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予期せぬ巡り合わせ
新旧の恋人2
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同じ頃、佐知は院長に同行し上京していた。学会を終えた院長は実弟(敏伸)が院長を務める病院へタクシーを飛ばしていた。佐知はいつも付き添い人として院長と行動を共にしていた。
「一人で大丈夫だ 付き添いは要らないよ」
「いけません 今回も佐知さんに同行してもらいます」
院長の我が儘に夫人はいつも首を横に振り同意しなかった。院長婦人は何かにつけ目をかけて佐知を可愛がっていた。
「佐知さん、大変でしょうけど院長をお願いしますね」
ホテルに着くといつものように院長婦人から伝言が届いていた。首を長くして電話を待っている夫人の姿が浮かんだ。院長が出張先で倒れ大騒ぎになってから夫人は神経質になっていた。 院長に接する言動は時に殺気さえ感じ怖かった。婦人は院長の体調に問題がないとわかれば上機嫌で電話を切った。佐知に見せる婦人とは別の貞淑な顔が時折垣間みられた。
「佐知さんお疲れ様でした 明日は院長も敏伸さんの執刀に立ち会うと聞きましたけど」
「はいそう伺っています」
「明日の朝は院長にトマトジュースを差し上げて頂戴 オペの日はトマトジュースしか摂らないの 宜しくお願いしますね」
「はい分かりました」
院長は実弟が執刀するカテーテル治療に加わることになっていた。弟の敏伸はいち早くカテーテル治療を導入した脳神経外科医だった。患者は80代の男性。首の片側の血管が非常に細く殆どといっていいほど血が通っていない。放置すれば脳梗塞がいつ起きてもおかしくない病症だった。治療は足の付け根から管状の治療器具を入れ首の血管を拡げるものだった。高齢者にはリスクも高いため家族の意思も考慮した上での手術だった。
「先生、父にはもっと長生きして欲しいと思っています いつまでも元気でいて欲しいこれが家族みんなの願いなんです」
息子の言葉に黙り込んでいた患者が朴訥と口を開いた。
「先生私はね、もう十分生きた、だからもうこのまま天命に従おうと思っていたのです でも家族から弱気にならず長生きしてくれと涙されましてね 人はこの歳になっても、いやいくつになろうと生に執着するものなのですね 私は生きていたい、まだ死にたくないです 先生お願いします 助けて下さい」
「わかりました こちらこそよろしくお願いします 横田さんそしてご家族に副うよう全力を尽くさせて頂きます」
脳梗塞カテーテル手術が無事終了して院長が手術室から出てきた。疲れが色濃く見て取れる院長は空元気の笑顔を佐知に向けた。
「早く戻ろう 三日も病院を空けると患者のことが心配でたまらん 明日は通常通り朝から患者を診るつもりだから皆井君すまないが今日中帰れる様に頼むよ」
「はいわかりました 私から奥様にもお伝えしておきます」
「そうしてくれるとありがたい 頼んだよ」
院長は患者を第一に考える温かみのある赤ひげ先生そのものだった。携帯電話を握り締め院外に出ようと急いでいた。扉が開いたエレベーターに乗り込もうとした瞬間ドンと鈍い音と共に尻餅をついた女性が目に飛び込んできた。佐知は降りようとしていた入院患者を出会い頭に突き飛ばしていた。
「大丈夫ですか、お怪我はありませんか」
「これくらい全然平気、大丈夫」
「ごめんなさい、本当にすみません 私の不注意です 本当にごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫!そんなに謝らないで」
「本当にどこも何ともないですか付き添いますから診てもらいましょう」
「本当に大丈夫、心配無用よ ほら、ねっ大丈夫でしょ」
身軽に起き上がった姿に佐知は安堵した。
「急いでいて本当に申し訳ございませんでした」
「いやだわ又謝ってる いつまで謝るつもり もう気にしないで 急いでいるならほら早く乗って さぁ早く」
「ありがとうございます 失礼します」
その場を離れ歩き出した女性の背に大きな声を出していた。
「本当にすみませんでした」
女性患者は後ろ姿のまま大きく手を振り去っていった。この女性患者こそが雅和の新恋人・美香だった。否が応でも雅和と再会せざるえない運命の糸が結ばれた瞬間でもあった。
「一人で大丈夫だ 付き添いは要らないよ」
「いけません 今回も佐知さんに同行してもらいます」
院長の我が儘に夫人はいつも首を横に振り同意しなかった。院長婦人は何かにつけ目をかけて佐知を可愛がっていた。
「佐知さん、大変でしょうけど院長をお願いしますね」
ホテルに着くといつものように院長婦人から伝言が届いていた。首を長くして電話を待っている夫人の姿が浮かんだ。院長が出張先で倒れ大騒ぎになってから夫人は神経質になっていた。 院長に接する言動は時に殺気さえ感じ怖かった。婦人は院長の体調に問題がないとわかれば上機嫌で電話を切った。佐知に見せる婦人とは別の貞淑な顔が時折垣間みられた。
「佐知さんお疲れ様でした 明日は院長も敏伸さんの執刀に立ち会うと聞きましたけど」
「はいそう伺っています」
「明日の朝は院長にトマトジュースを差し上げて頂戴 オペの日はトマトジュースしか摂らないの 宜しくお願いしますね」
「はい分かりました」
院長は実弟が執刀するカテーテル治療に加わることになっていた。弟の敏伸はいち早くカテーテル治療を導入した脳神経外科医だった。患者は80代の男性。首の片側の血管が非常に細く殆どといっていいほど血が通っていない。放置すれば脳梗塞がいつ起きてもおかしくない病症だった。治療は足の付け根から管状の治療器具を入れ首の血管を拡げるものだった。高齢者にはリスクも高いため家族の意思も考慮した上での手術だった。
「先生、父にはもっと長生きして欲しいと思っています いつまでも元気でいて欲しいこれが家族みんなの願いなんです」
息子の言葉に黙り込んでいた患者が朴訥と口を開いた。
「先生私はね、もう十分生きた、だからもうこのまま天命に従おうと思っていたのです でも家族から弱気にならず長生きしてくれと涙されましてね 人はこの歳になっても、いやいくつになろうと生に執着するものなのですね 私は生きていたい、まだ死にたくないです 先生お願いします 助けて下さい」
「わかりました こちらこそよろしくお願いします 横田さんそしてご家族に副うよう全力を尽くさせて頂きます」
脳梗塞カテーテル手術が無事終了して院長が手術室から出てきた。疲れが色濃く見て取れる院長は空元気の笑顔を佐知に向けた。
「早く戻ろう 三日も病院を空けると患者のことが心配でたまらん 明日は通常通り朝から患者を診るつもりだから皆井君すまないが今日中帰れる様に頼むよ」
「はいわかりました 私から奥様にもお伝えしておきます」
「そうしてくれるとありがたい 頼んだよ」
院長は患者を第一に考える温かみのある赤ひげ先生そのものだった。携帯電話を握り締め院外に出ようと急いでいた。扉が開いたエレベーターに乗り込もうとした瞬間ドンと鈍い音と共に尻餅をついた女性が目に飛び込んできた。佐知は降りようとしていた入院患者を出会い頭に突き飛ばしていた。
「大丈夫ですか、お怪我はありませんか」
「これくらい全然平気、大丈夫」
「ごめんなさい、本当にすみません 私の不注意です 本当にごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫!そんなに謝らないで」
「本当にどこも何ともないですか付き添いますから診てもらいましょう」
「本当に大丈夫、心配無用よ ほら、ねっ大丈夫でしょ」
身軽に起き上がった姿に佐知は安堵した。
「急いでいて本当に申し訳ございませんでした」
「いやだわ又謝ってる いつまで謝るつもり もう気にしないで 急いでいるならほら早く乗って さぁ早く」
「ありがとうございます 失礼します」
その場を離れ歩き出した女性の背に大きな声を出していた。
「本当にすみませんでした」
女性患者は後ろ姿のまま大きく手を振り去っていった。この女性患者こそが雅和の新恋人・美香だった。否が応でも雅和と再会せざるえない運命の糸が結ばれた瞬間でもあった。
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