。ただ、今立て込んでいるところにいるから十五分くらいは動けない。できるだけ、その子から目を離さないでくれ』

 そう言った後、一方的に電話を切られた。しかし、恐らく互いに互いのことを認知している。認知している以上、尾行や声掛けはかなりのリスクがある。ただでさえ向こうは公安が動く案件の関係者となると目立った行動は避けたいものだ。・・・となると、俺から動く方が有効かもしれない。

「誰からだったの?」

「友だちですよ」

 昨日はなかった沈黙がこの空間を広く感じさせた。彼女は下を向いて何を言おうか考えているように見えるが、この場に杏奈さんがいなければ、あの人に声をかけてどうにか行動を起こして一緒にいることが出来た。今から別れようものなら、それが余計に怪しくなって俺への警戒心が高まる一方。

「お待たせしました。ブラックとバニララテです」

「ありがとうございます」

 注文していた二品が来たとき、彼女はただお辞儀をするだけだった。そんな彼女を見て、店員さんは何を思っただろう。

「美男美女って感じでお似合いですね」

 バニララテを口に入れているとき、急に話しかけてきた店員さんに二人そろって目を見開いた。

「すいません。なんか二人とも気まずそうだったので」

「いえ・・・」

「私たち、お似合いですか?!」

 彼女は自分たちが周りからカップルとして見られていることがそんなに嬉しかったのか、少し声が明るくなり、手は膝の上にあった。

「はい。お客さんたまに来てくださいますよね?」

「え、あっ、はい」

「それでみんなで『イケメンだ』って話してたんですよ。彼女さんがいるとは思ってましたが、まさかここまで美人だとは思いませんでしたよ」

 気のせいだろうか、今俺は軽くディスられたような・・・。そんな思いを持ちつつもカップを口に運ぶ。

「美人だなんて、そんな・・・。それに、紡くん、ここによく来るの?」

 告白してきたからなのか、付き合っていると思われていることをなぜ彼女は否定しないのか。

「まぁ、少し早めに起きたときはね」

「ふーん、なんかちょっと嫉妬しちゃうな」

 彼女であるとここで嘘をつくのだろうか。

「店員さん、見る限り可愛い人ばっかりだし。まさか、ナンパなんてしてないよね?」

 内心この女に彼氏ができない理由がなんとなく分かってきた気がする。今の俺の感情をそのままこの場で吐いてしまったら、彼女は何を思うだろう。考えるたびに手が口元に動く。

「してないし。そもそもまだ付き合ってもないから嫉妬は冗談だろ?」

 これ以上、この人と俺との関係を周囲に知られたら、この人に何が起きるかわからなくなった。
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