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美香のルーツ

私は父なし子13

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美香は繰り返し母早苗が口にした言葉を思い出していた。


「虚偽のない人の愛に触れると人は元気と勇気がみなぎるの 美香も出会った人との縁は大切にしなさいね」


心に曇り持つ不実の愛に母早苗は別れを告げようしていた。出張を終えて成田に着いた父悟朗からの連絡に別れを切り出さなくてはならない早苗の胸中は複雑だった。悟朗は早苗の突然すぎる心変わりなど知るよしもなかった。母早苗は別れ話に激高した父梧朗の様子をたった一度だけ口にしたことがあった。


「梧朗さんわたし妊娠しているの」


「本当か早苗」


「えぇ、あなたの赤ちゃんよ」


「・・・・・・」


「困惑してるのね」


「あっいや、そうじゃない 子供が出来ないのは自分のせいだとばかり思っていただから面食らっていた、すまない 僕の子供かやっと僕にも子どもが これが本当なら飛び上がりたいほど嬉しくてたまらないよ本当に嬉しいよ、早苗ありがとう あきらめていた子供が産まれてくるなんて夢を見ているようだ 今はこんな言葉しか言えなくてすまない」


「悟朗さん喜んでくれて嬉しいわ これできっぱりあなたとお別れできる」


「別れる?子供が出来たのに別れるなぜ」


「ごめんなさいもう決めたの 子供は私が一人で育ててゆきます 悟朗さんには迷惑かけません約束します」


「子供を育てて行くのは君が思ってる以上に一大事なんだ 君ひとりが簡単に決められることじゃないだろう お腹の子は君と僕ふたりの子供じゃないか それに一人で君はどうやって育ててゆくつもりなんだ」


「わからない今は何も・・でもこれだけははっきり言える 私たちの関係は終わった だから悟朗さんは家庭に帰って奥さんのところに戻ってください」


「むこうで何があったんだ早苗、誰かに何か言われたのか」


「色んなこと沢山ありすぎて思い出したくない聞かないでお願い思い出させないで 私はもう昔の事は何も思い出したくないの」


「早苗、落ち着こう 君の思考は上手く巡っていないんだ 両親の死に混乱して少しおかしくなっているだけだ」


「おかしくなっている?そうじゃないおかしかったのは今までのわたしで、今の私じゃないわ」


「さっきから君は訳の分からない事ばかり、一体どうしたんだ」


「私は許されない愛に走った その愛にわたしは自分どころか周りのことも見えなくなっていた 大切なものを亡くして色んな事を考えさせられたわ 父のこと母のこと私を支えてくれていた人達のこと、そして気づいたの見えたの 人を苦しめ裏切るような生き方をしているのならそれは間違った道だって・・だから貴方と別れる選択をした」


「教えてくれ、君に見えたものを」


「それは・・あなたの大切な人は私じゃないってこと あなたが大切にしなければならないのは築いてきた家庭そしてその家庭であなたを待つ奥さんなんだって」


「情況が変われば大切なものだって変わるものだ」


「奥さんを妻にしようと決めたのは悟朗さんあなたでしょ 奥さんの人生まるごと引受けた責任は重いわ 男の人って大変だなって思うわ 女にだけ産みの苦しさがあるのは不公平だなんて私は思わないわ 世間の荒波を掻い潜る男の一生分の涙は産みの苦しみに匹敵すると思っているから 男の人生ってそれくらい重いからこそ道をそれたり寄り道したくなるんだわ 誰にだって生きていれば過ちの一つ二つはあるけれど道をそれたら正す・寄り道したら遅くなっても帰ればいい、軌道修正して又歩きだせば過ちは許されるわ 過ちに気づき正せば誰かを不幸にすることも人生踏み間違うこともない だからそれぞれの納まる場所に戻らなきゃだめなの」


「・・・・・・」


「私のこと本当に愛していた?神に誓って何の曇りもなく愛していたと言える」


「・・・・・・」


「お母さんと過ごした幼少の話をあなたはいつも口にしたわ 私が若かりし頃の貴方の母と似ているって嬉しそうに話してくれた 母を思い出し懐かしい故郷を思い出させ俗世のいやな事も忘れ癒してくれる早苗といるのが楽しいそういってくれた言葉を私は勘違いして愛されていると思い込んで喜んでいた それって愛なの?あなたが私を愛する愛って何」


「愛には色んな形があるのだから何の不思議もないだろ 早苗を思う気持ちに嘘はない愛している それだけではだめなのか 君は僕に何を求めている」


「悟朗さん、わたしは貴方に何かを重ね見たことなど一度もない あなたしか見てこなかったのよ あなたが欲しくて求めあなただけを愛した 出会った時から思いはずっと同じ変わらなかった 私は初対面のあなたを家に誘った 前にも言ったけど男の人を招くなんて初めてだったの 出会った瞬間に貴方を愛してしまっていたんだわ でもあなたは違った 僕は妻帯者・・・あの時の言葉の意味がわかったの あなたには私とこんな関係になる感情などなかったんだわ 強引な誘いに断りきれず私の一途な思いに負けて付き合ってくれた あなたにとってただそれだけの事だったそうじゃない、間違っている?」


「君は僕を怒らせて別れ話に持ち込もうとしているように思えてならない いま君を説得出来るだけの自信も言葉もない でも聞いてくれ僕は浮ついた気持ちで付き合うことなど出来ない男だ 妻ある男としての責任は取る覚悟で君と関係を持ち将来を考え関係を続けてきた 簡単ではないがいつか一緒になろうと二人で誓ったじゃないか 忘れたわけじゃないだろう」


「私だって何もかも承知のうえだった 奥さんのある人を愛したのだから何も望まないで貴方を愛しぬくって覚悟を決めていた だけど何も望まないなんて出来っこないのよ 愛したら愛した分だけ欲しくなる あれもこれもって・・妻の座まで欲しくなって奥さんが恨めしくなった 感情がエスカレートしてそれは憎しみに変わったの 家庭ある人を愛してその奥さんを恨むなんて罰あたりだわ 私があなたの奥さんに抱いてもいい感情があるとしたらそれは謝罪とお詫び以外に何もないのに、そんな当たり前のことさえ忘れるほど私は嫌な女になっていた そんな醜い自分が恐くなった 自分のことが大嫌いになったわ 自分を愛せないものが人を愛するなんて無理なの できないのよ 幸せになれるはずがないの これ以上醜い心を持ち続けたら私は人じゃない鬼よ」


「君に罪があるのなら僕も同罪だ一緒に償って生きてゆくその選択さえもないのか」


「私達がどんなに愛し合い一緒になりたいからといって奥さんから奪っていいものなんか何ひとつないの 奪いとった家庭と愛を手にしてそれが幸せと言える?人を裏切って悲しませ苦しめるのはもういやなの 父は私の不倫に苦悩して死んでいったわ 人を死に追いやるようなことはもうしたくない貴方の奥さんが父と同じ事を・・そう思うだけで体が震える 貴方とこうしていることさえつらいの」


「お父さんの死が不倫のせいだとしたら僕にも責任がある 君だけが苦しむことはない僕も一緒にその苦しみを受ける」


「もう止めて、悟朗さんにして欲しいことはたった一つだけ、奥さんの所に戻って何もなかったように夫婦を続けることよ ここで花咲かせたあなたのお母さんと故郷の思い出も連れ帰ってもう帰ってお願い」


「最後に聞かせて欲しい もう僕とはこれっきりにしたいんだね 君の気持ちは本当に変わらないんだね」


「えぇ変わらないわ」


「わかった 辛いが君の気持ちを優先する」


「ありがとうございます 引越し先が見つかるまで此処にいてもいいですか 急いで見つけて出て行きますから」


「引越しの件は待ってくれ、せめて子供が生まれるまで此処で暮らして欲しい 君が働けるようになるまで僕が君の面倒を見たい見させてくれ 僕の子供を一度だけでもこの手に抱きたいんだ 一緒に育てられないのなら我が子と過ごす時間がほしい 君の要求を僕はのんだ 今度は君が僕の気持ちを汲んでくれ頼むこの通りだ」


子供の誕生を待ち焦がれる父悟朗の気持ちを母早苗は痛いほどわかった。


「わかりました でも男女の関係は今日で終わりにしてください 悟朗さんが子供の父親でいられるのは私がここで暮す期間だけ 奥さんにはこれまでのように知られないようにして下さいね 女は男の浮気には敏感だからもう気づいているかもしれないでも子供の事だけは絶対に奥さんに知られてはだめ 証拠を突きつけられても何があってもシラを切ってください 子供の出来ない奥さんには愛人より子供の存在の方がつらいはずだもの」


「誰も泣かずに上手くいく方法なんかないのかもしれないな」


「私達は泣いてもそれは自業自得 でも奥さんを泣かせてはいけないわ 嘘をつくことになってもこの嘘なら神様は許してくれるわ」


 

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