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追憶

男女の機微1

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雅和との連絡は途絶え月日だけが流れ佐知は寂しさを募らせていた。その寂しさを埋めてくれる柳木沢は時間を割いていつも快く会ってくれた。二人は互いの心境を隠さず話せる間柄になっていた。

柳木沢との約束の日、ホテルのキーを手にエレベーターから出てくる柳木沢の姿を偶然目にした。


このホテルに泊まっている 家庭に戻ったはずなのに やっぱりそうだったのね


佐知の嫌な予感は当たっていた。


「お待たせしてすみません」


「ぼくもいま着たばかりだ」


「柳木沢さん、もしかして家を出て今度はこのホテルを常宿に?」


柳木沢の手にしたコーヒーカップが心無し揺れていた。


「その唐突な問いに・・君に納得してもらえそうな答えが出てこない、咄嗟には浮かばないが、しかし君はどうしてそんなに勘が働くのかね」


「さっきキーを持った柳木沢さんをお見てしまったので」


「そうか」


「どうして又お一人でここに いつから あっすみません 踏み込み過ぎですよね」


「構わないよ 今さら君に隠し事は不要だろう」


「だったら話して下さい お辛いことを吐き出したら少しは楽になるとおもいます」


「僕はね、家庭も仕事のようにうまくいくものだと思っていた だが蓋を開けて見れば家庭は倒産寸前の会社のようだったよ」


「ご家庭でなにかあったのですか」


「昔から僕は仕事一筋の人間だった 仕事馬鹿で何よりも仕事を優先させてきた 当然家庭は置き去りだった 両親が病気の時も妻が倒れた時も僕は酒を呑んでいた 勿論仕事がらみだよ それが原因なのか一緒に住めるようになったというのに顔を合わせれば、ことごとく僕を責め続ける昔のままの家族がそこにいた 耐えられなかった いや僕は自分の非を反省し耐えた十二分すぎるほどに」


「柳木沢さんを責める気持ちなんてご家族にはなかったと思いますよ 家族だからこそ無意識に遠慮無しの言葉を言ってしまう事もあります 私も家族にキツいこと言ったりしますから」


「その無意識というのが問題なんだ 許すと言いながら結局は許していない証だろう」


「それが家族再生への一歩だと考えること出来ないでしょうか 柳木沢さんは吐きだした家族の積年の思いを・・それを知ることが出来たのですから」


「確かに妻と子にはつらい想いをさせてきたかもしれないが・・しかしそれ以上のものを与えてもきた 今さら何十年も昔の事を言われ続けるのは堪ったもんじゃないよ」 


「わかっているならそれをきちんと奥様やご家族に償えたのですか 昔の事なんて簡単に片付けようとしているからうまくいかないのではないですか」 


「謝罪は十分に済んだと思っていた だから家に戻った だが住み始めた途端、口を開けば昔はこうだった、ああだったと口うるさく僕を責めてきた」


「柳木沢さんにちゃんと話を聞いて欲しいのだと思いますよ 特に女性は黙って聞いて貰えたらそれだけで満足なんです。一度だけでも家族の声に耳を傾けてあげたら状況は変わるかと・・柳木沢さんから受けた積年のすべてを吐き出せたらご家族の気持ちもきっと変わるはずです」


「家庭は君の言う安らぎや癒しの場所どころか僕を苛立たせる場所だったのに今さら家族のご機嫌をとれと言うのか この僕に指図し命令調の口を叩く君はたいそう見上げた女になったものだ」


柳木沢は露骨に嫌な顔を見せた。佐知の目の前に昔の好かない柳木沢が姿を表していた。


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