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追憶
命いのち2
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親父は余命を告げられていた
だから親父は母との復縁を懇願し頭を下げたに違いない
こんなに大きな荷を背負い誰にも言えず苦しんでいたのか
家庭に戻り人が変わったように毎日穏やかな笑顔で過ごしていた親父はひとり恐怖に耐えていたのかも知れない
病室ベッド横の丸椅子に座り父、柳木沢を待つ雅和の心は此処にあらずだった。手を合わせ天を仰ぎ見る母、美沙子の頬に涙の糸がくっきり浮かんでいた。側に歩み寄った雅和は母のその手を包むように強く握り締めた。
夕刻、柳木沢と対面した雅和と母は安堵し病院を後にした。事務所に戻った母は血で染まった床を拭いていた。小刻みに揺れている後ろ姿から涙している様子が伝わってきた。雅和は母の腕を掴み抱きかかえた。
「母さん、もうきれいになってるよ」
「まー君、お母さんここにあった血をふき取ったらあの人・・お父様の生きていた証、命までも消してしまったような気がして・・命に限りがあるなんて嘘よね 何かの間違いよね家族を残しまた何処かへ行ってしまうなんて絶えられないわ あの人が居なくなったら私はどうしたらいいの」
「心配しなくていいよ母さん 親父は生きる、生き続けるよ、ずっとこれからも だから大丈夫だ」
「ううぅぅっ」
堪えていた涙は泉のように溢れだし父の名を呼び母は泣き続けた。母さんは一途に親父だけを愛してきたのだと雅和もまた流れ落ちる涙を止められなかった。
父が入院してから雅和は階下の事務所に毎日顔を出していた。古くからのスタッフに気遣いを見せ労っていた。母に看護の疲れが見て取れると雅和は自分から付き添いを申し出た。
「母さん、行ってくるね」
「まー君、お父様をお願いね」
病室の父は顔を歪めつらそうにしていた。
「親父、体つらいのか」
「大丈夫だ」
「ならいいけど、何かあったら言ってくれよ」
「なあ雅和、皆井くんの事だが やはり僕は言わずにいられないんだ 彼女との事をもう一度考えてくれないか もう一度でいい彼女に向き合ってやれないだろうか 僕が母さんとうまくいかなかったのは相手に向き合い理解しようとしなかったからだ でも僕と母さんのように君と彼女もやり直せる 必ず愛を取り戻せる筈だ 雅和、君の心に愛の欠片が少しでも残っているなら別れるべきじゃない」
「俺と佐知は別れたんだ もう終わったんだ 親父は人の心配してる時じゃないだろ 早く元気になって母さんを安心させてくれよ」
「あぁそうだな でも僕はいや父さんの命はそう長くない 母さんの事は君がいるから安心だ 頼んだぞ雅和、君が僕の子でよかった 父さんと母さんの子に生まれてきてくれてありかとう雅和」
「何を弱気なこと言ってんだ そんなことじゃ病気に勝てないんだぞ 父さんの代わりなんていないんだ 俺じゃなく親父でなけりゃだめなんだ 母さんの気持ちは親父が一番分かってるだろう」
「嗚呼よく分かっているよ でも病気に勝てなかった 悔しいよ父さんは負けたんだ」
柳木沢は堰を切ったように男泣きしその嗚咽は止まらなかった。雅和は初めて見る父の涙に驚愕し震えた。大粒の涙を拭い雅和は歯噛みをして病室を飛び出していた。
「親子なのに何ひとつ、ましな言葉ひとつもかけてやれないなんて・・」
自分が情けなくて悔しかった。屋上のコンクリート床に座りうな垂れ救いを求めるように佐知の名を叫んでいた。
だから親父は母との復縁を懇願し頭を下げたに違いない
こんなに大きな荷を背負い誰にも言えず苦しんでいたのか
家庭に戻り人が変わったように毎日穏やかな笑顔で過ごしていた親父はひとり恐怖に耐えていたのかも知れない
病室ベッド横の丸椅子に座り父、柳木沢を待つ雅和の心は此処にあらずだった。手を合わせ天を仰ぎ見る母、美沙子の頬に涙の糸がくっきり浮かんでいた。側に歩み寄った雅和は母のその手を包むように強く握り締めた。
夕刻、柳木沢と対面した雅和と母は安堵し病院を後にした。事務所に戻った母は血で染まった床を拭いていた。小刻みに揺れている後ろ姿から涙している様子が伝わってきた。雅和は母の腕を掴み抱きかかえた。
「母さん、もうきれいになってるよ」
「まー君、お母さんここにあった血をふき取ったらあの人・・お父様の生きていた証、命までも消してしまったような気がして・・命に限りがあるなんて嘘よね 何かの間違いよね家族を残しまた何処かへ行ってしまうなんて絶えられないわ あの人が居なくなったら私はどうしたらいいの」
「心配しなくていいよ母さん 親父は生きる、生き続けるよ、ずっとこれからも だから大丈夫だ」
「ううぅぅっ」
堪えていた涙は泉のように溢れだし父の名を呼び母は泣き続けた。母さんは一途に親父だけを愛してきたのだと雅和もまた流れ落ちる涙を止められなかった。
父が入院してから雅和は階下の事務所に毎日顔を出していた。古くからのスタッフに気遣いを見せ労っていた。母に看護の疲れが見て取れると雅和は自分から付き添いを申し出た。
「母さん、行ってくるね」
「まー君、お父様をお願いね」
病室の父は顔を歪めつらそうにしていた。
「親父、体つらいのか」
「大丈夫だ」
「ならいいけど、何かあったら言ってくれよ」
「なあ雅和、皆井くんの事だが やはり僕は言わずにいられないんだ 彼女との事をもう一度考えてくれないか もう一度でいい彼女に向き合ってやれないだろうか 僕が母さんとうまくいかなかったのは相手に向き合い理解しようとしなかったからだ でも僕と母さんのように君と彼女もやり直せる 必ず愛を取り戻せる筈だ 雅和、君の心に愛の欠片が少しでも残っているなら別れるべきじゃない」
「俺と佐知は別れたんだ もう終わったんだ 親父は人の心配してる時じゃないだろ 早く元気になって母さんを安心させてくれよ」
「あぁそうだな でも僕はいや父さんの命はそう長くない 母さんの事は君がいるから安心だ 頼んだぞ雅和、君が僕の子でよかった 父さんと母さんの子に生まれてきてくれてありかとう雅和」
「何を弱気なこと言ってんだ そんなことじゃ病気に勝てないんだぞ 父さんの代わりなんていないんだ 俺じゃなく親父でなけりゃだめなんだ 母さんの気持ちは親父が一番分かってるだろう」
「嗚呼よく分かっているよ でも病気に勝てなかった 悔しいよ父さんは負けたんだ」
柳木沢は堰を切ったように男泣きしその嗚咽は止まらなかった。雅和は初めて見る父の涙に驚愕し震えた。大粒の涙を拭い雅和は歯噛みをして病室を飛び出していた。
「親子なのに何ひとつ、ましな言葉ひとつもかけてやれないなんて・・」
自分が情けなくて悔しかった。屋上のコンクリート床に座りうな垂れ救いを求めるように佐知の名を叫んでいた。
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