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父(柳木沢)の日記帳

忘れられない人3

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柳木沢は希望が叶い報道部に配置された。これまでのいい加減さをこれでもかと痛いほど知らされていた。仕事の重責に精神的にも追い込まれる日々だった。男社会の寒風は想像を遥かに超え日に日に目は窪み落ちていた。負けてたまるものかと父柳木沢は寝る間も惜しみ休日返上で働き続けた。学生時代の柳木沢とは別人になっていた。

柳木沢と由里子の関係にも微妙な亀裂が生じ始めていた。無常にも気がつけば二人の連絡は途絶えていた。

季節は移り後輩らの就職活動内定がちらほら聞こえ始めた頃、父柳木沢は罵倒される事も減り仕事を任されるようになっていた。

耳を疑うような噂が入ってきたのはそんな時だった。夕暮れの居酒屋で大学時代の旧友と酒を酌み交わしていた父柳木沢は耳を疑う会話に我を失った。


「ゆりちゃん、結婚したって聞いたけど誰か知ってるか」


「実家に帰って臨時の先生になったって聞いていたけどな」


「そうそう、先生で思い出した、相手は同じ教職の男らしいよ」


「そういえば柳木沢、ゆりちゃんと卒業後も付き合っていたよな」


「俺達、お前ら二人は結婚するとばかり思っていたよ」


「いまさら人の恋路はどうでもいいじゃないか なあ柳木沢」


勝手に盛り上がる友人らを横目に父柳木沢は一人浴びるように酒を飲んだ。いくら飲んでも酔えないコップ酒を握り締めうな垂れていた。

数日後、取材の途中で父柳木沢が向った先は懐かしい大学の校舎。今も大学院に残っている由里子の友人を訪ねていた。


「面会人って柳木沢君だったの」


「忙しいのに手を止めさせて悪いな。実はその、いや・・何ていうか」


「どうしたの 柳木沢君もしかして由里子のことで此処に来た」


「あ・・うん」


「由里子の事なら心配要らないわ 結婚して幸せに暮らしているから」


「そうか、それならよかった 連絡あったら僕も祝福していたって伝えてくれ」


「うん、ちゃんと伝えておくわ」


「時間とって悪かったな、じゃ」


会社に戻る父柳木沢の足取りは重かった。公園のブランコに揺られながらどんよりとした雨雲を見上げていた。


6月某日

由里子が、愛する由里子が結婚していた すまない・・・
僕は君を守ってやれなかった 自分のことで精一杯で君を気遣ってやれなかった いつだって君は一人で苦しみを抱え込んでいた 僕には何一つ打ちあけず話してもくれなかった 結局心を許すほど愛してはいなかったってことなんだ 由里子は僕を見透かしていたのかもしれない

口だけのお調子者で行動が伴わない男 

これが由里子の目に映った僕の姿だったのだろう 守ってやるなんて大口叩いてこの有様、泣くに泣けないこの結末だ 他の男に奪われたこの無念を忘れはしない 由里子を忘れるなんて出来ない、君の幻を胸に焼き付け僕は生きて行く 一生忘れず生きていく
愛する女はひとり、この地球上に由里子、君一人でいい


父・柳木沢の思いは佐知と別れた当時の雅和自身と重なった。


「親父は由里子という女性を心底愛し生涯忘れなかった だから母さんを、いや他の誰一人も愛せなかったのか」


父柳木沢が自分を偽って母と向き合えるほど器用な男でない事を知った。


「母さんのひたむきな愛は重たすぎた だから逃げた 後ろめたくてつらくて親父は家を飛び出したんだ」


無責任な男と言えばそれまでだが信念を貫いた男道のような気がした。父柳木沢の男気と懸命に生きた人生を垣間見た雅和は親父に会いたいと初めて心底思った。

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