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治療班 2
しおりを挟む'これは思った以上にひどい状態だな'
オリバーは最も重症な人たちを見て顔を背けそうになる。
体は黒紫色に変色し、異臭を放っている。
アイリーンがすぐさま顔の周りに水の結界を張ってくれたおかげで匂いはしなくなったが、もし後5秒遅かったら間違いなく耐えきれず吐いていた。
「とりあえず、お嬢様が言ったとおりにしましょう。ルュールュエ殿は建物を。アイリーンはお風呂の用意をお願いします」
オリバーがルュールュエに「殿」をつけてアイリーンを呼び捨てにしたのには訳がある。
一応、アイリーンは下級の水の妖精という設定になっているのと、同じ主人に仕える者なのに殿や様をつけるのはおかしいので呼び捨てにしてくれと本人から言われたからだ。
アイリーンの正体を知らない男爵夫妻や使用人、騎士たちは呼び捨てにしているという理由もある。
ルュールュエはその理由を聞かされたときアイリーンがいいならと納得したが、自分だけ「殿」をつけられ、主人がつけられない状況に申し訳なく感じて俯いてしまう。
だが、やることが多すぎてすぐにそんな暇はなくなった。
「ノエル様。私たちは建物の中に彼らを入れて行きましょう」
オリバーはルュールュエが水魔法で作った建物の中に領民を運んでいく。
ノエルも同じように領民を運んでいく。
中に入るとベッドが人数分用意されていて、風呂の用意ができるまでの間、そこに寝かす。
その間にオリバーはアスターとルネが屋敷に戻ったときに持ってきた石鹸と大量の服を出した。
全て出し終わるとアイリーンが「準備できた」と飛んできたので、順番に風呂に入れていく。
女性はアイリーンが、男性はオリバーとノエルの2人係で洗っていく。
その間、ルュールュエは大量のセイレーンの鱗と他の薬草を使った薬を作る。
作り方はシオンに教えてもらったので、それに従って作っていく。
といっても、この建物にいる領民たちにはシオンが作った薬で足りるので急いで作らなくても、風呂から上がったらすぐに使えるので問題はない。
各自が己の役割を果たすため最善を尽くす。
全員を風呂に入れ終わったのは、それから3時間後だった。
スカーレット領とは違い、ここは風呂に入る習慣はないからか、呪いとは関係なく体はとても汚かった。
石鹸を使ってるのに泡立たない。
洗っても洗っても汚れが落ちず大変だった。
途中からアイリーンは魔法を使って彼らを綺麗にしてから、体を洗い、お湯につからした。
全員を洗い終えるのに3時間もかかったため、その途中に侯爵が指示を求めにきた。
正直ノエル、一人に風呂の手伝いをさせるのは心配だったが、拙いながらも一生懸命洗う姿に任せても大丈夫だと思い、オリバーは治療の仕方や指示を出すために一旦、建物から出て重症患者がいる建物へと向かう。
やることはさっきまで自分たちがやっていたことと変わらない。
まずは風呂に入れる。
風呂に入る習慣のないものにとって、いきなり体を洗えと言われるのは難しい。
特に重症患者は自分で歩けないため、誰かに洗ってもらわなければならない。
他人に裸を見られるだけでも恥ずかしいのに、洗われるなど更に嫌だろう。
だが、体を綺麗にしてもらわなければ困る。
風呂に入るようになってから、その前までの自分がどれだけ汚く病気になりやすかったのか知った後では「嫌なら無理に入らなくていいですよ」とは言えない。
呪いにかかり、体が弱った上に汚く、呪いとは関係なく病気で死にそうになっているのを見た以上「恥ずかしいからなんだ?死ぬよりマシだろ。無理にでも入れ!」と引きずってでも入れてやるくらいの勢いで入れるよう指示を出す。
それを聞いていたフリージア家に仕える者たちはオリバーの気迫に圧倒され、言われた通り引きずってでも絶対に風呂に入れようと誓った。
洗い方や石鹸の使い方を教えてもらった使用人たちは、建物の中にある風呂場へと患者を連れて行き、嫌がる彼らを無理矢理風呂に入れ体を洗っていった。
最初は嫌がっていた人たちも体が綺麗になっていき、お湯に浸かったときの何とも言えない気持ちよさに、最後は風呂っていいなと思うようになっていた。
なにより、今まで臭かった自分の体から石鹸のいい匂いがして、気分がよくなり、また入りたいと思った。
一度やってやり方を覚えた使用人たちはコツを掴んだのか、そこからは迷うことなくどんどん領民たちを洗っていく。
全員を洗い終えるのに7時間もかかり、その日は倒れるように眠りについた。
時は少し遡る。
コツを掴んだ使用人たちを見て、ここは自分がいなくてもいいと思ったオリバーは、侯爵夫妻と騎士、数人の使用人を引き連れて重症患者がいる建物から出る。
今から侯爵たちには領民たちの食事を作ってもらう。
自分たちが持ってきた材料で簡単に大量に作って消化にいいものは一つしかない。
「ノエル殿。これから、我々は何をすれば?」
侯爵が一人で黙々と準備をするオリバーに話しかける。
「侯爵様たちには今からご飯を作ってもらいます。簡単なので皆さんでもすぐ作れます」
「すぐって、そんな簡単に料理はできないのでは?」
使用人の一人が自分たちにもできるのか心配で、つい口から出てしまう。
他の者も「材料がないのにどうやって作るんだ」と非難するような声を上げる。
ずっと動いているのでお腹が空いているせいか、苛ついて、つい口調が荒くなる。
呪われたせいで、せっかく収穫したものは駄目になった。
取り寄せようにも怖がって誰も近寄らない。
そんな状況で碌な材料もないのに、どうやって料理を作るというのか。
領民のほとんどは何日も食べられない状況が続いている。
何も知らない男爵家の執事が、といった批判するような目で使用人たちはオリバーを見る。
オリバーはそんな彼らの視線に気づいていたが、気にした素振りを見せず材料を取り出していく。
「あれは小麦粉か?」
使用人の一人が袋に入った大量の小麦粉を見て呟く。
「多くないか?」
別の使用人が小麦粉の入った大量の袋を見て顔を引き攣らせる。
「小麦粉がこんなにあったからって何になる」
吐き捨てるように1人の騎士が言う。
「ノエル殿。一体何を作るおつもりですか?」
助けてもらっている立場なのに、自分の使用人たちのせいで空気が悪くなり、申し訳なく思いながら侯爵は尋ねる。
オリバーはそれを聞いて笑顔で答える。
「うどんです」
オリバーが口にした料理は、ローズが初めて作った料理の名前だった。
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