涙が幸せの泉にかわるまで

寿佳穏 kotobuki kanon

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さようならの予感

望みを叶えて4

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故人の(佐々木)希望通りケアマンションの小ホールで葬儀が執り行われ荼毘に付された。佐々木が心許したスタッフと住人数名の寂しい葬儀だったが涙する参列者の誰もが遺影の前では微笑を浮かべ手を合わせていた。佐々木の人柄を知るものだけのそれは温かい葬儀だった。田鶴子は思い悩んだ末、佐々木の死を雅和には告げなかった。


まだ若い彼にはこの現実は重たすぎる 入院ならまだしも死となれば冷静に受け止められはしないわ 病床の美香さんに告げるのは私の役目


田鶴子がケアマンションを去る日見送る須藤の胸には佐々木のお骨が抱かれていた。

「田鶴子さんにはすべて承諾いただきありがとうございました これで佐々木様も御安心なされたでしょう」

佐々木の意志にそってケアマンションは田鶴子名義に変更され預金の半分に近い金額はさまざまな団体に寄付された。

「須藤さんお世話になりました 失礼かと思いますが兄の部屋の金庫にありましたこの現金をマンションの維持にお役立てください そして一部を兄のために使って頂けないでしょうか」

「佐々木様のためとは」

「この敷地のどこかに桜の木を植えてほしいのです 兄は此処が大好きでした そして此処にいる人が大好きでした 須藤さんもその大好きな一人でした 兄にとっては最後の楽園だったに違いありません ですから此処に兄が存在した証になにか残せないかと、ごめんなさい無理を承知でお願いしています 極寒の冬を忍ぶ人たちは春の訪れを今か今かと待ち焦がれ桜の開花に凍えた身心は瞬く間に溶かされます 短い時間を過ごしてわかったのですが兄はそんな桜の木のような人でした 人は悲しい過去を消し去っていかないとうまく生きて行けませんよね だからなのでしょうか悲しみやつらい過去が自然といつしか薄れ忘れ去られてゆくのは・・ここに植える桜の木は兄のいた証そして春が来てその桜花を目にするとき凍りつい人々の心にも春が訪れるように、そんな思いも込めて桜の木を植樹してほしいのです」

「ありがとうございます 解りましたご希望に沿うよう尽力させていただきます」

丁重に断る田鶴子を半ば強引に車に乗せた須藤は駅のホームまで見送ってくれた。お骨は須藤が責任を持って檀家の寺に納める手筈になっていた。列車が動き出しても深く頭を下げ続け涙でグシャグシャになった顔を上げようとしなかった須藤の姿が田鶴子の悲しみを誘っていた。


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