6 / 7
腕相撲
しおりを挟む「なぁ、俺もやってもいいか」
アンはニッコリと笑いながら手を挙げる。
相手に舐められるように、いつもアジュガがやるような爽やかな笑みを浮かべるが、それは彼がやるからそうなるのであってアンがやると普通よりもかなり気持ち悪い笑みになった。
「ええ。もちろんですよ」
今のアンは勇者としての格好ではなく、そこら辺にいる町人Aみたいだから、司会者は「いいかもがきた」と内心ほくそ笑む。
「本当ですか。ありがとうございます。さっききたばかりでルールがよくわからないんですが、普通の腕相撲でいいんですか?」
「はい。そうです。ルールは普通です。ただ、これは賭け勝負なので普通とは違いお金が発生します。お兄さんが勝てば金貨100枚を差し上げます。ただし、お兄さんには参加費として金貨1枚いただきます。どうしますか?やりますか?」
金貨1枚は平民にはなかなか手に入らない。
だが、絶対手に入らないというわけでもない。
頑張れば手に入る。
アンたちからすれば金貨100枚など、これまで成果で簡単に手に入るしろものだ。
大したことではないが、平民は違う。
喉から手が出るほど欲しい大金だ。
だから本来なら金貨1枚は大金で使うのを躊躇うが、自分より弱そうな相手を倒せば金貨100枚貰えるとなれば喜んで使う。
現に彼らはそうやって平民たちの心を利用し、金貨27枚を手に入れた。
汗水垂らしてもなかなか手に入らない大金をたったの30分程度で手に入れた。
ずる賢いとは正にこのことだ。
「はい。もちろん。やります」
'喜んでこの勝ち戦やってやるよ'
アンはニヤリと笑い、金貨1枚を司会者に渡す。
その金貨を見てシラーは慌ててポッケに入れていた財布を確認するも、そこに財布はなかった。
気づかないうちにアンに取られていたのだ。
「あいつ!」
怒りが湧き起こるもすぐに治る。
アンなら勝ちは確定だし、何よりイカサマしている連中にむかついていたのでいい薬になるだろうと思い、今回は勝手に財布を盗んだこと許すことにした。
「では、皆さん。新たな挑戦者が現れましたので、勝負を再開したいと思います。皆さんはどちらが勝つと思いますか?無敗を誇る甘いマスクで女性を虜にするウィルか、それとも挑戦者か。支配を始める前にどちらに勝つか賭けてください」
司会者の選手説明を聞いたアンは「おい、俺のときもあいつと同じように説明しろよ」と堂々と自分達の選手だけを目立たせるやり方に怒りが湧き上がってくる。
'ああ、あの男、終わったな'
司会者のせいで相手選手の手が使い物にならなくなるな、とシラーは思う。
いや、それだけではない。
周りの声援もほぼ相手選手のものでアンのは一つもない。
これが男性だけならアンは怒らないが、女性の声援なら話しは別だ。
シラーはチラッと視線をアンに戻す。
悔しいのか、羨ましいのか、憎いのか、どんな感情でそうなるのかわからないが、顔を見る限りいい感情でないのは確かだ。
こうなればアンは絶対にどんな手を使っても相手選手を倒す。
シラーは迷うことなくアンに賭ける。
アンに財布は取られたが、へそくりように隠していたものを全て賭けに使う。
挑戦者に賭けたのはシラー、ただ一人だけ。
「本当にそっちでいいのか」と何度も心配されたが、シラーからすれば「あなた達こそそっちで本当にいいのか」と聞きたかった。
もちろん、教えるつもりなどはないが。
「時間です。賭け時間は終了です。おっと、なんと驚きです。無敗男ではなく挑戦者にかけた方がいるではありませんか。勇気がありますね。もちろん、挑戦者が勝つ可能性もあるので望みは捨てないでください」
司会者は仲間が負けるとは微塵も思ってなく、アンを煽りまくる。
'は?上等だ。クソヤロー。本気でやってやる'
アンはずっと笑顔でいるが、今の司会者の言葉で血管がきれるのではと思うほど怒りで浮き上がっていた。
'アホだな。あの司会者。よっぽど勝つ自信があるのかもしれないけど、相手がアンであるなら、それは無理だぞ。なんせ、あいつは魔王のペットとして有名なケルベロスを片手で持ち上げ投げつけれるほどの怪力だからな。まぁ、倒すときは剣使ってたけど'
仲間を応援したいのはわかるがやりすぎだと思う。
負けたとき恥をかくのは司会者でなく、顔に自信のある男になるのだから。
シラーが対戦相手に同情しているうちに司会者が進行をしていた。
「では、試合を始めます。お二方はこちらの机に近づいてください」
司会者に言われ二人は近づく。
アンは左側、イケメンは右側に立つ。
「では、お互い手を置いて握り合ってください」
言われた通り向き合って手を握る。
司会者が握り合った二人の手の上に手を置く。
アンはそのとき、違和感を覚えたが特に体に異常が出るわけでもないので放っておくが、何故目の前の男が自分より強靭な男に勝つことができたのか気づいた。
魔法を使っているからだと。
発動しているのは司会者だ。
手を置かれた瞬間、右手に違和感を感じたのは多分痺れ魔法をかけられたからだ。
魔族と普段戦うアンからしたら一般人の魔法など、胸の大きい女性を見て鼻血を出す程度の怪我だ。
大したことではないが、一般人相手なら痺れ魔法は効果的だ。
'よかったよ。お前らがとことんクズで。お陰で容赦なく潰せるよ'
アンは司会者と相手に優しく笑いかけるが、本人の意思とは裏腹に凶悪な笑みになっていた。
'こわっ!え?なに?なんでこの人こんな顔なの?もしかして、この人そっち系の人?'
相手はアンの笑みに戦意がすっかり喪失するも、司会者に足を踏まれなんとか魔法があるから大丈夫だと言い聞かせるも怖すぎてそれどころではなくなっていた。
司会者が「はじめ!」と合図を出し無敗の王は力を振り絞る。
それと同時に服の下に隠している魔法道具を発動させ、力を倍増させる。
他の仲間たちの引力魔法で勝つよう何重にも細工していた。
相手が誰だろうと勝ちは確定している。
それなのに……
負けるはずなどあり得ないのにどうしてだ?
どうして俺は今、地面に倒れているんだ?
男は自分に何が起きたのか全く理解できなかった。
気がついたら視界がひっくり返り「あ、空綺麗だな」と思った瞬間、背中と右手に痛みが走った。
「なぁ、これ俺の勝ちだよな」
急に空が真っ暗になったと思ったら、凶悪な笑みと共にそんな声が聞こえた。
その声でこれは現実なんだと思い知らされた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

天才魔法使いは戦士学科に入って人類最強を目指す!?
アリス
ファンタジー
天才魔法使いマリアは魔法学科に入りたかったが、祖父のフェンネルにうまいこと丸め込まれ、戦士学科に入ることになった。
人類最強になるため、戦士として毎日訓練に励むが何故か毎回事件に巻き込まれる。
最初は何で戦士学科に!と思っていたが、なんだかんだ楽しんでいる。
目標は魔王を目指し、この世界の全ての人間に自分を認めさせることだが、今だけは学校生活を少しだけ楽しもうかなと訳あり少女の物語です。
カクヨム・なろうにも掲載中です。

世界最強ハンターは日本の女子高生!?
アリス
ファンタジー
突如目の前に現れたウィンドウ。
そこにはレベルアップできるチャンスが与えられた、と意味不明なことが書かれていた。
正直迷惑極まりない、最悪だ、と思うもゲームから逃げることは絶対にできない。
言われた通りモンスターと戦って倒す以外生き残る道はない。
主人公の牡丹桃莉(ぼたんとうり)は平和な日常に戻るため、全力でゲームクリアを目指す。
果たして牡丹桃莉は日常に戻れるのか?
そのために世界を救うことができるのか?
これは何に対しても面倒くさくて剣道以外本気でやらない女子高生がゲームしたいくうちに覚醒し、無双していく物語です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
辺境の鍛治職人は、契約期日迄に鍛治技術を極めたい。
アノマロカリス
ファンタジー
俺の名前は、テルヤ=ザイエンジ30歳。
名前から分かる通り、地球出身の日本人だ。
テルヤ=ザイエンジは、あくまでもこの異世界での名前であり…
在園路 瑛夜が日本での名前である。
そんな俺が、何故異世界にいるのかというと…?
このフェフスガルドという異世界の天界に召喚されたのだ。
…と言っても、ラノベでよくある異世界召喚や異世界転移で城に呼び出されたのでは無い。
まずは神々が集う天界に呼ばれ、そこの老神に先人達である同郷の日本人達が魔王ディグスランゼスと呼ばれる魔王を討伐する為の武器を製作して欲しいという話だった。
…というか、こう言った異世界召喚の場合…神々達から聖剣を与えられるものでは無いのか…普通は?
ところが、この世界に魔王が出現したのは今回が初めてでは無い。
大体300年周期で出現すると言う話だった。
以前までは、異世界召喚で呼ばれた異世界人の勇者には、神々から与えられた聖剣を渡していたのだが…?
神から与えられた聖剣も万能では無い。
八代目の魔王迄には効果があったのだが、対抗策を身に付けたのか…九代目からは聖剣の効果が薄くなり、今後の対策として、十代目の魔王からは地上の鍛治職人が創り出した技術の武器でなんとか撃退をして貰っていた。
だが、時代の流れの所為なのか…?
現在の鍛治職人達が創り出した武器では、とても魔王討伐が可能とは思えない程に衰退してしまっていて、ならば…勇者以外に新たに鍛治職人を地球から呼び出そうとして、瑛夜が召喚されたのだった。
神々達も魔王を倒してくれる者達の選考は、疎かにはしていない。
勇者達は正義感の強い若者達が選ばれた。
そして鍛治職人には厳選なる選考の末に、在園路家第二十七代刀工士の瑛夜が呼び出されたのだった…のだが?
この辺は神の誤算的部分があった。
瑛斗は刀鍛冶士の家系だけど、刀匠ではなく、刀工である。
※この世界では、刀工は刀匠より下の立場という意味である。
刀造りの技術は有してはいるが、まだ師匠から認められた訳では無い。
瑛夜よりも上の刀匠を呼びたかったが、その刀匠の年齢が年配過ぎて耐えられないと思っての瑛斗だったのだった。
果たして瑛夜は、魔王を倒せられる様な武器を作り出す事は出来るのだろうか?
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる