上 下
60 / 81

セイレーン

しおりを挟む

「うーん。いい加減鬱陶しいな。この歌声。大して上手くもないし」

私はノエルのお腹から降りて立ち上がると、ずっと聞こえていたセイレーンの歌声に文句を言う。

「……!」

ノエルは今の発言に目を見開く。

誰が聴いてもきこえてくる歌声は上手だ。

それを彼女は上手くないと言った。

耳がおかしいのか、頭がおかしいのか、ノエルには判断がつかなかったが、わかったことが一つだけあった。

目の前の女性を普通の人間の常識で測ってはいけない、理解しようとしてはいけないということだ。

「おい。てめぇ、今めちゃくちゃ失礼なこと考えてるだろ」

私は長年、詐欺師として生きていたからか人が何を考えているか表情から簡単に読み取れる。

だから、ノエルが何も言ってなくても表情から何を考えているかわかった。

「……!」

ノエルは慌てて視線を横にずらす。

言われた通り失礼なことを考えていたため、焦って全身から冷や汗が流れ出す。

また殴られるのかと身構えるが、わざとらしいため息が聞こえてきただけで何もされなかった。

ホッと安堵するが、目で「次はないからな」と訴えかけられ、首がもげるのではと思うくらい縦に何度も振った。

「それよりも、なんでうちの領地にセイレーンがいるんだ?アイリーンの調査では危険な魔物はいないはずだったんだけどな……全く困ったな」

'それが困った人間のする顔か?'

「目を輝かせてるくせに何言ってんだ?言葉と表情が噛み合ってないぞ」とノエルは呆れるが、これは言っては駄目なやつだと思い黙って見守ることにした。

「さてさて、どうしたものか。セイレーンの倒し方なんて知らないが……まぁ、なんとかなるか」

私は歌声のする方へと向かう。

私にはセイレーンが怖くて逃げないといけない魔物でなく、金になる生き物にしか見えてなかった。

だからか、恐れることなくセイレーンに歩み寄れたのは。

後ろでノエルが「馬鹿!戻れ!死ぬ気か!」と叫んでいるのは聞こえたが、無視してセイレーンに近づく。

セイレーンとの距離があと1メートルというところで止まり笑顔を向ける。

セイレーンは歌い続け近づくよう命じるが、私がそれ以上近づくことはなかった。

不審に思ったセイレーンは警戒するも、私が攻撃を仕掛けないのをみると、徐々に警戒を解いた。

フッと妖しく笑うとセイレーンは顔を変えた。

腰まであった青いウェーブの髪は艶のある真っ黒なストレートに変わり、瞳の色も同じように青から黒へと変わった。

肌の色は変わらず白いままだったが、顔は驚くほど変わった。

先程のセイレーンは可愛い顔立ちだったが、今は美しい顔立ちだ。

遠くから見ていたノエルは私の目の前にいる黒髪美人に一瞬で心を奪われた。

数時間前に会った人こそ理想の相手、運命の人だと感じていたのに、それを超える美人が現れて驚きを隠せないでいた。

だが、ノエル以上に驚きを隠せない人物がいた。

セイレーンの変わった顔を見て!

その顔はこの世界にきて、ローズ・スカーレットに憑依する前の、元の世界で花王美桜として生きてきた、本当の私の顔だったから。

'ああ、そうよ。私の本当の顔はこうだった。相変わらず、美しいわ'

私は本当の自分の顔を久しぶりに見てうっとりした表情を浮かべる。

自分で言うのもなんだが、と思いながら絶世の美女だと思っていた。

セイレーンはそんな私を見て「馬鹿だな」と笑っていたが、急に左頬に強烈な痛みが走り、気がついたら砂の上に倒れていた。

何が起きたかわからず左頬に手を添えながら「え?」と間抜けな声を出しながら顔を上げる。

すると、ゆっくりとこちらに向かってくる般若の顔したものが近づいてきているのが見え、情けない悲鳴をあげてしまう。

理解できなかった。

セイレーンは人の心を読み、愛するものの姿、理想な姿を知り変身できる。

セイレーンは今、人間の女の心を読んだ。

愛するものの姿はなかったが、理想とする姿を知ることができ、それに変身した。

間違いなく喜んでいたのに、それなのにどうして殴られたのか。

今まで食べてきた人間たちは全員、変身した姿を見ると喜びながら近づいてきた。

だから、今回も近づいて油断しているところで海に引き摺り込もうと思っていたのに、なぜか自分が陸に上がらされた。

そもそも、なぜ怒っているのか理解できなかった。

セイレーンは変身した顔が誰のものか知らないため、殴られたことに困惑するのも無理はない。

セイレーンが今変身している姿が目の前にいる人間の本当の姿だとは知らない。

だから、勝手に使われて怒っているとは想像もできない。

'はぁ。全く、勝手に人の顔を使っておいて、その程度なの?私はもっと美人よ!やっぱり、同じ顔でも人が違えば印象も変わるのね'

私は深くため息を吐きながら、勝手に人の価値を下げたセイレーンに大して怒りが湧いてくる。

「悪く思わないでね。先に殺そうとしたのはあんた。これは立派な正当防衛。心配しなくていいわ。お仲間の人たちも、みんなすぐにあんたと同じところに行くからさ」

そう言うと私は魔法でセイレーンを殺そうとするが「待って!お願い!私の話を聞いて!」とセイレーンに訴えられる。

それを聞いて話を聞くか悩んだが、4人が帰ってくるまで暇なので、暇つぶしに話ぐらい聞いてやるかと魔法を中断すると、セイレーンの顔が歪み「みんな!今よ!」と叫んだ。

'あ、やっちゃった'

そう思ったときには遅かった。

セイレーンたちの水魔法で抵抗する暇もなく海の中へと引き摺り込まれた。

私に殴られたセイレーンは恨みを晴そうと口を大きく開け、尖った牙で私を噛み殺そうとしたが、水の妖精王、直々に教えてもらった魔法を逆にお見舞いする。


水魔法 3の舞  水拳


この魔法はその名の通り、水で作った拳を相手にぶつけるだけのものだ。

ただ、これはアイリーンが作った魔法なので、普通の水魔法より威力が強烈だ。

私は一発したか放たなかったが、アイリーンなら余裕で1秒に1万回放つことができる。

これを食らったセイレーンは血を吐きながら、また陸へと上がる。

ただ、今回は強烈な一撃を食らったため意識を失ったので自力で海に戻るのは不可能になった。

「さてと残りもアイリーン直伝の魔法で終わらしますか」

ザッと見た限りセイレーンの数は30前後。

普通なら勝つのは無理だ。普通なら。

残念ながら私は普通ではない。

妖精王、悪魔の王、冬の王と契約し、加護を受けている。

そのため、彼らより弱い存在の攻撃など効かない。

それに今回の戦闘は水の中。

アイリーンの加護を受けている私は水の中での戦闘は陸の時より、10倍強くなる。

もちろん、他の2人の炎と冬の時も同じく強くなるが。

とにかく、今回の戦闘は例えセイレーンの数が100だろうが、1000だろうが負ける可能性は限りなくゼロに近い。

アイリーン直伝の魔法を使わなくても勝てる自信がある。

'まぁ、使うけどね'

獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、と言う言葉があるように、例え勝つのが決まっていても全力で相手するのが礼儀というものだ。

私はセイレーンたちに笑いかける。

'くらいやがれ。クソどもが!'

そう心の中で呟いたのと同時に魔法を発動させる。

水魔法 17の舞  龍の鉄槌


魔法陣から水の龍が現れ、セイレーンたちに襲いかかる。

全員、成す術もなくやられ、そのまま陸にあげられた。



※※※



同じ時刻のその頃の4人は、ようやくフリージア領地の近くの海についていた。

少し離れたところからでもフリージア領地の不穏な空気を感じ取れた。

特に墨でも入れたのかと疑いたくなるほど海が真っ黒だった。

緑に囲われた美しさが自慢の領地とは思えないほど枯れていて、4人は思った以上に深刻だなと感じていた。

だからといって何かするわけではない。

これは領地が絡む問題だ。

勝手なことはできない。

そんなことをすればスカーレット家に迷惑がかかる。

この現状を知って何もできないことに、アスターとアイリーンは心を痛める。

命令されていない以上、勝手なことはできない。

ルネとシオンは悪魔だからか、元々助けるつもりなどなかった。

もし、2人が助けようと言ったら反対するつもりだった。

命令されてないことをしたら悪魔のような凶悪な顔で怒られ、ご飯を没収されるおそれがあったから。

結局、2人は「助けよう」とは言わなかったのでその心配は危惧に終わった。

言われたことだけをやろうとセイレーンを探そうとしたそのとき「ご主人様が魔法を使った」とアイリーンが言った。

それを聞いた3人は「だから何だ?」と思った。

悪魔の王と冬の王を脅して契約させるような奴が死ぬとでも?

ましてや妖精と悪魔の王たちの加護を受けた人間が?

心配するだけ無駄だと、3人はセイレーン探しを開始する。

アイリーンはそんな3人に少しは心配する気持ちはないのか?と怒りを露わにするが、ルネに「お前、主人のこと信用してないのかよ」と馬鹿にされ、腹を立てるがその通りだと思い、今は命令されたことを優先させるべきだと思い直す。

それに、さっさと任務を終わらせれば帰れると考え。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

カメリアの王〜悪女と呼ばれた私がゲームの悪女に憑依してしまった!?〜

アリス
ファンタジー
悪女。それは烙印。何をしようと批判される対象。味方は誰もいない。そんな人物をさす。 私は大人気ゲームをしているうちに悪女に設定されたレイシーに同情してしまう。そのせいかその日の夢でレイシーが現れ、そこで彼女の代わりに復讐することを約束してしまい、ゲームの世界に入ってしまう。失敗すれば死は免れない。 復讐を果たし死ぬ運命を回避して現代に戻ることはできるのか? 悪女が悪女のために戦う日々がいま始まる! カクヨム、なろうにも掲載中です。

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...