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騎士
しおりを挟む「マーガ、レット、様。顔を、上げ、てくだ、さい。お、俺の、ような、ものに、頭を、さげ、る必要は、ありま、せん」
慌ててマーガレットに顔を上げるよう頼む。
「お、お礼を、言うの、は、お、俺の方、です。マーガ、レット様が、いなけ、れば、このま、ちも、俺達も、たすか、りません、でした。あ、ありが、とう、ござい、ます」
ペコッと貴族達がするような品のある礼ではないが言葉や態度から感謝の気持ちは伝わる。
「顔を上げて。私は当然のことをしただけよ。それに、もっと早く来ていればこんなことにはなっていなかったわ。ごめんなさい。この町は必ず救うと約束するわ。貴方は私を助けてくれた。今度は私が貴方を助けるわ」
太陽の光がマーガレットを照らす。
二人の男は光輝くその姿に目を奪われた。
「それとは別に貴方にお礼をしに来たの。私にできることなら何でもするわ。何か望みはあるかしら」
本当はここで上手く丸め込めカラントを公爵家の騎士にしようと考えていたが、ヘリオトロープがいるのでそんなことをすれば余計に怪しまれるため計画を中断させるしかない。
「な、何でも、ですか」
「ええ」
カラントはマーガレットをジィーッと見つめる。
叶えたい望みがあるのだろう。
だが、何を思ったのか急に泣き出しそうな顔になり言うのをやめた。
よっぽど叶わない願いだと思ったのだろう。
これは利用できると踏んで優しく諭すように話しかける。
「大丈夫。私はこう見えてこの国で結構偉い家の生まれだから、大抵のことは叶えられるわ。だから、言って」
カラントの目線までしゃがみ込み微笑む。
「ーーにーーす」
とても小さな声で何を言っているのか聞こえなかった。
「ごめん。よく聞こえなかったわ。もう一度言ってくれる?」
マーガレットが「ごめん」とその言葉を発した瞬間断られたのと思って今すぐ消えてしまいたくなったが、続きを聞いてそうではなかったと思い強張った体が緩み安心した。
今度はちゃんと聞こえるように言わなければと、そう決心して口を開いたのにカラントの声はある声によって遮られた。
「お、俺を…………す」
「きゃあああああああああ」
かなり大きな悲鳴が聞こえた。
いきなりのことで何が起きたのだと声が聞こえてきた外の方に目を向ける。
「何?いきなりどうしたの?一体何が……」
あったのか、そう続けようとして窓に近づき外を見ると信じられない光景を目にし動きが止まる。
「マーガレット様。どうしました」
ヘリオトロープはマーガレットの傍にいき窓の外に目をやる。
「あれはヘルマン!どうしてここに!?」
ヘルマンが最後に現れたのは二百年前。
呪術師が討伐され二度と現れなくなった。
それが現れたということは呪術師が復活したことを意味する。
「ヘルマン!?あれが……」
ヘルマンは死んだ者の体に印を刻むことで全身が炎で覆われ生きた人間に襲いかかる。
本で呪術師が何かを調べていたときに、呪術師が扱う魔物として書かれていたのを思い出す。
絵では見たことがあるが実物は初めてだ。
こんな非道な術まで使うアネモネに怒りがこみ上げてくる。
だが、何かこのヘルマンはおかしい。
普通なら近くにいる生きた人間を片っ端から襲いまくるのに、このヘルマンは何かをまたは誰かを捜しているような動きをしている。
バチッ。
ヘルマンが顔を上にあげた瞬間目が合う。
マーガレットを見つけた瞬間ヘルマンはニヤッと気味の悪い笑みをし一瞬でマーガレット達がいる窓のところまで飛んでくる。
「え?」
そう声を発した瞬間窓が吹き飛びヘルマンも吹き飛んだ。
「マーガレット様、私の傍から絶対に離れないでください!」
失礼します、と言うとヘリオトロープはマーガレットをお姫様抱っこする。
「えっ、ちょっと」
いきなりのことで頭が追いつかない。
「あれは、マーガレット様を狙っているように見えました。ここから離れましょう。万が一町に引火でもしたら大変です。しっかりつかまっていてください」
ヘリオトロープは神聖力を体に纏い移動する。
マーガレット達が移動するとヘルマンは他に目もくれず二人を追いかける。
「マーガレット様。安心してください。マーガレット様には指一本触れさせません。必ずお守りします」
「あ、ありがとうございます」
そう言うとマーガレットが黙りこむ。
ヘリオトロープはそんなマーガレットの姿に怖がっていると勘違いし、絶対にこんな事をした呪術師を殺してやると誓う。
当の本人は他のことを考えていたので自分が狙われていることを忘れていた。
「マ、マーガ、レット、さま」
カラントはヘルマンがマーガレットを襲おうとした瞬間、マーガレットを守ろうと床を蹴って走り出したが、それより速くヘリオトロープが神聖力を使い守った。
その後すぐに、マーガレットを抱き抱えて空を飛んで行ったのでついていくこともできなかった。
カラントは自分の無力さを嘆いた。
マーガレットを守ると誓ったのに何もできなかった。
目の前でただ手を伸ばしていただけ。
自分ならどんなものからも守れると思っていた。
とんだ勘違いをしていた自分が急に恥ずかしくなる。
惨めでどうしようもなく消えたくなる。
世界が真っ暗になっていく。
でも、目を閉じればそこにはマーガレットがいる。
美しい笑みを浮かべ輝くマーガレットがいる。
目を開け窓から飛び降りて二人の後を追いかける。
神官やヘルマンに大人でも追いつくのは難しいのに、本来の年齢より小さく痩せ細った少年が追いつくのは更に難しかった。
どれだけ離されようが、何度転けようが、
カラントは走り続けた。
すれ違う人達が不審な目で自分を見ようがどうでもよかった。
今ここで何もしなかったら、一生マーガレットの傍にいる資格はない。
あのとき女性の悲鳴でカラントの声はマーガレットの耳には届かなかったがカラントはこう言った。
「俺を公爵家の騎士として雇って欲しいです」
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