涙が幸せの泉にかわるまで

追憶

男女の機微3

「結婚してからあなたはまともに私を見てはくれなかったわ　あなたの目に私の姿は映っていたの　あなたに非がないと思っているなら今まであなたが見てきた私がどんな人間だったのか仰ってみて」


「うるさい黙れ　もう黙っていてくれ朝からグダグダと気分が悪くなる　養われている君はおとなしく従っていればいいんだよ　君が何を言おうが主が右といったら右、左といったら左なんだ」


「やはりあなたは昔と何ひとつ変わらないのね」


「うるさい黙るんだ　君はもう口を開くんじゃない」


「またそうやって逃げるつもりなのですね　向き合って下さる優しさの欠片さえないのですか　私はあなたに愛されていなかったのですね」


「何度も言わせるな　うるさいと言っているのがわからないのか」


「どうしていつもあなたは私から目を背け逃げようとするの」


男女の争う声に起こされた雅和は目を擦りながら階段を下りた。ドアの前で入るタイミングを幾度も逃していたが母の涙声で眠気がいっきに覚めた。　

　

「殴って怒鳴り散らしそれであなたは気が済むのですか　あなたという人がどんどん遠くなって・・悲しすぎます」


雅和は勢いにまかせ乱暴にリビングのドアを開けた。仁王立ちの父を睨みがんを飛ばしていた。


「母さんに手をあげたのか　親父は母さんの気持ち一度でも考えた事があるか　母さんのことなんて何も分からないくせに偉そうなこと云ってんじゃねえよ　家庭も守れない男に母さんの、俺たちの何が分かるんだ　言ってみろよ言えるはずないよな　お前なんか、おまえなんか父親でなきゃよかった」


トーストの香ばしい匂いがたち込めたリビングに雅和の怒号が飛んだ。父に飛び掛かろうとした雅和の前に母は身を挺して立ち塞がった。


「まー君やめて　もうよしましょう」

雅和の父はコーヒー豆が入った容器を感情剥き出しに床に叩きつけそれっきり家に戻らなかった。