49 / 316
父(柳木沢)の日記帳
忘れられない人1
しおりを挟む
雅和の事務所には父・柳木沢が使っていた机が今も大切に置かれていた。その机の奥底からファイルに覆われた金庫が出てきた。
金庫の中には文庫本ほどの手帳が入っていた。どこかセピア色に染まったその手帳は柳木沢の若かりし頃の日記だった。日記には由里子という名前が頻繁に出てきた。
由里子は柳木沢の大学時代の恋人だった。柳木沢は自宅住まいのお気楽な学生だった。一方の由里子は苦学生といった言葉がぴったりの健気な女子学生だった。不自由なく育った柳木沢には地味で楚々とした由里子が新鮮だった。化粧っけのないその顔立ちは誰よりも際立って美しかった。由里子に想いを寄せる男子学生が五萬といて学部一の人気女子だった。柳木沢は人の気持ちなどお構い無しの強引さで由里子をものにした。
「なぜあんな男と」
由里子に思いを寄せる誰もが陰口叩き柳木沢はナイフの様な男子学生の視線を一挙に受けていた。
由里子は学費と生活費を自分で稼いでいた。夜遅くまでかけ持ちで家庭教師のアルバイトをしていた。柳木沢が由里子を独り占め出来るのは講義の時だけだった。由里子に柳木沢と愛を語り合う時間など皆無だった。二人だけの時間が欲しいと柳木沢は肩を落とした。
6月某日
多忙な由里子の体が心配だ 今日も由里子は顔色がよくなかった 連日のバイトで疲れているのだろう 比べて僕はこんな怠惰で呑気な生活ホトホト自分が情けない
柳木沢の日記は雅和の大学時代とさほど変わらなかった。柳木沢はほどなくして書店のバイトを見つけて稼いだお金は由里子のために使おうと張り切っていた。
8月某日
感情を表に出さない由里子の涙を初めて見た
「柳木沢君は私を哀れんでいるの
私はあなたと対等なお付き合いをしていたつもりよ あなたのお金をすんなり受け取るとでも思ったの 気持ちは嬉しいけどこういう事はしないで」
良かれとした事が怒らせる結果となった 女って者は硝子細工のように繊細で難しい物なのか 僕は一体どうすれば由里子に喜んで貰えたのだろう いくら考えてもその答えは見いだせない見つかりそうもない/
おやじも女の扱いに苦労したんだなと雅和の顔が緩んだ。
日記には卒業後の由里子との関係が詳細に書かれていた。郷里には戻らず塾の講師となった由里子は父柳木沢と愛を育んでいた。卒業から一年が過ぎた頃、由里子の父が突然の心臓発作で他界。帰郷した由里子はそのまま帰ってこなかった。アパートは蛻の殻になっていた。当時の柳木沢と由里子の会話まで記されていた。
「久しぶりに家に帰ってくるね」
「ゆりちゃんずっと働き詰めだったからね のんびり家族に甘えて体を休めて来いよ」
「ありがとう、じゃ柳木沢くん行ってきます」
何ら変わった素振りも見せず郷里に帰った由里子に何が起きたのか父柳木沢は友人に問いただした。口を閉ざしていた由里子の友人が重い口を開いた。
「柳木沢くんには知らせないでと口止めされて黙っていたの」
由里子本人でなく友人から聞かされた父親の死。知らされなかった家庭の事情、由里子の置かれた実状が乱れた文字でこと細かく書かれていた。
雅和は時間も忘れ父柳木沢の日記を読み続けた。
金庫の中には文庫本ほどの手帳が入っていた。どこかセピア色に染まったその手帳は柳木沢の若かりし頃の日記だった。日記には由里子という名前が頻繁に出てきた。
由里子は柳木沢の大学時代の恋人だった。柳木沢は自宅住まいのお気楽な学生だった。一方の由里子は苦学生といった言葉がぴったりの健気な女子学生だった。不自由なく育った柳木沢には地味で楚々とした由里子が新鮮だった。化粧っけのないその顔立ちは誰よりも際立って美しかった。由里子に想いを寄せる男子学生が五萬といて学部一の人気女子だった。柳木沢は人の気持ちなどお構い無しの強引さで由里子をものにした。
「なぜあんな男と」
由里子に思いを寄せる誰もが陰口叩き柳木沢はナイフの様な男子学生の視線を一挙に受けていた。
由里子は学費と生活費を自分で稼いでいた。夜遅くまでかけ持ちで家庭教師のアルバイトをしていた。柳木沢が由里子を独り占め出来るのは講義の時だけだった。由里子に柳木沢と愛を語り合う時間など皆無だった。二人だけの時間が欲しいと柳木沢は肩を落とした。
6月某日
多忙な由里子の体が心配だ 今日も由里子は顔色がよくなかった 連日のバイトで疲れているのだろう 比べて僕はこんな怠惰で呑気な生活ホトホト自分が情けない
柳木沢の日記は雅和の大学時代とさほど変わらなかった。柳木沢はほどなくして書店のバイトを見つけて稼いだお金は由里子のために使おうと張り切っていた。
8月某日
感情を表に出さない由里子の涙を初めて見た
「柳木沢君は私を哀れんでいるの
私はあなたと対等なお付き合いをしていたつもりよ あなたのお金をすんなり受け取るとでも思ったの 気持ちは嬉しいけどこういう事はしないで」
良かれとした事が怒らせる結果となった 女って者は硝子細工のように繊細で難しい物なのか 僕は一体どうすれば由里子に喜んで貰えたのだろう いくら考えてもその答えは見いだせない見つかりそうもない/
おやじも女の扱いに苦労したんだなと雅和の顔が緩んだ。
日記には卒業後の由里子との関係が詳細に書かれていた。郷里には戻らず塾の講師となった由里子は父柳木沢と愛を育んでいた。卒業から一年が過ぎた頃、由里子の父が突然の心臓発作で他界。帰郷した由里子はそのまま帰ってこなかった。アパートは蛻の殻になっていた。当時の柳木沢と由里子の会話まで記されていた。
「久しぶりに家に帰ってくるね」
「ゆりちゃんずっと働き詰めだったからね のんびり家族に甘えて体を休めて来いよ」
「ありがとう、じゃ柳木沢くん行ってきます」
何ら変わった素振りも見せず郷里に帰った由里子に何が起きたのか父柳木沢は友人に問いただした。口を閉ざしていた由里子の友人が重い口を開いた。
「柳木沢くんには知らせないでと口止めされて黙っていたの」
由里子本人でなく友人から聞かされた父親の死。知らされなかった家庭の事情、由里子の置かれた実状が乱れた文字でこと細かく書かれていた。
雅和は時間も忘れ父柳木沢の日記を読み続けた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる