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人生の機微

ふたりは未知数

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佐知は前日自分で頼んでおいたタクシーに乗り笑顔で両親のもとに帰って行った。駅まで送ろうとしていた泉と雅和は他人行儀な去り方に寂しさを覚えたが佐知の二人への心遣いだということも十分わかっていた。付き合っていた頃、長期休みが終わり大学に戻る雅和を駅で見送っていた佐知には去られる側の気持ちが痛いほどわかっていた。


「佐知さん行っておしまいになりましたね またお戻りになられると宜しいですね」


「戻るか戻らないかは佐知が決めることだから周りがどうこう言うべきことじゃないね」


「どうしてそんな言い方しか御出来にならないのでしょうね雅和さんは・・佐知さんがこの家にお戻りになるのを一番んに願っているのは雅和さんでございましょう、もっと素直になってくださいませ」


「泉さんは俺の気持ちがわかるんだ 亡くなった母さんとおなじなんだね」


「とんでもございません わたくしなど雅和さんを深く愛しておられた奥様の足元にも及びません」


「思えば俺がどんなにうまく騙せたと思っていても母さんにはすべてお見通しだったな 佐知との別れを決めた時もそうだった 無理に明るく振舞う俺に母さんが言ったんだ

大切な何かを決断しなければならない時は自分の心をフィルターに通してじっくり見るように考えてごらんなさいってね

なのに俺は・・母さんの言う事を理解していたらきっと状況は変わっていただろうに」


「佐知さんとはお別れにはならなかったと」



「いや佐知の事だけじゃなく親父のことも含めて、今まで見えていたものが違って見えたのかもしれないなって」


「奥様はきっとそれを雅和さんに気づいてほしかったのでございましょうね」


「母さんは穏やかな人だったけど俺にとって怖い存在でもあったんだ」


「奥様が怖いとは」


「泉さんも知ってのとおり俺と母さんにとって親父はこの世で一番怖い人だった 俺が初めて親父に口答えしたのは大学に入った時だった そんな親父に母さんは怒鳴られるのを覚悟でいつも果敢に立ち向かっていた 聞く耳も持たない父に殴られ怒鳴られ突き放されようと母さんは妥協せず納得するまで諦めなかった 嘘偽りのない正直な自分の気持ちを貫こうとしていた。その恐ろしいまでの思いと執念は親父の頑なな心をも動かし母さんはずっと願っていた幸せを手にした 母さんの記憶といえば父が出ていった家で俺に隠れて涙する姿ばかりだった でも母さんが生きた人生を振り返ったとき 自分の人生を一途に貫いた母さんは尊敬する偉大なる怖い存在になっていた」


「奥様はよくお泣きになりましたが芯はお強い方でございましたよ 雅和さんは奥様と旦那様との関係をどのように思われていたのかはわかりませんが、このうえない旦那様だったからこそ奥さまは全てを許せたのでございます 失くしてはならない必要なお方だから奥様は生涯変わらず旦那様を愛せたのでございます 思えば報われるとはよくぞ言ったもので晩年の奥様は旦那様とそれはもうお幸せそうにお暮しになられました 旦那様も人が変わったように声をあげてお笑いになられて晩年のお二人は本当にお幸せそうでございましたよ」


「確かに親父が戻ってからの母さんは毎日幸せそうだったね」


「まさしく佐知さんがここに来られた時の雅和さんと同じでございますね」


「・・・・」

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