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腕相撲
しおりを挟む「なぁ、俺もやってもいいか」
アンはニッコリと笑いながら手を挙げる。
相手に舐められるように、いつもアジュガがやるような爽やかな笑みを浮かべるが、それは彼がやるからそうなるのであってアンがやると普通よりもかなり気持ち悪い笑みになった。
「ええ。もちろんですよ」
今のアンは勇者としての格好ではなく、そこら辺にいる町人Aみたいだから、司会者は「いいかもがきた」と内心ほくそ笑む。
「本当ですか。ありがとうございます。さっききたばかりでルールがよくわからないんですが、普通の腕相撲でいいんですか?」
「はい。そうです。ルールは普通です。ただ、これは賭け勝負なので普通とは違いお金が発生します。お兄さんが勝てば金貨100枚を差し上げます。ただし、お兄さんには参加費として金貨1枚いただきます。どうしますか?やりますか?」
金貨1枚は平民にはなかなか手に入らない。
だが、絶対手に入らないというわけでもない。
頑張れば手に入る。
アンたちからすれば金貨100枚など、これまで成果で簡単に手に入るしろものだ。
大したことではないが、平民は違う。
喉から手が出るほど欲しい大金だ。
だから本来なら金貨1枚は大金で使うのを躊躇うが、自分より弱そうな相手を倒せば金貨100枚貰えるとなれば喜んで使う。
現に彼らはそうやって平民たちの心を利用し、金貨27枚を手に入れた。
汗水垂らしてもなかなか手に入らない大金をたったの30分程度で手に入れた。
ずる賢いとは正にこのことだ。
「はい。もちろん。やります」
'喜んでこの勝ち戦やってやるよ'
アンはニヤリと笑い、金貨1枚を司会者に渡す。
その金貨を見てシラーは慌ててポッケに入れていた財布を確認するも、そこに財布はなかった。
気づかないうちにアンに取られていたのだ。
「あいつ!」
怒りが湧き起こるもすぐに治る。
アンなら勝ちは確定だし、何よりイカサマしている連中にむかついていたのでいい薬になるだろうと思い、今回は勝手に財布を盗んだこと許すことにした。
「では、皆さん。新たな挑戦者が現れましたので、勝負を再開したいと思います。皆さんはどちらが勝つと思いますか?無敗を誇る甘いマスクで女性を虜にするウィルか、それとも挑戦者か。支配を始める前にどちらに勝つか賭けてください」
司会者の選手説明を聞いたアンは「おい、俺のときもあいつと同じように説明しろよ」と堂々と自分達の選手だけを目立たせるやり方に怒りが湧き上がってくる。
'ああ、あの男、終わったな'
司会者のせいで相手選手の手が使い物にならなくなるな、とシラーは思う。
いや、それだけではない。
周りの声援もほぼ相手選手のものでアンのは一つもない。
これが男性だけならアンは怒らないが、女性の声援なら話しは別だ。
シラーはチラッと視線をアンに戻す。
悔しいのか、羨ましいのか、憎いのか、どんな感情でそうなるのかわからないが、顔を見る限りいい感情でないのは確かだ。
こうなればアンは絶対にどんな手を使っても相手選手を倒す。
シラーは迷うことなくアンに賭ける。
アンに財布は取られたが、へそくりように隠していたものを全て賭けに使う。
挑戦者に賭けたのはシラー、ただ一人だけ。
「本当にそっちでいいのか」と何度も心配されたが、シラーからすれば「あなた達こそそっちで本当にいいのか」と聞きたかった。
もちろん、教えるつもりなどはないが。
「時間です。賭け時間は終了です。おっと、なんと驚きです。無敗男ではなく挑戦者にかけた方がいるではありませんか。勇気がありますね。もちろん、挑戦者が勝つ可能性もあるので望みは捨てないでください」
司会者は仲間が負けるとは微塵も思ってなく、アンを煽りまくる。
'は?上等だ。クソヤロー。本気でやってやる'
アンはずっと笑顔でいるが、今の司会者の言葉で血管がきれるのではと思うほど怒りで浮き上がっていた。
'アホだな。あの司会者。よっぽど勝つ自信があるのかもしれないけど、相手がアンであるなら、それは無理だぞ。なんせ、あいつは魔王のペットとして有名なケルベロスを片手で持ち上げ投げつけれるほどの怪力だからな。まぁ、倒すときは剣使ってたけど'
仲間を応援したいのはわかるがやりすぎだと思う。
負けたとき恥をかくのは司会者でなく、顔に自信のある男になるのだから。
シラーが対戦相手に同情しているうちに司会者が進行をしていた。
「では、試合を始めます。お二方はこちらの机に近づいてください」
司会者に言われ二人は近づく。
アンは左側、イケメンは右側に立つ。
「では、お互い手を置いて握り合ってください」
言われた通り向き合って手を握る。
司会者が握り合った二人の手の上に手を置く。
アンはそのとき、違和感を覚えたが特に体に異常が出るわけでもないので放っておくが、何故目の前の男が自分より強靭な男に勝つことができたのか気づいた。
魔法を使っているからだと。
発動しているのは司会者だ。
手を置かれた瞬間、右手に違和感を感じたのは多分痺れ魔法をかけられたからだ。
魔族と普段戦うアンからしたら一般人の魔法など、胸の大きい女性を見て鼻血を出す程度の怪我だ。
大したことではないが、一般人相手なら痺れ魔法は効果的だ。
'よかったよ。お前らがとことんクズで。お陰で容赦なく潰せるよ'
アンは司会者と相手に優しく笑いかけるが、本人の意思とは裏腹に凶悪な笑みになっていた。
'こわっ!え?なに?なんでこの人こんな顔なの?もしかして、この人そっち系の人?'
相手はアンの笑みに戦意がすっかり喪失するも、司会者に足を踏まれなんとか魔法があるから大丈夫だと言い聞かせるも怖すぎてそれどころではなくなっていた。
司会者が「はじめ!」と合図を出し無敗の王は力を振り絞る。
それと同時に服の下に隠している魔法道具を発動させ、力を倍増させる。
他の仲間たちの引力魔法で勝つよう何重にも細工していた。
相手が誰だろうと勝ちは確定している。
それなのに……
負けるはずなどあり得ないのにどうしてだ?
どうして俺は今、地面に倒れているんだ?
男は自分に何が起きたのか全く理解できなかった。
気がついたら視界がひっくり返り「あ、空綺麗だな」と思った瞬間、背中と右手に痛みが走った。
「なぁ、これ俺の勝ちだよな」
急に空が真っ暗になったと思ったら、凶悪な笑みと共にそんな声が聞こえた。
その声でこれは現実なんだと思い知らされた。
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