涙が幸せの泉にかわるまで

寿佳穏 kotobuki kanon

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美香のルーツ

私は父なし子7

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母(早苗)は手にした遺骨のあまりの軽さに涙していた。


「早苗ちゃん、お茶にしよう」


勝随和尚が座布団を差し出した。


「お父さんの亨さんもここに座ったんだよ お墓の前にいた亨さんを呼んでお茶を飲み話をしてあれが最後だった」


早苗の父亨の苦悩は借金と人間関係そして早苗の不倫だった。死者の最後の言葉が明かされようとしていた。


「私達夫婦は早苗の仕送りで何とか生き延びてこられました 早苗には足を向けて眠れないと感謝しているんです 私は子供の脛をかじって生きてる情けない親なんですよ」


「享さん、成人した子供を一人の人として見てあげたらどうだろう 親子のしがらみや垣根はとってもいいんじゃないか 早苗ちゃんは享さんあなたが親だから助けている訳じゃないと私は思うよ あなたがた夫婦を人として尊敬し感謝しているからだ あの子は心の趣くまま当たり前のことをしているだけだ そんな所が享さんあんたと良く似ている」


「そうなんでしょうかねぇ お恥ずかしい話ですが、実は娘は不倫をしてるんですよ 妻ある男性とまさか我が子が・・・本当に驚きました 心臓が止まるんじゃないかと思うほど驚きましたよ」


早苗の父亨が娘早苗の不倫を知るきっかけとなったのは鞄だった。早苗の両親は早苗の誕生日にバッグを送ろうとしていた。実家に帰省する母早苗が手にする年期の入った傷だらけのバッグそれを見た早苗の母が計画した誕生日のプレゼントだった。お洒落の一つもしないで我慢して仕送りなどなければ新しい鞄も買えるだろうにと早苗が不憫でならなかった。少しずつ貯めたお金を持って早苗の両親はデパートに出かけていた。


「あなた、これを持って早苗に会ってきて下さい この中に旅費が入ってます 早苗きっと喜びますよ」


ひと月分の食費に相当する大きな出費だった。


「いいのか」


「えぇお願いします」


早苗の父亨は何度か訪れたアパートの前で帰りを待っていた。足もとのタバコの吸殻が山になっていた。


「おぉ、やっと帰ってきたか」


娘のとなりに見知らぬ連れの男性がいた。


「やだ悟朗さんの袋からねぎが飛び出してるわ」


「やっぱり大きな袋にしてもらえばよかったかな」


今日はこのまま帰ろう このバッグは送ればいい あいつにもやっと彼氏が出来たようだ よかったな早苗


アパートを去ろうとしていた亨は一人の女性と目が合った。コートの襟を立て帽子を深く被ったその女性に見覚えがあった。アパートを行ったり来たりしていた女性だった。口を一文字に結んだその女性は険しい顔でアパートを見上げていた。亨は思わず声をかけた。

 

「すみません 随分長い時間、誰かを待っていたようですね なのに会わずに帰ってしまうのですか何かご事情がおありのようですが」


「・・・・・」


「突然の不躾で申し訳ありません 私にはあなたがさっき帰ってきた男女を待っていた、そんなふうに見えたものですからつい・・」


「私は主人をつけて来たわけじゃないわ どなたか存じませんけれどあなた本当に失礼な人ね」


血の気が失せた女性は顔を伏せ帰って行った。


こんな馬鹿げた真似はしたくなかったがこれで証明できた 一緒に帰ってきた男は家庭を持つ身。よりによって妻ある男性と・・まさか仕送りのため、お金のためなのか いや断じて早苗はそんな娘ではない


亨には娘早苗を大切に真っすぐ育てたという自負があった。


俺も母さんも精一杯の愛情を注いできたというのになぜなんだ お前はなぜ他人の幸せを壊すような愛に走った 他人どころか自分の幸せすら潰しかねない愛に・ 先の見えない愛なのにお前のその目には何が見えるんだ その先に幸せを求めているのなら早苗、早く目を覚ますんだ 誰かを不幸にして手に入れた愛は人を幸せにはしてくれない その人が流した涙の分だけお前の幸せは減っていくんだぞ 早苗、父さんのせいなのか すべて俺の・・・


死の原因は間違いなく借金だが母早苗の不倫もその一因だった。娘早苗の不倫は誰よりも人を重んじ慈愛に満ちた父亨を苦しめていた。


私のせい・・父を美香のおじいちゃんを死に追いやったのはお母さんなのかもしれない・・


肩を震わせ言葉を詰まらせていた母を美香は思い出していた。


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