上 下
277 / 290
人生の機微

我が子との未来は

しおりを挟む
「佐知がここを去る日が近づくにつれ俺は君との関係を改めて考えてみたんだ 昔のような愛を語る関係はすっかり姿を消したけれど一緒に暮らす日々でふと湧き上がるあの時と似た感情に戸惑う自分がいた 亡くした人をどんなに偲び思い焦がれても月日がその思いを少しずつ持ち去っていく・・愛する人を亡くしてから馬車馬のように働く以外何もすべがなかった俺に、最近笑うようになったねってみんなが嬉しそうに声かけてくれる 佐知きみがここに来てから俺はいい意味で変われたと思っているんだ」


「そう言えばいつだったか泉さんが雅和が笑ったって驚いていたわね 私も同じ、この家でいつも笑っていられたのは雅和あなたと一緒だったからだわ」


「思えば不思議だな、一人っ子だった俺と君は共通の兄の存在を知った」


「そう、私たちにはあなたのお父様・柳木沢さんと記憶にない私の実母の間に生まれた由和兄さんがいた その由和兄さんも私と雅和の大切な家族なのよね」


「両親、愛する人に去られた俺にいま家族と呼べる人がいるというのは嬉しいものだな 泉さん、佐知、秀和、そして由和兄さん」


「雅和がいつかまた美香さんのような人に巡り逢えたら楽しい家族をもっと増やして行けるわね」


「俺・・新しい出会いはもういいよ」


「そんなこと言っているから押しがきかないって言われるのよ」


「泉さんが言いたかったのはそういうことか」


「どうして雅和は出会いはもういいなんて言うの」


「俺は今この手にしている大切なものを守ってゆくことで精いっぱいなんだ 欲張りすぎてどっちも虻蜂取らずになるのはいやだからね」


「雅和が手にした大切なものに私は入っているの・・かな」


「それはどうかな」


「教えて勿体つけないで早く教えなさいよぉ~」


「それはよくよく考えたうえでアメリカから帰国した時に話すよ」


「そんなに長く待てない」


「なぁ佐知、こんど会う時まで俺たちの関係をどうすべきか、お互いもう一度よく考えてみないか」


「俺たちの関係って?私はこのままで何も問題ないと思うけど」


「そうなんだけど本当にこのままでいいのか、君にも真剣に考えてほしいんだ」


「良くわからないけどいいわ、雅和を思い出した時に考えるわ でもふたりの考えが食い違っていたら」


「互いに歩み寄って納得出来る答えに持っていくしかないだろう」


「歩み寄るとか納得とか、なんだか面倒くさいなぁ 今の関係で私は十分満足なのよ」


「今の佐知は昔の佐知じゃない、そして俺も・・成長した今の俺たちだからこそお互いにもう一度考えてみたい」


「別れてからあなたへの思いを引きずり前に進めなかった私は秀行さんと出会い子供を授かった 雅和も最愛の美香さんに出逢った でも互いに出会えた大切な愛する人を亡くし誰より互いが分かる関係を育んできた その関係を繋がりを考えるって・・それは私たちが昔の関係に戻ることも含めてのことなの、ねぇそうなの」


「・・そうかもしれない」


「今更そんなこと・・雅和らしくないわ」


「俺達はしばらく離れ離れ会えなくなる このまま自分に嘘をついてアメリカに行くのは・・こんなままで佐知と離れるのは・・」


「雅和と会えない一年もの間こんな事でぎくしゃくするの、わたしいや」


「俺達ぎくしゃくなんかしない 絶対そんなことにはならない 佐知は俺のことなら何でも分かるって言ったよね なら君が俺の気持ちに気づかない訳がない わかっていたはずだ」


「やめて、私たちにはたがいに秀行さん、美香さんという大切な人が・・忘れてはいけない人がいるのよ」


「生前西條先生は言った 僕がいなくなったら佐知と秀和の家族になってくれと」


「だから雅和は私に俺たちの関係を考えてほしいなんて言ったのね」


「いやそうじゃない 俺は本当に佐知のことを」


「もうやめましょう 雅和との絆を壊したくないわ もう遅いから休みます」


背を向けた佐知の肩越しに雅和が立っていた。


「佐知そのままで聞いてくれ 俺は泉さんと佐知、秀和との生活を生涯のものにしたくなった 俺が美香さんと明日香で築くはずだった温かい家庭、家族がそこにはあった 山ほどにあった明日香にしてやれなかった事を秀和にしてやりたいそう思った 俺は夢見たあの幸せをもう一度つかみたいと心から願うようになっていた むかし守ってやれなかった君を今度こそ俺は最後まで守りぬきたい・・最後の晩にいやな思いをさせて済まなかった お休み」


雅和をひとり残しリビングを去ろうとしていた佐知の足が止まった。気まずいままこの家を出てゆく事は本意ではなかった、失語症のように思いを口にできないもどかしさに佐知は思わず雅和の胸に飛び込んでいた。


「佐知・・」


「私・・ちゃんと考えて雅和と会う日を待っている約束する 一年間大変でしょうけど体に気を付けて無事に帰ってきて」


雅和に飛び込んだ胸のぬくもりは氷のごとく封印したはずの終わった愛を溶かし始めていた。体に残る雅和のかすかな香りが忘れていた慕情を呼び覚ました。この家を去る寂しさは一層つのり今宵の寂夜は耐えがたいものだった 人は一人では決して生きて行けないと言った先人の思いを深く感じながら佐知は眠りについた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...