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追憶

男同士1

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佐知は連日の残業と心労がたたったのか何年かぶりの高熱をだし床についていた。高熱はすぐに引いたが微熱が残り簡単に病状は好転してくれなかった。


「佐知が熱で寝込むのは久しぶりだ 知恵熱にしてはとうが立ちすぎてるな」


「お父さん佐知が苦しんでいる時に知恵熱なんて冗談は止めてください」


「佐知は笑ってたぞ、なあ佐知」


「もう子供じゃないのにお父さんが知恵熱なんて言うから」


「お父さんにとって佐知はいくつになっても可愛い子どもなんだよ」


「佐知、熱がまた上がるといけないから話しは止めて安静になさい」


「うん、身体がつらいから寝る」


「佐知、知恵熱早く下がるといいな」



「お父さん私の熱は知恵熱じゃないって言ったのに。もうお父さんは退場してください」


佐知の熱は心配する家族の笑いの種になっていた。


なにも考えず病状に身を任たのが功を奏したのか佐知の愁色は消えていた。全快すると雷雨の後の晴天のように爽快な気分を味わっていた。仕事にも復帰し休日は自宅の本を片っ端から読みあさっていた。幼少の頃の一番の友達は本だった。嫌なことがあっても本があれば幸せでいられた。成長した今もその感覚は体に残っていた。何ヶ月ぶりかで手にした祖父の古書の一説に目が留まった。


/急ぐなかれ、ただその乱れたる呼吸を整えよ 天の時におのずから動くを解するの機あるべし/


「余計なことを考えるのはやめよう 動くべき時に動けるように。その時はきっと来る」


亡き祖父に背中を押されたような気がした。


あれから柳木沢との連絡も途絶えていた。雅和を失った今、浮かぶは柳木沢の姿。どんなに会いたくてもそれは叶わぬ願いだった。起きた全てを忘れたいと佐知は人の残業まで引き受けがむしゃらに働いていた。柳木沢は静岡に事務所を構えたとかで二度と病院に来ることはなかった。疲れ果てた体は眠りを求め自然にベッドに導いてくれた。そんな日常を淡々と繰り返し/動くを解するの機/を待っていた。



その頃雅和は東京のネオン街にいた。仲間の輪から一人外れ人待ち顔で座っていた。


「雅和誰か待ってるのか、早くこっちに来いよ」


「あんな奴になにを言っても無駄よ、今は放っておくのが一番なの」


仲間を呼び出した張本人が一人片隅で酒を煽り毎度見知らぬ女と姿を消す。そんな雅和に真砂子の堪忍袋が切れた。雅和の隣にファッション雑誌から抜け出したような女がやってきた。二人して店を出ようとしていた。


「雅和ちょっと待ってよ 隣の人は雅和の何なの 知り合いだったら紹介して ねェあなた、この男と知りあってまだ浅いなら早く止めたほうがいいわ 遊びまくって女を泣かせる最低男だから 悪いけど今日は一人で帰ってくれない ゴメンね」


女は繋いだ雅和の手を離すと足早に店を出て行った。雅和は苦虫を潰した顔で真砂子を睨みつけた。


「・・・・・・」


「言いたい事あるなら言いなさいよ 佐知と何があったかは聞かないけど雅和は間違ってるわ 昔も誉めたものじゃなかったけどまだましだったわ」


「うるさい、お前はいつも偉そうに生意気なんだ 出しゃばってほんとうざいんだよ もうかまわないでくれ」


「雅和、あんた本当に最低だよ」


雅和の両手が真砂子の肩に重く圧し掛かった。真砂子はそのまま壁に押され動けなくなった。


「離して 今すぐ手を退かして私から離れなさい」


雅和の手は緩めるどころか力任せに真砂子を苦しめた。


「俺に謝れ、二度と偉そうな口を叩くな」


「お願いやめて、苦しいわ 早くその手を離して 離してって言っているのがわからないの」


「うるさい、だまれ」


「誰か 助けて」


遠くから見ていた仲間達はただならぬ二人の様子に血相を変え飛んできた。龍一の拳が雅和の頬を殴り飛ばしていた。


「雅和帰れ 今日はもう帰ってくれ 一人になって考えろ お前には孤独が必要だ 暫らく俺達の前に顔を出さないでくれ みんな今お前が何かに苛立って苦しんでいるのはわかっているから落ち着いたら会おうぜ 俺たち待ってるから 雅和悪いが今日は帰ってくれ」


「わかった帰るよ 真砂子悪かったな ごめん」


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