上 下
70 / 81

破談

しおりを挟む
「お父様。お疲れ様です」

王族が退出しもう大丈夫だろうとサルビアに声をかける。

「ああ、ありがとう」

マーガレットからタオルを受け取る。

「お礼を言うのは私の方です。本当にありがとうございます。お陰で公爵令嬢としての名誉と誇り、そして謝罪をしてもらえます」

「気にしなくていい。大切な娘のためだ。当然のことをしたまでだ」

サルビアは優しくマーガレットの頭を撫でる。

「はい、お父様」

幸せだ。

心の底からそう思った。

だが、マーガレットはこの幸せを二度も壊された。

今度こそ必ず守らなければならない。

二人の顔を見て改めて誓う。

「では私達も退出するとしよう。これ以上ここにいる理由もないしな」

貴族達の目が鬱陶しく話しかけられる前に退出する。

このまま帰ろうとしたが、サルビアとカトレアは国王に呼ばれ、ヘリオトロープは神官二人が呼んでいると言われ三人共どこか行ってしまう。

マーガレットはマンクスフド達と案内された部屋で待っていようと思ったが、ルドベキアに声をかけられ前回と同じ場所で話しをすることにした。



「(昼と夜では美しさが違うわね。夜も夜で素敵だったけど、太陽の光に照らされ輝いているのも素敵ね)」

ボーッと庭に咲いてある花を見つめる。

中々話さないのでそんなことを考えていた。

先にこの間のお礼を言うべきかと思うも話しかけてきたのはルドベキアなので向こうの用事を聞いてから言うべきだと思い直す。

「ブローディア公爵令嬢、勝利おめでとうございます」

「ありがとうございます」

ーー漸く口を開いだと思ったらこんなこと?それならさっさと言えばいいのに。

ルドベキアを自分の方に落とすつもりだったが、今日は疲れていて嫌いな男の前でいい人振る余力もなかった。

さっさと屋敷に戻って休みたかった。

「流石は公爵様でした。私も剣を握る者として憧れます」

「はい。私もお父様を尊敬しています」

「(そんな憧れの存在をあの女の為に貴方は殺したのよ。あんたにそんな事を想う資格はないわ)」

心の中でルドベキアに対する憎しみが湧き上がってきて今すぐその首を斬り落としたかった。

駄目だ。

折角のチャンスなのだからいい印象を与え次に会う約束を取り付けなければと自分に言い聞かせていたら、誰かがルドベキアに話しかけた。

「ルドベキア様。ここにいらしたのですね」

その声の主はアネモネだった。

マーガレットはルドベキアの後ろにいてアネモネからは見えていなかった。

もし見えていたら話しかけようとは思わなかっただろう。

さっきまでの決闘でマーガレットに散々コケにされたのだから。

そのせいでシルバーライス家は暫く社交界で笑い者にされるだろう。

「アネモネ嬢。私に何か用でも」

「はい。あの……」

ルドベキアに近づくとその後ろから青いドレスが見えた。

このドレスを着ていた人物をアネモネは知っている。

当然だ。

さっきまでシレネと互いの名誉と誇りを賭けて戦っていた相手、マーガレット・ブローディアが着ていたドレスだから。

「申し訳ありませんが、後でも宜しいでしょうか。今公爵令嬢とお話し中でして」

マーガレットはルドベキアがアネモネに対しそう言った瞬間笑いそうになるのを必死に我慢した。

好きな男が大嫌いな女の方を優先したのだから。

「いえ、侯爵令嬢の方を優先させてあげてください。それに、私はそろそろ戻らないといけないので」

「そうですか。長い間引き止めてしまって申し訳ありません」

マーガレットに話したかったことがあったが、そう言われれば諦めるしかないとがっかりしてしまう。

「ですので、次回また会えませんか。この間のお礼もしたいので。駄目でしょうか」

「わかりました。私も公爵令嬢にはまたお会いしたいので是非お願いしたいです」

マーガレットからのお誘いにわかりやすく喜ぶ。

「本当ですか。ありがとうございます。では、手紙を送るのでお返事待っています。では、私はこれで失礼します」

「はい」

マーガレットはルドベキアに美しい笑みを向けた後アネモネの方を見るといつもと大して表情は変わってないように見えるが、瞳の奥にはマーガレットの殺意が潜んでいたのに気づく。

「(それほどルドベキアのことが好きなのね。悪いけど貴方には絶対に渡さないわ。私が彼ももらうから)」

アネモネにも微笑むが宣戦布告のような笑みでマンクスフドはその笑みを遠くから「怖いな、その笑い方」と思って見ていた。

「お嬢様。もう宜しいのですか」

「ええ。用は済んだわ」

マンクスフド達はアネモネが現れた瞬間いつでも剣を抜けるようにと戦闘態勢に入ったがすぐにマーガレットがこちらにきたので安心した。

マーガレットはマンクスフド達がアネモネに対し警戒しているのがわかったので戻ると言い、その上でアネモネに喧嘩を売ったのだ。

アネモネがルドベキアを好きなことは今現在マーガレットしか知らない。

傍から見たら普通の会話に見えるが、実際は誰にも気づかれないよう喧嘩を売っていたのだ。

勿論、アネモネはマーガレットが回帰している事を知らないので普通にお礼がしたくて言っていると思っているが、それとこれは別で嫌なものは嫌だった。

ルドベキアはマーガレット達の姿が見えなくなるまでずっとその方を見ていた。

「それでアネモネ嬢。私に一体何の御用でしょうか」

アネモネの過去の出来事、今やっていることを知らないので優しく接するが、マーガレットを傷つけたシレネの娘なので正直あまり関わりたくなかったし、大切な時間を邪魔されて少し気分が良くなかった。

ルドベキアはあの日マーガレットに会った時からずっとマーガレットのことばかり考えている。

それがどうしてなのかは本人は気付いていないが。

そんな想いからマーガレットの前でアネモネに話しかけられたのは嫌だった。

前回のこともありこれ以上誤解されたくないと思った。

「あの、この間の話が途中で終わってしまったのでその続きをしたくて……」

「申し訳ない。やっぱりその話はなかったことにさせていただきたい」

アネモネが最後まで話し終える前に被せるように言う。

「え、どうしてですか?」

「あの後よく考えてみましたが、アネモネ嬢を助ける手助けなら他でも問題ないと思ったのです。それに、私は両親と約束したのです。結婚は好きな人とすると。だから、申し訳ありませんがなかったことにしてください。それ以外で私にできることなら手助けするとお約束しますので」

「……そう、ですか。わかりました。こちらこそご無理を言ってしまい申し訳ありませんでした」

折角ルドベキアと一緒にいられると思ったのに。

偽りでもいいから結婚したかった。

幸せになりたかった。

そこで初めてアネモネは自分は本当はルドベキアとの結婚を望んでいたのだと、約束を果たす為にこんな頼みを言ったのではないと気づいた。

自分の想いに気づきその上それを断られた恥ずかしさと居た堪れなさに今すぐこの場から消え去りたくなる。

「では私はこれで失礼します」

アネモネはこの場から去っていくルドベキアに声をかけることができず後ろ姿をただジーッと眺めることしかできなかった。

「(どうしたら、私の事を見てくれますか)」

そう聞きたいのに言える勇気がなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

処理中です...