涙が幸せの泉にかわるまで

人生の機微

おなじ屋根の下で4

「そうか決めたのか西條先生も待ち望んでいただろうからきっと喜ぶだろうな　秀和もはれて父親と対面か、よかったな秀和」


「秀行さんは病院の宿舎生活だし仕事も不規則で親子三人の生活は無理なの　でも愛する人がすぐ会える距離にいるそれだけで十分だわ　雅和のような助っ人がいない他国で生活するのは不安なんだけど秀行さんが不安の全てを忘れさせてくれると信じてるの　私ね、何にでも興味を持った少女の頃を思い出してすごくワクワクしているのよ」


「佐知いい顔しているよ　自信と前向きな心が佐知を輝かせているんだな」


「わたし褒められてるのよね」


「あぁ、俺はほめ言葉のつもりだけどな」


「雅和からケチつけられても褒められた事なんかないから、ごめんなさい」


「褒められたかどうかも分からないほどお馬鹿だったとは今更ながら驚きだな」


「バカって言った～　お馬鹿って誰のことよ～」


「目の前にいる減らず口の誰かさんといえばわかるだろ」


「次から次と逆なでする言葉がよく出てくるわね　少しは失礼だとか思わないのかな」


「さぁさぁ、もうその辺でよろしいでしょうか　お茶をお入れしましたからこちらへ　お二人は本当に仲がお宜しくて羨ましゅうございますね」


「いま私たちは喧嘩していたのに仲良しに見えましたか」


「えぇ、わたくしには仲良しに見えますよ」


「泉さんの目には私たちってどんなふうに見えるのかしら」


「泉さん、佐知のそんなくだらない質問に答えなくていいから」


「間違っていたらお許し下さいませね　佐知さんと雅和さんは人前で決して見せない弱さを互いに熟知なさっているのではないでしょうか　お二人は互いに絶大な信頼と尊厳をお持ちになっているそんな関係に見えますが」


「う～ん、良くわからないけどいい感じの関係ってことね」


「泉さんは時々頭をひねるような難解な話をするんだよな」


「奥さまに聞いて伺い知る雅和さんと佐知さんお二人は簡単に申し上げれば男と女が織りなす全ての関係を超越した関係とでも申しましょうか」


「ほらね、ますますわからなくなってきただろう　今日はここまでにして解散にしよう　泉さんお疲れ様でした　明日もよろしくお願いします」


「雅和さん佐知さんお先に休ませていただきます　お休みなさいませ」


泉さんはなにやら雅和に目配せしながらリビングを出ていった。


「雅和いままでありがとう・・・いっぱい助けてくれて本当にありがとう」


「佐知はこれからが本当の意味での独り立ちだな　秀和をたくましく育てろよ」


「うん」


「佐知と秀和がいなくなると泉さん寂しがるだろうな」


「泉さんはまた雅和の帰りを一人待つ生活に戻るのね」


「それが普通だったんだからしかたないよ」


「泉さんみたいに・・雅和も・・寂しくなるのかな」


「俺は平気だけど佐知は」


「私は・・」


静寂した闇夜で沈黙したまま向き合う二人の吐息は悲しい調べのようだった。


「わたし秀和が心配だから部屋に行くね、おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ」


雅和との遠い昔のつらい別れを佐知は思い出していた。あの時とは違うと、わかってはいても別れは忍びないものだった。