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治療班
しおりを挟む「侯爵様。あと少しで皆、街から出ますが、避難場所は……」
騎士の1人が侯爵に話しかける。
領民、全てを非難させるための建物がない。
あるとしたら、侯爵家くらいだが、一介の騎士が貴族の屋敷を避難場所にしようとは言えず、それ以上は続けられなかった。
「屋敷に連れて行こう」
侯爵はそう言ったが、同じタイミングで「私が作りましょう」と誰かが言ったため、騎士には何と言ったのか聞こえなかった。
だが、侯爵にははっきりと聞こえた。
ーー私が作りましょう、と。
侯爵は声が聞こえた方を振り向くと、そこには息子のノエルとスカーレット家の執事のオリバーと水の妖精2人がいた。
侯爵は嫌と言うほど息子の声を聞いてきたので、今言ったのはノエルではないとすぐにわかったが、他の3人は今日初めて会ったのでどんな声かは、まだ覚えていないのでわからなかった。
だから、今言ったのは誰なのか尋ねようとしたが、それより先に「私が作ります。避難場所を」とルュールュエが言った。
少し時を遡って、4人が侯爵の前に現れる前、ローズからまずは避難場所を作れと指示を受けていた。
なのでルュールュエは言われた通り魔法で避難場所を次々と作っていく。
さすが、上級水の妖精。
水が建物に変わっていく。
アイリーン以外の周囲の者たちは、あまりに凄すぎる魔法に驚きすぎて言葉を失う。
'これが上級。なら、それより上の妖精王は?一体どれくらい強いんだ?'
オリバーはルュールュエの魔法を見て、アイリーンの強さが自分が想定していた遥か上のことに驚きを隠せなかった。
だが一番は、そんなアイリーンと契約したローズの凄さにだった。
昔は人のために動いたり、誰かに慕われたりするような人ではなかった。
それが、いきなり変わった。
おかしくなったのはいつからだ、とオリバーは記憶を引っ張り出し思い出すが、同時に忘れたいほど嫌な記憶も思い出してしまった。
半年前にローズにコルセットをつけられ、苦しい思いをしたことを!
思い出しただけで体が締め付けられ、吐きそうになる。
オリバーは口を手で押さえ、口から出そうになるのを無理矢理飲み込む。
'はぁ。思い出しただけで気分が……'
嫌な汗が出てきて、何もしてないのに3日間、一度も休憩せず働き続けたみたいに疲れた。
「これで足りますか。一応、軽傷、中等症、重症の3つで建物を分けました。さらに、そこから症状で分けられるよう部屋を多く作りましたが、まだあった方がいいでしょうか?」
ルュールュエはローズに言われた通り部屋の多い三つの建物を作ったが、フリージア領にいる人の人数がわからないため、足りているのか、いないのかわからず、侯爵に尋ねる。
「いえ、大丈夫です。これで全員避難できます。本当にありがとうございます」
侯爵はルュールュエに話しかけられてようやく我に返り、慌ててお礼を言う。
ルュールュエが魔法で作った建物は3つとも全てフリージア家の屋敷と同じくらいの大きさで、侯爵は改めて妖精がどれだけ人間より強い存在なのかを認識した。
「そうですか。良かったです」
侯爵に大丈夫と言われ、ルュールュエはもう一つ作ろうとしていたのをやめる。
「それで、先ほどおっしゃっられていた症状の基準ですが、どのようにして見分けるのでしょうか」
どこからが重症で、どこから軽傷、中等症なのか侯爵たちにはわからない。
指示をもらってばかりで侯爵は自分の不甲斐なさに恥ずかしくなるが、今は一人でも多くの命を救うのが先決のため、恥を忍んで尋ねる。
「それは……」
ルュールュエ自身も症状をわける基準がよくわからないため、説明ができるオリバーに助けを求める。
「それは私からご説明します」
ルュールュエの助けを求める目に気づき、オリバーは一歩前にでながら言う。
侯爵はその声を聞いて、ルュールュエからオリバーに視線を移す。
「まず軽傷は一人で歩ける人達を基準にしてください。中等症は他人の力を借りれば歩ける人達を、重症は歩けない者たちを基準にしてください。その中から、さらに基準にわけていきますが、まずはこの3つに分けて皆さんを建物の中に移動させてください。我々は重症の中でも最も危険な人たちの治療に今から当たりますので、こちらは侯爵様にお願いしてもよろしいでしょうか」
オリバーはローズから言われた内容を簡潔にして指示を出す。
「ああ。もちろんだ。こちらこそよろしく頼みます」
侯爵はオリバーに色々聞きたかったが、今は1秒でも惜しいため、全てが終わってから聞こうと、自分にできることをする。
「では、我々も行きましょう」
侯爵を見送ってからオリバーたちは重症者たちの元へと向かう。
その者たちはまだ建物に入れられてはいない。
自力で移動できないため少し離れた荷馬車に放置されている。
最も危険な者たちのため、一緒にいれば呪いをうつされかねないので誰も近寄ろうとしない。
いくらルネに呪いを無効化にする魔法をかけてもらったとはいえ、ルネの正体を知らないフリージア家に仕える者たちは誰一人、彼らを手当しようとはしない。
侯爵だけはずっと気にかけ、何度も安否を確認していたが、彼らだけを見るわけには行かないし、治療方法をわからないので何もできなかった。
それは仕方ないことなのでオリバーは何も言わなかった。
もし、自分が同じ立場だったら侯爵のようにできたかわからないし、使用人たちのようにしていたかもしれない。
でも、今の自分の立場は違う。
悪魔の王の魔法で守られ、妖精王が力を貸してくれ、最も信頼できる主人の知識がある。
オリバーは主人の信頼に応えるためにも、必ず彼らを救うと意気込んで荷馬車に近寄る。
「侯爵様。あそこに行かせて大丈夫なのですか?公子様も行かれてますが……」
使用人の一人が荷馬車に近づいていくオリバーたちを見て、正気の沙汰ではないと顔を背けながら言う。
「あの者たちはローズ嬢の指示に従っているのだろう。彼女が大丈夫と判断したのだから、きっと大丈夫なのだろう」
侯爵のその言葉を聞いた使用人は「なぜ、侯爵様はあんな小娘の言葉を信じるのだ。たかが、男爵令嬢の分際で侯爵様に命令するなど……!」と自分の仕える主人を階級の低い貴族の娘の言うことを聞く姿に耐えられなかった。
何より、侯爵の彼女を信じて疑わない目が気に食わなかった。
もし、最悪な結果になりノエルが命を落とすかもしれないと思うと胸が張り裂けそうになるくらい痛かった。
「すまないな」
使用人はいきなり侯爵に謝罪され、慌てて顔を上げる。
侯爵の顔は何とも言えない辛そうな表情で、使用人は自分のことだけを考えていたことをひどく恥じた。
'私はなんて醜いのだろう。侯爵は領民のために頑張っているのに、私は公子様のことしか考えてなかった'
使用人は侯爵の顔が見れず俯く。
「今は彼女たちを信じるしかない。私たちは私たちにできることをしよう」
侯爵の声はとても柔らかくて温かく優しい声だった。
使用人は目頭が熱くなり、涙が出そうになるのを必死に何とか耐え、震える声で「はい」と返事をし、今の自分にできることを精一杯やろうと誓う。
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