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しおりを挟む「なぜだ?」
ルネが呟く。
「おかしい。解けるはずなのに……」
シオンは眉間に皺を寄せる。
「どうして……?」
アイリーンは瞬きを何度もする。
「……」
状況が理解できないオリバーは何も言わず見守る。
「お嬢様。これはどういうことでしょうか?」
アスターが尋ねる。
「どうもこうも、見たまんまよ。答えは簡単。ノエルを襲ったセイレーンの血はなかったってことでしょ」
難しく考えすぎよ、とアスターに言う。
「いなかったって……それなら彼は……」
助からないのか、と声には出さなかったが顔に出してしまう。
アスターのその表情を見たノエルは、自分はもう助からないのだと絶望するが、すぐに新たな一筋の光が差し込んだ。
「問題ないわ。さっきから、本当に難しく考えすぎよ。もっと簡単に考えなさい」
「……?」
私の言葉に全員が首を傾げる。
「あんたたちの方にいなかったんなら、私たちを襲った方にいるかもしれないでしょう」
セイレーンの山を指差す。
'ああ、なるほど'
それを聞いて5人は確かにその通りだなと思った。
「というわけで、ノエル君」
私は笑顔でノエルの方を向く。
ノエルは私の笑顔を見るなり肩をビクッと揺らし、逃げようとするが足に力が入らなかった。
次に何を言われるか予想でき、全身から嫌な汗が出る。
「おいで」
「……」
甘ったるい声にいい笑顔を向けられたノエルは意識が飛びそうになるも、このまま意識を飛ばせば、また殴られるのでなんとか耐え、手招きに促されるまま近づく。
「はい。飲んで」
私は1匹のセイレーンの血をコップに入れて渡す。
「ありがとうございます……」
ノエルは引き攣った笑みをしながら受け取ったコップの中に入っている血を飲むが、人間には戻らなかった。
「あら~、これじゃなかったか。オリバー、アイリーン」
二人は私に名を呼ばれると、それだけで何をするべきかわかったのか「はい」と返事をしたあと、オリバーは違うコップに別のセイレーンの血を入れ私に渡し、アイリーンはノエルからコップを受け取り水で洗ってからオリバーに渡した。
それを29回繰り返したが、ノエルは人間に戻らなかった。
その結果にシオンは自分の考えが間違っていたのかと困惑し、ルネは余計なことをさせやがってと怒り、アスター、アイリーン、オリバーはノエルに同情する。
アイリーンは妖精を呼びますか、と言おうとしたが、ノエルの表情が気になり口を噤んでしまう。
'まだ、大丈夫だ'
ノエルは最後のセイレーンの血を入れられたコップを飲み干し、体が元に戻らなかったときは絶望したが、そのときあることを思い出した。
ローズに襲いかかったセイレーンが砂の中に埋められていることに!
そのことを彼女が忘れているなんてことはないだろう、と思いながらノエルはチラッとローズを見る。
ローズもそのことを思い出したのか、セイレーンを埋めたところへと向かっていた。
「お嬢様?」
アスターがどっかに向かっていくローズを見て首を傾げる。
「何をするんです……か!?」
砂の中に手を入れて何をするんだと見ていたら、手が出てきて驚いて声が裏返る。
手から少しずつ引っ張られて全身が見えるようになり、埋まっていたのがセイレーンだとわかり、ホッと安堵すると同時に、なぜそんなところに埋めているんだと呆れて何も言えなくなる。
「オリバー」
私はセイレーンを砂から引き摺り出し、オリバーからコップを受け取る。
オリバーがコップを渡すと「なぜここに埋めたんですか?」とみんなを代表して尋ねる。
「埋めたわけじゃないわ」
そう。埋めたわけではない。
海の中で水魔法、水拳をくらわせたら勢いよく砂の上に落ちた。
落ちた衝撃で砂は上へと飛んだ。
そのあと砂は下に向かっていきセイレーンの上に落ちていった。
つまり、私は埋めてない。
まあ、ところどころセイレーンの体が見えていたから砂を上に置いたりはしたが、埋めようとしたわけでないから嘘はついていない。
私はそう自分に言い聞かせて、笑顔でオリバーにそう言った。
「……」
オリバーは私の言葉を疑うも、口では勝てないためそれ以上は何も言わない。
「さてと、これが最後のセイレーンの血よ。味わって飲んでね」
私は笑顔でコップをノエルに渡す。
それを聞いたアスターはローズがそのセイレーンがノエルを襲ったセイレーンだと気づいていたということに気づいた。
'なぜ?そんなことを?'
ノエルを助けようとしたはずなのに、なぜわざわざ600匹のもののセイレーンの血を飲ませたのか理解できなかった。
気づいていたのなら、最初から飲ませればいいのに。
なぜ、そんな嫌がらせを?と、そこまで考えてアスターは答えに辿り着いた。
嫌がらせをするためにわざと気づいていないフリをしていたことに。
いつノエルを襲ったセイレーンを特定したのかわからない。
ただ、花のように可憐な笑顔をノエルに向けるローズを見て「物凄く怒ってるな」ということだけはわかった。
それ以上は考えても、ノエルが人間に戻れるのは変わらないし、600匹に近いセイレーンの血を飲んだ事実は変わらないので、自分は何も気づいていないと知らないフリをすることにした。
「あ、ありがとうございます」
ノエルは遠目でもわかるくらい手が震えていた。
それを見たアスターは「これが駄目だったら人間に戻れないと思って震えているんだな」と緊張で顔が強張り手が震えているんだと思った。
緊張するだけ無駄だ、と思いながら黙って見守る。
ノエルがゆっくりと最後のセイレーンの血を飲むと、体が銀色の光を発した。
「うわぁ!」
ノエルは自身の体から銀色の光が発し出して驚いて変な声を出し、コップを落としてしまう。
下が砂だったため割れることはなかったが、なかなかおさまらない銀の光に慌てて、その場を走り続けているとつまづいて転けてしまう。
「……」
目の前でノエルの奇妙な動きを見ていた私は「本当にこいつがフリージア侯爵の息子なんだよな?」と今日何度目かわからない同じ疑問が浮かんだ。
「お嬢様。ノエル様の体が元に戻っています」
一番最初にノエルの体が元に戻ったことに気づいたオリバーが言う。
その声で私は上に向けていた視線を下に向けオリバーを見ると、全裸の男が目にはいった。
転けたせいで砂の上にうつ伏せで寝ているような格好なので後ろだけ見えた。
私は人間に戻ったノエルを見て、最初に思ったのは'これ元の世界だったら逮捕されるやつだな'だった。
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