涙が幸せの泉にかわるまで

寿佳穏 kotobuki kanon

文字の大きさ
上 下
79 / 315
美香のルーツ

私は父なし子6

しおりを挟む
「早苗ちゃんのおじさんとおばさんが亡くなった」


「・・・」


「大丈夫早苗ちゃん、聞こえてる」


「うん聞いてる でもどうして、あんなに元気だったのにどうして」


「・・・」


「珠実、お父さんとお母さんはどうして死んだの?事故だったの」


「信じられないでしょうけど・・おじさんがおばさんを道ずれに」


「お父さんが」


「専称寺の勝随和尚が亡くなる前日の夜に早苗ちゃんのお父さんを墓地で見かけたらしいの その時おじさんの様子がおかしかったからそれで翌朝家を訪ねて行って」


「・・・・」


「専称寺におじさんとおばさん安置されてるの 勝随和尚がずっと付き添ってくれているわ 早苗ちゃん早く帰ってきて 駅に着いたら電話して車で迎えに行くから」


体を震わせながら母早苗は父悟朗に電話をかけた。


「朝はやくにごめんなさい いま話せますか大丈夫ですか」


「何かあったんだね」


「両親が亡くなりました 心中でした」


「・・・・」


「今から両親の元に帰ります」


「出来ることがあれば力になるから気持ちをしっかり持って行ってきなさい」


「はい」


「君には僕がいること事を忘れないで」


悲しみ行きの電車に乗る早苗の凍てく心は悟朗の言葉で溶かされていた。天涯孤独になった早苗に残ったものは道ならぬ愛だけだった。

郷里に帰った早苗は勝随和尚と二人で両親を荼毘に付した。印刷会社の廃業以来、早苗の父亨(美香の祖父)と親類縁者との付き合いは途絶えていた。資金繰りの相談で訪ねた先々で受けた親族の仕打ちに亨は怒りを顕にした。


「親類縁者とは今後いっさいの繋がりを絶つ 俺の葬式には誰も呼ぶんじゃないぞ 来ても追い返すんだ」


亨は自未得度先度他という言葉そのままの人だった。銀行の貸し渋りに頭を抱えた親戚が泣きついてくると黙ってお金を差し出しような人だった。そんな亨(早苗の父)に妻(早苗母)は呆れ返っていた。


「あなたは人が良すぎですよ 人のお世話もほどほどにして下さい」


「俺は自分の出来ることを精一杯やっているただそれだけだ それが人のためになっているのなら喜ばしい限りじゃないか」


亨は状況を俊敏に判断し頼まれたことは親身になり成し遂げる頼れる人だった。亨は親族もまた同じように助けてくれると疑わなかった。しかし事が自分の身に降りかかったとき手を差しのべてやった親族らに手の平を返すような門前払いを受けた。


「私達の借金を誰かに助けてもらおうなんて間違ってますよ 二人で頑張って少しずつでも返していきましょうよ」


「この家・・この家だけは何としてでも残したかったな」


「あなたは頑張ってくれたじゃないですか もう家はあきらめましょう」


「借金を生きているうちに完済させるのは到底無理だ 何もかも無くしたあげく早苗に借金が及ぶことを考えると」


「私達の保険があるじゃないですか 早苗受け取りの私達の死亡保険で何とかなりますよ そんなことでめげるような子じゃありませんよあの子は」


「借金の目途はたっても俺達が死んだら一人ぽっちだ。あいつ一人取り残されるんだぞ」


「だからどんなにつらくてもあなたも私も死ねない、生きなければいけないの 早苗が結婚して孫の顔を見るまでは元気でいてあげなければ 天国の誠一(早苗の兄)も守ってくれていますよ 頑張りましょう、あなた」


「誠一か せめて誠一が生きていてくれたらな」


「過ぎたことを言うのは止めて下さい 誠一はもう戻ってこないんですから」


「母親の情は父親より濃いというが・・お前は強いな」


「あの時、私は一生分の涙を流しました 今どんなに誠一を偲んでも涙の一滴も零れてこない 私の涙はあの時に使い果たしてしまったの 腹を痛めた子供を亡くした女の気持ちなどあなたにはわからないわ」


「・・・・」


「いつまでも涙することが誠一の供養になりますか そんな私達の姿を早苗だって喜びはしませんよ いちから出直しましょう」


「この歳でお前と二人再出発か」


「年齢なんて関係ないですよ いくつになっても出発は出来きますよ」


「・・・・」


家業を継ぐと言ってくれた息子の誠一(早苗の兄)を病で亡くし代々続いた印刷会社をつぶし頼みの綱の親族にも背をむけられた亨(早苗の父)が哀れだった。家を手放したころから亨に異変が起きた。浴びる様に酒を呑むようになり仕事も休みがちになっていた。負担は早苗の母の肩に重く圧し掛かった。喧嘩ひとつなかった夫婦間に極寒の嵐が吹き荒れた。


「いい加減、過去に執着するのはやめてください 嫌でも私達はまだまだ生きて行かなければならないんです 借金を返し終えなければ死ねないんです 辛いのはあなただけじゃない私だって同じなんですよ お酒に逃げるのはもう止めてください」


「うるさい、女のお前に俺の気持ちがわかってたまるか 俺の気持ちなんか誰にもわかりゃしない」


母のパートと早苗の仕送りだけでは追いつかない借金生活。返済は滞り催促状が散らばった部屋で亨は酔いつぶれていた。家庭内別居同然の夫婦に会話は無く亨の拠り所はなくなっていった。そんな早苗の父亨が選んだ人生の幕引きが無理心中だった。お金は多い少ないに係わらず人を狂わせ人格さえも変えてしまう恐いものだった。亨、美香の祖父は借金に翻弄され豹変し、自分の妻(美香の祖母)を手にかけ自らの命までも絶った。それはあまりにも悲しい結末だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

🍶 夢を織る旅 🍶 ~三代続く小さな酒屋の主人と妻の愛と絆の物語~

光り輝く未来
現代文学
家業を息子に引き継いだ華村醸(はなむら・じょう)の頭の中には、小さい頃からの日々が浮かんでいた。 祖父の膝にちょこんと座っている幼い頃のこと、 東京オリンピックで活躍する日本人選手に刺激されて、「世界と戦って勝つ!」と叫んだこと、 醸造学の大学院を卒業後、パリで仕事をしていた時、訪問先のバルセロナで愛媛県出身の女性と出会って恋に落ちたこと、 彼女と二人でカリフォルニアに渡って、著名なワイナリーで働いたこと、 結婚して子供ができ、翔(しょう)という名前を付けたこと、 父の死後、過剰な在庫や厳しい資金繰りに苦しみながらも、妻や親戚や多くの知人に支えられて建て直したこと、 それらすべてが蘇ってくると、胸にグッとくるものが込み上げてきた。 すると、どこからか声が聞こえてきたような気がした。 それは、とても懐かしい声だった。 祖父と父の声に違いなかった。 ✧  ✧ 美味しいお酒と料理と共に愛情あふれる物語をお楽しみください。

おれ、ユーキ

あつあげ
現代文学
『さよならマユミちゃん』のその後を描くスピンオフ作品。叔母のマユミちゃんが残してくれた家でシェアハウスを始めた佑樹、だがやってきたのは未知の感染症だった。先の見えない世界で彼が見つけたものとは――?80年代生まれのひりひり現在進行形物語!

風が告げる未来

北川 聖
現代文学
風子は、父の日記を手にしたまま、長い時間それを眺めていた。彼女の心の中には、かつてないほどの混乱と問いが渦巻いていた。「全てが過ぎ去る」という父の言葉は、まるで風が自分自身の運命を予見していたかのように響いていた。 翌日、風子は学校を休み、父の足跡を辿る決意をした。日記の最後のページには、父が最後に訪れたとされる場所の名前が書かれていた。それは、彼女の住む街から遠く離れた、山奥の小さな村だった。風子は、その村へ行けば何か答えが見つかるかもしれないと信じていた。

六華 snow crystal 8

なごみ
現代文学
雪の街札幌で繰り広げられる、それぞれのラブストーリー。 小児性愛の婚約者、ゲオルクとの再会に絶望する茉理。トラブルに巻き込まれ、莫大な賠償金を請求される潤一。大学生、聡太との結婚を夢見ていた美穂だったが、、

その男、人の人生を狂わせるので注意が必要

いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」 「密室で二人きりになるのが禁止になった」 「関わった人みんな好きになる…」 こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。 見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで…… 関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。 無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。 そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか…… 地位や年齢、性別は関係ない。 抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。 色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。 嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言…… 現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。 彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。 ※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非! ※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大人への門

相良武有
現代文学
 思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。 が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。  

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...