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悲しみの連鎖

大切なものが38

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「明日香ちゃんさち姉さんよ 明日香ちゃんに会いにきたのよ」


答えない明日香の顔をただ黙って見つめていた。笑顔、泣き顔、笑い声、泣き声のすべてが消えていた。天使のような笑顔を思い出していた。明日香の頬にそっと手を伸ばし愕然となった。手に伝わる感触は生前の柔らかで温かだった頬とは違っていた。そのひんやりとした頬をひたすら撫で続けた。


「明日香ちゃんはもう目を覚ましてはくれないのね、もうあの可愛い声で笑ってもくれないのね」


いつか夢で見た美香の姿を思い出していた。


あれは明日香ちゃんの死を知らせる夢だったのかも・・


明日香が一人で迷子にならず黄泉の国に旅立てるのか不憫だったが母親の美香に抱かれていた夢を思い出し救われた思いがした。


明日香ちゃんパパを恨んだりしないで許してあげてね


母親の美香が命に代え誕生させた命、父親である雅和に奪われた命

苦しい胸のうちを隠しながら明日香の前で佐知は手を合わせ続けていた。その時どこからともなく声が聞こえたような気がした。

佐知さん・・

しかし辺りにそれらしき人影は居なかった。手を合わせ祈る耳元にまた声が聞こえてきた。

佐知さん人は亡くなる最後の時に誰かを恨んだりはしないわ 私は最後まで今日という日と向き合い明日が永遠に続くことを願い生きたの 命に限りあるとき過去を悔いる時間に残りを費やしたいと思う人はいないわ 明日香は沢山の人に愛され可愛がられ幸せだったのよ 短い一生でも明日香は幸せをいっぱいもらってみんなに感謝しているわ これが明日香の宿命そう思って笑って明日香とお別れしてあげて 明日香は私の元に戻ってきたから何も心配いらないのよ 佐知さん私との約束を忘れないでね、いま彼を救えるのはあなただけなの だから彼を支えてあげて佐知さんお願いします

美香さんは此処にいるのだろうか 明日香ちゃんが眠るこの部屋のどこかにきっといるんだわ 明日香ちゃんにはママが見えているの?だから楽しい夢を見ているような顔で眠っているの・・

悲しみのあまり佐知は自分の気が触れてしまったのかと身震いしていた。

明日香の頬に最後のお別れのキスをして佐知は何もなかったように座を離れた。

「手塚さん、私たちはこれで失礼します」

「遠方よりわざわざありがとうございました 雅和の様子は折に触れまた報告させていただきます」

「井川君の意識が戻って明日香ちゃんの事を知ったら、私はそれがとても心配です」

「私も同じです でも今は雅和が元気になるのを祈るそれだけです ここにいるみんなも先の事は何も考えないようにしているのです でないと身が持ちません・・皆井さんも先の心配などしないことです あなたが参ってしまったら身も蓋もないですよ」

「そうですね 手塚さん井川君のこと宜しくお願いします 何かあったら又連絡下さい 待っています」

神妙に何度も頭をさげる佐知の姿に秀行の心情は穏やかではなかった。

街道沿いで見つけたお店で二人は遅い昼食をとった。

「秀行さんが居てくれて心強かったわ 本当にありがとうございました」

「今日佐知さんは驚くほど冷静だった、よく頑張ったね」

「大切な人との別れはいつだって悲しくてやりきれない・・家族以外で大切な人との別れは彼のお父様が初めてだったわ それから美香さんのお父様、美香さん、彼のお母様、そして明日香ちゃん皆んな井川君の大切な家族、大切な人ばかり・・彼は大切なものすべてを奪いとられて一人になってしまった」

「・・・・・」

「わたし彼の奥さんとの約束を果たすのは今しかないと思っているの」

「約束?」


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