涙が幸せの泉にかわるまで

寿佳穏 kotobuki kanon

文字の大きさ
上 下
24 / 315
追憶

男女の機微1

しおりを挟む
雅和との連絡は途絶え月日だけが流れ佐知は寂しさを募らせていた。その寂しさを埋めてくれる柳木沢は時間を割いていつも快く会ってくれた。二人は互いの心境を隠さず話せる間柄になっていた。

柳木沢との約束の日、ホテルのキーを手にエレベーターから出てくる柳木沢の姿を偶然目にした。


このホテルに泊まっている 家庭に戻ったはずなのに やっぱりそうだったのね


佐知の嫌な予感は当たっていた。


「お待たせしてすみません」


「ぼくもいま着たばかりだ」


「柳木沢さん、もしかして家を出て今度はこのホテルを常宿に?」


柳木沢の手にしたコーヒーカップが心無し揺れていた。


「その唐突な問いに・・君に納得してもらえそうな答えが出てこない、咄嗟には浮かばないが、しかし君はどうしてそんなに勘が働くのかね」


「さっきキーを持った柳木沢さんをお見てしまったので」


「そうか」


「どうして又お一人でここに いつから あっすみません 踏み込み過ぎですよね」


「構わないよ 今さら君に隠し事は不要だろう」


「だったら話して下さい お辛いことを吐き出したら少しは楽になるとおもいます」


「僕はね、家庭も仕事のようにうまくいくものだと思っていた だが蓋を開けて見れば家庭は倒産寸前の会社のようだったよ」


「ご家庭でなにかあったのですか」


「昔から僕は仕事一筋の人間だった 仕事馬鹿で何よりも仕事を優先させてきた 当然家庭は置き去りだった 両親が病気の時も妻が倒れた時も僕は酒を呑んでいた 勿論仕事がらみだよ それが原因なのか一緒に住めるようになったというのに顔を合わせれば、ことごとく僕を責め続ける昔のままの家族がそこにいた 耐えられなかった いや僕は自分の非を反省し耐えた十二分すぎるほどに」


「柳木沢さんを責める気持ちなんてご家族にはなかったと思いますよ 家族だからこそ無意識に遠慮無しの言葉を言ってしまう事もあります 私も家族にキツいこと言ったりしますから」


「その無意識というのが問題なんだ 許すと言いながら結局は許していない証だろう」


「それが家族再生への一歩だと考えること出来ないでしょうか 柳木沢さんは吐きだした家族の積年の思いを・・それを知ることが出来たのですから」


「確かに妻と子にはつらい想いをさせてきたかもしれないが・・しかしそれ以上のものを与えてもきた 今さら何十年も昔の事を言われ続けるのは堪ったもんじゃないよ」 


「わかっているならそれをきちんと奥様やご家族に償えたのですか 昔の事なんて簡単に片付けようとしているからうまくいかないのではないですか」 


「謝罪は十分に済んだと思っていた だから家に戻った だが住み始めた途端、口を開けば昔はこうだった、ああだったと口うるさく僕を責めてきた」


「柳木沢さんにちゃんと話を聞いて欲しいのだと思いますよ 特に女性は黙って聞いて貰えたらそれだけで満足なんです。一度だけでも家族の声に耳を傾けてあげたら状況は変わるかと・・柳木沢さんから受けた積年のすべてを吐き出せたらご家族の気持ちもきっと変わるはずです」


「家庭は君の言う安らぎや癒しの場所どころか僕を苛立たせる場所だったのに今さら家族のご機嫌をとれと言うのか この僕に指図し命令調の口を叩く君はたいそう見上げた女になったものだ」


柳木沢は露骨に嫌な顔を見せた。佐知の目の前に昔の好かない柳木沢が姿を表していた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

🍶 夢を織る旅 🍶 ~三代続く小さな酒屋の主人と妻の愛と絆の物語~

光り輝く未来
現代文学
家業を息子に引き継いだ華村醸(はなむら・じょう)の頭の中には、小さい頃からの日々が浮かんでいた。 祖父の膝にちょこんと座っている幼い頃のこと、 東京オリンピックで活躍する日本人選手に刺激されて、「世界と戦って勝つ!」と叫んだこと、 醸造学の大学院を卒業後、パリで仕事をしていた時、訪問先のバルセロナで愛媛県出身の女性と出会って恋に落ちたこと、 彼女と二人でカリフォルニアに渡って、著名なワイナリーで働いたこと、 結婚して子供ができ、翔(しょう)という名前を付けたこと、 父の死後、過剰な在庫や厳しい資金繰りに苦しみながらも、妻や親戚や多くの知人に支えられて建て直したこと、 それらすべてが蘇ってくると、胸にグッとくるものが込み上げてきた。 すると、どこからか声が聞こえてきたような気がした。 それは、とても懐かしい声だった。 祖父と父の声に違いなかった。 ✧  ✧ 美味しいお酒と料理と共に愛情あふれる物語をお楽しみください。

おれ、ユーキ

あつあげ
現代文学
『さよならマユミちゃん』のその後を描くスピンオフ作品。叔母のマユミちゃんが残してくれた家でシェアハウスを始めた佑樹、だがやってきたのは未知の感染症だった。先の見えない世界で彼が見つけたものとは――?80年代生まれのひりひり現在進行形物語!

風が告げる未来

北川 聖
現代文学
風子は、父の日記を手にしたまま、長い時間それを眺めていた。彼女の心の中には、かつてないほどの混乱と問いが渦巻いていた。「全てが過ぎ去る」という父の言葉は、まるで風が自分自身の運命を予見していたかのように響いていた。 翌日、風子は学校を休み、父の足跡を辿る決意をした。日記の最後のページには、父が最後に訪れたとされる場所の名前が書かれていた。それは、彼女の住む街から遠く離れた、山奥の小さな村だった。風子は、その村へ行けば何か答えが見つかるかもしれないと信じていた。

六華 snow crystal 8

なごみ
現代文学
雪の街札幌で繰り広げられる、それぞれのラブストーリー。 小児性愛の婚約者、ゲオルクとの再会に絶望する茉理。トラブルに巻き込まれ、莫大な賠償金を請求される潤一。大学生、聡太との結婚を夢見ていた美穂だったが、、

その男、人の人生を狂わせるので注意が必要

いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」 「密室で二人きりになるのが禁止になった」 「関わった人みんな好きになる…」 こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。 見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで…… 関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。 無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。 そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか…… 地位や年齢、性別は関係ない。 抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。 色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。 嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言…… 現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。 彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。 ※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非! ※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大人への門

相良武有
現代文学
 思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。 が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。  

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...