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人生の機微

けじめと決意8

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窓に打ち付ける嵐のような風は嘘のように止んでいた。雨も上がり穏やかに吹きわたる東風が心地よい朝だった。絶好のチャンスとばかり佐知は秀和を連れ出していた。肩にマザーズバッグを下げカンガルーのように秀和を抱きかかえ両手にスーパー袋を持ってメモを見ながらキョロキョロ歩く姿はまるでお上りさんのようだった。そんな佐知に一人の若者が声をかけてきた。


「どこかお探しですか 僕でよければ地元ですからお手伝いしますけど」


「ありがとう、この住所を頼りに来たんだけど分かるかしら」


言葉づかいと服装がミスマッチの若者は差し出したメモを見て言った


「ここならもう少し行ったところを左に曲がって真っ直ぐいけば見つかります」


「助かったわ、ありがとう」


「僕も同じ方向ですから住所のマンションまで送ります」


若者はスーパー袋を佐知の手から取り歩き出した。茶髪のロン毛で腰パンと言われるようなズボンを履いた若者を見たとき佐知は正直この子の助けを借りるのはどうかと二の足を踏んだが外見とは違いなかなかの好青年だった。きちんとした話し方で真面目な若者だと分かると佐知はつい余計なことを口走っていた。


「あなたはその外見で損をしていると思ったことない?せっかくのあなたの良さが台無しよ でもどんな格好をしようと内面は騙せないわね、だから私あなたが何かちぐはぐに見えてしかたないの ごめんなさいね初めて会った人に余計なことだと思ったけど・・」


「いいんです僕もわかっているんです こんな恰好僕には似合わないってことも・・これは親への反抗、反発だから」


「その姿を見てご両親は何も言わないの」


「威圧的な物言いをする父は案の定、野生の猛獣が弱者に襲いかかるように大声を出して威嚇してきました 自分を支配してきた父に刃向い汚い言葉や暴言を撒きこれでもかと悪態をつき痛罵する僕の姿に恐れをなしたのか別人かと疑うほど父は変わりました 怪物でも見るように真っ正面から顔を見ることもなく余計なことは一切言わなくなって・・」


「それはあなたの望んでいた事なの」


「僕にも夢や希望がありました 両親はそんな僕の声を無視して自分と同じ道を歩ませようと、でも僕は父と違うから父と同じ人生を歩むことは自分を殺して生きなければならない地獄のような日々で・・」


「お父様みたいな威圧的な人の前では緊張するし何も言えない状況に追い込まれてしまう・・あなたはずっと耐えきたのね辛かったでしょう いま親御さんとちゃんと会話しているの」


「はい一方的に怒鳴られることもなくなって肝心な事はまだ話せないけど以前より話は出来ています ただこの髪や服には手厳しい発言を浴びせてきますけどね」


「あなたの子供じみた反発も無駄ではなかったのね もう意地を張らないでこの辺で楽になったらいいんじゃないかな 今まで口にだして言えなかった自分の気持ちを吐き出す時だと思わない? 親御さんにあなたの夢や希望を話さなきゃ駄目、でないと何も始まらないでしょ 威嚇してくるお父さんみたいな人の圧力を和らげるには親しみを感じさせるのが一番で拒絶や反発は絶対にだめよ 親近感が大切なの あなたを近くに感じたら威圧的な態度も減ってくるはずだわ」


「思い当たる事いっぱいだな 僕はずっと父とかかわることを避けてきたけれどいつか父に自分の将来の夢を話さなければとずっと思ってた 父と闘う覚悟で思い切って話してみようかな」


「思った時が吉日よ、早く話した方がいいわね」


「ついでにこの格好も今日で終わりにしようかな」


「そうね人がどうこうじゃなく自分が心地よいと思える恰好が一番だもの 本来のあなたに戻って夢を実現できるよう願っているわ」


「オバサンありがとう」


「あなたねぇオバサンはないでしょ よ~く見てこのわたしオバサンに見える」


「すみません 僕たち子供がいる人を見ると皆ひとくくりでオバサンと呼ぶから」


「おばさんと自覚はしていてもお姉さんとか御嬢さんと呼ばれたらそれがウソだとしても嬉しいものなのよ あっところで目的地はまだ遠いのかな」


「まだ先ですが左手に茶色のタイル張りの建物が見えますか あれがお探しのマンションです」


「重い荷物まで持っていただいて本当に助かったわ またご縁があったら嬉しいわ、ご親切有難うございました」


「こちらこそ楽しかったですお姉さん」


「うふぅ、お姉さんと来ましたか
この調子でお父様とうまくやりなさい きっとわかって貰えるわ」


「ありがとうお姉さん じゃ僕の家はここ曲がった先なので失礼します」


院長の援助を断ってよかったと佐知は実感していた。子供の夢や希望を大人が摘んでしまうことなどあってはならないと改めて思った。今日出会った悩み多き好青年のように紆余曲折しながら自分の手で希望を掴んでほしいと胸元で寝入る秀和に佐知はそっと語りかけていた。

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