上 下
66 / 81

不憫の王様

しおりを挟む

この世界の住人に悪魔の王様といえば誰かと尋ねたら、真っ先に思い浮かべるのは炎と氷の地獄をおさめる2人だろう。

獄炎王と獄氷王。

名前は人間たちには知られてないが、どういう存在かは知っている。

どちらとも冷酷無慈悲で残虐。

落ちてきた人間を容赦なく痛ぶる悪魔の王だと。

ノエルは「悪魔の王様」という言葉を聞いて真っ先に2人の悪魔を思い浮かべた。

どんな容姿かは知らないが、きっと大人でも泣き喚くくらい怖い顔なはずだと信じて疑わず、想像で悪魔の王を作り上げる。

想像だけでも怖くて心臓を鷲掴みにされたような感覚になる。

息が上手くできず倒れそうになったそのとき、ルネが目に入った。

ローズに「悪魔の王様」と呼ばれた手の平サイズの小さい黒い鳥が。

「……」

ルネを見た瞬間、急に馬鹿らしくなった。

上手く吸えなかった息も普通に吸えるようになった。

'はぁ。馬鹿馬鹿しい。こんなチビドリが悪魔の王なわけない。俺はいったい何を怖がっているんだ'

ノエルは眉間によった皺を伸ばしながら、数回頭を横に振る。

そんなノエルを見たルネは自分が馬鹿にされていることに気づき、こう言った。

「主人。あいつ燃やしていいか」

もちろん死なない程度に手加減はするつもりではある。

「絶対駄目」

私はルネの要求を笑顔で拒否する。

「……」

ルネは拒否されたのでノエルに対して何もできないため、苛立ちをぶつけるものがなくなり、短い手で頭を抱えながら声にならない叫びを上げながら怒りを和らげようと、その辺を飛び回った。

'悪魔の王の威厳も血に落ちたわね。あ、元悪魔の王か'

私は奇妙な行動をするルネを見て、これが私の命を守る1人なのかと思うと悲しくなり、額に手を添えながらため息を吐いた。

今度ルネには教育をしないといけないな、と思いながら先程のノエルの問いを無視するわけにはいかず答える。

今のルネの姿を見て本物の悪魔の王とは思わないだろう。

冗談と思うはずだ。

だが、万が一という可能性もある。

それに、今は大丈夫でも遠くない未来で「ん?」と思い始め、ルネを疑うかもしれない。

悪魔と契約した人間と言われるのは困るので、今のうちにしっかりとノエルは「ただの口だけ鳥」という印象を植え付けておかないといけない。

そう考えた私はノエルにこう言った。

「これが悪魔の王様に見えるか?」

親指でルネを指しながら、呆れた表情をして言う。

「見えない」

ノエルは即答する。

それにルネは血管がピキッとなり破裂しそうになる。

'あっ、怒った'

ルネの纏う雰囲気が変わったことにシオンが気づく。

'よくわかってるじゃない。そいつは元悪魔の王であって今は違うわ。見えなくて当然よ'

アイリーンはノエルの態度に気分が良くなり、何度も頷き、ルネは悪魔の王ではないと言う意見に賛同する。

「つまりはそういうことよ」

私はルネの纏う雰囲気が変わったことに気づいていたが、即答してくれてありがとうとノエルに心の中でお礼を言う。

'いや、どういうことだ?'

ノエルは「そういうこと」と言われても意味がわからず首を傾げる。

「何?わからないの?これだから馬鹿は……」

私は今日何度目かわからないため息を首を横に振りながらまた吐き、ノエルに近づき小さな声でこう言った。

「いい。あの子はね、将来、自分が悪魔の王様になれると思ってるのよ。だから、悪魔の王様って呼ばれたがるの。わかるでしょう。そういう時期なのよ」

「そういう時期か……」

ノエルはルネを見ながら呟く。

'そんな目で俺を見るな!'

ルネはノエルのなんとも言えない温かい目を向けられ、とうとう我慢の限界に達した。

自分は本当に悪魔の王なのに、それを毎日妄想するおかしな鳥にされ許せなかった。

高貴で誰もが恐れる存在であるのに、今では……

落ちぶれた自分の姿にルネは怒りを覚える。

「ふざけるな!俺様は獄炎の王、ルネだぞ!妄想でも何でもない、本物の悪魔の王だ!」

ルネは馬鹿にした2人に向かってそう叫び、悪魔の炎、黒い炎を喰らわせてやろうと魔法を発動させたかったが、ノエルの後ろから般若の顔した主人が「余計なことは言うな。わかってるよな」と顔で訴えかけられ、追い打ちをかけるように「け・い・や・く」と口パクで脅され、我慢するしかなかった。

怒りをどこにも向けることができなくなったルネは頭の中で、馬鹿にした2人を地獄の拷問で痛めつけた。

2人の泣き叫びながら助けを請う姿を想像すると、ほんの少しだけ怒りがおさまったが、それだけでは許せないので絶対に今日の屈辱を忘れるような仕返しをすると誓う。

「……ってことなので、もしまた悪魔の王様的なのを聞いても無視してくれると助かるわ」

私は「頼む。このまま騙されてくれ」と祈る。

「ああ。もちろんだ」

ノエルは今の話を信じたのか「心配するな。俺は大人だからな。そういう対応をしよう」という顔をする。

その表情を見た私は「うん。こいつが馬鹿で助かったわ」と安堵のため息を吐く。

これで、もしまた失言したとしても誤魔化せる、と。

「ご理解感謝します」

普通なら「悪魔に憧れるなんて不吉だ」という反応が起こってもおかしくないのに、ノエルが馬鹿だからか、騙されてくれて本当に助かった。

'ああ。理解するとも。悪魔のような人間に仕えるなら、悪魔の王を目指すのは部下として当然のことだからな'

ノエルはルネがなぜ悪魔の王になりたいのか考えられる理由は一つしか無いと思い至り、なんて健気で可哀想なのだと同情、尊敬、憐れみ、主君に対する忠誠心に感動したような、いろんな感情がごちゃ混ぜになった目で見つめた。

自分にもいつかそんな存在に出会えたらいいなと思うも「この女だけは絶対に嫌だ」とそれ以外の人がいいと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

処理中です...