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姉、帰還
しおりを挟む2週間後。
姉が帰ってきた。
楓は両親と共に姉を出迎えたが、姉をみた瞬間、何故か嫌な予感がした。
勘としかいいようがないが、碌なことを考えていないような気がした。
「水仙(すいせん)。おかえり。よく耐えた。私はお前が誇らしいよ」
父親は微笑む。
「本当に誇らしいわ。水仙」
母親も同じように微笑む。
「ただいま帰りました。お父さま。お母さま」
水仙は笑う。
だがその笑みが、楓には気持ち悪くて見るに耐えなかった。
その後は、姉の帰還と登殿を祝って祝賀会が開かれた。
美味しい料理を食べられるのはいいが、水仙の気持ち悪い笑みをこれ以上見てられなくて、楓は途中で退席した。
「ふぅ。どこの世界にきても私は姉妹には恵まれないのね」
帰ってきてからの姫の姉の鋭い目つきを思い出し、妹のことを思い出す。
二年経ったいま顔はもう思い出せないが、それでも自分を睨みつける、あの目だけは忘れなかった。
うんざりしてため息を吐くと、急に目の前に黒い物体が現れた。
「あら、またきたの?」
青い紐をつけた一羽の烏に話しかける。
一年前、くわの下敷きになっているところを助け、怪我が治るまで面倒みていたら、二週間に一回のペースで楓に会いにきた。
毎回一輪の花を加えて。
そんな姿が忠犬ハチ公みたいに見えて、楓は五回目のときに青い紐をプレゼントした。
名前も知らない烏はそのプレゼントが嬉しかったのか「カァ、カァ」と鳴き、羽をバタバタさせ踊り出した。
紐を加えて巻いてくれてせがむ姿はとても愛らしかった。
陰陽師として生きてきた楓は烏に抵抗はなかった。
使役していたわけではないが、陰陽師と烏は長く深い付き合いがある。
その歴史を知っているから、人間より信用できて好きだった。
今は姫の両親のお陰で人間も嫌いではない。
元の世界で楓によくしてくれた人は一人だけだった。
友達もいたが、楓が陰陽師だと言うことは知らない。
何人か知っているものはいるが、友達という関係ではなかった。
唯一優しくしてくれた人は楓が17歳のとき、今の姫と同じ年齢のときに死んだ。
知り合って5年だったが、楓はその人のことが好きだった。
ここまで強くなれたのもその人のおかげだ。
早く元の世界に戻って墓参りしたいが、まだ先になりそうだ。
楓は烏の頭を撫でながら早く戻りたいと強く願った。
「カァ」
烏は楓に枝を渡す。
今日は桜だった。
屋敷内の桜の木にはまだ花が咲いていない。
この桜の花は早咲き桜の河津桜だと一目見て気づいた。
「ありがとう。大事にするわ」
楓がそう言うと烏は「カァ。カァ」と鳴いた。
今日は特に話すこともないので、いつもより早く楽器を演奏することにした。
今日の気分は琴なので、部屋の中に烏も入れる。
「おいで」
楓は部屋に入ってすぐ立ち止まったままの烏を隣にくるよう、床を叩く。
烏は呼ばれて嬉しそうにトタトタと歩きながら近づいてくる。
楓は烏が隣に座ったのを確認すると演奏を始める。
元々、この体の持ち主の姫はよく琴や笛、三味線を一日中演奏することもあったので、楓がそうしてもおかしくはない。
ただ、楓と違って姫の実力は中の中くらいだったので、彼女がこの世界で初めて琴を弾いたときは、みんな驚きすぎて目を見開いて固まっていた。
今では楓の演奏が姫の実力として定着しているので問題はないが、少しだけ姫に大して申し訳なく感じる。
「じゃあ、またね」
演奏を止め、烏にお別れの挨拶をする。
空がもう少しで真っ暗になる時間帯の前にいつもお別れする。
「カァ。カァ」
烏が何を言っているのか全くわからないが、多分「また来る」と言っているように思う。
毎回別れのたびに、同じように鳴くのだからそう思っても仕方ない。
楓は烏が見えなくなるのを見送ってから部屋の中へと入る。
それから宴に戻ると無事に戻ってきた姉のために演奏してやれという父親の頼みで楓はまた演奏することになった。
今度は三味線で。
それから時は流れ水仙が登殿する4日前。
事件は起きた。
水仙が消えた。
登殿のために用意していた高価な着物や髪飾り、小道具なども一緒に全て消えていた。
それだけでなく姉の持ちもの全てがなくなっていた。
部屋にはチリ一つ落ちていない。
楓はその知らせを聞いてすぐにピンときた。
水仙が琳洞院に連れていった仕返しのために、こんなことをしたのだと。
だが、実際は違った。
『好きな人ができたので登殿はしません。私は如月(きさらぎ)家の水仙でなく、ただの水仙として生きていきます。今までありがとうございました。私のことは忘れて生きてください』
そう書かれた紙があり、駆け落ちしたのだと知った。
それを聞いた楓は「ふざけるなよ!あのクソ女!」と叫びそうになった。
家と縁を切るのは本人の意思だ。
好きにすればいいと思う。
だが、家と縁を切るのに金目のものを全て持っていくのはおかしい。
矛盾している。
身勝手すぎる。
何より、1週間後に登殿が控えているとわかっているのに自分勝手に姿を消していいはずがない。
そんなことをしたら、この家がどうなるかくらいわからないはずがない。
楓は水仙の行動が許せなかった。
ボコボコにしてやりたい、と思うほどに水仙に大して怒っていた。
だが今すぐそれはできない。
今は他にやらなければならないことがある。
それは、水仙の代わりに他のものを登殿させるための準備をしなければならないということ。
この家の子供は姫と水仙の二人だけ。
楓が行かないといけないというのは馬鹿でもわかること。
教養も品性も強さも水仙より遥かに楓の方が上回っているので問題はないが、正直に言えば登殿なんてしたくない。
だが、この家の者達に恩がある以上見捨てることなどできない。
嫌でも登殿するしかない。
ここまでは楓の気持ちの問題だからどうにかかなる。
問題は登殿し、用意された宮で后候補と過ごすための着物が一着もないということ。
店にいって高価なものを買えばすぐに問題は解決するが、着物を何着も買うお金が我が家にはない。
この家は名家だが、他の名家と比べれば懐事情は寂しい。
このままいけば如月家は笑いものになる。
「はぁ。仕方ない。私のへそくりで買うしかないか」
楓はこの2年間で貯めたへそくりを使って着物を買うことにした。
だが、まずは姫の両親に会ってこれからどうするか話し合うことにした。
それからあっという間に1週間は立ち、楓はできるだけのことをして妖達の后候補の一人として如月家の者達に見送られながら指定された場所へと向かう。
「はぁ。せっかくクソ男との婚約が解消されて自由になったのに……なんで今度は妖達の嫁に選ばれるために過ごさないといけないのよ……こうなったら何がなんでも絶対に選ばれないよう地味に過ごしてやる」
楓は目的地に着くまでの間、何度もため息を吐いた。
距離が近づくにつれ、楓の気分はどんどん沈んでいった。
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