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父の消息
眠れぬ夜14
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手紙を受け取った佐々木は胸に下げた眼鏡を手にとった。娘の手紙を読んでいた佐々木が突然、眼鏡をはずし目に手をあてがった。潤んだ瞳を隠すかのように押さえた瞼が思いなしか赤くなっていた。
「どうかしましたかお兄様」
「いや何だか今日は疲れているようで文字が歪んで見える 悪いが代わりに読んでくれないか」
「わかりました読みますね 突然のお手紙に驚いている事でしょうね 私は一度お店に伺った木内美香と申します ママに病院に行きなさいと忠告して頂いた者といえば思い出してもらえるでしょうか あの日、私は偶然にも病院勤務の知人を訪ねようとしていました そして訪ねていった病院で倒れ入院し今も療養中です 先日、手帳を見ていたらママから頂いた名刺を見つけました 私の体を心配してくれたママへお礼を伝えなければと思ったのです ママの言ったとおり私の体は病魔に蝕まれていました 忠告ありがとうございました 私はいま病気よりも心の葛藤に苦しんでいます ママならわかってくれるのではそう思ったら急にママが恋しくなりました 私は母子家庭で育ちました 母はすでに亡くなり今は1人で暮らしています でも幸いなことに愛する人にめぐり合い私は幸せです 最近ふたつの嬉しいことが起こりました ひとつは諦めるように言われたお腹の子を産んでもいいとお許しが出たこと、もうひとつはその赤ちゃんをまだ見ぬ父に抱いてほしいという願いが叶いそうだということです 私は不倫の子で父の顔を知らず育ちました 母に聞かされた話しでは父は省庁に勤める佐々木悟朗という人です 子供を宿した私の父への思いは膨らむ一方でした そんな私のために彼が必死で父を探し出してくれたのです 彼が見た父の印象はとても好印象だったようです 私は元気な赤ちゃんを早く父に抱かせてあげたいと胸躍らせました 奥さんを亡くした父は病の身でひとりケアマンションに住んでいました 出来れば父と愛する人と生まれ来る子供と共に暮らしたい、でも残念ながら私は子供の成長を見届けられないでしょう 長くは生きられないと思っています 命よりも子供を産むことに賭けた私に彼は断固反対し続けました 命を賭けて産む私の気持ちは彼に伝わりませんでした 私が助かることは=お腹の子供の死を意味するのです 私の死を受け入れられない彼が子供の死をどのように受け入れるのか 私の命を慮る様に子供の命を同じように考えてくれたのだろうか 彼と私の間にはお腹の子の思いに大きな隔たりがありました 子供を産むことに理解出来ないと言っていた彼が同意したのは私が取り乱して泣きじゃくる姿ををもう見たくないから・・彼は私たちの赤ちゃんの誕生を心から喜んではいないのです 死を口にすると彼の顔は見る見る悲しみ色に染まります 本当は子供より私の命を優先させたい彼のジレンマが伝わってきます そんな彼を見るのが嫌でつらくて、いつのまにか私は口を噤んで感情を隠し続けてしまったのです 死を現実のものとして受け止めその死と向き合う恐れ、不安、絶望、苦しみその悲しみのたけを私はどこにぶつければいいのでしょうか 手で口を覆い泣きむせんでいる私を知っているのは闇夜の星だけ
「止めてくれ・・途中で申し訳ないが少しだけ休憩させてほしい」
美香の父(佐々木)は苦渋の表情を浮かべながら田鶴子に深く頭をさげた。
「どうかしましたかお兄様」
「いや何だか今日は疲れているようで文字が歪んで見える 悪いが代わりに読んでくれないか」
「わかりました読みますね 突然のお手紙に驚いている事でしょうね 私は一度お店に伺った木内美香と申します ママに病院に行きなさいと忠告して頂いた者といえば思い出してもらえるでしょうか あの日、私は偶然にも病院勤務の知人を訪ねようとしていました そして訪ねていった病院で倒れ入院し今も療養中です 先日、手帳を見ていたらママから頂いた名刺を見つけました 私の体を心配してくれたママへお礼を伝えなければと思ったのです ママの言ったとおり私の体は病魔に蝕まれていました 忠告ありがとうございました 私はいま病気よりも心の葛藤に苦しんでいます ママならわかってくれるのではそう思ったら急にママが恋しくなりました 私は母子家庭で育ちました 母はすでに亡くなり今は1人で暮らしています でも幸いなことに愛する人にめぐり合い私は幸せです 最近ふたつの嬉しいことが起こりました ひとつは諦めるように言われたお腹の子を産んでもいいとお許しが出たこと、もうひとつはその赤ちゃんをまだ見ぬ父に抱いてほしいという願いが叶いそうだということです 私は不倫の子で父の顔を知らず育ちました 母に聞かされた話しでは父は省庁に勤める佐々木悟朗という人です 子供を宿した私の父への思いは膨らむ一方でした そんな私のために彼が必死で父を探し出してくれたのです 彼が見た父の印象はとても好印象だったようです 私は元気な赤ちゃんを早く父に抱かせてあげたいと胸躍らせました 奥さんを亡くした父は病の身でひとりケアマンションに住んでいました 出来れば父と愛する人と生まれ来る子供と共に暮らしたい、でも残念ながら私は子供の成長を見届けられないでしょう 長くは生きられないと思っています 命よりも子供を産むことに賭けた私に彼は断固反対し続けました 命を賭けて産む私の気持ちは彼に伝わりませんでした 私が助かることは=お腹の子供の死を意味するのです 私の死を受け入れられない彼が子供の死をどのように受け入れるのか 私の命を慮る様に子供の命を同じように考えてくれたのだろうか 彼と私の間にはお腹の子の思いに大きな隔たりがありました 子供を産むことに理解出来ないと言っていた彼が同意したのは私が取り乱して泣きじゃくる姿ををもう見たくないから・・彼は私たちの赤ちゃんの誕生を心から喜んではいないのです 死を口にすると彼の顔は見る見る悲しみ色に染まります 本当は子供より私の命を優先させたい彼のジレンマが伝わってきます そんな彼を見るのが嫌でつらくて、いつのまにか私は口を噤んで感情を隠し続けてしまったのです 死を現実のものとして受け止めその死と向き合う恐れ、不安、絶望、苦しみその悲しみのたけを私はどこにぶつければいいのでしょうか 手で口を覆い泣きむせんでいる私を知っているのは闇夜の星だけ
「止めてくれ・・途中で申し訳ないが少しだけ休憩させてほしい」
美香の父(佐々木)は苦渋の表情を浮かべながら田鶴子に深く頭をさげた。
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