上 下
1 / 7

逸話

しおりを挟む

この世には魔王を倒そうとして旅立った勇者一行は数多く存在する。

1000年の時が経つもいまだに誰1人魔王城まで到達するものは存在しなかった。

だが、あるとき1人の青年が立ち上がった。

その者は皆から「奇跡の男」「人類の救世主」と呼ばれ、唯一魔王を倒せる者ではないかと人々に希望をもたらした。

噂によれば旅立つ前、あるちょっとした2つの話がある。

一つ目は、彼が16歳のときのことだ。

そのときの彼は大陸一の厳しい学校に在籍していた。

名はアヴニール学校。

そこは勇者、戦士、僧侶、魔法使いを育成する学校だ。

通い始めて2年目。

暑い季節が過ぎ去り少し肌寒い季節になり、年に一度の収穫祭を祝う祭りが行われたある日のことだ。

その日は学校近くの街で大勢の人が集まりにぎわっていた。

できたての美味しい料理の匂い、どこからか聞こえてくる音楽、見たこともない珍しい商品、どこを見渡しても人々の笑顔に溢れた街だった。

今年も例年と変わりなく楽しい日が過ごせると誰もが信じて疑わなかった。

だがそのとき、急に空が何かに覆われ太陽が消え、あたり一面が暗くなった。

雲が太陽を隠したのだろう、そう思い1人の女性が誰よりも早く空を見上げると、そこにいたのは凶悪な顔したドラゴンだった。

女性はドラゴンだとわかった瞬間、腰が抜けてその場に座り込み恐怖で体が震えた。

隣にいた女性が友達の様子がおかしいことに気づき心配で駆け寄り、どうしたのかと聞くが友達は「あ……あ……」と天を見上げるだけで説明しようとはしない。

一体空がどうしたんだ?と思いながら見上げるとドラゴンが目に入り、気づけば悲鳴を上げながらその場に座り込んだ。

女性の悲鳴で周囲にいた者たちはいち早くドラゴンに気づき悲鳴をあげながら逃げ出す。

逃げながら「ドラゴン」という単語が何度も出てきたため、すぐに街中にドラゴンが現れたことが知れ渡った。

誰もがドラゴンに殺されたくはない。

生きていたい。

そう思って逃げるも、パニックになった民衆に正しい判断など下せるわけもなく、ただドラゴンから逃げるのに必死だった。

ドラゴンが地面に降り、尻尾で建物を破壊する。

破壊された建物が逃げる人々の上に落ちる。

たった一振りで大勢の人が死んだ。

誰もがもう無理だと思った。

全員が死を覚悟したそのとき、1人の青年がドラゴンの前に立った。


「彼は何をしてるだ?」

「何故あんな無謀なことを?死にたいのか?」

「勇気と無謀の違いもわからないとは……早く逃げなさい!君ではドラゴンには勝てない!」


誰もが青年がドラゴンに殺されると思った。

巨大な相手にちっぽけな人間が勝てるわけないと諦めていた。

何とか助かろうとほとんどのものが逃げようとするなか、たまたまドラゴンが降り立った近くにいた人間はどうあがいても逃げきれないと判断しその場に立ち尽くし、ことの経緯を見守っていた。

青年はゆっくりと剣を抜いた。

ドラゴンは口を大きく開け、炎を吐き出した。

ドラゴンの炎は一回で町を焼き尽くすことができると言われているため、炎が見えた瞬間青年以外のものは死を覚悟し目を瞑った。

だが、待てど待てど熱いものが迫ってこない。

何故だ?

そう思いゆっくりと目を開けるも、目を瞑る前と大して変わらない。

「いったい何が?」

1人の男性が呟くと近くにいた老人がその問いに答えた。

「斬った」

「斬った?なにをですか?」

女性が尋ねる。

女性も炎を見た瞬間、目を瞑ったので何が起きたのかわかっていない。

「……炎をじゃ」

老人は自分で言っていても信じられなかった。

老人は例え最後に見たのが炎になるとしても目を瞑らず、この光景を目に焼きつくそうとして目を閉じなかったわけではない。

あまりに残酷な出来事にただ呆然と眺めていただけだった。

そのお陰で唯一何が起きたのか見れた。

ドラゴンが炎を吐き出すと青年は左足から右斜め上に剣を振り上げ、炎を風圧で吹き飛ばした。

あまりの風圧にドラゴンは口を開け続けることができず仕方なく閉じた。

「……」

周囲の者は老人の言葉を信じられなかったが、そうでもしなければ今頃自分たちは死んでいたはずだと思い信じることにした。

それにもし老人の言っていることが本当なら彼が、もしかしたらドラゴンを倒してくれるかもしれないと淡い期待をもてた。

青年はゆっくりとドラゴンに近づく。

ある程度まで近づくとドラゴンから攻撃を仕掛けた。

青年はそれを交わし攻撃しようとしたが、尻尾が目の前に現れ、慌てて体を捻り何とか回避する。

青年とドラゴンの動きが早すぎて周囲の者は何が起きているのか一切わからなかった。

ただ、青年がドラゴンと戦っているということしか。

次に青年を見つけたときはドラゴンの首が落ちていた。

時間にすれば数秒程度だが、ドラゴンの恐怖のせいでその場で見守っていた人たちには何時間にも感じた。

その恐怖が首から離れたドラゴンの頭を見て解放されると次の瞬間、大歓声が上がった。

人々は大喜びでその青年に近づきこう言った。


「君はとても勇敢だ!」

「ありがとう!君は命の恩人だ!君がいなければこの街は終わっていた!本当にありがとう!」


人々はさっきまでの態度とは一変する。

一瞬で手のひらを返した。

人間がドラゴンに勝つなど不可能に近いためしかたないと言えばそれまでだが、自分たちが同じ立場だったらどうか少しは考えるべきだ。

青年はそんな彼らに何を思ったのか、一言も発さず、ただ笑顔を浮かべていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気相手は母でした。

木山楽斗
恋愛
婚約者であるリビルト様が浮気していることは、前々から薄々感じ取っていた。 その証拠を掴もうと彼をつけた私は、おぞましい場面を目撃してしまった。 それは、リビルト様の浮気の現場だ。 ただ単なる浮気なら、私も納得するだけだっただろう。問題だったのは、リビルト様の浮気相手である。 彼と楽しそうに話しているのは、間違いなく私の母親だった。 リビルト様は、私の実の母親と浮気していたのである。 二人の人間から同時に裏切られた私は、深い悲しみに襲われた。 しかし私は程なくして別の感情を覚えた。勝手なことばかりする二人に、怒りが湧き上がってきたのだ。 決して二人を許さない。私はそれを心に誓って、行動を開始するのだった。

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?

あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」 「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」 「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」 私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。 代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。 お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。 ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい? お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?

そんなに私の事がお嫌いなら喜んで婚約破棄して差し上げましょう!私は平民になりますのでお気になさらず

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のサーラは、婚約者で王太子のエイダンから冷遇されていた。さらに王太子はなぜか令嬢たちから人気が高かった事から、エイダンに嫌われているサーラは令嬢たちからも距離を置かれている。 そんなサーラの唯一の友人は、男爵令息のオーフェンだ。彼と話している時だけが、サーラが唯一幸せを感じられる時間だった。 そんなある日、エイダンが 「サーラと婚約破棄をしたいが、その話をするとサーラがヒステリックに泣き叫ぶから困っている」 と、嘘の話を令嬢にしているのを聞き、サーラはさらにショックを受ける。 そもそも私はエイダン様なんか好きではない!お父様に無理やり婚約させられたのだ。それなのに、そんな事を言うなんて! よし、決めた!そこまで言うなら、何が何でも婚約破棄してもらおうじゃない!そしてこんな理不尽な貴族社会なんて、こっちから願い下げよ!私は平民になって、自由に生きるわ! ついに立ち上がったサーラは、無事王太子と婚約破棄し、平民になる事はできるのか?

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

世の令嬢が羨む公爵子息に一目惚れされて婚約したのですが、私の一番は中々変わりありません

珠宮さくら
恋愛
ヴィティカ国というところの伯爵家にエステファンア・クエンカという小柄な令嬢がいた。彼女は、世の令嬢たちと同じように物事を見ることが、ほぼない令嬢だった。 そんな令嬢に一目惚れしたのが、何もかもが恵まれ、世の令嬢の誰もが彼の婚約者になりたがるような子息だった。 そんな中でも例外中のようなエステファンアに懐いたのが、婚約者の妹だ。彼女は、負けず嫌いらしく、何でもできる兄を超えることに躍起になり、その上をいく王太子に負けたくないのだと思っていたのだが、どうも違っていたようだ。

【完結】消えた姉の婚約者と結婚しました。愛し愛されたかったけどどうやら無理みたいです

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベアトリーチェは消えた姉の代わりに、姉の婚約者だった公爵家の子息ランスロットと結婚した。 夫とは愛し愛されたいと夢みていたベアトリーチェだったが、夫を見ていてやっぱり無理かもと思いはじめている。 ベアトリーチェはランスロットと愛し愛される夫婦になることを諦め、楽しい次期公爵夫人生活を過ごそうと決めた。 一方夫のランスロットは……。 作者の頭の中の異世界が舞台の緩い設定のお話です。 ご都合主義です。 以前公開していた『政略結婚して次期侯爵夫人になりました。愛し愛されたかったのにどうやら無理みたいです』の改訂版です。少し内容を変更して書き直しています。前のを読んだ方にも楽しんでいただけると嬉しいです。

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?

miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」 2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。 そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね? 最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが 彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に 投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

処理中です...