31 / 315
追憶
男女の機微8
しおりを挟む「ここがフィリップの書斎なのね…」
セシルに連れられて執務室の中へ入った私は部屋の中を見渡した。セシルの部屋には大きな書棚が幾つも並べられていた。部屋の窓際には大きなマホガニー製の書斎机が2台置かれている。
「え?ひょっとしてエルザはこの部屋に入るのは初めてなのか?」
扉を閉めながらセシルは驚いたように私を見た。
「え?え、ええ。そうなの…」
「結婚して1週間も経つのに?」
「…」
私は黙って頷いた。これでは私とフィリップの夫婦仲がうまくいっていないとセシルにバレてしまうかもしれない。
「…エルザ、ひょっとして…」
フィリップの言葉に思わずピクリと肩が動いてしまった。
「…いや。何でも無い」
そしてセシルは書斎机に向かうと、手にしていたカバンから次々と書類を取り出していく。
「兄さんからこの書斎は自由に使っていいと言われているんだ」
「そうなのね?」
やっぱり、セシルはフィリップから絶大な信頼を得ているのだ。
それに比べて私は…考えると気分が落ち込んでしまう。
セシルの様子を横目で見ながら、改めて初めて入るフィリップの書斎を見渡し…本棚に目を止めた。
「…あら?」
何だろう?見間違いだろうか?
本棚に近づき、私は息を飲んだ。
「ど、どうして…?」
その棚には私がフィリップの為に買った本が3冊並べられていたのだが…全く同じ本が隣に立てられていたのである。
何故?
何故私がフィリップの為に買ってきた本が…2冊ずつあるの…?
「どうかしたのか?エルザ」
気づけば、いつの間にかやってきていたのか背後にセシルが立っていた。
「い、いえ…。同じ本が2冊ずつ並べられているから…」
「あれ?本当だ?何でだろう?でもこの本は兄さんのお気に入りの本だから2冊ずつ買ったのかもしれないな…。元々兄さんは新刊が出ると本屋にお取り置きして貰っていたようだからね」
「そ、そうだった…の…?」
私は並べられている本を眺めながら信じられない気持ちでセシルの話を聞いていた。
もしかして、フィリップは私が本をプレゼントする前から持っていたのだろうか?
『…こんな物の為に…わざわざ出掛けるなんて…』
本を手渡した時フィリップは私にそう、言った。あれは…もしかするとこの本はもう持っているのにわざわざ買ってくるなんて…という意味で言ったのだろうか?
でもこの本を持っているのか、私が尋ねた時フィリップは持っていないとはっきり返事をした。
でも、ひょっとして…わざわざ買ってきた私に気を使って、持っていないと答えたのだろうか…?
「エルザ、大丈夫か?さっきからずっと本棚を見つめているけど…何か他に気になる本でもあったのか?」
不意にセシルに声を掛けられて私は現実に引き戻された。
「あ、いいえ。何でも無いの。ただ、他にどんな本があるのかと思って眺めていただけよ」
「そうか?エルザは読書が好きなんだっけ?何か気になった本があれば借りていけばいいさ」
「そ、そうね…」
セシルはにこやかに言うけれども、今の私とフィリップの仲は最悪の状況の中にある。気軽に本を借りることが出来ない間柄であることを…セシルは何も知らないのだ。
「そんな事よりもセシル、お仕事を始めるのでしょう?私にもお手伝いさせてくれるのよね?少しでもフィリップの助けになりたいのよ」
落ち込んでなどいられない。私はフィリップに認めてもらうように努力しようと決めたのだから。
「ああ、分かった。それならまずは資料整理から覚えてもらおうか?」
「ええ」
私は頷いた。
そう、フィリップに…ほんの少しでもいいから、私は役に立つ妻だと認めてもらいたい。
彼のことが好きだから―。
セシルに連れられて執務室の中へ入った私は部屋の中を見渡した。セシルの部屋には大きな書棚が幾つも並べられていた。部屋の窓際には大きなマホガニー製の書斎机が2台置かれている。
「え?ひょっとしてエルザはこの部屋に入るのは初めてなのか?」
扉を閉めながらセシルは驚いたように私を見た。
「え?え、ええ。そうなの…」
「結婚して1週間も経つのに?」
「…」
私は黙って頷いた。これでは私とフィリップの夫婦仲がうまくいっていないとセシルにバレてしまうかもしれない。
「…エルザ、ひょっとして…」
フィリップの言葉に思わずピクリと肩が動いてしまった。
「…いや。何でも無い」
そしてセシルは書斎机に向かうと、手にしていたカバンから次々と書類を取り出していく。
「兄さんからこの書斎は自由に使っていいと言われているんだ」
「そうなのね?」
やっぱり、セシルはフィリップから絶大な信頼を得ているのだ。
それに比べて私は…考えると気分が落ち込んでしまう。
セシルの様子を横目で見ながら、改めて初めて入るフィリップの書斎を見渡し…本棚に目を止めた。
「…あら?」
何だろう?見間違いだろうか?
本棚に近づき、私は息を飲んだ。
「ど、どうして…?」
その棚には私がフィリップの為に買った本が3冊並べられていたのだが…全く同じ本が隣に立てられていたのである。
何故?
何故私がフィリップの為に買ってきた本が…2冊ずつあるの…?
「どうかしたのか?エルザ」
気づけば、いつの間にかやってきていたのか背後にセシルが立っていた。
「い、いえ…。同じ本が2冊ずつ並べられているから…」
「あれ?本当だ?何でだろう?でもこの本は兄さんのお気に入りの本だから2冊ずつ買ったのかもしれないな…。元々兄さんは新刊が出ると本屋にお取り置きして貰っていたようだからね」
「そ、そうだった…の…?」
私は並べられている本を眺めながら信じられない気持ちでセシルの話を聞いていた。
もしかして、フィリップは私が本をプレゼントする前から持っていたのだろうか?
『…こんな物の為に…わざわざ出掛けるなんて…』
本を手渡した時フィリップは私にそう、言った。あれは…もしかするとこの本はもう持っているのにわざわざ買ってくるなんて…という意味で言ったのだろうか?
でもこの本を持っているのか、私が尋ねた時フィリップは持っていないとはっきり返事をした。
でも、ひょっとして…わざわざ買ってきた私に気を使って、持っていないと答えたのだろうか…?
「エルザ、大丈夫か?さっきからずっと本棚を見つめているけど…何か他に気になる本でもあったのか?」
不意にセシルに声を掛けられて私は現実に引き戻された。
「あ、いいえ。何でも無いの。ただ、他にどんな本があるのかと思って眺めていただけよ」
「そうか?エルザは読書が好きなんだっけ?何か気になった本があれば借りていけばいいさ」
「そ、そうね…」
セシルはにこやかに言うけれども、今の私とフィリップの仲は最悪の状況の中にある。気軽に本を借りることが出来ない間柄であることを…セシルは何も知らないのだ。
「そんな事よりもセシル、お仕事を始めるのでしょう?私にもお手伝いさせてくれるのよね?少しでもフィリップの助けになりたいのよ」
落ち込んでなどいられない。私はフィリップに認めてもらうように努力しようと決めたのだから。
「ああ、分かった。それならまずは資料整理から覚えてもらおうか?」
「ええ」
私は頷いた。
そう、フィリップに…ほんの少しでもいいから、私は役に立つ妻だと認めてもらいたい。
彼のことが好きだから―。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

🍶 夢を織る旅 🍶 ~三代続く小さな酒屋の主人と妻の愛と絆の物語~
光り輝く未来
現代文学
家業を息子に引き継いだ華村醸(はなむら・じょう)の頭の中には、小さい頃からの日々が浮かんでいた。
祖父の膝にちょこんと座っている幼い頃のこと、
東京オリンピックで活躍する日本人選手に刺激されて、「世界と戦って勝つ!」と叫んだこと、
醸造学の大学院を卒業後、パリで仕事をしていた時、訪問先のバルセロナで愛媛県出身の女性と出会って恋に落ちたこと、
彼女と二人でカリフォルニアに渡って、著名なワイナリーで働いたこと、
結婚して子供ができ、翔(しょう)という名前を付けたこと、
父の死後、過剰な在庫や厳しい資金繰りに苦しみながらも、妻や親戚や多くの知人に支えられて建て直したこと、
それらすべてが蘇ってくると、胸にグッとくるものが込み上げてきた。
すると、どこからか声が聞こえてきたような気がした。
それは、とても懐かしい声だった。
祖父と父の声に違いなかった。
✧ ✧
美味しいお酒と料理と共に愛情あふれる物語をお楽しみください。

おれ、ユーキ
あつあげ
現代文学
『さよならマユミちゃん』のその後を描くスピンオフ作品。叔母のマユミちゃんが残してくれた家でシェアハウスを始めた佑樹、だがやってきたのは未知の感染症だった。先の見えない世界で彼が見つけたものとは――?80年代生まれのひりひり現在進行形物語!
風が告げる未来
北川 聖
現代文学
風子は、父の日記を手にしたまま、長い時間それを眺めていた。彼女の心の中には、かつてないほどの混乱と問いが渦巻いていた。「全てが過ぎ去る」という父の言葉は、まるで風が自分自身の運命を予見していたかのように響いていた。
翌日、風子は学校を休み、父の足跡を辿る決意をした。日記の最後のページには、父が最後に訪れたとされる場所の名前が書かれていた。それは、彼女の住む街から遠く離れた、山奥の小さな村だった。風子は、その村へ行けば何か答えが見つかるかもしれないと信じていた。
六華 snow crystal 8
なごみ
現代文学
雪の街札幌で繰り広げられる、それぞれのラブストーリー。
小児性愛の婚約者、ゲオルクとの再会に絶望する茉理。トラブルに巻き込まれ、莫大な賠償金を請求される潤一。大学生、聡太との結婚を夢見ていた美穂だったが、、
その男、人の人生を狂わせるので注意が必要
いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」
「密室で二人きりになるのが禁止になった」
「関わった人みんな好きになる…」
こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。
見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで……
関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。
無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。
そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか……
地位や年齢、性別は関係ない。
抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。
色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。
嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる